義弟と義兄
ルビィ視点です。
結局のところ、姉様はジルを選んで幸せそうに日々を過ごしていて、それで僕は良いと思ってる。結婚式の時の姉様の幸せに満ちた顔は、忘れない。
女性としての幸せを得た姉様は、あの場に居た誰よりも綺麗だった。純粋な白を纏い、頬を薔薇色に染めて光の中で微笑む姉様は、誰もが羨む程に綺麗で、そして幸せそうだった。
僕としては本音を言えば兄様が良かったけれど、姉様が選んだのがジルだからこればかりは仕方ない。それに、僕だってジルを認めていない訳じゃないんだ。姉様を守れるだけの力があるんだから。血の滲むような努力してた事だって百も承知している。
「僕、何だかんだでジルが目標なんだよね」
ジルは婿入りという形でアデルシャン家に入って、一応僕の義兄という事になっている。まあ兄さんと呼ぶつもりはないんだけどね、僕の兄さんはセシル兄様だけだから。
……そろそろ兄様は止めてセシルさんと呼ぶべきなんだろうけど、やっぱり兄様は兄様なんだよね。兄様も嫌がってないからきっと許される。
まあそんな感じで婿入りしても相変わらず、寧ろ余計に父様にこき使われるようになったジルだけど、文句一つ言わずに平然とやってのけている。
跡取りは僕だから侯爵家の事は僕も手伝うようになったけど、魔導院の事はジルにかなり任されるようになった。父様もジルの事は認めているし、いずれ導師の座も譲る気なんじゃないかな。まあそれはまだまだ先の話だろうけど。
さっき言った目標という言葉に、ジルは瞳を瞬かせた。余程予想外だったらしく、表情にも意外だと出ている。
「私が、ですか? セシル様ではなく?」
「兄様は人間的な目標だし尊敬はしてるよ。でも越えたいのはジルだよ」
確かにジルの言う通り、兄様も目標だ。強くて優しくて格好良い、僕の理想の人。
でもそれは人柄として尊敬していてああなりたいという目標であって、実力として追い付いて越したいのはジルだ。その上にまだ父様が居るのだけど、父様もいずれジルに追い抜かされる日が来る。だから、僕の目標はジルで間違いない。
……目標というかボコボコにしたいという個人的な願いも入っていたりはするんだけど、姉様には口が裂けても言えない。まあ姉様の事だから、もー、と窘めた後に頑張って下さいね、とも言いそうなんだけども。姉様はジルの事絶対的に信用してるから。
「……それはありがたいようなそうでないような」
「ぶっちゃけ僕ジル好きじゃないけど、尊敬はしてるよ? 姉様への執念は凄かったし」
「それは褒め言葉なのですか」
「褒めてる褒めてる」
一応僕なりの称賛なんだけどジルはお気に召さなかったみたいだ。
ジルは好きじゃないけど、認めてはいるし純粋に凄いとは思ってる。よくも姉様を、とは思いはしたけれど、僕だって子供じゃないんだから、姉様の意思は尊重するし感情と事実は別物として考えられるよ。
だからまあ義兄だろうと僕はジルは好きではないという感情も自由な訳で。あ、別に嫌いじゃないよ、姉様を任せるには相応しい実力を備えているとは理解してるし。
「まあ姉様が幸せなら僕はそれが一番だとは思うし異論はないよ。だから、不幸せにしたらタダじゃおかないからね」
「心得ていますよ。そんな事をしたものなら少なくとも四人から殴られる確信はあります」
ジルは困ったように微笑んだ。
まあ、ジルはそんな愚かな事はしないと信じている。だってあれだけ姉様が好きでずっと努力してきたんだ、その姉様を不幸せにするなんて有り得ない。というか僕が許さない。僕だけじゃない、きっと兄様達も怒るだろう。
「あ、言っておくけど僕は殴らないからね?」
「代わりにありとあらゆる手段で制裁に走る気ですよね」
「さあ?」
どうせ僕が手を下さずとも他の三人がボコボコにするだろうし。その辺りの結託は凄いと思うよ、僕が保障する。敵に回した時の恐ろしさは半端じゃない。その分味方の時の頼もしさも半端じゃないけど。
まあジルはそんな真似しないと思ってるから、不安がらなくても良いと思う。大切な伴侶を泣かすような真似、まさかする筈がないもの。
首を傾げて悪戯っぽく笑ったら笑ったでジルの笑みが引き攣るし。気のせいかジルに警戒されてる気がする。
「……リズののんびり加減とは正反対に育ちましたね」
「ジルこそ僕の事なんだと思ってるの。ジルこそ、姉様傷付けた人には容赦ないでしょ? それと、おんなじ」
「……そうですね」
