従者の心配
「リズ様、私に言う事は」
「申し訳ありませんでした」
起きて早々に平謝りをする私は、実に滑稽でありました。
誘拐事件から三日。三日経ったらしいです、私は意識を失って三日間寝続けていたので、その辺の感覚がないのですが。
あれからジルと騎士団の方がやって来て、人拐い組織から私達を救ってくれました。本当に間一髪だったらしく、あと一歩遅ければ私は死んでいただろう、ですって。
傷は母様が必死に治してくれたらしく、跡形もなく治っています。流石母様。
「私が間に合わなかったらどうするつもりだったのですか。間に合ったから良かったものを」
「ごめんなさい」
目覚めてからジルは優しい言葉をかけてくれると思いきや、起きて早々にお説教タイムに入りました。そりゃあ私が迂闊な行動をしたから、こんな危機に陥ったのです。怒られるのも分かりますけども。
「そのまま大人しく待機しておけば良かったものを、何故逃げ出そうとするのですか」
「だって、」
「だってじゃありません。迂闊過ぎます。リズ様はもっと軽率な行動を控えて下さい。幾ら魔術が人より上手く使えるからと言って、実戦はまた別です。対人向けの魔術は人に撃った事なかったでしょう」
「……でも、」
「でもだってでリズ様の身に何かあったらどうするんですか。現にあって、酷い目に遭ったでしょう」
言い返せなくて、私は押し黙るしかありません。
ジルの言う事は全部正論ですし、間違ってません。私は助けに来ると分かっていたのだから大人しくするべきだった。軽率な思い付きと行動で皆を命の危険に晒したのは、私です。ジルが来なければ、確実に死んでいたでしょう。
そう考えると、急に怖くなってきて。
「ごめん、なさい」
私が人の命を危険に晒したという事実が、怖かった。自分のせいで命が失われたかもしれないという事が怖かった。そして何より、また死んでしまうというのが怖かった。
また死んだら自分はどうなるのだろうか、また何処かに転生するのか、それとも私という個がなくなるのか。分からなくて、怖かった。ジルや父様、母様に殿下と離れてしまうのが、怖かった。
「っふ、ジル、ごめんなさい、ごめんなさい」
多分、これが自発的に泣いた初めての涙なのでしょう。
恐怖と罪悪感で頭が一杯で、一度流れ出した涙を止める事なんか出来ません。沢山出て来る涙の量は、まさに滂沱の一言。呼吸まで苦しくなってきて、しゃくりあげながらぼろぼろ涙を落とします。
ジルは私が泣き出した事に驚いているのか、ちょっと固まって、それから抱き締めて背中を擦って来ます。抱き着くと、優しく頭を撫でてくれて、それが無性に嬉しくてまた泣いてしまって。
最早何でこんなに泣いてるのか分からなくなっていましたが、きっと生きている事が嬉しかった、のだと思います。生きているからこう感じられて、ジルに心配されて、抱き締められている。死んだら、もう感じなくなってしまうから。
「じる、じる、ごめんなさい、じる……っ」
「大丈夫ですよ、私はあなたの側に居ますから」
ぐずぐずと泣き続ける私に、ジルはいつまでも優しくあやし続けてくれました。
「……ぐすっ、うー、じる、ちりがみください、はなみずずるずるしゅる」
「はいはい」
散々泣いた後はすっきり、という訳にもいきませんでした。まだ罪悪感とか恐怖は残ってます。そして鼻水がずるずるしてて色々女として終わった顔になってます。
苦笑しているジルがちりがみを渡してくれたので、私はそれに思い切り鼻をかんでおきました。涙と一緒に出る鼻水は涙なのでまだそこまでばっちくないですけど、ジルに付いていたらどうしよう。幸いにも服は汚してないので良かったですが。
「っく、な、何でジル笑ってるんですか」
「いえ、リズ様が初めて泣いたの見ました。そういう所はまだ子供だな、と」
「……ごめんなさい、私が、子供だから危なくなって」
「泣かないで下さい、ちょっとからかっただけですから。いつもみたいに拗ねた方が可愛いですよ」
「……普段のジルのイメージを問い詰めたいですね」
「そう、その調子です」
よしよし、と言わんばかりの笑顔で頭を撫でられて、ちょっとこれは馬鹿にされているんじゃないかと唇を尖らせます。最近ジルに子供扱いされる事が多くなっている気がしました。
そりゃあジルにとって私は子供ですし、そういう扱いになっても仕方ないですけど。
……あ。
原因は、私がジルに甘えてるから、か。
最近父様達構ってくれなくてジルにべったりしてたから、私を妹みたいなものだと思ってるんですね。ジルは末子って言ってましたし、初めて出来た妹分に、甘やかしたいのかもしれません。
「ジル、私は妹じゃないですからね」
「何でその発想に至ったんですか」
「違うんですか?」
「違います」
真顔で否定されました。
「私はちゃんとリズ様を主君として、一人の女性として、見ておりますよ」
「その割に私をからかってるのは気のせいですか」
「愛しいが故に、ですよ」
「嘘も方便ですね」
ぷい、と顔を背けてジルのからかいに素っ気なく応えると、ジルは苦笑いで私を抱き締めては頭を撫でます。だからそれが子供扱いだというんです、そしてそれは主君にする事ではありません。
そう伝えると、「信用ありませんねえ」と少し眉を下げて笑いました。……信用していない訳じゃないです、ただこれに関しては確実に私は子供としか見られていないと確信しているだけです。
別に大人に見られる必要は今の所ないですけど、何だか子供扱いはされたくなくて、でも甘えたいのも事実で。
ちょっとだけ頬を膨らませて、ジルの胸で「ジルのばか」と呟いて、そのまま瞳を閉じました。……この体温が一緒だと、直ぐに寝れそうです。




