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拐かされた

「ここから出せ!」

「大人しくしてろ糞餓鬼共!」


 うん、何でこんな事になってるんでしょうか。




 私が居るのは、薄汚れた石壁の部屋。ロクな家具はなく、あるのは布袋や木箱などの荷物くらい。部屋と言うよりは倉庫と言った方が正しいでしょうか。

 そんな薄暗く空間に、私は子供達と閉じ込められていました。


 見た所、平民の男女の子供二人に、あと、……何と言う事でしょう、猫耳幼女……っ!

 少し茶色かかったピンクのショートヘアから除くふわふわの三角耳に、艶々尻尾。亜人が存在するとは書物で知っていましたが、ストリートでは全く見掛けませんでした。

 そもそも亜人というのは人間の前に滅多な事で現れませんし、見付けた所で奴隷か愛玩動物として扱われています。此処が人の世の醜い所ですね、自分と違う生き物には排他的になり差別する所が。




 因みに、何でこんな事になっているのか思い出してみましょう。


 私はジルと一緒に魔道具屋さんを出た後、屋台を見たりしていました。屋敷では食べられない、まあ所謂ジャンクフードみたいな物に食指がそそられた訳です。

 だって屋敷ではお上品な物ばっかりですし。例外的に私が果物や野菜を作って簡単に調理するかそのまま丸かじりくらいで。


 私の食欲はひとまず置いておき、屋台を見ていた訳です。そこで、人混みに押されて、ジルと繋いでいた手を離してしまいました。

 それだけだったら直ぐに駆けて戻れたのですが、離して瞬間後ろから口を押さえられて、そのまま引き摺られていきました。俗に言う誘拐を体験してしまった訳ですよ。




「……おい、あんたもつれて来られたのか」


 猫耳幼女の存在に色々感動して固まる私に、同じく閉じ込められたらしい少年が話し掛けて来ます。年の頃は、私より少し上くらい、殿下より少し年下、丁度中間くらいでしょうか。

