お手伝いの内容
「で、私は何をお手伝いすれば良いのでしょうか」
セシル君に当たり前のように置き去りにされたので、記憶を辿りながら研究室に戻り。漸く縄から解放されて伸びをしているカルディナさんに、私は訪れた目的であった事を伺います。
取り敢えず早く仕事は終わらせると、私は心に誓いました。セシル君は私の事がとてもとても気に食わないそうなので、彼の為にも早い所出て行ってあげたいという気遣いです。
一応仲良くするつもりではあったのですが……どう足掻いても良好な関係が築けそうにないのですよね。勿論、努力はするつもりではあります。
「ああ、ヴェルフ様から聞いてないかな?」
「魔道具の作成のお手伝いとは聞いてます。あと父様は?」
「ヴェルフ様は忙しいからって他の部署に行っちゃった。しかも私に拳骨落として。酷いよねーうら若き乙女に」
べーっと舌を出して父様に文句を言っていますが、特に怒っている訳でもありません。寧ろ少し楽しそうでした。日常茶飯事で慣れているのか、そんなに根に持たない人なのか。
ただ、どちらにせよ自業自得であったという事だけは、被害者の私としては主張しておきたいです。
「そんで、魔道具の作成なんだけどね。形は出来てるし、あとは稼働まで持って行くだけなの。微調整とか不具合の確認、それから出力の確保と安定って感じ。それらの細かーい作業を、感受性の高く魔力量も高いリズちゃんにお手伝いして貰おうって魂胆です! ……ほあー、どしたのその顔」
「いえ……仕事出来るんだ、と」
「ひっどーい。こう見えて室長任されてるんだからね?」
リズちゃんは冷たいねえとわざとらしく泣き真似をして抱き着こうとして来たので、そこはさっと身を翻して避けておきましょう。捕まったらセクハラの嵐が待っているので。
捕獲が空振りに終わったカルディナさんは不満気でしたが、私が「父様」と一言で釘を刺すと大人しく引っ込んではくれます。
父様も、そういう場面はあまり見ませんが魔導院のNo.2ですからね。言い付けを守らない部下を罰する事は簡単です、そこにカルディナさんという例外はありません。
「はは、カルディナさんもヴェルフ様には敵いませんな」
「うるさいなー。そういうフェルトやメルちゃんもセシル君も同じ穴の狢でしょ」
「はは、違いない」
揶揄するようなフェルトさんの声に、カルディナさんはぷくっと頬を膨らませています。何と言うか、カルディナさんって見掛けよりやや幼い言動をしますよね。若々しいというか。
逆にフェルトさんは外見年齢よりも落ち着いている感じがします、あくまでそんな感じが。採血と言った時点で、彼をあまり信用してはならないと本能が告げたのです。
「兎に角、今日はまず魔道具の御披露目から入りましょう。メルちゃーん、例の物持ってきてー」
「は、はいいい」
此方もやっと泣き止んだらしく、慌てて奥の部屋に飛び込んで……ずしゃあああと転んだ音。その後からふえええええと泣き声が聞こえて来たので、私の心のメモ帳にはドジッ娘、と追加で書き綴っておきます。
「あーまたメルちゃんこけちゃった。魔道具壊れてないと良いけど」
「カルディナさんが書類を床に置きっぱなしなのも悪いと思いますよ」
「えへ」
「片付けましょうよ……」
それ半々でカルディナさんが悪い気がします。メルフォンドさんがかなりそそっかしいのも原因だとは思いますが。
「ひぐっ、ぐすっ、持ってきましたああ」
さっき止まったばかりなのに再度泣く羽目になったメルフォンドさん、両手に幾つかのアクセサリーを持ってしゃくりあげながら出て来ました。額を打ったのか、青い髪の隙間から覗く肌は真っ赤になっています。
流石に可哀想だったので、治癒術を使って治してあげつつ、メルフォンドさんの手にえるアクセサリーを眺めました。
「はぇ、痛くない」
「治癒術かけておきました。そしてこれはどういった魔道具で?」
「説明しよう! これはだね、とある依頼人から承った秘密の案件であり、これを作るには様々な苦労を、」
「簡潔に効果だけお願いします」
「ああんリズちゃん素っ気ない! これはだねー、一定の魔術を無力化する魔道具なのだよ!」
どやあ、と腰に手を当てて自信満々で言い切るカルディナさん。
……魔術を無効化する、つまり、特定条件下では無敵になるという事です。
「……凄くないですか?」
「でしょでしょ! 褒めて褒めてー!」
「褒めるならセシルさんを、ですけどね。リズ嬢、これはセシルさんが術式の設計をしたんですよ」
「えっ」
セシル君が設計って。……セシル君、どう見ても私と殆ど年齢変わりませんよね。多く見積もっても一つ歳上程度、この間会ったクラウス君よりも幼く見えます。中身はクラウス君より大人びているというか刺々しいですけど。
そんな彼が、自身の力で術式を組み立てた。それはとても凄い事じゃないのでしょうか。
「凄いですね……天才って」
「や、リズちゃんも充分おかしいからね。私がリズちゃんと同じくらいの時は全く魔術使えなかったから」
「師匠が優れているお陰ですね」
そうです、ジルは凄いのです。だって、ジルが私に教え始めた時は小学校高学年くらいの年齢だった筈です。ジルも並外れて凄いのですよ、あの歳であんなに落ち着いていたし。……その分、達観もしていましたが。
素直に感心していると、セシル君は此方を見て何故か舌打ちしています。か、可愛くない……いや私が何故か嫌われているからあんな態度を取られるのでしょうけども。
うーん……プライドを傷付けた、とか?
