歳の差
私とジルは八歳差。私が今十七歳なので、ジルは二十五歳となります。
貴族同士では歳の差婚なんてそう珍しいものではありませんし、極端な話親子程離れた年齢の男女が結婚するという事もままある話です。
そう考えれば私とジルの歳の差なんてありふれたものですし、別に後ろ指差されるような後ろめたいものがある訳でもありません。ジルは実力で堂々と私を勝ち取った(語弊はありますが)のですし、結婚してもおかしいという訳ではないのです。
それはそれで理解はしているのですが……やっぱり、私達夫婦に噂話は絶えないのですよね。
例えば私が殿下を弄んだ、とか。まあこれは否定出来ません、恋心を向けられていると理解しながらも突き放さずずっとそのままでいて、最後に振ったのですから。殿下の心を弄んだと言われてもまあおかしくはないでしょう。
同じようにシュタインベルト子息と云々もありまして、これはこれで否定しきれないものがあります。言われるまでセシル君の気持ちに気付かなかった私が悪いですから。
そのどちらも本人達が否定しているので、私達が居ない場所でまことしやかに囁かれるくらいで済んでいます。
それから、ジルの事も噂になったり。
ジルはサヴァン家の血を引いているから、その事を悪し様に言われたりするのです。私が怒って乗り込もうとしたらジルに押し留められちゃいましたけど。好きに言わせておけば良い、陛下にも認められた仲なのだから、そうやんわり窘められました。
……ジルは悔しくないのかと聞いたら「家なんかどうでもいいですし、私はアデルシャンの人間になりましたから」と穏やかに微笑まれて、私もそれで渋々矛を収めたのですけど。
ただ、私達夫婦は納得しても、納得しないというか逆にキレたのが父様母様で。
母様が怒るのは兎も角父様が怒るのはジルには意外だったらしく、ぽかんとしていたのですが……父様って、認めた人間を不当に貶しめられるのとか本当に嫌いなんですよ。
ジルは実力で父様に認められた存在でアデルシャンの一員なのです、それを馬鹿にしてきたのなら父様が怒っても仕方ないのです。
私も怒ってましたし、父様の怒りを買った人間が今後どういう目で見られても関与しません。だって、 明確な悪意はないとはいえ、アデルシャンと王家に喧嘩売ってるようなものですからね。ジルは陛下にも認められた人なのですから。
まあそんな感じで色々と噂があったりするのですが、一番多いのがジルは子供の頃から私に手を付けて籠絡していた、というやつでしょうか。判断がつかない子供の頃から恋心を抱くように仕向けられていたとかそんな感じの噂です。
……これはジルが頬を引きつらせていましたね。ジル、最初のは兎も角最後のは否定出来ませんから。
手を付けていた事実はないのですが、私に好きになってもらおうと甘い言葉を囁いたり甘やかしたり触れ合ったりしていたのは事実です。それが仕向けると言えば微妙ですけど。
そもそも私は昔から自我が確立されていたから、幼子に無意識に仕向けるというのは適用されないのですよね。いやまあ巧妙に好感情を抱くようにはされていましたけど、そもそものジルの性格が尽くすタイプだから悪く思える筈がないのです。
「やはり歳の差があるからこう言われるのですかね」
幼女趣味とレッテルを貼られかけたジルは、途方に暮れたような声で呟いては肩を竦めます。
ソファに腰掛けたジルは私を膝に横抱きで座らせていたのですが、噂話の話題となると疲れたように溜め息をつきます。
「まあやっかみというやつらしいですよ、母様曰く。国王と知己である侯爵の愛娘という優良物件が、取り潰しされた反逆者の血を継ぐ従者に奪われたからとか何とか」
「僻みは勘弁して欲しいものですね」
「そうですね、母様も結婚当初は苦労したらしいですから」
母様は名も知れていない弱小貴族の子で、それが侯爵家跡取りに見初められて嫁いだのですからそりゃあ騒ぎ立てる人も居たでしょう。色々嫉妬され嫌がらせとかもあったみたいですけど、母様はそれを乗り越えて今の立ち位置に居るのです。
立場は母様と逆でジルが奪い取る方ですけど、苦労は分かって下さるみたいです。
「まあ国王陛下直々に認めて下さりましたし、父様がカチキレてたから今後はそんな噂もなくなると思いますよ? まさか最強の男と国のトップに喧嘩売る方は居ないと思いますし」
「そうだと良いのですが。……ふむ」
「ジル?」
「いえ、私が幼女趣味と言われるのはリズが幼いからかな、と思いまして」
「それジルにも私にも失礼ですよね!?」
そ、そりゃあ出会った頃は私も子供でしたけど、今ではもう立派な大人ですし、幼女言われる筋合いはないのです。……ジルが好きになった頃の私が幼かったのが原因ではあるでしょうが、もう年齢は互いに大人で問題ないですもん。
もう立派な大人ですもん、と胸を張った私にジルは穏やかに微笑みます。ねえジル、気のせいかとても微笑ましそうというか子供を見る眼差しじゃないですか?