 明るい茶褐色の髪に同色の瞳、勝ち気そうな眼差しの少年です。


「そうみたいですねえ」

「そうみたいって……あんたあわてろよ、俺たち売られるんだぞ」

「でしょうね。人身売買の現場に初めて遭遇しました」

「……あんた、きぞくか。よくそんなのんきにしてられるな、頭のねじどっかいってるだろ」


 外見で貴族と看破した癖に堂々と悪口を吐くのは凄いですね。他の貴族だと私刑にする人もいるんじゃないでしょうか。別に私は気にしませんけど。


「私は多分貴族と分かったら身代金ふんだくるのにシフトするかと。人身売買には多分回されませんよ」

「ずりい!」

「うるせーよ餓鬼共!」

「ぴえええっ!」


 少年が声を張ると、猫耳幼女さんじゃない方の少女が怯えたように泣き始めます。それに苛ついた見張りの男性が少女に近付いて腕を振り上げました。……仕方ない。


「止めて下さい」


 走って、少女と男性の間に割り込む。ガッ、と殴られて口の中に血の味が広がったのに気付いたのは、私が庇った少女に受け止められてからです。

 受け止めるといっても少女の体をクッションにした状態ですが、それでもちょっとした衝撃吸収になってはいるのでしょう。


 私の姿に満足したらしい男性が「次騒いだら蹴るからな」と吐き捨てて入口に戻るのを眺めながら、頬を押さえます。

 ……あー……痛い、最悪。凄い痛い、治癒術で痛み和らげてるけど痛い。口の中切ったし歯が一本折れた。まあ乳歯だから生え変わるし良いですけど……。

 骨に異常……ちょいヒビ入ったかも、治さないとなあ。というか知らないですよ、多分これジルと父様母様知ったら烈火の如く怒りますよ。しーらない。


「ひっく、ぐすっ、ごめ、ごめんね、わたし、のかわりに……」


 口の中を治すべく治癒術をかけていると、先程庇った少女が啜り泣きながら謝って来ます。そしてある意味原因作った少年が申し訳なさそうに此方にやって来ました。


「ごめん、俺が大声出したから……」

「別に良いですよ、歯が一本折れたくらいですし」

「っごめん、俺……っ!」

「大丈夫、歯は取れたけど出血止めたし治してはいますから」

「え?」


 口の中から取れた歯をぺっと吐き出して、ワンピースからハンカチを出して包みます。証拠証拠、父様達の怒りの材料です。


「あなた達も怪我はありませんか? 一応治しますけど」

「……治せる、のか?」

「まだまだ半人前ですけどね。……そこのあなたも」


 端で怯えている猫耳幼女さんに小さく声をかけると、びくりと体を揺らします。恐らく、人間自体に恐怖心を感じているのでしょう。亜人は狩られる側に回る事が殆どですから。

 ゆっくり近付いて、なるべく警戒心を持たせないように。笑顔で側に寄ると、それでもやっぱり怯えた顔はしていました。


「私の言葉、分かりますか?」

「……わか、る」

「なら痛い所とかありますか? あったら言って下さい」


 なるべく優しく問い掛けると、猫耳幼女さんはおずおずと服を捲ってお腹を見せて来ます。……幾つも青あざがあって、白いはだがまだら模様になっていました。

 それを見た後ろの二人が息を飲んだ音が聞こえましたが、まあこうなっていた事は予想の範疇です。見えない部位なら躾と称して暴行を加える事もありますから。


「……では、治しますので、静かにしていて下さいね」


 見張りに見付かると厄介なので、木箱の影で猫耳幼女のお腹に直接手を触れて治癒術を発動します。全身を包む程の術だと反応も目立ちますが、特定部位、しかも密着状態ならそうそう目立ちません。丁度買った魔力隠蔽のリボンも一役買っています。

 みるみる内に青アザが薄れていくのを見た猫耳幼女さんはびっくり。他の二人もぽかんとしています。


「まだ痛い?」

「……へ、へいき、です」

「なら良かった。あとお名前を伺っても?」


 流石に心の中だけですが猫耳幼女さんとか言ってたら失礼でしょうし、この状況をどうにかするまでは一蓮托生な訳です。名前くらい覚えておいて損はないでしょう。


「……マリア」

「俺はクラウス」

「わ、わたしは、リリー」

「私はリズです、暫くの間宜しくお願いします」


 取り敢えず自己紹介を済ませた私達は、怪しまれないように怯える子供の振りをして四人で固まる事に。約二名本気で怯えてますけどね。


「どうやってここを抜け出すか、だな」

「むっ、むりだよう……あの人たち、なかまいっぱいいたもん」

「大人しく助けを待つのは?」

「んなもん来ないに決まってる」


 私の提案はクラウス君に鼻で笑われました。いやでも現に多分ジルが此方に向かって来てるんですよね……何か結構怒った状態で。

 ジル、人拐いに囚われているので助けて下さい。出来れば騎士団とか父様つれて。と内ポケット入った指輪の使い方が分からないので念を込めてみます。まあこっちに向かってるのは確かなので、後は助けを待つ状況なんですよね。


 ……でも、それはジルに負担をかけてないでしょうか。ただ助けを待つのは物語のヒロインだけです、足掻くのが普通でしょう。でも私は子供ですし、大人からすれば無力な子供な訳で。


『リズ様はもう大人顔負け、いえ、その辺の魔導師より余程魔力を扱えてますよ』

『リズ様は自信を持って下さい、私が保証します』


 そんな時、ふとジルが前言ってくれた事を思い出して。

 ……私なら、出来る……のでしょうか。


「なあ、聞いてるのか? 俺たち四人がかりでおそいかかったらなんとかならないか?」

「そ、そんなのむりだよう……」

「じゃあそれでいきましょう。あ、どうなっても責任は取れませんから」

「え?」


 聞き返してくるリリーさんに、私はにっこりと笑います。


「合図したらこの部屋から出ましょうね」




 私はゆっくりと体内で魔力を術式通して変換していきます。なるべく殺傷能力が低く、且つ動きを封じられるもの。……勢い余って殺すのはなるべく避けたいので。正当防衛が働きますし、悪人に手加減してたら餌食にされてしまうなんて理解はしてますけどね。


『スリープ』


 口の中で小さく呟き、魔術を見張りの男にぶつけます。


 名は体を表すとはよく言ったもので、名前の通り強制的に眠りに落とす魔術です。ジルに使われたあれですね。

 魔術の才能がある人や構えている人には効果が薄いのですが、油断していたり才能がない人には効果覿面です。


 子供達の見張りと言うつまらない仕事をしている男は、明らかに油断していました。そして魔術の才能もなかったようです。実にあっさりと眠りに落ちていました。貴族は魔術適性高いって知らなかったんですかね、この人。


「じゃ、行きましょうか」


 服に付いていた埃を払って立ち上がった私に、三人は酷く間抜けな顔をしていました。何なんでしょうね、自分で逃げるって決めたのに。



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