本の虫予備軍
まず現状を説明しますと、 私ことリズベット=アデルシャンは四歳になりました。
両親の愛情をたっぷりと受けて来た私は、少なくとも両親の前では捻くれる事なく素直な子に育ちました。中身が可愛いげないのは勘弁して下さい、良い大人が幼児帰りするのは無理ですから。
親からはリズと言う愛称で呼ばれますが、日本人名に慣れていた私には最初違和感バリバリでした。今や慣れてしまったものですが。
幼児な分色々体験したくない事まで体験しましたが、そこは長くなるので割愛します。一つだけ例を挙げるなら、恒例の父親とのお風呂イベントです。何があったのかは言わなくても察して下さい。
「リズ、こっちにおいで。一緒に本を読みましょう?」
「はい、母様」
私を生んだ母様……名前はセレンというそうです。
母様は柔らかな微笑みを湛えて私に手招きをします。それに直ぐに反応して笑みを浮かべて駆け寄るのは日課になっていました。
私の母様は、身内贔屓になるかもしれませんがとても見目麗しいです。私が男だったら是非嫁にとアプローチかけるくらいには。
そんな母様が美しい笑みでおいでと言うのです。行かない訳にはいかないでしょう。
転ばないように気を付けながら母様の下に駆けていくと、近付いた私に慈愛の笑みで抱き締めてくれます。
……前世の私からすればとても羨ましい柔らかさが、胸部装甲として母親には備わっているのですよね。私も母様の血を引いているので胸部装甲が追加される事を祈ってます。
両親の血を良いように引けば、結構な外見に成長すると思うのですよ。今現在で割と片鱗は見えています、自分で言うのも複雑ですが。
絶世の美女には成り得ませんが、それなりな可愛さを持った女には成長しそうで助かっています。あくまで親の遺伝子のお陰なので自慢しようとは思いませんけど。
「今日は何の本を読むのですか?」
ふくよかな膨らみに顔を埋めて極上の感覚に目を細めつつ、他者からすればあどけない笑顔で首を傾げてみせます。
因みに……というか当たり前なのですが、四歳児では有り得ない程私は賢い子だともてはやされています。そりゃ中身四歳じゃないし。
手のかからない子でありたいとは思ってはいます。でも構っては欲しいんですよ、それなりに。
「リズは何を読みたいかしら」
「父様の書斎にある本を読みたいです」
……こんな四歳児可愛いげないですね、でも許して下さい。こんな明確な意思と明瞭な受け答えをする子供など世界に殆ど存在しないでしょう。幸いな事に両親はうちの子賢い!で済んでますが。
「書斎のは駄目よ、あれは難しいし……魔術の事に関してのだから」
ああそうだ、私が最初に懸念していた事は当たっていました。
実は私が生まれ変わった先は、地球ではなかったみたいです。何かファンタジーな世界に生まれ落ちてしまったようで。
おまけに自分は貴族に生まれたようです。両親は城に仕える魔導師……あ、魔導師ってのは魔術を極めた人の事で称号らしいです。つまりエリートっぽいです。
魔術の事については後々説明したいと思いますが、取り敢えず私は幸運の女神に微笑まれたらしく、非常に恵まれた環境に生まれたみたいですね。地球の神様が便宜を図ってくれたのでしょうか。
「私も魔術の事を勉強したいです」
両親曰く、「才能はある。潜在魔力量も並外れている」だそうな。これチートスペックじゃないんですかね……いやあったら助かりますけど。
そんな評価な私ですが、才能があっても使わなければ宝の持ち腐れになってしまいます。そして、才能は磨くものですし、才能という言葉には胡座を掻きたくない。
才能があるならばより努力をするべきでしょう。将来才能があるから仕方ないという言葉で終わらされるのは不本意です。
……まあ、それに加えて今度の人生では勝ち組になりたいからですけどね。今度こそ幸せになってやりましょう。自らの力で掴み取ってやりますとも。
そんな訳で早々に魔術について特訓を開始したいのですが、母様は渋い顔をしていらっしゃいます。
母様は私に自分の後を継いで欲しいと思っているそうですが、私にはまだ魔術は早いとも思っているそうです。小さい体に魔術は負担がかかる、とか、事故を起こしたら大変、とか、まだまだ甘えて欲しい、だとか。気のせいか後者が一番の理由に思えます。
「……母様は、私が魔術をするの、嫌……?」
うん、ですので、ちょっとズルを。
お胸様から顔を離してうるうる、と瞳を揺らがせ、じいっと見詰めます。この時上目遣いと服の裾をちょこんと引っ張る事を忘れてはなりません。多分あざと可愛い感じに見えるでしょう。
私は肉体が子供だと自覚してやっている分質が悪いですけど、普段駄々こねたり我が儘言ったりしないのでこれくらい許して欲しいものです。大人になったらしないので勘弁して下さい。
四年も一緒に居れば母様の性格も分かって来ます。両親……取り分け父様がですが、私に甘いのです。愛娘ですからね、溺愛されてる自覚ありますからね。
しょぼんとしたように眉を下げる私に、母様は言葉を詰まらせています。ごめんなさい、困らせて。
でもこれは譲れません。時には危険を冒してでも成さねばならない事があるのです。……いやまあ書斎の本見るだけですけど。
「……駄目……?」
「……本を読むだけよ? まだ魔術は使っちゃ駄目だからね?」
「はい!」
とうとう根負けしたらしい母様、私に念押しして了承してくれました。流石母様、大好きです。
お礼も兼ねて抱き着いて満面の笑みを浮かべると、母様は苦笑ながらも笑って私の頭を撫でてくれました。
取り敢えず、今は知識を磨く事にしましょう。知識は幾らあっても荷物にはなりませんから。知識を得る事で将来に役立ったり危機を回避できるならば、私は幾らでも勉強しますよ。勉強は嫌いじゃないですし。
……それから毎日のように入り浸って、メイドさんに本の虫だの頭がおかしいだの言われるようになりましたが、まあ良しとしましょう。