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決闘という名の

 正直、此処まで話が大事になるとは、お願いした当初は思ってませんでした。




「私が勝てば金輪際私と私の関係者に関わらない事を望みます」

「僕が勝てば君を伴侶にする事を望む」

「双方、異論はないな?」

「はい」


 私達に厳格な面持ちで問い掛けてきたのは、金髪碧眼の美丈夫。因みに役職は第三十二代国王です。ぶっちゃけ現国王陛下で殿下の父君にあらせられるお方です。

 伯爵子息は初めて国王陛下に話し掛けられたのか緊張気味。ですが国王陛下の前で取り決められた事なら必ず実現すると、口元が緩んでいます。それ負ける事考えてないですよね。




 何でこんな事になったのか。


 それは私が決闘の場所を借りに行く所から始まりました。

 流石に庭や市街地で決闘などを行えば、惨事が予想出来ます。主に私の魔術で。向こうの実力は知りませんが、魔力量を見た限りでは貴族でも平均以下の値でした。まあ大破壊は起こらない筈。


 私としてはなるべく広い所でやりたかった為、考えて考えた結果城になりました。お城には魔導院があり、その魔導院には魔術訓練スペースがある。魔導院の人なら魔術障壁も張れるでしょうし、安全だと思ったのです。

 そんな訳でジルを連れて行き魔導院にお願いしに行きました。私は父様の娘なので無下に出来まいという魂胆です。可愛くなくてごめんなさい。


 さあそこで問題が発生しました。何と殿下に見付かってしまったのです。

 殿下は私が城に居た事に大喜び。まあこれは置いておくとして、何故城に居るのか問われました。場所を借りるのですから黙っている訳にもいかず、かくかくしかじかと説明させて頂きました。

 そうすると当然求婚云々の話になり、殿下が怒りだします。そして話は殿下から陛下に。


『それにしてもリズベッド嬢はヴェルフに似ているな。ヴェルフも決闘を十年程前にしたぞ』

『え、何の為にですか?』

『セレンを娶る為だ。ヴェルフの父は頑固でな……下級貴族の血を取り入れる事には反対だったのだ。それで認めさせる為に、父と決闘した訳だ』

『父様が……』

『その時の立ち合いも私がした。今回の決闘には私が立ち合おう』


 父様の知られざるエピソードを聞かせて頂いた衝撃もそのままに、更に爆弾発言をする陛下。……陛下直々に立ち合いって。というか私は父様と同じように色恋沙汰で決闘をするのですね……。いや私は貞操を守る為、身の安全を確保する為にやるのですが。


 まあそんなこんなで、父様には内緒にして貰ったまま決闘の準備を着々と進めたのです。




「リズ! そんな話は聞いていないぞ! 決闘も聞いていない!」


 そして決闘当日。

 父様は事件の後始末に奔走していたらしく、当日になって陛下から知らされたらしいです。当然父様は目を剥いて私に叫んでいます。

 ……だって言ってないし。


「だって父様、家に帰って来ないんですもの。そのお陰で望みもせぬ婚約を迫られたんですよ。父様が居れば突っ返せたのに」

「うっ」

「ヴェルフ、リズベッド嬢の決意は強い。そもそもお前が家を開けていたのだろう」

「ディアスが後始末しろって言ったんだろう!」

「そうだがな、家を蔑ろにしたお前も悪い。それに、心配せずとも、リズベッド嬢は間違いなくお前の子だ」


 最後の一言は、表立って肩入れ出来ない陛下が応援してくれている気がしました。

 そう、私は父様と母様の子供。こんな所で見ず知らずの変態に身を穢される訳にはいかないのです。私の理想は優しく正しく時には私を諫めてくれる人なので。欲を言えばジルくらいに魔術が出来ると尚良しです。別になくても私が守りますが。

 という訳であれはないです、まず有り得ない。


 私は父様が押し黙って下がるのを確認して、離れた位置にいるジルと殿下を見遣ります。殿下は心配そうにしていて、その一方で伯爵子息を憎そうに睨んでいます。

 ジルは伯爵子息に軽蔑と憐憫の視線を投げていました。ジルの冷たい眼差しはちょっと怖くて、でも私と視線が合うとにっこりと微笑んでくれます。

 頑張りますよ、ジルにずっと魔術教わって来たんですもん。


「陛下、質問があるのですが宜しいですか」

「何だ?」

「相手の降参か致命傷寸前で決闘の勝敗が決まりますよね。怪我した場合は罪に問われませんよね?」

「無論。鍛練のなっていない自分の責任だ」


 それだけ聞ければ充分です。少々怪我されても、それは承知の上という事ですから。




 吹いた風がスカートの裾をはためかせ、ふぅわりと布地を翻らせます。

 今の私の格好は、如何にも清楚なお嬢様風のワンピース。ドレスでも着て来ようかと思いましたが面倒なので止めておき、可愛らしさをアピールする可憐な白いワンピースです。派手過ぎず、且つ地味すぎず。ワンポイントにリボンを添えてある、控え目なデザイン。


