そして起こった事故
そんな感じのやり取りと実験を繰り返して、十日。
最初の方に比べて、大分消費魔力と耐久力が向上して来たと実感出来るくらいに、成果が見えるようになりました。
手伝い始めた当初は、十数回も術式を展開すればぶっ倒れるレベルで魔力を馬鹿食いする術式でした。今ではかなり消費はするものの、魔導院の方なら五発は耐えられますし、私も結構な回数使う事が出来ます。但し自分の意思で発動した魔術の方が強固で消費も低いのでそちらを使いますが。
まあ開発が進んで、このまま出来る範囲で改良を加えていこうとは、思うのですが。
「……皆さん来ませんね」
隣に居るセシル君に声をかけて見ますが、反応は返って来ません。隣にこそ居ますが、私の事を良く思っていない事は変わっていないのです。此処まで近付けさせてくれる事が進歩です、本人は嫌々なのですが。
今は訓練室で二人きり。カルディナさん達の到着を待っていたのですが……約束の時間を一時間オーバーしても来る気配がありません。
セシル君はそろそろ我慢の限界らしく、入口に向かって歩いて行きます。そして少し子供には重たい扉を押そうとして……止まります。いえ、押してはいるのですけど、びくともしないと言いますか。
恐らくは、カルディナさん達が気を回したのでしょう。逃げるセシル君を適度に仕事中だけ追い掛けて構う私を見て。カルディナさんは、セシル君のお友達になる事については友好的な姿勢を見せてくれます。
「……カルディナ」
恨みがましい声と舌打ち。本当に同い年、七歳児とは思えませんね。お前が言うなですけど。
「その内解錠してくれるでしょう」
「……お前が指示したのか」
「いえ、流石に閉じ込めて欲しいとかは思いませんが。私とセシル君だけだと実験出来ないですし」
首を振って違うとアピール。お仕事が出来ないようにしても意味がないです、約束はお仕事の間だけですから。
セシル君は、魔術を私に撃とうとしません。というか魔術を使っている所を見た事がないです。常に頭脳労働ばかり、完全な研究者です。
撃たないのか、撃てないのか、この二つの内のどちらかで、それを聞くのは失礼な気がしました。
「取り敢えず、実験は中断しましょうか。カルディナさん達は来そうにないですし」
「……今日の実験はどうする」
「中止にしましょう。セシル君魔術を使わないでしょうし」
実験しようにも私に魔術をぶつけてくれる人が居ませんし。役割を交代しても良いのですが、もし障壁を破った時に打ち消せる程の魔力が残っていなかったら大惨事です。本当に私は実験に丁度良い人間なのだと痛感しました。
カルディナさんが出してくれるまでセシル君とお話でもしようか、そう思ってセシル君に視線を向けて……やってしまったと後悔。
「……出来る。やる」
セシル君は、至極不機嫌そうな顔をして此方を睨み付けて来ました。地雷踏んだ、と直ぐに分かります。
「や、別に急ぎの実験という訳でもないですし、無理しなくても」
「無理なんかしてない、俺は出来る」
強気で言い切るセシル君ですが、握り締めた拳がふるふると震えています。怒りで震えているのか、それとも別の要因で震えているのか。
セシル君に油を注いでしまった事は確かです。
本当にするのですか? と視線で問い掛けてみますが、答えは変わらないみたいです。ただギッと鋭い目付きで私を見ていました。瞳の奥から、敵対心というか、対抗心のような物が見てとれます。
「……じゃあ、お願いしますね。少し離れます」
こういう時は説得しても無駄だと分かっているので、大人しく彼の意向に沿います。私が原因のようなものなので、こればっかりはどうしようもないでしょう。
素直に彼から距離を取りつつ、改良された術式を確認。自動発動という事を差し引いても、充分な強度は出来ている。余程高威力の魔術を使われたり一点に集中したダメージがいかない限りは、弾ける筈。
あまり魔術を使わないらしいセシル君が、高位の魔術を使わない限りは大丈夫です。所でこんな事を言うとフラグが建ってしまいそうで怖いですね。
「準備出来ました」
声を掛けると、セシル君は頷いて集中しだします。口許が小さく動いて、微かに大丈夫だ、大丈夫だと言い聞かせている気がしました。……大丈夫、なのですかこれ。
