ちょっとしたお願い
「成る程」
足しげく父様の書斎に通って、本に一通り目を通して分かった事があります。
父様結構凄い人でした。
普段は親バカ……失礼、子煩悩な印象しか見受けられないのですが、仕事になるととても優秀だそうで。城に仕える魔導師の中でも一二を争う魔導師さんだそうで。
そりゃ城お抱えの魔導師だとは聞いていましたが、まさかそこまでだったとは。精々中間管理職程度かと。いや見くびっていた訳ではなく、まさか自分の親がそんな偉い立場に居たとは思わないでしょうに。
そんな事実を知って、いよいよ私の存在がチート臭くなって参りました。
だって私、美男美女の間から、それも飛び抜けて優秀な能力をもった男女から生まれた子供ですよ。潜在魔力量ヤバイとか顔立ち整ってるとか地味に運動神経良いとか、ついでに親は宮廷魔導師で貴族の娘とか。
これではまるであつらえたようなスペック。こんな優遇されても正直困ります。
潜在魔力量とかは非常に有り難いのですが、此処まで来ると自分の力で地位を確立する事が馬鹿らしくなります。私は自分で立場を築き上げたいのですよ。
勿論それにあたって利用出来る物は何でも使いたいですが、頼り過ぎるのも嫌です。親の力で偉くなったって嬉しくないですし、そんな立場はいつか崩れます。
まあ子供の頃からこんな事を考えても仕方ないですが、備えあれば憂いなしです。
取り敢えずは、今は自らの力を磨いていく事を優先しましょう。自分の力で全てを掴むために。
……世界を牛耳りたいとかじゃなくて、あくまで幸せな人生を歩んで行く為ですよ。お間違いなきよう。
「父様父様」
「ん? どうしたんだい、リズ」
丁度書斎に寄ってくれた父様に駆け寄って笑顔を向けると、父様も笑顔で、寧ろ私よりも爛々とした満面の笑みで受け止めて高い高いとしてくれます。いやもうでれっでれですね。私も父様好きですけども。
私を抱っこするようにした父様からは、仄かにお日様の匂いがします。
決して外仕事ではない筈なのに、柔らかい日差しの香りがするのです。干したてのお布団にダイブした時のような、何とも言えない幸福感。そんなふわふわした感覚が、父様から感じるのです。
母様からは甘い花の香り。優しくて癒される香りがします。
それを両親に言うとお互いの匂いを嗅ぎだしたから笑い種ですよね。
ただ場所がベッドだったのと服装的に薄着だったので、色々火がついたのか香りを確認するだけじゃ済まなくなったみたいですが。まだまだ両親も若いですからね、そのうち弟妹が出来そうで怖いです。
勿論分別ありますし、他人の情事覗いて興奮したり邪魔をしたりはするつもりはないので、ひっそり退室はしておきました。あの空気読める子供ってのも中々に居ないと自覚してます。
……話がずれましたね。
私は父様に抱っこされたまま、視線を父様の赤い瞳に合わせます。
私にも引き継がれた赤い瞳は、柔らかく緩められていました。私を愛しそうに撫でる父様。
……あまり凄そうに見えないのは、家の中だからでしょうね。これでも、私達を養ってくれて無償の愛を注いでくれる父様は、尊敬してますし大好きですよ。
「ねえ父様」
「なんだいリズ」
「私に魔術を教えて下さい」
プチり。
私の言葉に力加減を失敗したのか、髪を梳く指が勢い余って、母様譲りの色素の薄い髪を二三本引っこ抜きました。……痛いのですが。
「誰かに吹き込まれたのか?」
「いいえ、私の意思でそれを望みました」
首を振って真っ直ぐに父様を見詰めると、父様も前の母様と同じような複雑そうな顔をします。
父様も父様で私の事を心配していらっしゃるのでしょう。多分教えたいには教えたい、けれど危険を伴うから迷っている……そんな所でしょうね。
まあそういう反応を予想していましたから、打つ手がないという訳でもないのですが。
「私も父様みたいな立派な魔導師になりたいんです」
父様の弱点その一。
父様はおだてに弱い(母様と私に限る)。
「そ、そうか……?」
「はい。父様はとても立派な魔導師様だと伺っております。私も父様のように、皆さんから尊敬されるような魔導師になりたいのです」
「そんな事を言ってくれるなんて、俺はとても嬉しいぞ……! でもなリズ、まだリズの年齢では、」
「……父様は、駄目と仰いますか……?」
父様の弱点その二。
父様は涙に弱い(母様と私に限る)。
若干あざといと思いながらも、瞳を潤ませて揺れる瞳を向けます。子供のどんぐりまなこがみるみるうちに悲しそうに湿っていくのを見た父様は、見るからに慌て始めます。
……子供は涙腺緩みやすくて良かった、と非常に可愛いげのない事を思っているのは内緒ですてへぺろ。ごめんなさい調子に乗りました。
「ああいやそうじゃなくてな、もうちょっと大きくなってからでも、」
「私も早く父様みたいになって、父様のお手伝いがしたいんです。駄目ですか……?」
「……う」
「なるべく迷惑かけたり途中で投げ出したりしません。だから、お願いします」
「……まあいつかはこうなるとは思ってたんだが……早過ぎなんだよな。そりゃ俺も教えてあげたいとは思っているんだが……」
「本当に教えてくれますか?」
わざと前後の文脈を無視して教えて、教えてあげたいの言葉だけに反応する。
期待を込めて笑顔を浮かべると、とうとう父様は観念したように達観したような眼差しになっていました。
父様父様の弱点その三。
父様は不意打ちの笑顔にとても弱い(母様と私に限る)。
……詰まる所、父様は私と母様にべた惚れで、私達の事を愛してくれているという事です。多少のお願いなら割と叶えてくれるんですよ。
今回のは我が儘というよりは、何もしなくともいずれは来るであろう未来を早めに持ってきただけです。フライングスタートしようとしているだけなんですよ。
子供の特有のきらきらした瞳で期待を露にする私に、父様は小さく、いや結構大きく溜め息。
「……分かった、但し条件がある。俺だけでは時間の都合的に教えられないから、家庭教師を雇う、家庭教師に師事する事。途中で投げ出さない事。あと最初に魔力適性を検査する為に城の魔導院まで一緒に行く事。これを守れないなら、」
「全部守ります。ありがとうございます父様!」
全部聞かない間に全力で頷いて満面の笑みを浮かべる私に、父様は苦笑。これでもうやっぱ駄目だとか言えないでしょう。私の作戦勝ちです。
父様大好き、と頬にキスしたらとても機嫌も良くなったので、双方得をした取引になりました。
父様も結局は私に魔術を教える気はあったんですから、これくらいは許して下さいね。