 何で動きにくいこんな服を着てきたかと言えば、いたいけな少女である事を主張する為ですよ。か弱い女の子に決闘を申し込む非道という印象を周囲に与えると共に、世間知らずなお嬢様感を出して伯爵子息の油断を誘う為です。

 そして何より、私の見掛けは儚い女の子らしいので、こっちの方が似合うと母様が選んでくれたからです。なら着ちゃうでしょう、母様のチョイスですし。

 母様は決闘の事を知っています。特に反対もしなかったのは、向こうの力量を知っていたからでしょうか。


 陛下が立ち合いとの事で、城に決闘が広まったらしく、観客も沢山。此処までとはぶっちゃけ想定外でした。

 観客の皆さんは私に同情的です。倍は年齢が違う相手と、理不尽な要求を突き付けられて決闘という事が知れているので。取り敢えずゼライス伯爵子息に味方は居ないかと。


「それでは準備は良いか」

「あっ、少しだけ時間を下さい陛下」

「良かろう」


 陛下は私が何をしたいのか分かったらしく、鷹揚に頷きます。そんな陛下に感謝の一礼をして、私は父様とジルの所に駆け寄ります。


「父様、頑張って来ますね」

「……負けるなよ、リズ」

「はい。父様の娘ですから」


 抱き締められたので、笑って頷きます。久しぶりの父様の香りは相変わらずお日様の匂いで、不思議と幸せな気分になります。


「リズ様、あなたなら大丈夫ですよ」

「はい」

「終わったら好きなだけ構ってあげますから」

「そ、その話はもう良いですから……頑張って来ます」


 ジルが頭を撫でて余計な事を思い出させたので、私はもう、と唇を尖らせてからゆっくりと離れます。観衆は、微笑ましそうに私達を見ていました。その分向こうには冷たい眼差しで無言の抗議をしていますが。

 これを狙ってやった私は可愛げの欠片もないですね。


「中断してすみません陛下」

「構わん。それでは双方準備は良いな?」

「はい」


 小走りで所定位置に戻って、陛下の言葉に頷きます。相手も武器はない、まあ単純に魔術の勝負になるのでしょう。

 ゼライス伯爵子息は周囲の視線に居心地悪げでしたが、それでも私を見て不敵な笑み。負けるなんてちっとも思ってない辺り目出度い頭をしている気がします。ああ駄目ですね、嫌いな人間にはどうしても辛辣になってしまう。


 私も相手も準備が出来たのを確認した陛下が、すうっと息を吸い込む。私はそれを合図に体内の魔力を、一つの術式に通す準備をします。


「始めッ!」


 用意していた術式に、大量の魔力を注ぎ込む。これも膨大な魔力量を有しているから出来る事なのでしょう。効率良く魔素を取り込み変換出来、溜め込める体質があるからこそ。


 伯爵子息も魔術を使っていましたが、それは酷く遅く小さな力。魔術は使えるみたいですが……抵抗なんて、させませんよ?


「『アブソリュートゼロ』」


 実戦で試すのは、初めてです。精々練習でしか使った事がなかったので。


 私の呟きを合図としたように、ゼライス伯爵子息の周囲の温度が一気に下がる。−273.15℃、……とまでは流石にいかないのですが、極低温の空気が伯爵子息の周囲を取り巻き、地面から切り立つ氷の山を生えさせる。丁度、伯爵子息一人分の隙間を開けて。


 これは、慈悲のつもりです。何様かと思うかもしれませんが、本当に私はこの男に触れられた事が嫌なのです。記憶を抹消したいくらいには。二度と私に近寄りたくなくならせる為には、これくらいやった方が良いでしょう。

 一応空間は残しているとはいえ、徐々に凍っていく隙間。伯爵子息の体も餌食になるのは時間の問題です。わざと緩やかに侵食させているのは、その方が恐怖を煽るからですね。冷静な思考を奪う事も勝負では大切だと思います。


 本来絶対零度なら液体窒素よりも温度が低いので直ぐにぱきぱきになっちゃいますけど、加減はしてあるので液体窒素よりも温度は高いです。流石に殺すのも忍びないので。触れたら凍り付きはしますけどね、簡単に割れるくらいには。