私は普段はぱぱっと魔術を使っていますが、正直簡略化というか、威力が弱体化する事を分かって高速発動しています。術式に充分な魔力を込めてから発動した方が当然威力は上がりますね、私はそれでも速度を選びますが。魔力量が人よりも多い分、余分に流して威力を補っています。素早く精密に流れを制御出来るようになるのが、私の課題。
話はずれましたが、セシル君はじっくり魔力を込めています。私とは逆の、威力偏重型。
……と、思ったのですけど、少し様子がおかしい気がしてなりません。威力重視だとしても充分に魔力は通せている筈、それなのに、一向に魔術が発動しない。それどころか、体から制御出来ていない余剰魔力が溢れているように、見えて。
チリ、と首の後ろが焼けるような痛みを錯覚、して。
私は反射的に、いえ本能的に、自らの意思で防御魔術を発動しました。
次の瞬間。
「っああぁああぁ!」
揺らぎ、たわみ、溢れ出ていた魔力が、弾けるように飛び散る。それは見えない風として、魔力の塊として、私の方に幾つものそれが飛んで来ました。
ピシャっと、体の端々から鋭い痛みと共に鮮血が溢れます。障壁を作ってガードしていたものの、まさか此処までの威力だとは想定しておらず。障壁は幾度か耐えたものの次々と飛来する風の刃に破壊されていました。
即座に魔力を放出して相殺しようとするものの、痛みで出すのが遅れてしまい、体は風で切り裂かれています。幸いというか、衝撃で体が吹き飛ばされて、暴風の範囲から出たという事ですかね。代わりに背中を壁に打ち付けてしまいましたが。
半ば反射で背中に緩衝材として風の魔術を発動していたので、誘拐事件みたいな骨にまで異状を来すまではいきません。切り裂かれた体も含めて物凄く痛いとは言っておきますが。
「げほっ、……ぅ、い、った……」
したたかに背中を打ち付けて壁に沿うようにずり落ちる私は、げほげほと咳き込みながら、暴風の中心に視線を投げます。
セシル君は自らの体を抱き締めて、蹲っています。がたがたと震えていて、魔力の放出も収まっていない。……それはおかしい、あんな威力の魔術をセシル君の魔力量で出したら、直ぐに底をつく筈。
……思考は後にしましょう、セシル君を止めなきゃ。
痛みと出血で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ふらふらと立ち上がります。全部が全部深い切り傷という訳でなく、所々深手があるくらい。治癒術をかけて、ひとまずの応急手当をしておきましょう。
治癒術のお陰で血は止まって表面上は少し治っているように見えますが、実際は止血と軽い傷の癒着程度です。後から専門の人に治癒してもらうしかありません。こういう時実力不足が恨めしい。魔力だけあっても仕方ないのです。
「セシル君!」
今度は通さない、と濃密な魔力を纏って風の刃を消しつつ、私はセシル君に歩み寄ります。
風の中心はセシル君で、逆風を歩くのですから、とても歩きにくい。途中で転んで膝を擦り剥きながらも、ゆっくりと近付きます。
「しっかり気を持って下さい!」
「っあ、ぐ……」
常人より減るスピードが異常に遅いとはいえ、相当量魔力を消費しているセシル君は苦しそうに呻くばかり。
風の刃は止まらず、私だけではなく壁や床を壊し、破壊を撒き散らしていく。漸く彼の下に辿り着いた時には、彼の周囲の床は剥がれタイルが壁の端に散乱していました。
「セシル君、セシル君、しっかりして」
肩を揺すっても、微かに喘ぎ苦しむだけ。震えている体は冷や汗が滲んでいて、大分魔力が持っていかれているのでしょう。
彼が意識をしっかりさせて自分の意思で止めない限り、魔力切れするまで止まりません。
ひゅうひゅうと喉を鳴らして堪えるセシル君。魔力が制御出来ていない、それが分かっているから、私は彼を抱き起こして、そのままぎゅっと抱き付きます。
内部で制御出来ないなら、外部制御で強制的に制御下に置いてしまえば良い。
簡単には言いましたが、他人の術式に干渉するなんて本来はとてもじゃないけど難しいです。そもそも拒まれているから、魔力を流すのにも抵抗がかかる。
阿呆みたいな難しさですが、やるしかありません。
「セシル君、聞こえますか? リズです。大丈夫、怖くないから、ゆっくり呼吸しましょう。大丈夫、私が居ますから」
背中を擦りながら柔らかく声を掛けると、セシル君はびくっと体を揺らして、それから私を突き飛ばしました。流石にこのタイミングで突き飛ばされると結構なダメージが、主に心に。
