祖父から見た孫
ヴェルフ視点です
「あら、何を見ているのかしら」
「セレンか。ミスト達が庭で遊んでいるのを眺めてる」
「あら、ユーディと遊んでいるのね。ふふ、ユーディに振り回されてそうだけど」
窓辺から外を眺めていれば、セレンがやって来て俺の隣に立つ。
思えばもう二十年は側に居るのだが、変わらず笑顔を向けては俺にもたれ掛かる。最初出会った時からは考えられない程に軟化した態度で、思い出すと懐かしくて肩を揺らして笑うと、セレンは不思議そうに俺を見上げてくる。
「なぁにあなた、変な顔して」
「変な顔とか言うなよ。……昔を思い出していただけだ」
「どの辺りかしら。あなたがデートにしつこく誘ってきた事? それとも弟とお出掛けしたら男とデートだと勘違いされた事? ああ、陛下と一緒に二人で町にお忍びついでに追跡してきたからこっぴどく叱った事もあったわね」
「それを思い出させないでくれよ」
「ふふ、いい思い出じゃない」
俺も子供だった頃はやんちゃで尚且つすかした子供だったので、あまりそういうのは思い出させないで欲しい。
我ながら可愛げのない子供だった自覚はあるのだが、セレンにとっては違うらしくて「良いじゃない可愛らしいものよ」と喉を鳴らして笑われた。
まあセレンが例に挙げたのはもう二十年以上前の事なので、笑い話にするくらいには流せる事ではある。リズを生む数年前の話だからな。
……そうだな、リズも子供を産んだ。俺にとっては孫だ。そりゃあ月日が経ったと実感する訳だ。
歳を取ったな、俺もセレンも。
まあ比較的若々しい見掛けではあると自覚はしているが、それでもリズが産まれた時のような溌剌さは、多分ない。俺ももう四十代で無理は効かなくなってきているし、若い頃より体力も落ちつつある。
セレンは……リズが結婚する前からあまり見掛けが変わらない。女性とは謎の生き物だ。
若々しい秘訣はと聞いたら「教えても良いけど並々ならぬ努力が要るわよ」との返答。女性は苦労して美貌を保つものらしい。
「俺達も歳を取ったな」
「懐古してばかりだと余計に老けるわよ」
「手厳しいな」
「……まあ、偶には思い出すのも良いでしょうけど。なぁに、昔の私の方が良かったとかそんな事を言いたいのかしら」
「んなまさか。いつでも目の前のお前が良いに決まっているだろう」
「知ってるわよ」
冗談よ、ところころ笑って俺の腕に頭を預けてくるから、受け止めてそのまま手を繋ぐ。
少し、細くなった指。俺はちょっとかさついてきたし、骨っぽさが増した。刻み込まれた年月の証だと思うと何だか老化を嫌がる気持ちも多少薄れてくる。
二人で窓から外に視線を投げると、庭でユーディットとミストが魔術で水を掛け合っているのが見える。
ユーディットに手加減してあげているらしいミストは、ユーディットの地味な本気の魔術でびしょびしょになっていた。
笑っているから怒りはしていないだろうが、仕返しとばかりにユーディットにも水をぶっかけている。
二人してびしょ濡れで、今度は追いかけっこが始まった。
と、いってもぬかるんだ足元のせいですぐに二人してこけて泥だらけ。何でも楽しいらしくて、ユーディットもミストも朗らかに笑って――そこで、リズが見付けて叱りに来ていた。
まあ、リズもあんな事があったからそこまで強く言ってないようだが。寧ろちょっと困ったようにたじろいでいるから、恐らくジルから聞いた昔話を持ち出しているにちがいない。
「仲良しねえ、ほんと」
「良いことだろう。……ユーディットはリズのやんちゃ加減を強くしているから、心配ではあるが」
ミストが比較的大人しい分、ユーディットがミストを振り回している。妹みたいな存在であるユーディットをミストが拒む訳もなく、ゆったりと受け止めていた。
凹凸がきっちりはまったようなバランスが取れた二人であるから、喧嘩の心配も要らないだろう。
今度はリズが転んでどろんこになって、二人に笑われている。あー、あれは後でジルに怒られるぞ。
子供や孫達の姿を眺めてひっそり笑って、増えた家族の姿を慈しみを込めて眺める。
増えたな、家族が。ジルも、ユーディットも、エミルも。その内ミストが意中の人を連れてくるだろうから、もっと増えるだろう。
後で十五年もすれば、ユーディットも子を生む時がくる。どんどん、家族は増える。その時、俺はその場に居るのだろうか。
「……なあセレン」
「何かしら」
「ひ孫は見れると思うか」
「見たいから長生きしてもらわなきゃ困るわよ。勿論私は生きるつもりだし」
「そうか、俺もだよ」
生き足りないし、 やりたい事だって沢山ある。ルビィが侯爵を継いだ後を見守っていきたいし、跡継ぎの教育だってしたい。未練は山ほどある。
まだまだ若いつもりだから、しっかり長生きしなきゃな。少なくとも親父も生きてるから、このくらいは生きられるだろう。ひ孫が楽しみだ、なんて気が早いだろうが、やっぱり楽しみなのは変わらないのだ。
楽しみは増えるばかりだな、と笑って、もう一度セレンの手を握り締めた。
この手がしわくちゃになっても、またこうして穏やかな光景を二人で共に見れる事を、切に願って。
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