僕は姉様程鈍くないから、ジルが姉様を傷付けたり傷付けようとした人間を全て排除してた事くらい、知ってる。刺客は潰してるし姉様に危害を加える気がある人間はそもそも近付けない。
姉様は結構に守られてるんだけど、本人は知らない。ううん、知らなくても良い。これは僕のエゴでありジルのエゴでもあるのだから。
僕とジルは何だかんだで、似ている。姉様の幸せを第一に考える所が。まあジル程物理手段に出るとかは考えないけどね。僕は僕なりに姉様を守るつもりだし。
僕の役目はジルとは違う形で姉様を守っていく事だ。
姉様は知らない、どれほど自分に価値がある人間か。侯爵家の娘だからというだけではない、とても大切な存在。あまり自覚はないだろうけど、姉様一人押さえてしまえば国政に影響が出そうなくらい、姉様は重要な立ち位置に居るんだ。
……自覚して欲しい反面、正しく立ち位置を認識してしまえばがんじがらめに縛り付けられるから、そのままの姉様で居て欲しいのだけど。
だからこそ、僕らは姉様がつつがなく、幸せに平和で過ごして貰う為にも頑張らなきゃ。戦いになんて出させないし、大人の薄汚い部分なんて触れさせたくない。年寄りの利己的な思惑の為に利用なんてさせない。
これは僕らのエゴだって、分かってるけど。
「僕は信じてるからね? ジルの事。……姉様を守り抜いてよね?」
僕の含みを全て正しく理解したジルは、何とも言えない苦い顔でうっすら笑みの形を作っているけど、やっぱり姉様に向けるものとは全然違うぎこちないもの。
「……本当に、あなたはヴェルフ様に良く似てらっしゃる」
「ありがとう、褒め言葉として受け取っとくね」
「ヴェルフ様より質が悪い気がします」
「父様を越えられたならそれは良かったよ」
にこやかに微笑むとジルは軋みそうな笑顔を返してくれた。
「……一つ、良いですか?」
「何?」
首を傾げた僕に、ジルは表情を普段のものに戻して、それから真っ直ぐに僕を見て。
「確かに私やあなたはリズを守る為に動いていますが……リズは守られるだけの女の子ではありませんよ。私達が思うよりも、ずっと逞しく、色々考えていらっしゃいます」
「……それをジルから言われる日が来るなんてね」
いつも過保護だったジルからそんな台詞を言われるなんて。
ジルも、姉様と過ごす内に柔軟に、そしてお互いを知って背中を託せるくらいには信頼関係を作ったんだ。私が守るの一辺倒だけじゃなくなったのは、とても進歩したのだと、改めて思い知らされたよ。……そっか、僕が一番姉様を理解していた訳じゃ、ないんだな。
「分かってるよ。だからこそ、僕らも、姉様が知り得ない部分で守ってあげるんだ。姉様が気付かない部分を守ってあげれば良いの」
全方向守られるのは、姉様も望まないだろう。昔のジルのように鳥籠の鳥にするつもりなんてないのだから。
そう微笑むと、ジルは何故か苦笑を再び浮かべるんだ。馬鹿にしている訳ではないけど、何処か微笑ましそうで、ちょっとむかつく。
「……本当に、あなたも成長しましたね。将来が楽しみでもあり、恐ろしくもあります」
「宰相になったらユーリス殿下と共にこきつかってあげるよ」
「それは怖い。ルビィ様の大胆な目論見を聞いてしまいましたね」
「……ルビィ」
「え?」
「一応義弟なんだから、様付けとかしなくて良いよ。敬語は取れないだろうから、様付けだけでも取って」
「……分かりました、ルビィ」
僕の名前を穏やかな笑みで呼ぶジルに、僕も小さく義兄さん、と呟いたのは、果たして本人の耳に届いただろうか。
ただ、嬉しそうに微笑んだジルに問うのも何だか癪で、何も言わずに微笑むジルを眺めてはうっすら浮かび上がる熱を誤魔化す為にそっぽを向いておいた。
因みに、その後僕らの様子を見た姉様が「ジルと仲良くなってる……!」とショックを受けていたけど、その仲良くなったきっかけは話す気にもならなくてお互いに曖昧に微笑んでおいた。姉様は何故だか更にショックを受けていた。何でだろう。
本日12/25『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』三巻発売です。
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これからも転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょうを宜しくお願い致します。