弟は可愛い子です
「おねーちゃ、まってぇ」
「はい、待ってますよ」
年齢も二桁に突入して数ヶ月。
七歳の頃から随分と身長も伸びて、徐々に成人女性の背丈に近付いて来ています。まだ体型はあまり女らしくないのですけどね、でもちょっと丸みは帯びてきましたし。大丈夫、私はまだ将来があります。
そんな歩幅の大きくなった私の後ろを、幼い子供がてててっと小走りでついてきます。あどけなさを全面に出した一生懸命な表情で、頑張って私に追い付こうとしていました。
……この子は、ルビィです。私の約五つ違いの弟。今年で五歳になります。
父様にそっくりな紅い髪で、同色のくりくりっとしたどんぐり眼にいとけない顔立ち。父親の血を色濃く継いでいるルビィは、我が弟ながら物凄く可愛いです。
「おねーちゃ、おねーちゃ」
お庭に出たがったルビィが、私の待つ玄関まで頑張って走って来ました。ふわふわとした癖っ毛が走る度に揺れているのを、私は微笑ましい気持ちで見守ります。
ルビィは体があまり強くありません。ですから、三年前は私も会う事も多くありませんでした。ずっとお部屋にルビィは居たので、基本的に庭先か魔導院か部屋に居た私が会う事も中々ないですし。
漸く自由に部屋の外に出られるくらいに安定したのは、三歳を過ぎた頃でした。それからは、持ち前の好奇心で色んな所に行っては何かをやらかしたり体調を崩したり……。母様達も苦労したみたいです。
そんなルビィは、一応姉として接してきた私の事をちゃんとお姉さんだと認識しているらしく、これまた可愛らしい声で「おねーちゃ」と呼んで来ます。何この子可愛い。天然の兵器ですね……こんなに愛らしい子が舌足らずに呼んで来るとか……。
「おねーちゃ、つかまえた!」
駆け寄って来たルビィが私に抱き付いてはにぱぁっと笑みを浮かべて、堪らずによしよしと頭を撫でて私も笑います。いや本当に可愛い、我が弟ながら本当に可愛い。駄目なお姉ちゃんと違って真に無邪気で可愛い。
癖っ毛をくしゃりと撫でたら、ルビィはとろんと瞳を細めてえへへとはにかみました。……駄目だ可愛い、さっきから可愛いしか感想言ってないけど可愛い。
「捕まりましたねえ。じゃあお庭に行きますか?」
「あい!」
元気よく手を挙げたルビィに、思わず抱き締めたくなりましたが我慢しました。可愛いよ……はうう。ブラコンは教育的に駄目だから、適度にしっかり接しなきゃなのに。
緩みきった頬をパンと叩いて、不思議がるルビィの手を引いて庭に出る事にしました。
庭ではジルが待っていて、魔術で水やりをしてくれていました。
ジルは今年で十八歳になりました。ジルは密かに気にしていますが、あれからあまり身長は伸びなくて、私と頭一個と半分も差がついていないくらい。私も多分もうちょっと伸びるから、大体頭一個とちょっとくらいの差になりますかね?
