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書き綴る思い出

「……ジル、何やってるのですか」


 ユーディットと庭でお花の世話(と畑の世話)を終えて部屋に帰ったのですが、ジルは何やら日記を書いていました。

 毎日ちまちまと書いている事は知っていたのですが、中身は見た事がありません。勝手に見る程分別がつかない訳でもありませんし、私も日記を見られるのは気恥ずかしいと分かりますから。

 まあ、ジルだから多分日記というか報告書みたいな事になってそうなのは性格的に想像していますけど。


「ああ、リズ。昨日の夜に忘れていた事を書き留めているんだよ」

「へえ……昨日なにかありましたっけ?」

「昨日は……そうだね、リズが嫌いなトマトを頑張って食べたとか」

「それは記録しなくて良い事ですよね!?」


 子供の手前好き嫌いする訳にもいきませんし笑顔で食べますけど、嫌いなものは嫌いです。

 好き嫌いするのは子供っぽいとは自覚しているのですが苦手なものは苦手で……まあそれは置いておくとしてそれ誰かに見られると私が恥ずかしいものだと思うのですけど!


 ほらユーディットも「おかあさまトマトきらいなの?」と私譲りの赤の……トマト色とか言わない、赤の瞳がまあるくなって私を意外そうに見てきます。

 ……私が好き嫌いせずに食べなさい、と言い付けてるので娘の手前知って欲しくなかったのに。


「あのねユーディ、苦手だけど食べられない訳じゃないから」

「涙目で食べていたね」

「そこ、黙りましょう」


 べちべちと抗議で二の腕を叩くと地味に硬い感触が返ってきて、やっぱり鈍ってないなこの体……ってそうではなく。

 余計な事を言わないで下さい、とユーディットに見えない角度で睨むと、ジルは何処吹く風。ジルは基本的に苦手なものがないからそんな顔するんですけどね。


 ユーディットがそうなんだー、とちょっとにまにましているのでこれは次から嫌いなトマト(悲しきかな親譲り)を残す予感がします。


「ユーディット、嫌いなものは出来るだけ食べるんだよ? 好き嫌いしていたら大きくなれないぞ?」

「えー」

「母さんは嫌々だけど食べてるだろう? どんなものでも嫌でも受け入れて飲み込めるようになるのは大切だよ。それが出来ないと貴族としては生きていけないからね」

「ぅー」

「それに、好き嫌いあったら今度セシル殿とご飯食べる時に出てきたら呆れられてしまうよ?」


 その諭し方は多分苦肉の策ですよね、ジルはユーディットがセシル君だいすきなの複雑な心境で受け止めてますし。

 セシル君から「まず恋愛対象にはしないから有り得ないから安心しろ」という太鼓判を貰ってますので極端な警戒こそしませんが、やはり親としては複雑なようです。……ほんとは「おとうさまと結婚する!」が聞きたかったでしょうし。


 一番よく効く薬を持ち出されてはユーディットも迷ったらしく、暫くきゅっと眉を寄せてから「……セシルさまはおおらかだから、そんなことはいわないもん」と地味に反論しています。

 いえ、見立ては合ってますけどね。子供の好き嫌いくらい微笑ましいものとして見てくれるでしょうし。


 でも親としてはやはり食べられるようになって欲しいので、私もジルも苦笑して宥めにかかるのですが。


「そうだとしても、好き嫌いある子より好き嫌いない子の方がよく見られるだろう? 何でも食べられた方が良いよ」

「そうですよ。セシル君トマト好きですし、」

「じゃあたべる!」


 セシル君効果は偉大でした。

 ……ジル、諦めなさい。ユーディットはセシル君大好きですから。好きなものを分かち合いたいのでしょう。


 まあきっかけは何であれ好き嫌いをなくしてくれるなら有り難いので、ちょっとずつ慣れてもらいましょうかね。中のジュレ状の所が嫌いらしいのでそこを取ってからゆっくりゆっくり親しんでくれれば、食べられるようにはなるでしょう。私がそうでしたし。


