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セシルの父とユーディット

 本日4/28『もう一つの物語』発売です。

 活動報告に店舗SS等情報載ってますのでよろしければご覧ください。緊張でそわそわしてますがどうぞよろしくお願いいたします!

 一人でうろうろしなかければ良かった、と後悔をしたのは後の祭りだった。


 母親に連れられて憧れのセシルの家に遊びに来たユーディットは、絶賛迷子になっていた。

 探検してきても良いかとセシルに許可を取ったのは良かった。ただお供を付けずに走っていってしまったために、迷子になってしまったのだ。


 ただでさえ広いシュタインベルト邸、その上気ままに走って来たので戻る場所すら分からない。

 お供が追いかけてくるのを振り払ってしまったのが間違いだった。


「どうしよう」


 広い庭に入り込んでしまった上、本邸が遠くに見える。

 母親であるリズや父親のジルと一緒なら怖くないのだろうが、一人ぼっちで、回りには薔薇の茂る生け垣が迷路のように張り巡らされていて、ユーディットの背丈では視界も遮られる。


 探検する、と息巻いたは良かったものの、こうして見知らぬ場所で一人ぼっちになると、急速に不安が押し寄せてくる。

 本当はセシルと歩いて回りたかったものの、セシルは自分の叔父であるルビィと会話に夢中で、構ってもらえず。ふてくされて半ば飛び出してきたのだが……やっぱり素直にルビィ達と居れば良かった。


 セシルさま、と小さく呟くと余計に孤独感がのし掛かってきて、思わずその場にしゃがみこんでしまう。


 どうして自分は素直に側に居なかったのだろうか。

 わがままを言うつもりはなくて、ただ一緒に遊んで欲しかっただけ。……追いかけてきて欲しかった。


 憧れているセシルともっと仲良くなりたくて、お話ししたくて、気を引きたくてこんな事をしていたけれど、裏目に出てしまった。


 心細さと後悔に大きな紅の瞳から涙が零れて落ちた、そんな時。


「おや、小さなレディ。どうしたのかな?」


 落ち着いた声が、背後からかかった。

 聞きなれたような声にどきっとして、それから期待と不安半分でゆっくりと振り返って――。


「セシルさ……まじゃない?」

「残念。息子はあっちの本邸の庭に居るよ。こっちは別邸側だから」


 ユーディットと少し離れた位置に立っていたのは、知らない男だった。


 正しくは、セシルに似ているけれどセシルよりもやや年を重ねたような男性。憧れの君と違うのは、後ろで結って前に流している髪と、セシルにしてはどこか軽やかな表情を浮かべているところだろうか。

 セシルを軽薄にして飄々とさせたらこんな感じになるであろう、そんな男だった。


「……セシルさまの、おとうさま?」

「そう。僕はイヴァン。ユーディット嬢とは初めましてだね、いや君がもっと小さな頃に一度会ってるんだけどね」


 微笑んだセシルの父――イヴァンは、セシルと比べれば実に愛想よく笑って、ユーディットに近寄る。

 怖い、とは思わなかったものの、あんまりにもセシルに似ていたのでユーディットは固まるしかない。


「リズベット夫人やルビィ殿が探していたよ。セシルも一緒に探していたし」

「……ほんと?」


 セシルが探していた、との言葉を聞いてちょっと瞳を輝かせたユーディットに、イヴァンはひっそりと苦笑。


「どうしてユーディット嬢はこんな所までやってきたのかな。遠かっただろう」

「……セシルさまと、おはなししたくて。でも、セシルさまはルビィおじさまとなかよくはなしてて……わたしのほう、みてくれなかったから」

「おや、可愛い嫉妬だね。小さなレディに嫉妬させるなんて、セシルもまだまだだね。いやこの場合はやるなあ、なのかな」


 膝をついてユーディットの視線と合う高さまでセシルによく似た彼は、穏やかな笑みを浮かべる。

 その笑顔は、セシルとの血の繋がりをはっきりと感じさせる微笑み。セシルが自分に向けてくる笑みに似た、春の日差しのような柔らかな微笑みだった。


 す、と掌を上にしてユーディットの前に差し出すイヴァンは、驚くユーディットをただ眼差しを和ませて見つめる。


「小さなレディ、セシルでなくて悪いのだけど、僕にエスコートさせて下さいませんか」


 子供扱いではなく、一人の少女として手を差し出した彼に、ユーディットは涙を拭っておずおずと小さな掌を重ねるように乗せた。




「ユーディ! 探したのよ、もう……」


 イヴァンにお姫様抱っこ(エスコートしてもらうつもりだったものの疲れていたため)して貰って母親の元に戻ると、リズベットは眉を下げてイヴァンとユーディットの元に駆け寄った。

 セシルもリズベットと一緒に居たらしく、ユーディットの姿に安堵の吐息を落としている。


「イヴァン様、すみません。お手伝いいただいて……」

「いやいや構わないよ。寧ろセシルじゃなくてごめんねって感じだし」

「……ううん、イヴァンさまがみつけてくれて、うれしかった」


 抱き抱えられたままはにかんだユーディットに、リズベットはほっとしたような、それでいてちょっと困ったような、そんな顔を浮かべる。


「もう、ユーディ? だめじゃない、人のおうちだしお供もつけずにくろうろするなんて。迷子になるでしょう」

「……ごめんなさい」

「リズ、責めないでくれ。俺がユーディットにすげなくしたから悪いんだよ」


 セシルも歩み寄ってきて、イヴァンの腕の中に居るユーディットの髪を撫でる。

 心地良さそうに瞳を細めつつ、それでもちょっともの足りなさそうにするユーディットは、そのままイヴァンの首にしがみついた。


 まあ、と声を上げたのはリズベット。

 あれだけセシルにべったりしていたユーディットが、どうしてかちょっと拒む様子を見せている。それだけでリズベットには驚きだった。


「……おやおや、セシル。ふられたね?」

「あのですね父上」


 からかうように笑ったイヴァンにセシルが呆れたように瞳を細める。そんな対照的な二人の様子に、ユーディットはちょっとだけ楽しそうに笑った。


「……セシルさまがわるくないの、わかってる。……ごめんなさいセシルさま。イヴァンさまは、ありがとう」


 どうやらなついたらしくてぎゅう、と引っ付いて笑ったユーディットに、イヴァンも「よしよし」と撫でている。セシルはイヴァンが抱えている事に複雑そう……というよりは「年端もいかぬ子供に変な真似してないよな」と疑り深い眼差しを向けていた。


 変な真似、そう小さくユーディットが口の中で呟いたのを聞き取ったのは、イヴァンただ一人。


 金の瞳と視線が合うと、ぱちりとウィンクされた。


「泣いていたのは内緒にしておいてあげるね」


 ユーディットだけが聞こえる声量で呟かれて、ユーディットは小さく破顔した。




「あらまあ、ジルが見たら複雑になる事間違いなしの光景ですねえ」

「ジルには内緒にしておこうね」

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