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完成

 ジジ、と低く唸るような音から、小気味良く弾けるような音。そこから爆ぜるような音になったのは、宙に生成される光が増えたから。

 一定しない紫の輝きは直ぐに量を増していき、瞬く間に幾本もの束を形成しては、私に向かって放たれました。

 空気を切り裂くように飛んで来る紫電は、雷とは違い遅い。それでも私がはっきりとその姿を捉えた瞬間には、自動的に発動された障壁によって霧散しました。


 確かめるように、首から提げられた魔道具の大本となる雫を撫でます。

 胸元で揺れる銀の輝きは、まだまだ内側に魔力を充分に蓄えていました。この分だと、後四回は発動出来る筈。


「……どう?」

「大体五回発動ですね。これ以上は削れないと、セシル君と話し合ったので、これが限界です」

「と、いう事は……完成?」

「はい」


 ペンダントを外しながら頷くと私に、カルディナさんは両手を挙げて喜びました。結構な時間研究と実験を繰り返して来た成果が、しっかりと出たのですから当然でしょう。

 一応ペンダントが消費した魔力を補充しておきますが、最初の頃に比べると一回の消費が少ない分、継ぎ足す魔力も少なくて済みました。

 よくぞあそこまで消費を減らして耐久力を上げられましたね。普通はどちらかを犠牲にしなければならないのに。


「セシル君、出来上がりましたよ!」

「……ああ」


 駆け寄ってペンダントを返却すると、セシル君はゆったりと頷いて受け取ります。但し、顔が微妙に固いというか強張っていました。恐らく原因は隣にあるのでしょう。


「お疲れ様でした、リズ様」


 隣のセシル君とは対照的に柔らかい笑顔で労ってくれるのは、ジル。今日の最終確認や、それだけじゃなくて魔力暴走以降の実験に監視もとい見守り役として参加しています。仕事は物凄い急いで終わらせて来たらしいです。


 個人的にはそこまでしてくれなくて良いのですが、どうやら私の度重なる負傷で過保護スイッチがオンになったようで。

 侯爵家の令嬢が危険に自ら突っ込んでどうすると叱られ、ジルはジルで最初からついていけば良かったと悔やんで、結果このような事になりました。因みに父様もジルから、窘めるとは名ばかりのお説教を受けていました。主従が逆転してる。


「……あまりセシル君にきつく当たらないで下さいよ?」

「彼とは一言も話してませんが」


 目が物を言ってるんですよ、ジル。


 私には一言も言ってませんが、ジルは私の怪我の原因であるセシル君が好きではないようです。顔は友好的な笑みを浮かべていますが、目が笑っていない典型的なパターン。


 ジルは好きな人……語弊がありますね、自分が認めた人間には優しいですし礼儀をもって接してくれます。屋敷の人間には主従を除いても優しい。逆に認めない人間にはとことん冷たく、表面は変わらずとも、内側では冷徹に見ています。

 セシル君に対してあの眼差しなのは、わざとでしょうね。セシル君が気付けるように冷たい瞳をしていて、牽制しているっぽいです。


「……お前の従者怖い」


 セシル君もセシル君で堂々と本人の前で言える辺り、ある意味肝が据わっているとは思うのですが。


「ジル、駄目ですよ?」

「……そう思うなら、早く屋敷に帰って頂けると嬉しいのですが」

「だって帰ったら閉じ込めるじゃないですか」

「無茶をするからです」


 全く譲ってくれないジルに、ぷうーと片頬に空気を含ませて抗議。そんな所でジルが譲歩してくれるとも考えていませんが。


「……街は諦めるから、魔導院だけでも駄目?」

「尚更駄目です」

「えええ、本読む! 本読むのが主な目的ですから!」

「そんな事言って彼と接触してまた危ない目に遭うのでしょう」


 彼、というのは言わずもがなセシル君。そこまで言わなくても良いのに。セシル君は、一回和解すればそこまで危険な人ではないのに。

 面と向かってそんな事を言われたセシル君は、怒る以前に若干引いた目をしています。セシル君も私に罪悪感はあるらしいですが、此処まで警戒されるとやりにくいものがあるのでしょう。


「別にセシル君とは魔術の練習するだけですし」

「それが危ないと言っているのです、前例があるでしょう」

「それを言われると耳に痛いですけど……別に、止められるし。もうセシル君だって簡単に暴走しませんよね?」

「……ああ」


 あれからセシル君も自主的に訓練しているそうです。私に濃度を薄める事を頼んでは来ますが、今では簡単な魔術なら元の濃度でも発動出来るそうです。後はゆっくり訓練すれば、問題も解決するでしょう。