 若干不服そうな眼差しになっていたジルにはぽんと背中を叩きつつ、やっぱりまだ気になるその日記帳をちらり。

 中を見る程不躾な真似はしませんが、表紙の擦り切れ具合を見るとどうも年季の入ったもので。


「ジル。因みに、それに今まで何を書いてきたんですか」

「ああ、これかい。……そうだね、リズが小さな頃にやらかした失敗とか前髪うっかり切って半泣きになった事とか、土まみれになってセレン様に怒られた事とかね」

「忘れてくださいよそれは」

「書いてるので遅いね」


 何てものを記録してるんですか、とジト目で睨むと、朗らかな笑みが返ってきました。


「……懐かしいよ、全て。色々書き留めているからね。あなたが以下に無茶をして、人を惹き付けてきたかを思い出す」

「……無茶な事をしたのは自覚していますけど、今はしていませんもの」

「おかあさま、あぶないことをしたの?」

「そうだね、でもとても凄い人だよ。強くて、優しい人だ」

「おかあさま、すごいものね! わたし、おかあさまがこおりのおしろつくったのみてたもん!」


 ……ジルからの視線が痛いので目を逸らします。

 いえ、前みたいな1/300スケールですよ? お庭に作れるくらいの可愛いサイズのお城ですよ?


 こほん、と咳払いをして誤魔化しておきますが、ジルの苦笑は濃くなるばかりです。


「まあ、リズがそうなのはいつもの事として。……私はあなたに救われたのだと、読み返して改めて思ったよ。あなたが生き甲斐だった、と言ったら重いかな?」

「いいえ。……自分で言うのもお恥ずかしい限りですが、ジルは私の事ばかり考えていたの、知っていますから」


 私がジルを縛り付けてしまったのではないか、そう思った事もありました。

 けど……ジルは、自ら私を望んでくれたのです。その気持ちを疑うつもりもありませんし、私も望んでジルを受け入れたのですから。


「私も、日記帳をきちんとつけておけばよかったですね。そうしたら、一緒にこんな事があったなあと笑い合えるのに」

「私が代わりにつけているから問題ないさ。これからは一緒に付けていけば良いだろう、側に居るのだから」

「……そうですね、ずっと一緒ですものね」


 出会った時からずっと一緒に生きてきて、結婚して正式に共にある事になった。私達は死が分かつまで、ずっと側に居るのでしょう。


「わたしもわたしも、おかあさまとおとうさまとえみるといっしょにいるー」

「ふふ、ありがとうユーディ。……でも、多分ユーディはずっと一緒には居ないのよ?」

「えっ……いちゃ、だめなの?」

「ううん、居て欲しいけど……いつか、ユーディにも私達より大切な人が出来て、その人の側に居たいって思うようになるもの。私もそうだったもの」


 今はまだ、セシル君への憧憬の感情が強いだろうけど……大きくなったら、きっと好きな人が出来る。

 そうしたら、私達の手を離れていくでしょう。それが親離れで、巣立つ時。


 だからそれまでは、私達の元で沢山愛を受けて育って欲しい。いつか訪れるただ一人の人の為に、愛を知って欲しい。


「沢山記録をつけましょうか。もっと先に読み返して、あの時はこうだったなあって、思い出せるように。私達の事も、ユーディの事も、エミルの事も」

「そうだね。……きっと読み返す時、今よりも沢山の思い出が出来ているだろう」


 多分読み返すのはきっと、ユーディットがまだ見ぬ誰かに嫁いだ時なのでしょう。それから、ユーディットが居なくなった事を噛み締めると思うのです。


 まだまだ先のようで、案外近そうな未来。


 居なくなるのは寂しい事だけど、誰かの元で幸せになれるのなら私達は喜んで送り出すでしょう。……ああいえ、ジルは決闘を吹っ掛けそうですけど、それもまあ試練という事で将来の義息は頑張って下さい。


 ふふ、と笑うとジルもまだ見ぬ未来に思いを馳せたのか、穏やかに微笑んではユーディットの頭を優しく撫でるのでした。

4月28日発売の『もうひとつの物語』のカバーイラストを活動報告で公開してますので、もしよろしければご覧いただけたらと思います。

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