お仕事中ならば
「……これが改良した術式だ」
セシル君が、なんと、話し掛けてきてくれました。いやお仕事の話ですが。それも凄く嫌そうにしています。
それでも、セシル君が約束を守ってくれて、ちゃんと接してくれた事が嬉しいです。最悪無視して居ない人間扱いされるかと想像していたので。根は悪い子じゃないのでしょう。
ありがとうございます、とにこりと笑んで、数種類のパターンが書かれた紙を受け取り私。
セシル君が舌打ちしそうですけど、友好的な対応は崩しません。彼はツンデレだと前向きに解釈する事にしました、そう思っていれば割と可愛らしく見えるし心の平穏は保てるので。
「じゃあ早速実験しましょうか」
「……そうしてくれ」
私に任せて離れようとするセシル君の手首をしっかと掴み、今度は舌打ちしたセシル君には変わらない笑顔を向けます。非常に拒絶する眼差しですが、挫けません。
「実験するにも発案者が居ないと」
要約:逃がしません。
最初から好感度は最悪なので、もうこの際強引にいきたいと思います。付きまとうまではするつもりはありませんけど、せめて必要な仕事の時間くらい一緒に居ても良いと思うのです。単純に仕事の為という最初の理由も入っていますが。
因みに研究室でこのやり取りをしていたので 、皆さん此方に注目しています。カルディナさんはによによと、フェルトさんは穏やかに生暖かい眼差しで、メルフォンドさんはあわあわと慌てた表情で。
そんな三人からの視線を受けたセシル君、忌々しそうに眉間に皺を刻み、私の手を払いのけました。若い頃からそんな顔してたら将来皺が早く出来ますよ。
「……フェルト」
「ああ、今日は私ですか。構いませんよ、ご同行させて頂きます」
どうやら一緒に実験してくれるのを許したらしく、フェルトさんを連れていく事を条件に実験をする事になりました。
……フェルトさんを選んだのは私に対する嫌がらせでしょうか、この人には身の危険を感じているので。
「リズ嬢。それではいきますね」
今回の実験は耐久力実験です。一旦燃費は置いておき、耐久力が何処まであるのかを調べます。
セシル君が組んだ新しい術式の一つを脳内で既存の術式に書き換え、凄いなあとこっそり感心。
私は新しい術式など開発出来ないのですよね、全て既存の術式を使っています。同時発動で組み合わせて他の効果を作り出す、とかは一応出来ます。水と高熱で水蒸気を作って目眩ましとか。
でも、最初から今までと違う魔術として発動する術式を作るとか、そういう行為は出来ません。ですから、同時発動の両方分魔力を取られる。
術式に最初から機能として織り込んでおけば、二つ分程余剰な魔力を使わないし制御も容易い。術式開発にはそういうメリットがあります。ただとんでもなく難しいので、それをこの若さでこなすセシル君には脱帽です。
「リズ様、宜しいですか?」
「あ、はい」
返事をしていなかったので、慌てて頷き、構えます。待ってくれていたらしいフェルトさんに感謝をしつつ、しっかり自分の両足で地面に立つ感覚を大切に。防御の時は地を踏み締めるのが大切なのです、まあ今回は自動防御ですけど。
耐久力実験、つまり私を狙って魔術が撃たれます。障壁のキャパシティを超えれば当然私にもダメージが入るので、直ぐに打ち消せるようにしておかなくては。
「それではいきますね。『フレイムランス』」
実験なので、子供に躊躇なく殺傷能力のある魔術を向けて来た事は構いません。ただカルディナさんみたく威力はあるけど殺傷能力は殆どないものが良かったというか、検証は一応同じ魔術で比較したかったというのが本音です。
当たれば大火傷な、成人男性サイズもある円錐形の槍が形成されて、私に向かって飛んで来る。覚悟はしてますけど、やはり怖いものは怖いです。障壁が破られても打ち消せる程には余裕があるとは言え。
結果は前回と一緒で、炎の槍は自動で発動した障壁に弾かれました。吸われる魔力量は、以前よりほんのり少なくなっていて、多少障壁の強度も上がっている、気がしました。
複数用意したパターンを全て検証しなければなりませんけど、既に改良が結果として出ている事に驚きです。
「術式切り替えるので次お願いします」
「分かりました。ふふ、破り甲斐がありますね……」
「検証にならないので一定の威力でお願いします」
「む」
ひとまず、全部の術式を確かめてみるとしましょう。
「つ……疲れた……」
セシル君が提示した改良パターン全八種類を試して、私は漸く終わったとその場に座り込みました。残存魔力は二割を切った所、これ以上やり続けると私が疲れて動けなくなります。
セシル君は壁際で私の様子を見ていましたが、憎々しそうにこっちを見ています。潜在魔力量は親からの遺伝なんで勘弁して欲しいですね。
「どうでしたか?」
「全体的に改良は成功だと思います。燃費と耐久力を考慮して、最初のと五番目の術式が一番良かったかな、と思います」
「だそうですよセシル君」
「……言われなくても」
セシル君はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いています。素っ気なさは相変わらずですし、私への態度も変わりません。まあ一日で変わっても困りますが。
疲れ気味な私にセシル君は一瞥して、それから訓練室を出て行ってしまいました。でもやる気はあった目なので、更に改良を加えてくれるでしょう。
「セシル君も実は優しい所はあるんですがね、リズ嬢には中々見せてくれませんね」
「あはは、嫌われてますからね」
「とても嫌われていて此方がびっくりですよ。所で健康診断も兼ねて採血を」
「却下」
即座に断ると、フェルトさんはわざとらしい悲しそうな顔をしましたが、そこはスルーしましょう。