「ですが、しないとも限らないでしょう。あのような事を引き起こした人間なのですから」

「引き起こしたらもう一回止めます。駄目だったら……」

「駄目だったら?」

「……武力行使? 大丈夫、ちょこーっと気絶してもらって私が制御しますから」

「絶対暴走しない」

「ほらジル、セシル君から確約頂きました」

「駄目です」


 えー、と文句を言ってもセシル君に対する認識を改める気がないジル。もうこれは確実に頭に刻み込んでますね、近付かせてはならないと。

 ジルの意地悪、と瞳で無言の抗議を行うものの、ジルは相変わらずセシル君に厳しい眼差しです。ただ膨れた私をあやすように頭を撫でてくるから、責められないのが現状。ジルに髪を触られるのは凄く気持ちいいから、途中止めは嫌。


 瞳を細めてジルにされるがままな私に、セシル君はちょっとびっくりしているようです。

 これでも接触が少ない方です、家だと私が抱き付いたりするので。だってジル甘やかしてくれるし良い匂いだし。子供の内だからこそ出来る行為ですよ。


「ほら、帰りますよ。帰ったら幾らでもしてあげますから」

「うー。……ジル、保護者同伴でも駄目?」

「私は嫌ですよ」

「……じゃあ父様についてくもん」

「全く……どうしてこの少年に拘るのですか?」

「だって、……友達だもん」


 ……友達ですよね? そう言っても良いですよね?


 その友達であるセシル君は、びっくりしたように金の瞳を見開いています。ジルはジルで、微かに眉を動かして真意を問うような表情。


「友達の所に遊びに行くのは、いけない事?」


 この際子供である事を最大限に利用してやりましょう。子供の仕事は遊ぶ事、と言うじゃないですか。

 そもそも子供の頃から交遊関係を広げておくのも大切だと思うのですよね、うん。セシル君有望株だし。


 わざとらしく小首を傾げてジルを見上げる私に、ジルも見るからに大きく嘆息。


「……分かりました、私がついていきますから」

「やった! ありがとうございます、そういうジル大好きですっ」


 ふにゃっと緩んだ頬のままに抱き付けば、仕方ないと言わんばかりの顔でいい子いい子となでなで。

 最近本当に幼くなって来た気がしなくもないですが、ジルに甘えるのが好きだからどうしようもないです。ジルだけが、ちゃんと私を見て寄り添ってくれる。父様達はルビィが居るから仕方ないですけどね。


「それじゃあ帰りましょうか、荷物は後で取りに行きますから」

「はーい」

「……ちょっと待て」


 此方の望む結果になって満足したからさあ帰ろうと決めた時、今まで私がジルに笑顔でくっつくのを微妙に呆れた表情で見ていたセシル君。

 もう引き留められる事もないだろうと思っていたのですが、セシル君は私に声をかけてきます。


「……これ」


 ローブの内側でごそごそ探していたセシル君、目的の物を見つけたらしくぽいっと私に投げて来ます。

 慌ててキャッチした物をよく見ると、銀の煌めきが掌の上で存在を主張しています。最早見慣れてしまったその輝きは、私には本来手に入る事のない物。但しチェーンはなく、ペンダントトップだけ。


「……これは?」

「完成した物とは別の術式を刻んだ物だ。専用に作った術式に合わせて俺の魔力を大量に注いである。効果は、一回だけ、強力な魔術だろうが無効化する。使い捨てだが」

「これまた高出力な代物で。でもどうして私に?」


 陛下に献上するべきなのでは? と、銀色の円盤に術式が直接刻まれた物を見て、呟きます。明らかに高性能ですよねこれ、セシル君の魔力用に個別に作った術式らしいので汎用性には欠けるでしょうけど。

 私の疑問は、「陛下にも同じような物は渡す予定だ」との事で解決しましたが。


「……もしも暴走したら、お前が止めるんだろう。怪我されてもそこの従者がうるさい」

「そう言わないで下さい、ジルも優しいからこんな事言うんです」

「……だろうな。だからそれは、俺からの報酬であり、謝罪の形だ」


 七歳児とも思えない言葉に、私は苦笑をこぼしてありがたく受け取っておきます。……多分、セシル君も、私に近しい何かなのでしょう。確証はないけれど、何となくそう思いました。


「……それから。……またな」


 小さく付け足された言葉に、自然と頬が緩んでしまいます。

 また、という事は、会いに来ても良いよ、という事。ぶっきらぼうに呟いたセシル君が微かに口許を綻ばせているのに気付いて、私も胸の奥から湧き上がる喜びの感覚に、笑顔を浮かべました。


「またね、セシル君」


 お互いにちょっと照れ臭くて、はにかみながら手を振りました。

 ばいばいセシル君、また、今度。



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