少し変わった環境
「うーん……自分がどれだけ出来るようになったのか分かりません」
「リズ様はもう大人顔負け、いえ、その辺の魔導師より余程魔力を扱えてますよ」
自分の掌を手持ち無沙汰に眺めては溜め息をつく私に、ジルは慰めを……多分本気なのでしょうが、言ってくれます。そういうジルだって益々強くなってるし、私よりコントロールは上手いんですけどね。
ジルは私をもう一人前だと言いますが、あまり実感が沸きません。比較対象がジルと父様母様以外居ないからよく分かりませんもの。ぶっちゃけ三人共化け物レベルですし。
ジルの暗殺未遂から、二年経ちました。
あれから父様はまさかのサヴァン家に乗り込むという事件をやらかしました。無事に帰って来てしかも約束を取り付けて来たというから驚きです。
現当主であるアルフレド卿に直接話を持っていく辺り父様の度胸は凄いですね。男は度胸、女は愛嬌ってやつでしょうか。
父様が交わした約束というのは、こうです。
・ジルはアデルシャン家の人間になった、手出しはするな
・手出しするならば相応の対応をする
・静観するならば今企んでいる事は今の所処罰しないでおく
・娘に手を出しても同様の対処をする
父様の話を纏めるとこんな感じでしょうか。結構一方的で拒否権がないので、命令に近い気もします。立場的にも子爵は侯爵より格下なのであんまり表立って逆らえませんし。
それに、父様はサヴァン家が画策している事の全容を掴んでいるそうです。私には教えてくれませんでしたが、どうせ反乱とかその辺でしょうね。サヴァン家はあまり現国王に従う気がないそうなので。
そりゃ国王様は平和主義で、おまけにアルフレド卿よりも一回りは若いです、見掛けならもう少し歳が離れているように見えるでしょう。そんな、アルフレド卿にとっては若造に指図されるのは、気持ちの良い事ではないのかもしれません。
まあ取り引きが成立したらしく、拍子抜けするくらいに何事もなく平和な毎日を過ごしています。ただパーティーや城の廊下で遭遇した際、出会い頭に軽く舌打ちされたり睨まれたりするだけです。大人気ないですね。
「リズ様は自信を持って下さい、私が保証します」
「ジルが言うなら、一応信じますけど……」
因みにジルさんの事をジルと呼ぶようになりました。体裁上従者という事になってるので、さん付けは駄目らしいです。ジルさんも一人称が私になり、外ではきっちり付き従ってくれます。家の中ではそこまでじゃないですけど。
そして、ジルは成長期に入ったらしく更に大きくなりました。もう170㎝に届くのでしょうか、昔より大きくなったし声変わりもしました。個人的にはあの高めの澄んだ声が好きだったのですが……まあ今の声も良いですけど。
顔立ちも大人っぽくなって、幼さが徐々に抜けて来た感じ。八歳は離れてるので仕方ないのですけど、並ぶとジルが私のお守りをしている感が半端ないです。実際そうだから否定出来ないし。
後、変わった事と言えば……私に弟が出来ました。今一歳です。両親にとっては念願の跡取り息子ですね。
これで私は家に縛られる事はなくなったのでしょうが……嫁に出されるとなると複雑です。下手したら殿下の下に嫁がされたりしそうで怖いです。
子供を産んだ母様やその父親である父様は、当たり前ですけど赤ん坊である息子にかかりきり。幸か不幸か、しっかりし過ぎている私は半ば放置されています。
それは別に構いませんし正しい判断だとは思いますが、……あんまり面白くないというか。まあもう少し大きくなれば元に戻るとは思うのですが。
両親が構ってくれないので、必然的に私はジルと一緒に居ます。ひたすら魔術の訓練をしたり庭で土弄り(但し魔術で)したり、そんな日々です。
「はー、何だか暇ですよね。父様は弟に構ってますし」
「ルビィ様はまだ幼いですからね、掛かりきりになるのも分かりますよ」
「そんな事分かってますよ」
水の球体に炎を閉じ込めて、それを何十個も産み出しながら溜め息。
これは魔術の制御力を養う訓練です。相反する属性の魔術を併用して、それを保つ訓練。どちらかに偏れば直ぐに消えてしまうから、結構集中力が要ります。
まあもう慣れたもので、暇潰しにお手玉出来るくらいにはコントロール出来るのですが。
掌の衝撃を水を伝って炎にいかないように、衝撃を拡散して球体の形状を維持させるだけです。魔力の配分も忘れないように均等に。酸素の概念はあるらしいですが、魔力で燃えているので中々消えたりはしません。
「貴族って暇ですよね本当に。私跡取りじゃないから余計に」
ぽい、と窓の外に水球を投げて庭の草木に水やり。勿論炎は消してますが。
空中で弾けて植物の恵みになったのをぼんやりと眺めて、それからベッドに倒れ込みます。
ふかふかのベッド、お日様の匂いがして、それが父様を連想させてもやもやします。……中身が三十路を超えそうな女が幼児返りなど笑えませんね。ファザコンって訳でもないのですけど。
「じーるー、もう今日はお昼寝しましょう。ふて寝します」
「まあ今日の修行は終わってますけど……では私はこれで、」
「ジルも一緒に寝るんですよ、ほら」
場所を半分空けてぱふぱふとベッドを叩く私に、ジルは微妙に固まって、それから呆れたような表情です。
「……リズ様、私は従者、それも男なのですが?」
「じゃあ主人の命令です。あと性別は私みたいな子供には関係ないかと」
ジルが幼女趣味なら別ですけど、ジルはそういう訳ではないですし。この間聞いたら真顔で否定されました。ですよね、まさかロリコンな訳ないでしょう。
「……はあ。まあ、構いませんけど。あまりこういう事を他人に求めないで下さいよ」
「ジルにしか頼まないので大丈夫ですよ。それに、ジルも一緒に寝たら安心してたじゃないですか」
「あれは昔の話です。今はヴェルフ様に見付かったらどうしようと不安なんですよ」
「大丈夫、今私には見向きしてないので」
二人共ルビィにかかりっきりなので問題なしです。ルビィの方が確実に可愛げありますから。私に可愛げなくて申し訳ないくらいですし。
にこ、と笑うと、観念したのか私の横に並んで横たわるジル。いそいそと胸に抱き着くと、溜め息をつきながらも抱き締めて髪を梳いてくれます。
……四歳の頃よりジルにべったりな気がしますけど、良いのです。逆に幼くなった気がしますけど、良いのです。だって、何か落ち着くんですよジルは。ちゃんと私を見てくれますし。
「ジルのそういう所、好きですよ」
「そうですか。リズ様は随分と甘えん坊になったようで」
「今まで甘えなかった分取り返してるだけですよ。……寂しい、し」
親が構ってくれないのがこんなにもつまらなくて寂しいなんて思いませんでした。前世は末っ子だったし、兄姉が私より年齢が離れていて構ってくれましたから。兄さん達は、こんな気持ちだったのでしょうか。
胸に顔を埋めたまま呟くと、背中に回った手が私を引き寄せます。
「リズ様には私が居るでしょう」
「そうですね。……何かジルってお兄さんみたい、……いひゃいじる」
「大人しく寝て下さい」
何故かほっぺたを摘ままれて軽く捻られました。