「……ジル」
「大丈夫ですよ、大人の女性として、大切な妻として見ていますから」
「その割に今の眼差しはそういう目ではなかったと思うのですけど」
「おや、では今からそういう眼差しで見ても宜しいのですか?」
え、と固まった時には、顔同士が零距離に。
いきなり吐息を共有させられて硬直する私の唇を食みながら、指を絡めてやんわりと握ったり離したりを繰り返すジル。わざとらしく音を立てて口付けるのは、私の羞恥を煽る為でしょう。
擽るようにそっと擦り合わせたり啄んだりされて、焦れったさに喉を鳴らして恥ずかしさを感じつつも自ら唇をくっつけて、緩く開いて。
滑り込んで来る舌を受け止めて、ゆっくりと絡めていくのです。
思えば、ジルにこういうキスを教えて貰ったのですよね。散々されても未だに慣れないですし恥ずかしいですけど。
あまり激しくされても困るのに、ジルは私からしてきた事が嬉しかったらしくそのまま思い切り絡めて後頭部を固定して退路を防ぐのです。
ずるい、と口付けの合間に零すと、ジルはしっとりと笑みながら「嫌がってはないでしょう?」とまた深く口付けてくるから、もう本当に私はジルに弱いのだと思いましたよ。
……全部、ジルに教えられて、大人になっている気がします。抱擁も、キスも、もっと深い繋がりも。
今度こそゆっくりと唇を離すと、間を繋ぐように銀糸が伸びる。それがとても恥ずかしくて目を逸らすと、何が面白かったのかジルは軽く吹き出すのです。
「まだ恥ずかしがるのですね。あなたが大人の女性であるのは、私が誰よりも知っているつもりですよ?」
「……もう」
「そもそも大人へと羽化させたのは私ですし、リズの事は知り尽くして、」
「ジルはちょっと黙って下さい!」
何でそんなに恥ずかしい事を平然と言えるのですか、と胸を叩いて抗議すると、しれっと「私はリズの夫ですよ?」と宣言するので、何と反応していいのか分からずにただジルの案外しっかりした胸板に顔を埋めます。
……そりゃあ、互いに互いの事は知り尽くしていますけど。この見掛け細い体は服を脱げば引き締まっていてとても丈夫で逞しいという事も、色々言えないような事も、知っていますけど。
逆にジルが私の全てを暴いているから私自身が知らないような事まで知っている事も、理解はしています。
だけどそれを堂々と言われるのは恥ずかしくて仕方ありません。
うう、と羞恥に体をかっかさせながら「ジルのばか」なんて甘えるような声音で吐いてしまう私に、ジルはくつくつと喉を鳴らしてはまた笑うのです。
そんなジルに抗議しようと腕の中から見上げると、ジルは次第にからかうような笑みを止めて、穏やかな笑みに。私を慈しむように撫でて、それから改めて抱き締め直します。
「あなたは、もう大人で私の妻だ。……それに、歳の差なんて、関係ない。今は二十五歳と十七歳ですが、五年経てば三十歳と二十二歳、十年経てば三十五歳と二十七歳ですから。そうなるともう歳の差なんてあってないようなものでしょう?」
「……そうですね」
誰に何と言われようと、私達はもう夫婦です。それに、これから月日が経てば、年齢差など関係ないのだから。
「家族が出来たらもっと関係なくなりますよ。……それとも、歳の差を気にしますか?」
「まさか。あ、ジルが先に老けちゃうのは複雑ですね。けどダンディなおじさまジルも楽しみです」
「そこは子供を楽しみにしていると先に言って欲しかったのですが……」
さぞ素敵なおじさまになるのでしょうと期待を込めて言ったのですが、お気に召さなかったのかちょっとしょげてしまったジルについ笑ってしまいました。
もう、ジルってば……家族が欲しくないなんて言ってませんよ。
いつか授かりたいとは思っていますし、きっと可愛い子が生まれてくると思うのです。
境遇の事もあるからジルは家族が欲しいって常々思ってるみたいですし実際に行動に移してきますので、そう遠くない内に家族が増える事になるとは思っています。それは喜ばしいですし、私にとってもとても幸せな事。
ただ、あと少しくらい、二人きりが良いなあなんて思ってしまう私は、我が儘でしょうか。
「ジルの子供は欲しいですよ? ただ、もうちょっと新婚気分のままでいたいなあって思ってるだけです。折角、誰にも邪魔されずに触れ合えるのですから。……駄目でしょうか」
「いえ、リズらしいです。……いつか、で良いですよ、私は。あなたと共にある事が、一番の幸せですから」
腹部にそっと手を添えて口付けたジルに、私も掌を重ねて微笑みながら口付けを返しました。
……小さく「我慢はしませんけど」と呟いたのは聞かなかった事にしました。