押し掛け伯爵
唐突ですが、我がアデルシャン家は結構な家柄です。王家の歴史と同じ歴史を持つ、由緒正しき血筋と言いますか。
私からすればへーそうなんだー程度の認識なのですが、周りはそうはいきません。初代国王に直々に位を賜り、血筋を絶やさず脈々と受け継がれてきた歴史があるのです。
そして、現当主である父様は歴代の中でも一番才覚溢れる人物だそうで。……私には娘や息子を溺愛する優しい父親にしか見えませんが、父様自体が凄いのは納得しています。そして現国王とも知己の中である。
……そんな父様の、娘であるのは私です。父様と母様の才能を上手く継ぎ、殿下とも親しい私。
周りはどういう反応をするでしょうか?
「リズ様、リズ様に会いたいという方が」
「体調が悪いと断っておいて下さい」
何回目か分からないやり取りを繰り返す私は、はあ、と此所最近で一番の溜め息をついてしまいました。
発端が何だったのかは、分かりません。恐らくは誘拐事件云々の頃からだと思います。
大規模な犯罪を取り締まったお陰で、アデルシャン家はとても目立ってしまいました。そして娘が誘拐された事も、周知の事実になりました。そりゃ壊滅させる程キレる理由はそれくらいですよね。
まあ所謂、私は悲劇のヒロイン的存在として知られてしまった訳です。
それだけならまだ良かったのですが、そこに陛下や殿下が加わります。陛下はこちらの不手際だとお花やらお菓子やらを贈って来るし、殿下は殿下で直接私の家にお見舞いに来たりするし。
当然そんな事をされれば、こちらも更に目立ってしまう訳で。
おまけに、庭で花を愛でている(実際は品種改良しようと奮起していました)姿を物好きな貴族の子息に見初められ……見初められ? 気に入られたらしく。家に押し掛け……こほん、訪問の願い出が届き始めた訳です。見掛けだけなら深窓の令嬢というか、儚い女の子みたいな外見してますからね私。両親の血は偉大です。
他の貴族も、私は好物件だと気付いたらしく妙なアピールが始まりました。そりゃ血筋良いし殿下に気に入られてるしか弱いそこそこの美(?)少女ですからね、嫁として迎えるメリットが大きいのでしょう。そうならなくても仲良くするだけでメリットはありますからね、懇意にしておいて損はないという考えだと思います。此方としては物凄く迷惑ですが。
「これどうにかならないんですか」
「……こればっかりは」
毎日届くお手紙や従者の訪問に、流石に辟易してます。こんな小娘に今から取り入ろうとか暇なんですかね。
ジルは以前素っ気ないというか直ぐに何処かに行って構ってくれないと言いましたが、実はこういう輩の対処をしてくれていたようです。私の知らない間にそんな事があったとは。
……思えば、比較的自由になってからも庭に行っては駄目とか部屋から出るなとか指示された時間帯があって、その時ジルは不機嫌そうでした。この人達の対応に追われてたのですね、構ってくれないとか我が儘でした。
「でも、そろそろ断りきれなくなっているのでは……」
「向こうも伯爵のお子さんですからね、蔑ろには出来ませんし」
押し掛けてくる人の中でもしつこいのが、エメンタール伯爵の息子さんです。何度も訪ねて来るので私が出くわさないかひやひやしてます。
一応理由を付けて追い返してはいるみたいですが、あまり続けてしまうと逆上するかもしれませんし。爵位は高けれど比較的新興貴族のエメンタール伯爵くらい無視っても平気ではありましょうが、面倒になりそうなのであまり無下にも出来ません。どうしたものか。
「一度だけ会ってみるとか……」
「なりません。リズ様が穢れます」
「ジル、それは言い過ぎなのでは……」
「……あのひと、きもちわるい」
真顔のジルにそんなまさかとぱちぱちと瞬き。いやまさかねえ、伯爵家とあろうお方が、そこまで嫌悪されるような……いやありそうで恐い。
どうやら応対の時に出くわしたマリアも何かされたらしく、眉を顰めて口を結んでいます。私の癒しに何をしたのですかエメンタール伯爵子息。