 向こうは向こうで炎の魔術で溶かそうとしてますが、そう簡単には溶けませんよ。




 まだ抵抗をして来たので、私に向かって放たれた赤ちゃんの頭大の火球を直撃の前に手で払います。正しくは火球を圧倒的に上回る魔力で蹴散らしたというか、弾きました。勿論障壁は張ってましたから、それで弾いたにも近いです。


 こんな事をすると私は強いとか思われますが、相手が圧倒的に技術も工夫も魔力もないだけです。年齢だけで勝てると思ったら大間違いですよ、私はジルに師事しているのですから。

 あの時はパニックになってたし痛みで障壁を張れませんでしたけど……もう、あんな事にはなりません。




 伯爵子息の周囲だけではなく、観客の空気も固まっていました。まさかこんな小娘が一方的に押すとは思ってなかったらしいです。


「……降参してくれますか?」


 念の為に『アイシクルレイン』で伯爵子息の頭上に氷柱を浮かべて、私はゆっくり問い掛けます。降参しなかった場合は、流石に殺したりは気分が悪いので暫く氷の中で寒さ我慢をして貰います。

 幸いな事に魔力は潤沢にありますし、溶けそうなら追加で凍らせて、降参してくれるまで、待ちますよ?


 私の瞳に容赦はないと悟ったのか、寒さにがたがたと震えながら「こっ、降参する!」と真っ青な顔で叫びます。はい、チェックメイト。


「陛下、これで私の勝利ですよね?」

「うむ。勝者はリズベッド=アデルシャン!」


 陛下の宣言に、観客の皆さんは戸惑っていましたが、やがて歓声が響きます。子供が勝つとは思っていなかったのでしょう、畏敬の目で見られているような気がしました。

 ……何でこんなに目立っているんだろう私、貞操の危機から逃げたかっただけなのに。


 氷柱を適当な所に落として、これまた適当に火の魔術を使って氷を溶かしてあげます。適当な火力なのでゼライス伯爵子息が熱がっていましたが、そこまでは面倒を見きれません。


 勝利の余韻に浸るつもりもなく、私は小走りでジルの下に向かいます。ジルは私の師匠みたいな物ですからね、無様な魔術ではジルに面目が立たないですから。


「ジル、どうでした? 頑張りましたよっ」

「偉い偉い。流石はヴェルフ様達の娘と言いますか」

「ジルの弟子でもありますよ?」

「ふふ、そうですね。よく出来ました」


 ジルも伯爵子息には怒っていたので、氷付け未遂にしても全然動じていませんでした。寧ろ氷付けにすれば良かったのにという顔です。

 肩を抱き寄せて頭を撫でて褒めてくれるジル。個人的にはジルが褒めてくれたので、それだけで満足です。もう要らない求婚から解放たのだと思うと、自然と頬が緩みました。


 観客も私達が満足そうにしているのを見ては安堵していました。まあ見掛けはか弱い子供が、幼女趣味の伯爵子息にいやらしい事を強要される未来に歩むのは見るのも嫌でしょう。そうなった場合は全力で魔力を解放しますが。


 ところが、納得していないのが一人。


「ずっ、ずるいぞ! そんな魔力聞いてない!」


 氷の拘束から解放された伯爵子息が喚きだしました。寒さと熱さでちぐはぐな肌の色をした伯爵子息。火傷も凍傷も責任は取りませんよ私。


「そんな事言われましても。ご自分で決闘を申し込んだ事にしたのでしょう? ジルが出来ないから私に」

「そっ、それは君が言ったから、」

「どちらにせよジルに挑んだ所で返り討ちにされると思いますよ」


 私に勝てないのだからジルに勝てる訳ないでしょう。魔力の量は私の方がかなり多いとはいえ、制御と応用にかけてはジルが圧倒的に強い。父様は実際に見た事はないのでよく分かりませんが、ジルと同等若しくはそれ以上です。

 いずれは鍛練で追い付いてみせますが、今の時点ではまだまだ背中が遠いのです。私に勝てない時点でジルに勝てる訳がありません。


「裁定に不服があるなら陛下に直訴して下さい。何ならもう一度相手をします。私が気に食わないなら当初の予定だったジルにして貰いますけど」

「~っ!」

「見苦しいぞゼライス殿!」


 キッと睨み付けて来る伯爵子息に、陛下が一喝。

 駄々をこねていた伯爵子息は、陛下の迫力ある声にびくりと硬直していました。


「既に決まった事だ。足掻くな、品位が知れる。……貴殿はリズベッド嬢の要求を飲まなければならない」


 何処か冷淡な眼差しが伯爵子息を捉えます。ああ、これは……見放されたパターンですね。これで余計な事でもやらかそうもんなら改易でもされるのではないでしょうか。

 まあ自業自得という事なので。


「これにて決闘を終了とする」


 取り敢えず、身と貞操の危険から逃れられて良かったです。



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