色々不安になってきました
取り敢えず事態が落ち着いたのは、父様の拳骨が変態気味な女性に落とされてからでした。
父様も呆れるくらいにはしゃいだ女性は、今はずぶ濡れのまま椅子に縛り付けられた状態で唇を尖らせています。父様は比較的フェミニスト……だとは思いますが、彼女には遠慮ないらしく、余計な事をしようものなら再び拳骨する用意があると彼女に見せています。ですから、拗ねてはいますが女性は大人しいです。
その女性から離れて、先程襲われかけていた少女はえぐえぐと泣いていました。あれは流石に私でも嫌です、同性な分だけ伯爵子息よりマシですが。
「お前らリズに手を出したら魔導院から追い出してやるからな」
「ははは、カルディナさんじゃあるまいし、私が手を出す訳がないでしょう」
「お前が一番心配なんだよ、解剖とか考えたら本気で解雇するからな」
「……ははは、まさかー」
先程女性を嗜めていた男性、父様に笑顔で否定していますが、一瞬返事が遅れていました。温厚で常識人っぽそうだと思ったのですが、……近寄らない方が良さそうな気がして来ました。
本能的に一歩下がってしまう私に、男性はにこやかな笑みで違う違うと手を振ります。うん、信用出来ません。
「セシルもこっち来い」
あまり関わりたくない面子に引け腰な私ですが、約一名はちょっと三人と雰囲気が違いました。というか見た目からして、三人と一線を画しています。
さらさらと細そうな銀髪に金色の瞳。整った顔立ちの少年……いえ、幼子が、窓辺の椅子で読書していました。
此方から背を向けるように窓の縁に頬杖をついて、片手でぺらぺらと本を捲る姿は何処のイケメンかと思いました。ですが、美男というには如何せん年齢が足りません。その少年は、私とそう年齢は変わらなかったからです。
セシルと呼ばれた少年は、ちらっと此方を見ては、また本に視線を戻す。その姿は、何処かで見た事があるような気がしました。あれ、でも、見た事はないと思うのに。
「リズ、あの子はセシル。人嫌いであんまり人を近付けないんだが、悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ」
「はい」
まあ彼が嫌がらない程度にはお話ししたいと思います。嫌がられたらそれ以上はなるべく近付かないようにはしますが……人嫌いを直さないとこれから辛いとは思うんですよね。
「あとこいつらの名前な。ずぶ濡れなのがカルディナ、そこのへらへらしたのがフェルト、泣いてるのがメルフォンドだ」
「カルディナ=ハーヴィスだよー。一応この第三研究室の室長やってまーす。よろしくねっ」
縛られたままウィンクをして自己紹介をするカルディナさん。語尾に星が付きそうなくらいに弾んだ声音で茶目っ気たっぷりに喋るカルディナさんは、……見掛けの二十代には見えない若さがあります。若干変態でも室長になれるのは能力があるからなんでしょうね。
「フェルトです、以後お見知りおきを。所でリズ嬢、採血させて貰えませんかね」
「解雇させるぞ」
「お断りします」
「手厳しいですね」
「リズ、襲われたら魔術ぶっぱなしても良いからな」
この人に自分を解析されて更に知りたいと解剖でもされたら堪りません。というか採血って……。
ますます近付きたくなくなりました。何でこんな変な人ばかり……ああ、変人の集まりだって父様言ってましたね。
父様が紹介してくれたのは、あとぐずぐずと鼻を啜っている女の子です。メルフォンドさん、でしたっけ。比較的まともそう、な方だとは思ってます。犠牲者というイメージがついてしまいましたが。
「あともう一人居るが、まあそいつは……基本、外に居るから関係無いな」
「外……ですか?」
「王都の外で色々やってるな。魔物狩ったり実験したり。まあ当分帰って来ないからまあ関わらないだろう。……セシル、お前リズ案内してくれ。当分お前の部屋に泊める」
「……あ?」
父様の言葉に、セシル君は子供とは思えないドスの聞いた声で父様を一睨みします。それでも可愛らしいお声だとは思いますが、明らかに子供のしていい反応ではないと思います。折角綺麗な顔をしているのに、目付きが悪いから近寄りがたい雰囲気がありますね。
「セシルが一番安全なんだよ。分かるだろう? この面子の中で誰が安全か」
カルディナさん、フェルトさん、メルフォンドさん、セシル君。……メルフォンドさんは兎も角、他二人は駄目ですね。物理的にと性的に寝ている間に何かされそうです。
メルフォンドさんは泣いていて話を聞いてなさそうですし、セシル君が妥当……なのでしょうか。一応セシル君男の子だと思うんですけど。
セシル君は父様の命令に舌打ちしそうな勢いで此方を睨んで来ましたが、忌々しげに私を見ては溜め息。読み掛けの本を閉じて、気怠さを隠そうともせずに立ち上がります。
そのまま私の横を擦り抜けて扉から出て行ってしまったので、私は慌てて彼の後を追いました。まあ案内する気はないらしく、勝手についてくるならついてこいやという事でしょう。
私を置いて行くつもり満々なセシル君。歩くペースも早いです。見た所然程年齢も変わらないので、追い付けない程ではありません。
小走りでついていく私が気に入らないらしく、早足で置き去りにしようとしていました。こっちはちょっと走ってるから平気ですけども。
暫く歩くと、セシル君は立ち止まって一つの部屋に入ります。此処がセシル君の部屋なのでしょう。
魔導院仕えで家が遠く通うのも億劫だからと、寮住まいみたいな方は結構な数が居るそうです。研究室に泊まり込みな方もいらっしゃるらしいので。セシル君も例外ではなかったのでしょう。
……セシル君の歳で魔導院で働くってとても凄いと思うのですが。
セシル君に続いて部屋に入ったら、セシル君は私には一目もくれず机から石灰みたいなものを固めた棒、まあチョークに似たものを取り出しては床に線を引いていました。
壁に沿うように置かれたソファ、反対側に置かれたベッド。その調度中間に区切りを付けています。机はベッド側に入っていました。
ぴっ、と。セシル君は、ソファ側の空間を指差します。言葉にはしていませんが、そっちを使えとの事でしょう。
まあそんなに長く泊まるつもりはありませんし、ソファでも寝れなくはないので、それに怒るつもりはありません。貸して貰う側ですから。
「分かりました、それでは此方を使わせて頂きますね」
一応そう断って、軽い荷物をソファに置きます。一応明日分の着替えは持って来ました、足りない分は父様が持って来てくれるそうです。
セシル君は私を一瞥すると、部屋を出て行ってしまいました。研究室に戻るのでしょう。
……私、これからセシル君と共同生活出来るか心配になって来ました。




