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お断りです

 私は、貴族の一個人に対してはあまり好き嫌いを作るつもりはありません。家のお付き合いで一々気に入らないとか気に入ったとか言ってても無駄ですし。

 逆に必要以上に仲良くするつもりもありません。貴族の付き合いなら基本は上辺だけで住むので。大半が好きでもなければ嫌いでもない、どうでもいい部類に入ります。


 そんなスタンスの私ですが、人生で初、いや二人目に、嫌悪する人間が現れてしまいました。


「残念ですが婚約の件は承知いたしかねます」


 ジルを側に控えさせ、私はきっぱりとエメンタール伯爵子息に応えました。

 出会ったばかりですが、私を此処まで嫌わせるのはある意味凄いと思います。大概は仕方ないよなーとかまあいっかで済ませているのですけど、彼は無理でした。

 因みに初めて嫌ったのはアルフレド卿です。個人的にぎゃふんと言わせたいです、はい。生理的嫌悪ではない分エメンタール伯爵子息よりはマシですが。


 好きの反対は無関心と言いますね、なら伯爵子息はまだ最底辺にまで落ちてはいない、そういう捉え方が出来るでしょう。でも私は、彼が父様やジルの怒りを買ってどうなってしまおうと、正直どうでも良いです。そういう意味では無関心ですよ、嫌いだと言っても対処するのは放っておくと身の危険に発展しそうなので。


「な、何故だか理由を聞いてもいいかい?」

「無礼を働いた殿方に嫁ぐなど御免です。許しもなく、気安く女性の体に触るなど失礼でしょう」


 半分本気で、半分建前です。素直に生理的嫌悪で嫌と言ったら問題でしょうし。出会って早々女性に手ですが口付けするとか有り得ません、物語の王子様じゃないんだから。殿下は別にもう諦めてます、嫌ではないですし。


 そもそもこういう話は直接ではなく書面で、それも現当主である父様に伺ってから、それから日付を決めて約束を取り付けてから来るべきです。いきなり押し掛けて結婚してくれとかおかしいでしょう。父様が不在なのを狙って来たのでしょうが。

 礼儀すらなってない家に嫁ぐ程私は愚かではありませんし、安くもありません。子供だから判断能力ないとか思ったのですか、舐めてるんですか。


「ではその男も一緒だろう! 馴れ馴れしく触れているではないか!」

「私はリズ様に許可を得ていますので。触れても宜しいですよね?」

「はい」


 本来は従者が主君に親しげに触れるのはいけませんが、此所は公的な場所ではありません。そしてジルがそろそろ怒りそうなので、笑顔で頷いて私の指をちょん、とジルの指に絡めます。

 ジルは優しい笑顔で頭を撫でてくれます、そして伯爵子息を見て呆れた顔を隠そうともしません。ジルはやっぱり辟易していたらしく、ジルなりに意趣返ししてました。


 伯爵子息は私達の仲睦まじい光景に一瞬呆気に取られて、それから完熟トマトのように顔を真っ赤にしました。馬鹿にされているのだと分かったのでしょう。実際は馬鹿というか、愚かなのですが。父様やジルを敵に回したらどうなるか……良い例がこの前あったのに。




 欲を隠そうともしない瞳が私を捉え、それから伯爵子息は身に付けていた真っ白な手袋をジルの足下に投げ付けました。……いや、本当に……突っ込む部分が多いですね。ジルの今の身分、知らないのでしょうか。


「決闘を申し込む! 断れば貴様の地位も堕ちる!」

「お断りしますね。そもそも私は貴族ではないので」

「なっ!」


 そうなんですよね、決闘って貴族同士の問題解決方法ですし。残念ながら、今のジルは貴族でも何でもありません。ただ私に仕えている従者というだけですよ。

 というかそんなに私って是が非でも欲しい存在なんですかね、そりゃ立場上は優良物件なのでしょうが。


「そんな事も知らないで決闘を挑むとは片腹痛いですね」

「ジル、それ以上は駄目ですよ可哀想なので」


 ジルが笑顔で毒づいています。最近はジルが腹黒なのではないかと思い始めました、私にはちょっと意地悪な所もありますが優しくて頼れる人なのですけど。

 伯爵子息はジルの言葉にぷるぷると肩を震わせていました。馬鹿にされているのは明白ですからね。


 さて。

 此所から、ですね。このまま引き下がるくらいなら決闘なんか申し込まないでしょうし。幼女に対する執着はこっちとしては良い迷惑なので止めて欲しい所です。


「ではゼライス様、私が決闘を申し込まれたという扱いでどうでしょうか」

「なっ、リズ様!?」

「だってこのまま引き下がってはくれないでしょう」


 ジルが駄目ですと制止をかけてきましたが、私の言った通りこのままこの男が素直に引き下がるとは思えません。私に執着するなら、隙を見て誘拐くらいしてきそうです。もう誘拐は勘弁なんですよ。

 それならまだ決闘して公的に要求を拒絶した方がマシです。


「代理人はなし、ゼライス様と私が決闘をするならば受け入れましょう」

「はは、望む所でしょう」


 私の姿を見て、伯爵子息はいやらしく口の端を吊り上げて頷きます。まあ私は見掛けからしてひ弱ですし、明らかに子供。それに加えて誘拐事件では助けられたか弱いお嬢様みたいな扱いになってるらしいですからね、負けるとは露程も思ってないでしょう。

 私としては、そのまま油断してくれれば良いと思います。貧弱で守られるしか出来ない子供だと思ってくれたらそれで良いです。子供がこんな無茶を言い出すのには裏があるとか考えない伯爵子息も伯爵子息です。


 決闘に負けたという汚名は中々に消えません。でも私が負けた所で、子供に大人げなく勝ったという事実は伯爵子息について回ります。子供に決闘を申し込んだという情けない事も。

 まあ、負けるつもりも更々ないのですが。


「リズ様、こんな無茶をヴェルフ様に知られたら」

「それはそれで構いませんよ、父様が介入してこの件は終わりになりますから」


 確実に叱られはしますが、解決するならそれで良いです。そもそも父様が家を開けていたからこんな輩が押し掛けるようになったのだと反論すれば黙ってくれます。


「決闘の日時と場所は此方が決めても宜しいですか? 立会人も出来れば。公正な方にお願いするとだけは誓います」

「それで構わないよ」


 私の言葉に頷いた伯爵子息は、愉快そうに笑っています。恐らく勝った後の事を考えて、一般人が見たらモザイクがかかる光景を想像しているのでしょう。気持ちが悪いですけど、放置で。そのまま幸せな夢に浸って頂ければ。

 捕らぬ狸の皮算用、という言葉を知りませんねこの人。


 隣でジルは額を押さえて溜め息をついていました。それから哀れむような瞳。まあどっちを哀れんでるのかは一目瞭然ですよね。


 だって、私はジルの一番弟子なんですよ?



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