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視察と言う名のお出掛け

 リズベット=アデルシャン、六歳(精神年齢は三十路手前)、初めて城下町のストリートに立っています。




 私は城に行く以外、屋敷の外に出る事がありませんでした。というか父様が行かせてくれませんでした。

 幾ら城下町で国王陛下の庇護下だとはいえ、見えない闇の部分もあるし人身売買もある。そんな場所に私を出すのは危険だと思ったのでしょう。


 でも今は父様達はルビィにかかりきり。ルビィの事で頭が一杯です。娘としてはほったらかしでちょっと面白くないですけど、そこについては納得してますよ。

 私がしっかりし過ぎている故に放置されていて、ジルに任せきりな状態です。


 以前はあまり屋敷の外に興味はありませんでした。魔術の勉強に忙しかったし、父様達が色々教えてくれたり構ってくれたから。

 今はその立場がルビィの方にあるので、段々と暇になって来ました。魔術の勉強も今では最終段階に近く、制御力を磨くだけです。魔力量は頑張っている内に更に増えるだろう、だそうな。


 そんな訳で、とても暇していたんですよ。魔術で氷をつくって風で削って彫刻したり品種改良に着手したりジルと魔術撃ち合ったり。それでも退屈は日々増すばかりです。




「そんなに暇なら、城下町に出てみますか?」


 そんな時、ジルの提案が出ました。


「私がついていくならヴェルフ様もお許しになると思いますが」

「……本当に?」

「そろそろリズ様にも外の世界を見て欲しいとは言っていましたよ。お願いしたら許して下さるかと」

「父様と交渉してきます!」


 早速父様の所に駆けて行きお願いすると、最初は渋っていましたが、ジルと行くと説得して結構あっさり了解貰いました。ついでにお小遣いもちょっと貰いました。父様ありがとう。


 そんな訳で、私は意気揚々とジルと共に城下町に繰り出した訳です。




「おー、中々活気がありますね」


 物見遊山感を丸出しにすると色々面倒になりそうなので、平然とした顔でジルと歩きます。

 因みに服装はあまり目立たないように平民のワンピース。ジルも周りの合わせた質素な服を着ております。でも美形なのは隠せていません。ちらちらお姉さん方の視線を集めてます。


「リズ、何処に行きますか?」


 はぐれないように手を繋いだジルは、歩きながら問い掛けて来ました。敬称がないのは、私の身分を隠す為だそうです。

 流石に歳上に様付けされていたら良い所のお嬢さんだとすぐに分かるでしょう。まあ見掛けからして私が良い所育ちだと分かるそうですが。


「魔道具のお店が見たいです」


 私がもう少し歳を重ねていたら、見方によってはデートに見えるかもしれません。ですが私は明らかに子供ですし、お互いにそういう感情は抱いていません。何処をどう見ても兄妹にしか見えないでしょう、似てはないですが。そもそもジルとは八つも離れてますし。 


 何とも子供らしからぬ私の提案に、ある程度は予想していたらしく苦笑して「分かりました」と手を引いてくれます。流石ジル、場所は把握しているのですね。私は箱入り娘みたいな感じの扱いでしたから、街の事を知っているというのはとても頼りになります。


「ジルも魔道具を使ったりするのですか?」

「あまり使用はしませんが……使う時は使いますよ」


 ジルはあまり好きではなさそうです。そもそも私達みたいな魔力を持つ人間は魔道具に頼らずとも、自力で魔術を行使し望みの結果を引き出します。


 そもそも魔道具というのは魔術を道具に宿したものです。中には特別な、魔術では再現出来ない力が備わった魔道具というのもありますが……基本は、普通の魔術と変わりません。

 魔力を持たない人間が使うか、若しくは魔力の消費を抑えたり手間を省く為、適正のない魔術を使う為に魔導師が使うくらいです。


 私はあまり実感した事がありませんが、人には魔術の適正があるらしいです。属性にも相性があるらしく、相性が悪いと威力が悪かったり発動しないそうな。ジルや私が好き勝手に魔術発動してる方がおかしいらしいです。……父様と母様の血筋のお陰ですよ、私は。


「私もリズも、特に必要ない物ですからね。絶大な効果があるものくらいですかね、必要なのは」

「うー……でも見てみたいですし」

「分かってますよ。……さ、着きましたよ」


 ジルについて行った先は、少し路地に入った所にある如何にもという風体なお店です。物語に出て来る魔女の家、みたいな外観で、そりゃ魔道具とか売ってるよな、と納得出来ます。第一印象って染み付くから此処魔女の家としか思えないんだろうな、私。


 扉を開けると、喫茶店のようなカランコロンという懐かしい音。中は薄暗くて、でも所々にぼうっと淡い光があって商品が見えない程ではありません。ひんやりとした空気は少し埃っぽくて、古臭い香りがしました。

 棚やテーブルに陳列されているのは、様々な物。壺やらオカリナやらペンやら魔術書やらローブやら絨毯やら、一貫性が全くありません。あ、最後の絨毯にはちょっと興味が引かれますね、空飛ぶ絨毯とか憧れます。飛翔の魔術がかかってるかしりませんけど。