突き飛ばしたセシル君は譫言のように「来るな、来るな」と苦痛に彩られた声で拒絶して来ます。
このままでは、再度抱き締めてもまた同じ事の繰り返しでしょう。
仕方ない、と息を吸い込んで、私はセシル君に手を伸ばします。
「男の子なんだからしゃきっとなさい!」
思い切り、頭突きをかましておきました。
予想通り私にも多大なダメージが来ましたが、セシル君も突然の痛みにびっくりというか訳が分からないと言った表情で、半泣きな目を瞬かせます。ある意味こっちの方がダメージは大きいです、この石頭め。
半狂乱の状態だったセシル君が呆然としている所で、もう一度抱き締めます。びくりと震えましたが、今度は拒まれません。
「……大丈夫、私に委ねて。何にも怖くないから」
背中を撫でながら優しく囁くと、ふっと体から力が抜けて、私に凭れかかって来ます。安心というよりは、本気で魔力が枯渇して来たのでしょうが。
この体勢のまま、魔力を変換してセシル君に合わせつつ魔力を流していく。今度は拒まれませんでした。
ゆっくりとセシル君の体に、私の魔力を流して、荒れ狂う流れを緩やかにしていく。そこで気付いたのですが、術式は別としても、血に乗っている魔力に違和感がある。物凄く、魔力が圧縮されている気がします。
……最初に感じたセシル君の魔力量と、この風の魔術で消費した量が合わないと思ったら、そういう事でしたか。特異体質なのか、常人より魔力の密度が濃いのでしょう。だから威力も強くて、でも制御が不安定になって、暴走している。きっと本人も気付いていなかった筈。
それなら、と私はセシル君の魔力を自分の魔力で薄めていきます。濃いなら薄めてしまえば良い、副作用とかも心配しましたが、魔力を同質に変換しているので恐らくは問題ないでしょう。
あくまで一時的なものですが、効果はある筈。
「セシル君、聞こえますか? 今なら、多分制御出来ますから」
「……でも」
「……大丈夫、私が居ます。駄目なら私が止めますから。それともセシル君は自分では出来ませんか?」
「……やる」
私の魔力を取り込ませているので、やや回復したセシル君は私の誘うような言葉に、むっとした表情。ちょっとは元気を取り戻したんだな、と微笑んでしまいました。
言葉では強く言ったものの、やはり躊躇いがあるらしいセシル君の背中を撫でて、落ち着かせます。緊急事態なのでもう拒むつもりもないらしいセシル君は、どこかほっとしたように吐息を溢し……集中します。
何となくですが、もう大丈夫なような気がしました。
宙を舞っていたタイルが、からんと音をたてて床に落ちます。
荒れ狂った魔力の奔流も、今はすっかりやんで穏やかな魔力の流れになっていました。予想通り、どうやら制御に成功したらしいです。
よく出来ました、という言葉の代わりに頭を撫でてみると、調子に乗るなと言わんばかりに突き飛ばされました。一緒に危機を乗り越えた人に酷い扱い方ですね、セシル君らしいといえばセシル君らしいですが。
「……っ!?」
私から離れたセシル君は、私の姿を改めて見たらしく驚愕で顔が歪んでいました。そう言えば……と自分も体を見て、思わずあらまあ、と他人事のように声を上げてしまいました。
風に切り裂かれたので服は結構ぼろぼろですし、肌は細かい切り傷に肩口と腰の辺りに割と深い傷が入ってます。おまけで転んだ時の膝に出来た切り傷。
更に言うと、障壁やら治癒術やら風を無効化させた濃縮魔力やらセシル君に流し込んだ魔力やらで、魔力を殆ど失っていました。
此処までは実験でも使わなかったので、まさかこんなにも体が怠いとは思いませんでした。気を抜くと突っ伏して意識を飛ばしそうです。
「あー、大丈夫ですよ、治りますから」
「……俺、が」
「平気です。というかそろそろ限界なので、……ちょっと助けを呼んで来てください」
セシル君も落ち着いたし、もう良いかな……と、そのまま床に転がります。体の節々が痛いし疲れたし、血も魔力も失って相当な打撃です。ちょっとくらい休んでも良いでしょう。
「っおい、死ぬな!」
「……死なないで、すって……」
だけど意識くらいはなくなる。
限界、と重い瞼を閉じ、後の処理は任せた……と、私はゆっくり休む事にしました。うろたえたような声が聞こえたけれどと、今日はもう頑張れそうにないので許して下さい。




