父様のお願い事
「お手伝い……ですか?」
「そうだ。少しの間手伝いに来てくれないか?」
決闘を終えた数日後の事です。漸く家に帰って来た父様が、そう私にお願いしました。
魔導院にお手伝い。父様が私に頼んできたのは、今までなら考えられない提案でした。だって出入禁止でしたし、確実にゲオルグ導師には嫌われてるし。父様も気を遣って魔導院には連れて行かないようにしてましたから。
それがいきなりどういう気の変わりようなのでしょうか。
「決闘でリズの能力が魔導院の連中にバレたからな。ちょっと研究に付き合って欲しいそうだ」
「……具体的に?」
「魔道具の作成に付き合って欲しい」
「魔道具の作成、ですか?」
思ってなかった方向での提案に、私はぱちりと瞬き。
魔道具は魔術を宿した道具だと説明しましたが、魔導師にはあまり必要にならないものです。それも宮廷お抱えなら尚更。
そもそも魔道具って大昔の人が作ったものか、余程強い魔導師が新しく作るかのどちらかです。効力の弱いものなら普通の魔導師でも作れますけど。
「リズくらい魔力があれば、良いものが作れるさ。勿論ただとは言わない、協力してくれたらお礼はする」
「お礼?」
「作った試作魔道具の一部と、魔導院の出入許可証。許可証さえあれば自由に書庫の魔術書を、」
「やる!」
手伝いをするだけでそんなものが貰えるならやるしかないでしょう。ずっと入りたくてでも許可が出なかった魔導院の書庫、そこに入れるのですよ?
引きこもりだったから気分転換になるし、父様がお勤めする所だから一応危険はない……いやあるけど大っぴらにはしないでしょう。いざとなれば魔術ぶっぱなします。
殿下に出くわしそうでちょっぴり億劫ですが、そこはちょっと逃げる勢いで。何か殿下怖い。嫌いじゃないけど怖い。絡め取られそうで怖い。
「じゃあ手伝ってくれるね?」
「うん!」
リズベッド=アデルシャン。簡単に釣られました。
三年振りでしょうか。一度だけしか入った事のない場所なのであまり覚えていませんが、三年前と殆ど変わりません。建物が変わったらそれはそれでびっくりしますけど。
「リズベッド嬢、よくいらっしゃいました」
中に入ると、受付嬢さんがにこやかに挨拶してくれます。事前に父様が伝えてあったらしく、お姉さんに驚きはありません。
どうしていいものか分からなくてぺこ、と頭を下げると、父様は慣れた様子で「第三研究室」とだけ告げて、私の手を引っ張りました。何だか今の父様、偉い人のように見えます。実際に偉いのですが。
父様に連れて行かれる時に、お姉さんに手を振っておきます。円滑な人間関係、大事。お姉さんもこっそり笑顔で手を振ってくれました。
お姉さん、美人だったな。……微妙に憐れまれた笑顔だったのは気のせいですかね。
「リズ、第三研究室に私達は行くが……その、何だ、……引かないでやってくれ」
「引く?」
「リズ、能力が高いと人格は些末な問題ではなくなるのが、研究者というものだ」
渋い顔をしている父様に、私はああそうか、と納得してしまいました。
つまり、私が向かっている「第三研究室」の人間は、変人揃いなのだと。だから私は受付のお姉さんに憐れまれたのですね。納得です。
優秀ではあるが人格や行動にやや難がある、そんな人間は何処の世界でも一定数は居ます。そんな人間を一ヶ所に集めたのが第三研究室だ、と。
……そのイロモノメンバーに私が入る、と。
「あと、悪いが急ぎの案件なので暫くこっちに泊まって貰うようになる」
「まあジルに庭の世話を任せてますから平気ですけど……」
言い忘れてましたが、ジルはお留守番です。家の仕事があるのと、決闘後に何故か増えた求婚を突っぱねるのに忙しいのだとか。