「いらっしゃーい」


 辺りにあるものから魔力の気配を感じて、きょろきょろと視線をあっちこっちに投げてると、奥から投げ遣りとも聞こえる声がしました。


「エルザさん、お久し振りです」

「おやまあ、ジル坊やじゃないか」


 声は、若い女性のものでした。

 釣られて店のカウンターを見て……絶句します。


 何故今まで気付かなかったのかというくらい、店内の薄暗い空気の中でも存在感を放つ、優雅な波を描くアッシュブロンド。同色の瞳は緩やかに細められています。乳白色の肌は、全く火に当たっていないらしく少し青白い感じもしました。

 艶やかな髪を後ろに流し、気怠げにカウンターで頬杖を着く美女。因みに言葉を失ったのは、とある一部分を見たからです。

 何というか、規格外の大きさ。たわわに実ったそれは、カウンターに乗っかって深い陰影と谷を見せ付けています。強調するような胸元を開けた服なので、何か女子として自信をなくす破壊力を放出していました。……わ、私は幼児なので関係ないですもん、うん。


「いつの間に子供を産んだんだい?」

「産んでません」

「認知してあげないと可哀想じゃないか」

「だから私の子ではありません!」

「ぱぱー」

「リズ様も乗らない!」


 あ、様付けに戻った。

 お姉さんがケタケタとおかしそうに笑うのを、ジルは冷たい瞳で見ています。ジルの苦労性は此処で磨かれた気がしなくもないですね。

 あとジルはお姉さんの破壊兵器を見ても平然としています。寧ろ冷ややかな表情で一瞥しているくらいですよ。男として何か間違ってませんかジル。


「ジル坊やも大きくなったねえ。聞いたよ、サヴァンを出たんだって?」

「……ですので、私はサヴァンの人間ではありませんし、ただのジルです。そこは間違えなきよう」

「あたしは最初からジル坊やとしてしか接してないだろう?」


 にい、と口の端を吊り上げる、えっと、エルザさん。どうやらジルの昔からの知り合いみたいです。


「そっちの嬢ちゃんは?」

「あ、初めまして。リズベット=アデルシャンと申します」

「アデルシャン……ああ、ヴェルフの坊っちゃんの娘か。あいつも大きくなったもんだ。あんなに青臭い坊やだったのにねえ」

「と、父様を青臭い坊や扱い……」

「リズ様、エルザさんは見かけ通りの年齢ではないので」


 見掛けはどう見ても二十代前半にしか見えないのですが、ジル曰くかなり歳を重ねているとの事。……父様を坊や扱い出来るくらいですよね……少なくとも、よんじゅ、……言わないでおきましょう。


 頬が引き攣りそうになるのを堪えて頭を下げると、エルザさんは私を愉快そうに眺めては人差し指を店の商品に向けました。


 何だろうと思ったのは一瞬、次の瞬間には店内の幾つかの商品が浮かんでカウンターに飛んで来ました。

 音もなくカウンターの上に乗る商品に瞬きを繰り返す私。まるで選別されたように、私の目の前に降りてきたのです。


「ま、嬢ちゃんに必要そうなのはこれくらいかな? ジル、選んでおやり」

「買うとは決めてないのですが……。リズ様、エルザさんはその人に必要で見合った魔道具を見極めてくれます」


 ……これが、私に見合った魔道具?

 ……というか用途が分からないものばかりなのですが。


「こっちのローブは姿隠し、この杖は属性の強化、それからこの笛は動物寄せで……」


 台の上に乗った魔道具を簡単に説明してくれるエルザさん。魔道具にも色々あるらしく、分かりやすく効果を教えてくれます。

 その中で、私はふと二つ、目に付いた物がありました。何となく惹かれたというか、説明されてないけど、これが良いとか何か思ってしまって。


「これは?」

「リボンは魔力隠蔽、指輪は……そうだね、繋がりを作るものだよ」

「繋がり?」

「そう。二つペアだろう? 片方ずつ持って、お互いの存在を分かるようにするんだ。心の声も送れたりするよ、まあ本人が望めばね」


 つまり、発信器みたいな感じなのでしょうか。いや、前世で言うところの携帯みたいなものですかね。子供に持たせるGPS付きのあれ。


「……これが良い」

「これにするかい?」

「でもお金はどうしましょう、私父様に貰ってるのこれだけなんですけど」


 貨幣価値が分からないから、どれだけの値段するか分かりません。金貨十枚ってどれだけの値段なのでしょうか、日本円換算でどれだけなのか。


 内ポケットに仕舞い込んでいた小さな袋を取り出すと、中身を見たエルザさんがぎょっとしています。……足りない、のでしょうか。


「ヴェルフの坊っちゃんは娘に渡す金額を間違えてるな」

「溺愛してますからね……。此処は私が払っておきますので」


 どちらにせよ余ってるので、と革袋を取り出して適当に中身を摘まんでエルザさんに渡すジル。ひーふーみー……えと、五枚の金貨と三枚の銀貨?


