大人の忠告
「……これ、本当に私が受けるんですか」
「大丈夫、ある程度の限界は分かってるから」
「私が食らったらどうするんですか」
ただいま、研究室の近くにある専用魔術訓練スペースにてカルディナさんと相対しております。研究室にはそれぞれこういうスペースがついているらしいです。決闘で使ったスペースよりもとても狭いですが、その研究室のメンバーは自由に使って良いそうです。
何の為に此処に来ているかというと、まあ術式の確認の為です。改良の余地を把握すると共に、現段階での完成度を確かめる為、だそうな。
カルディナさんの背後にはセシル君が立っていますが、相変わらず鋭い目付きを此方に向けていてちょっと怖いです。
「大丈夫だって。取り敢えずは魔道具を使わずに術式単体で発動してくれないかなー。魔力は直接規定値をリズちゃんから吸い上げるようになってるし」
「じゃあ何の為にペンダントに魔力込めたんですか」
「こっちは別用途があるから。取り敢えず術式の耐久性から見て行きたいと思います!」
つまり私は電池兼人身御供という事になりますよね、下手したら。いや、良いですけど、何か納得が……。
因みに、術者から直接吸えるように設定できるならそのまま魔力を使えば良いじゃないか、と浅はかな考えはカルディナさんに否定されました。術者から魔力を吸い上げる形だと、常に自動防御の術式に回路を開いてないとならないらしく、他の術式が使えないそうです。並行発動と高速展開は普通の魔導師では難しいそうな。
それに加えて直接術者から魔力を徴収すると、下手すれば足りなくて昏倒とかも有り得るそうです。昏倒した所を襲われては本末転倒になるので、意見は却下されました。これは私だから実験出来る事だそうで、……やっぱり電池と人身御供だ。
「それじゃあ行くねー。『アクアスパイク』」
微妙に納得がいかなくてもやもやしている内に、カルディナさんが水球を打ち出して来ます。多分それなりに威力を持つ中では一番安全な、水の塊を放つ魔術。
私は自然体で立っているだけで良いのですが、やっぱり魔術が自分に向かってくるのはちょっと怖いです。
水球が私に迫り、当たるかと覚悟した瞬間に、調度両手を広げたくらいの距離で水が弾けます。破裂した水は、私の方には飛ぶ事なく地面に落ちます。
それと同時に、気付けば体内の魔力が結構な量削られていました。まだまだ平気ですが、最初にペンダントに注いだせいもあり、あと五、六発分くらいで結構辛くなる量です。
「どう?」
「……消費の割に、防御術式の耐久力があまりないと思います。今は弾きましたけど、上級なら普通に破れると思います。自動発動に割く魔力を考慮しても、まだ改善の余地はあるかと」
あまり偉そうな事は言えないのですが、そんな間隔だったので正直に言ってしまいました。
確かにオートで障壁が発動しましたが、設定された消費魔力に反して耐えられるであろう威力が少ないように思えました。魔道具としての術式ではなく自分に刻んだ術式ですので、その変換効率は把握しています。何処に余剰魔力がいっているとか、魔力の割き方がどういう比率だとか。
それを感じて、まだ向上する部分があるという事だけは分かりました。
「だってさセシル君」
「……分かった」
それだけ呟くと、セシル君は部屋から出て行ってしまいました。去り際に一睨みを忘れない辺りある意味律儀ですよね。
「じゃあ今日の所はこれで良いよー」
「え? 良いんですか?」
「術式を改良するのはあの子だし、明日には複数パターン試作して来るよ」
セシル君は優秀だからねえ、とのんびり笑うカルディナさんに、私も凄いですね、と微笑みます。
「本当はセシル君自身が試したいんだろうけどねえ……セシル君の魔力だと、三発も耐えられないかな。だからリズちゃんが羨ましいんだろうね」
「……でも、それでも魔力は平均よりかなり上ですよね?」
別に特段低い訳ではないですし、お抱え魔導師としては充分な量だとは思います。セシル君は発想力に優れていますし、とても私には真似出来ないのですが。
こてん、と首を傾げると、カルディナさんは私を見詰めて、苦笑い。
「そうだねー。でもねリズちゃん、覚えておいた方が良いよ。リズちゃんが持っているものは、死ぬ程足掻いても得られない人が居る。そんな人達にとって、リズちゃんは怨みの対象にもなり得るって事」
カルディナさんは、笑みを止めて真剣な眼差しで此方を見詰めて来ます。射抜くような真っ直ぐな瞳は、私の言葉を奪うには充分でした。
「強ければ妬まれ、出る杭は打たれる。逆に持たざる者は排除される。大人の世界ってそんな物だよ」
リズちゃんにはまだ分からないかもしれないけれど。と、眉を下げて悲しそうに笑ったカルディナさんは、直ぐにいつものように笑って「じゃあ帰ろっか」と切り出します。但し、フレンドリーなようで、少しだけ……拒むような、声。