恐らく生まれてくる子供に魔術の才を引き継がせたいのでしょうね。あれだけ観衆が見てる中魔術ぶちかましたら、そりゃあ魔術に才能がある事は分かるでしょう。私は恋愛結婚が望ましいので全部断って貰いますが。
「セシルの部屋にでも泊まって貰うか……あのメンバーでは一番安全だし」
「ねえ父様、安全って何ですか」
「リズ、大丈夫だ。悪い奴等ではない」
「答えになってませんよ、ねえ」
父様が目を合わせてくれません。ねえ父様、安全って何ですか安全って。私の身が危ないとかないですよね。
くいくいと不安げに服を引っ張っても、頭を撫でるだけで説明はしてくれません。解答拒否ですかそうですか。
襲われたり傷付いたら全部父様のせいにしてやる。母様とジルに言い付けてやります、父様は一度こってり絞られれば良いと思います。
ちょっと父様が信用出来ないので、再び繋ごうとしてくる手を払いのけてそっぽ向きます。ショック受けた顔をしてますが知りません。娘を死地に送り込まないで下さい。
「……着いたぞ。おーい、俺の言ってた助っ人を、」
「うひゃあああああ例の女の子じゃないですかあああ!」
「ひにゃあああ!?」
若干しょげた父様が第三研究室というプレートが提げられた扉を開けた瞬間、私は衝撃を受け悲鳴を上げて尻餅を着きます。誰かに抱き着かれたのだと、遅れて理解しました。
飛び掛かって来たのは、二十代前半の女性。化粧っ気のない顔を紅潮させ、興奮した瞳で私の頬に頬擦りして来ます。息が荒く抱き着いた手が二の腕やら太腿を這うので非常に寒気、いや色々な意味で身の危険を感じました。
「ふおおおおすべすべぷにぷにでつるっつるまないた! これは逸材と見た! ねえねえ、ちょっと脱いでお姉さんに触らせて、」
「止めろカルディナ、うちの娘に触るな」
「いやーん殺生なあ……」
幸いな事に父様が片手で女性を引き剥がして、ぺいっと乱雑に放り投げたので事なきを得ました。いつの間にかブラウスのボタンを上から三つ程外されていたので、あのままだったらと恐怖を覚えてしまいます。何故私は幼女趣味の人間に目をつけられるのですか。
身の危険に頬を引き攣らせつつ服装を整え、さっと父様の後ろに隠れます。もうこの時点で嫌になってきたのですが。
「リズ、カルディナは変態かもしれないが、悪い奴ではないんだ」
「帰っても良いですか」
「やぁー、そんな事言わないでリズちゃーん」
だったらそのわきわきと何かを揉もうとしている指をどうにかして下さい。何を揉むんですか、つるつるまないたしかないのに。
「カルディナさん、お嬢さんが引いてますよ。頭を冷やして下さいな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、フェルトさんが言ったからしましたごめんなさい!」
絶対近寄るまいと父様を盾にしている私に、女性が諦めじとにじり寄るのですが……唐突に、女性がびしょ濡れになります。極小規模の『スプラッシュ』が、女性を襲ったのは見ていて分かりました。
驚きに振り返ると、二人の男女が襲い掛かった女性に視線を向けていました。
「もー、酷いメルちゃん。そんな子にはお仕置きしちゃうぞー」
「ひいいいいい!?」
びしょびしょになった女性は、然して怒った様子はなく、どうやら先程『スプラッシュ』を発動した少女にターゲットを変えて飛び掛かっていました。
可愛らしい悲鳴を上げて逃げようとする半泣きの少女ですが、変態気味な女性は軽い身のこなしで少女に抱き着いております。先程は使用されなかったわきわきとした手の動きが遺憾無く発揮されていたので、うん、物凄く可哀想だと思いました。
「父様、帰っても良いですか」
「我慢してくれお願いだから」
割と真剣に懇願したのですが、父様は認めてくれませんでした。