私は子供らしからぬ魔力持ちです。セシル君だって魔導院に居る時点でかなり魔術が出来るでしょうし、そんな彼にとっていきなり現れた私は目の上のたんこぶなのかもしれません。まあ自惚れかもですね。
……それにしてはあの嫌われっぷりは尋常じゃないですけど。
「魔力量が多かろうと、私は術式を作り出せませんので。ですから、そういう才能はとても羨ましいです」
「だってさーセシルくーん」
良かったねー、と間延びした声に、セシル君は煩わしそうに瞳を細めています。物凄く敵意に満ちた瞳は、此方がびっくりするぐらい私を嫌悪しているように見えました。
「……リズちゃん?」
「初対面だとは思いますし、特に心当たりは……」
「ほうほう。つまり好きな娘程苛めたいってやつだね!」
「違うと思いますよ、ほらセシル君滅茶苦茶睨んでます」
私が言った訳ではないので、そんなに熱烈な視線と舌打ちを投げないで下さい。
「兎に角、本題に入りましょう。私はどのようにすれば良いので?」
「ああそうだねえ……取り敢えず、そのペンダントが一杯になるまで魔力注いでくれないかな」
カルディナさんはメルフォンドさんの持つアクセサリーから一つ摘まみ上げ、私の掌にひょいっと落とします。しゃら、とチェーンが擦る音を確めて、銀の輝きを注視。
装飾自体は何て事のない、シンプルな雫型のペンダントトップ。強いて特徴を言うなら、これ自体が青っぽい銀の輝きをしていると、小さな宝石があしらわれている事でしょうか。
「ミスリル性だから魔力をよく溜めるよー」
「また高価な物を……よく用意出来ましたね」
「そりゃ陛下からの注文だからねー、良いもの材料に使わなきゃ」
「えっ」
……陛下からって。陛下に渡すものの製作を部外者の小娘に手伝わせて良いんですか。
でもまあ納得です。本来自動発動の防御の魔術は高等過ぎて使える人間が限られます。私にはまだ無理ですね、意識的にしないと。
王族は危険が付き物ですし、こういった自己防衛用の魔導具があると非常に便利でしょう。城外に、国外なら出るならば、尚更。暗殺の危機など普段から有り得るのです。
陛下にはお世話になっていますし、こういう形でも恩返しはしたい物です。本気でお手伝いに取り掛からねば。
俄然やる気が出たので、私は手に乗ったペンダントの雫に、魔力を許す限り、許容量一杯に注ぎ込む、……のは、良いのですけど。
「これものすっっっごく魔力取られるんですけど」
「そりゃミスリルだからねえ。あと術式の燃費が悪いからニ、三回発動ですっからかんになるし。私だとフルパワーでも完全に溜まるかどうか」
「私も一日にそう何度も満たしきる事は出来ませんよ。精々四、五回です」
「規格外だねえほんと。そんなリズちゃんでも疲れるこの魔道具。陛下に扱いやすいよう、私達が調整出来るように使用の感想と改善点を挙げるのがリズちゃんのお仕事です!」
良い笑顔で言い切ったカルディナさんに、私は溜め息。
……時間がかかりそうですね、この調整。まだ完成してないらしいですし、魔術に何処まで耐えられるかの実験もしなければならない。取り敢えず全員で取り組む事は耐久性向上、出力安定、消費抑制の三つですね。実際の使用時に満タンに満たすのは、多分父様なのでそこは任せましょう。
帰れるのは当分先ですねえ、と家で頑張ってくれているジルとマリアの顔を思い浮かべては、肺に溜まった空気を吐き出しました。