代わりにとても顔は整っていて、格好いいというか綺麗が相応しい顔立ちです。格好いいにも間違いはないですけどね。他のお嬢様が見とれるくらいには美形です、……うん。
「リズ様、ルビィ様。庭を見にいらっしゃったのですか?」
「はい。ルビィが見たいって。外には出しませんから安心して下さい」
外に出したら母様に確実に怒られます。駄々をこねても絶対に出しません。誘拐や怪我の可能性がありますからね、ただでさえか弱いですし。私という前例が居るので、外は危ないと分かっています。
しかもルビィは私とは違って魔術の訓練はしてません。体の調子を整える方が優先でしたので。拐われたら抵抗が出来ないのです。ルビィくらいの頃から悠々と魔術を使えた私が異端ですし。
「おねーちゃ」
「何ですか?」
「なんでここだけあめがふってるの?」
ルビィは不思議そうに庭の私用植物コーナーだけに降り注ぐ小雨を見ては、首を傾げています。普通雨は全体的に降るものだから、ルビィにとっては違う光景なのでしょう。ピンポイントで降ってますからね、これ。
「これは魔術で雨を降らせているのですよ」
「おねーちゃもできる?」
「出来ますよ、一応」
あんまり水をあげすぎても良くないから発動はしませんが、そもそも水やりは私の仕事でもあるので。ジルと交代で管理しています。品種改良的な事は私が勝手にしていますが。
試しにと簡単に魔術で何もない所から水を出してみせると、ルビィは紅玉に似た大粒の瞳をきらきらと輝かせています。確かにネタを知らないとこういうのって不思議だと思いますよね。これは単純なものなので魔力がある人間なら大抵出来ますが。
「すごいおねーちゃ、ぼくもやりたい!」
「ルビィも? ……父様母様に許可を取らないと、何ともいえないのですけど……」
「駄目ですよルビィ様」
流石に私の一存ではと承諾しかねている所に、きっぱりと言い切る声。まだ幼さの残る声の持ち主は、いつの間にか庭に出て来たマリアのものでした。
相変わらずのふさふさ猫耳と尻尾の魅力に、ルビィと同じく癖のあるショートヘア。私と同い年の筈のマリアは、何だか危うい魅力がありました。主に耳と尻尾のせいで。
三年経ちすっかりメイド業も板についてきたマリアは、今は私ではなくルビィの従者に近い存在です。屋敷のメイドでもあります。
まあルビィに仕える理由が、ルビィがその猫耳と尻尾を気に入ったからなのですけどね。姉弟と同じものを好んでいるのだとちょっと笑ってしまいました。モフりたくなりますよね……この艶やかな毛並みは。
「奥様と旦那様に、ルビィ様には魔術を使わせないようにとのお達しが来ています」
「……ですって。ルビィ、魔術は諦めましょう? もうちょっと大きくなってから、」
「やぁー! ぼくもするの!」
ぶんぶんと首を振って私に抱き付くルビィ。……うう、涙目で上目遣いされると決意が鈍る。駄目なものは駄目なのですけど、出来れば叶えてあげたいとも思う。
ルビィは体が強くないし、魔力自体が少し不安定だそうで、今から無理をしてしまうと体を壊すそうです。……私がとても健康で豊富な魔力を持っていたから、ルビィは逆に弱い存在となっている気がして。もしかしたら私がルビィの分も健康になってしまったのかと思うと、申し訳ないです。
「ルビィ、ごめんなさい、父様母様の言い付けを破る訳にはいきません。もうちょっと大きくなって許可が出たら、一緒にしましょう?」
「……ほんとに、おしえてくれる?」
「ルビィが大きくなったら、一緒にしますよ。それまで、ちょっとだけ我慢しましょうか」
涙を孕んだ大きな瞳を覗き込み、にっこりと笑います。今にも零れそうな雫を親指の腹で拭って、それから唇を柔らかな頬っぺたに押し当てました。
ふっくらぷにぷにすべすべなルビィの頬にキスをすると、ルビィはふにゃりと笑って私にも頬に唇を触れさせます。声を上げて泣かれなくて良かった、というかルビィが可愛過ぎてどうしましょう。お姉ちゃんルビィをずっと愛でていたいです。
「……おねーちゃ、がいうから、がまんする」
「偉いですねルビィ。代わりに、ほら……お姉ちゃんからプレゼント」
ポケットからこれから蒔こうとしていた花の種を取り出して、小さな掌に乗せてあげます。
「お庭にこれを植えて、一緒に育てましょうか。魔法が使えなくても、これなら育ちますよ」
「ほんとに?」
「はい。一緒に育てて母様達に見せてあげましょう」
私はズルで魔術を使って手早く育てていますが、本来は気長に待つものです。『グリーンサム』は適性がないと本当に出来ないそうなので、使えて良かったなあと思いますよ。……あの時本当に使えるようになって良かった。
ルビィを連れて、庭の空いたスペースに行き、端に置いてあったスコップで窪みを作り、種を植えます。ルビィもこもりっぱなしで退屈でしょうし、お庭に出て遊ばせるのも良い体験になるでしょう。
「ルビィ、毎日お水をやりましょうね。そしたらお花が咲きますから」
「うん!」
あどけない笑顔で頷いたルビィに、私もゆったりと微笑んで、土の付いていない手で頭を撫でてあげます。
マリアとジルは私達を微笑ましそうに見ていて、何か凄く平和で幸せな毎日だなあ、なんて、感じてしまいました。