背中を向けたカルディナさんを見詰めながら、私はその言葉が重く胸にのしかかっている事に気付きました。
先程の言葉は、まるで私が責められているようで。違う、まるで、じゃない、実際に遠回しに責められていたのでしょう。
セシル君を傷付けないで、と。
私は、平和な周りに囲まれて、外の風当たりから目を背けていた。私を忌む人も少なからず居るのだと思い知らされて、……苦しかった。居るのは知っているけれど、目の前に、明確に、直接的に示されると……苦しい。ゲオルグ導師やアルフレド卿とは、意味の違う嫌悪を向けられて。
胸がずきりと痛んで、私に事実から逃げるなと囁く。
「……どうしたら、良いのでしょうか」
セシル君を傷付けていたとして、怨まれていたとして。
……彼に謝っても、逆効果、な訳で。
どうして良いか分からなくて、私は訓練室を出ても研究室には戻りませんでした。
「……リズ?」
行く宛もなくてぼんやりと城をふらふらしていると、聞き慣れた声。自分が中庭に居たという事に気付いたのは、声の主がきょとんとした表情で私の肩を叩いてからでした。
いつの間に、こんな所まで来ていたのでしょうか。城の人間には解放されているとはいえ、ふらふら歩いていた私は不審者に近いでしょう。顔は知られてはいると思いますが。
「どうしたんだ、こんな所で。ヴェルフから魔導院の手伝いをしているとは聞いているが……」
「……ん、ちょっと悩み事が出来まして」
殿下は私を見て、眉をひそめます。それから、私の手を引いて歩き出します。それも、強引に私を引っ張る形で。
どうやら剣術の指南を受けていたらしく、僅かに掌が汗ばんでいて、少し離れた位置には騎士の方がいらっしゃいました。私の視線に気付いたのか腰を折る騎士様。随分と私も目立つようになったというか、……それは自業自得なのですけども。
城の喧騒から離れた木陰まで来て、殿下は手を離して木に凭れかかる形で座り込み、私に手招きを一つ。誘われるままに隣に座る私に、殿下は腕を掴んで絡め取り、私を引き寄せます。引っ張られて、私の頭は殿下の肩に。
「悩みがあるなら言ってみろ」
「殿下は強引ですねえ、もう」
「良いから」
茶化すな、と唇を尖らせる殿下に、私は何故だかとても安心してしまいました。こういう所は、変わらない。
やや強張らせていた体から力を抜き、こてん、と殿下に身を預けます。
「殿下は、力を妬まれて怨まれたらどうしますか?」
解決策の見付からない問題を、殿下にぶつけます。
別に殿下に答えを見付けて欲しいと願うわけではありません。ただ、意見が欲しいのです。
「……そうだな……どうもしないな。そもそも王族は怨み妬みを買うのが日常だ」
「ですよねー」
染々と頷きながら殿下が言うと、とても説得力があります。殿下も誰かに狙われたりしてますからね、それが理不尽だったとしても。
「ふむ。力を得てしまったものは仕方ないから、その力を最大限有効活用するな」
「……出る杭は打たれても?」
「能ある鷹は爪を隠すべきなのだろうな。だが、あるものを使わない方が勿体無いだろう。全力を尽くす事が力あるものの責務だと、私は思う」
そう迷いなく言ってのけた殿下の、不覚にもちょっとときめいて、それから月日が経つのは早いなあ、なんて年寄りみたいな事を思ってしまいました。
私が彼と初めて会った時は、訓練から逃げ出す年相応の子だったのに。今ではこんなに立派になってしまって……子供の成長は早いですね。
「……殿下は強いですね、私にはちょっと無理かもしれません」
「リズも強いぞ。……リズは、優しいから悩むのだな」
「優しくなんかないです、……質悪いですもん、自覚なかったし」
私には生まれた時からこの力が当たり前でしたけど、他の人からすれば喉から手が出る程欲しい力なのでしょう。当たり前のように使っていれば、それが当たり前でない人には怨む理由になる。
でも殿下の考えは、それを笑うようなもの。ある力を使って何が悪い、手加減する方が失礼だ、と。
どちらも、主観的に見れば納得出来る部分もある。まあ極端な例でしたけどね。悪く言えば傲慢と卑屈な思考です。
「今自覚しているなら良いだろう、次から気を付ければ」
「殿下は前向きですね……」
どうしてそんなに前を向いていられるのでしょうか。生まれつきの性格なのか、それとも周りが支えてくれるからなのか。
……多分、両方なんだろうなあ。
「後ろ向きで良い政策は生み出せないからな」
「ふふ、将来の王様は頼もしい限りです」
自信満々に言い切った殿下に口許を綻ばせ、私は穏やかな気持ちで殿下に凭れかかってお昼寝をしてしまいました。
騎士様に微笑ましそうな笑みで起こされるのは、後一時間後の事。