「や、で、でも……会わないと多分収拾つかないと、」
「ヴェルフ様がどうにかします」
「父様に頼りっぱなしも……今は、忙しいですし」
父様はあの件の事後処理に駆り出されています。陛下が無理矢理。陛下曰く「非常勤の親衛隊なんだから今回くらい働け」だそうです。陛下の指示とはいえ、まあ父様が壊滅させたのですから、後始末は自分でしろって事なのでしょうが 。
「流石に突っぱね過ぎましたし、一度くらい」
「駄目です、リズ様はあの人の事を知らないからそう言えるんです」
「そ、そこまで……で、でも解決策もないですし、ね?」
……で、あの時ジルの忠告を真摯に受け止めていればな、と猛烈に後悔していました。
「会いたかったよ、我が姫君」
そう言って手を広げるエメンタール伯爵子息、確か名前はゼライスさん。これは私が駆け寄って飛び込む事を求めているのでしょうか、絶対しませんからね。初めてお会いしましたからね、見ず知らずの人に触れようなど普通思いませんからね。
「え、ええ、っと……初めて、お会いしました、よね?」
満面の笑みに、愛想笑いすら引き攣ります。
一度だけ、と念押しして面会を許可したのですが、客室に入って直ぐにUターンしたい衝動に駆られました。
伯爵子息は、私を見た瞬間いやらしい笑みを浮かべたのです。何と言うのでしょう、獲物を狙う目よりももっと下品で、私の体を舐めるような眼差しで見詰めて来ました。
此所で大切な事を言いますが、私は七歳です。第二次性徴すら迎えていない、つるぺた寸胴な体型な訳です。一般的嗜好の方ならまず対象に入らない、幼児体型をしている訳です。
それなのに、伯爵子息(推定年齢十六歳)は欲のこもった瞳を向けて来る。危機察知センサーがこれでもかと警報を鳴らしております。恐らくこの人の家に入ったら最後人権なくなってお嫁にどころか外に行けなくなる。
つまりあれなのでしょう、ロリコンというやつです。正しくは私の年齢だとアリスコンプレックスというものでしょうが。……ペドフィリアでも通用しそうですね、明らかに異常な感じがします。こんな私に欲情とか寒気がします。
エメンタール伯爵、こんなのを世に出してはいけないです。
「僕は初めてではないよ」
「何処かでお会いしました、か?」
「君が庭先で花や蝶と戯れているのを見たんだ。僕は確信したよ、これは運命なのだと」
いやだからそれ一方的な出会いですよね。
笑顔で固まっている私に、伯爵子息は手を取って。……っ、いや、それは駄目!
「是非とも、僕の嫁に来て貰えないだろうか」
勝手に手を取った伯爵子息が、あろう事かジルに誓われた右手の甲に口付けを落として。
全身に鳥肌が立つのと同時に、ばち、と制御を失った魔力が弾けた気がしました。
「……申し訳ありませんが、リズ様は体調が悪いのでお引き取り願えませんか」
魔力が暴発しなかったのは、私を庇うようにジルが伯爵子息に立ち塞がったからです。
肩に手を置かれて、もう大丈夫だと言われたような気がします。それだけで、荒れた魔力の波が収まって、少し安堵してしまう。
伯爵子息は明らかに邪魔された事に顔を歪めていましたが、私がわざとらしく咳をしたのでそれ以上は追求出来ないようです。実際に顔が青ざめて寒気がするので、嘘は言ってないと思います。
「それじゃあまた返事は聞かせてね、色好い返事を待ってるよ」
メイドさんに案内されて伯爵子息が出て行った後、私は側に居るジルにゆっくりと命令を出しました。
「今すぐ湯浴みの準備して下さい」
「畏まりました」
駄目だ、寒気がします。ジルの言った通りでした、視線で穢された気がします。あとジルの誓いも穢された気がします。身を綺麗にしなくては。
取り敢えず、御風呂に一時間浸かってマリアを暫くもふもふして、その後ジルに抱き着くまでは気持ち悪さが取れなかった事を明記しておきます。
因みに手の甲のあれは、ジルが消毒してからもう一度してくれました。恥ずかしかったのですが、気持ち悪いより何百倍もましなので喜んで受け入れましたよ、ええ。