「おっ、太っ腹だねー、勘当された坊やが大金はたくなんて」

「えっ、じ、ジル、そんなに高いんですか? だったら貰ったお金で、」

「構いませんよ、どうせあっても使いませんし、ヴェルフ様達から給金頂く分が他と比べ物にならないので」


 エルザさんが口笛吹いて喜んでいたので、そんなに高いものならお小遣いで出すか我慢する、のに。ジルは普通にお金を出して、私が手出しする前に買ってしまいました。……申し訳ないというか、一応従者なのに買わせてしまうなんて。


「リズ様はお気になさらないで下さい。私が勝手にした事ですので」

「でも……!」

「女性が贈り物をされる事に気後れしてはなりませんよ。……これは、いつも頑張っているリズ様に、私からの贈り物です」


 ふんわりと笑って、私の髪を撫でてリボンを束ねた場所に重ねて結びます。大分大きくなった掌が髪を梳く、それが心地好くて、でも何だか恥ずかしくて。

 ……人前でされると無性に恥ずかしい。エルザさんがにやにや笑って見守ってますし。


 ちょっと固まった私に、ジルは髪を整えてからしっとりと微笑み、「お似合いですよ」と褒めてくれました。……イケメンってずるい、そういう顔されたら突っ返せないし、嬉しいと思ってしまう。


「……ジルが将来たらしにならない事を祈りますよ」

「私はリズ様の世話で手一杯ですし、興味ありませんよ」

「ジルは人生損しますよ……」

「大丈夫、ジル坊やはもう幼女に唾付けてるから」

「ふざけないで下さい、怒りますよエルザさん」


 揶揄するような声にジルが笑顔で頬を引き攣らせていますが、私はそれどころじゃありません。

 どうしよう、高いの貰って、ジルに沢山お世話になって、これじゃあジルに頼りっぱなしです。ジルの厚意で買って貰ってしまったのですが、……私ばっかり、良い思いしてる。少しでも感謝の気持ちを表せたら良いのですけど。


 冷戦状態な二人を見て、それから買った二つのリングを見て。


「……ジル、指輪半分こして下さい」

「え?」

「繋がりを作る指輪、なら、ジルとが良い。ジルと繋がりたい」


 いつもジルが側に居て、私を見付けてくれる。何処に居てもジルが見付けてくれるように、何処に居てもジルを見付けられるように、したい。重いかもしれないですけど、ジルが嫌なら感知しないようにするから。


 服の裾を掴んでお願いをする私に、ジルは固まってエルザさんはお腹を抱えて爆笑してます。……何故笑われるのか分からなくて、どういう事ですか、とジルを見上げると、ジルは微妙に困った顔で頬を僅かに赤らめています。

 首を傾げると、「あまりそういう言い方をしていると誤解されますよ」と額を押さえているジル。


 ……言い方?

 言い方も何も、私はただジルと繋がり……。


 ……。


「ちっ、違っ! そういう意味じゃないです!」

「あっはっは! 大胆だねえお嬢さん! 良かったねジル、将来は逆玉の輿だね!」

「ちーがーうー! そんなんじゃなくて、私はジルを感じたい、違うああもうだから笑わないで下さい違うんですってば!」

「リズ様、分かってますから落ち着いて下さい」


 流石に何を言ってるのか理解して羞恥で顔が真っ赤な私に、ジルが頭を撫でて宥めて来ます。但しジルもほんのり顔が赤い。子供が間違えて言った事で照れてるジルというのも珍しいですが、今はそれどころじゃありません。


 一頻り爆笑したエルザさんに、私はジルの後ろにしがみついて半泣きで睨みます。別に泣いた訳じゃありません、これはちょっと涙腺が緩んだだけです。


「エルザさん、あまりリズ様をからかわないで下さい。大人びているようで案外無邪気で幼いので」

「ははっ、……ひー……ぐふっ、ごめんね、からかい甲斐があるから、つい」

「……今の評価に不満があるのですけど」

「この二年で分かった事ですので」


 表情を戻したジルが頭を撫でながら平然と言うので、私はむーと唇を尖らせてジルを睨みます。まあスルーされましたけど。


 ジルさんはエルザさんを呆れた瞳で見ながら、指輪を手に取り、片割れを私に手渡します。もう片方は、自分の掌に。


「では、お言葉に甘えて片方は私が頂きますね」

「……はいっ」

「くふっ、あーそうそう、これおまけ」


 どうやら指輪自体は嫌がってないジルさんに顔を綻ばせると、それまで笑いの余韻が残っていたエルザさんが思い出したように指を振ります。

 それに合わせて、私とジルの掌に、銀色のチェーンが乗っかりました。


「なくさないように注意しなよ。ジルも」

「分かってますよ」

「まあ魔道具が持ち主として認めたなら勝手に戻っては来るけどね、それはあんたら次第」

「……ありがとうございます、エルザさん」


 ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、ひらひらと手を振って「どーいたしまして」とまた投げ遣り気味な返事。……エルザさんは、ちょっと変人でいい加減な人かもしれませんが、良い人なのだと感じました。



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