旦那様はお忙しい
お久し振りです。本編その後のお話を今後ちみちみ投稿していこうかなと思っております。人によっては蛇足となりますので、閲覧の際はお気をつけ下さい。
無事に結婚が認められたのは、とても嬉しい事。神父の前で誓いを交わした時は目頭が熱くなって、思わず泣きそうになりました。いえ、正直な所涙を零してしまってジルに苦笑されてしまいましたが。
沢山の人に祝福された結婚式の日は、いつまでも忘れ得ぬ思い出となる事でしょう。
まあ、そんな訳で、嬉し恥ずかしの新婚生活……と言うべきか。結婚したので私達夫婦は別邸で過ごすのですが……その、基本的に私達二人なので、ストッパーが居る筈もなく。婚約という枷から解き放たれたジルに、あらん限りの愛情表現をされるのです。
今思えば元から分りやすく好意を露にしてくる人だったので、セーブ状態を解除してしまったら、こうなる事は予測していたといえばそうなのですが。
「あの、ジル……私を此所に座らせて仕事をする必要が?」
家で書類をチェックするなら、書斎ですればいいと思うのですが……ジルに言っても聞いてくれないし。
私を膝に乗せて真面目な顔で書類を一つ一つ丁寧に、且つ迅速に目を通していくジル。片手は私の腰に回ってぎゅっとしていたり。……明らかにこの体勢だと読みにくいと思うのですが。
というかそう進言したのですけど、ジルは下ろしてくれません。「リズが側に居ればやる気が出ますので」との事。いえ隣に居れば良いと思うのですけど。
「リズは嫌ですか?」
「い、嫌というか、普通に仕事してからくっつけば良いのでは……?」
「それは嫌です。折角の休みなのですから、リズと離れたいとは思いません」
なのでこのままです、と言い切ったジル。
……そうなんですよね、ジル、今日は魔導院に行かなくてもいい日なんですよね。それでもお仕事をしているのは、父様に期待をかけられているから、それに応えたいから。
本当はジルもゆっくりと私と一緒に過ごしたいのでしょう、けれど、仕事の優先順位を引き上げて家でもしている。本来家に持ち帰る程仕事はないと思うのですが、父様もジル認めちゃってるから捌けると判断した量はジルに任せているみたいです。
だから忙しく、今もこうして確認作業と書類作成しているのですが。
仕事自体は嫌がってないですが、私との時間が削られるのは苦痛みたいです。こうして膝に乗せるのも私成分なるものを補給して……いやいや確実に先に終わらせて存分にくっつく方が早いとは思いますよ。
「リズをあまり構えないのは申し訳ないのですが……」
「いえ、それは良いのですけど……重くないですか?」
「まさか。リズは軽いですよ」
もっと肉を付けるべきでは? と片手でお腹の辺りを撫でて来るので、そこに肉が付くのは断固拒否の姿勢です。その上ならまだしも、お腹は嫌です。というか余分なものは付けたくないです。
それは嫌だと拒否の姿勢を取った私、ジルはそれも見越していたのかうっすら苦笑しては抱き締める行為に戻りました。……素直に資料に取り掛かって欲しいのですが、もう言っても無駄だと思います。
まあこれはこれで包まれてる気がして心地好いですし、ジルが楽しいならそれで良いかな……と諦めて、好きにしてもらう事にしましょう。暫くは資料に目を通す方に専念して貰いたいので、大人しくしておきます。
「今ジルが見てるのは何ですか?」
「そうですね……これは魔物の大規模侵攻後の周辺調査の報告書ですね。二年以上は経ちましたが、あんな事があれば警戒を怠る訳にいきませんから」
「……そっか、もうそんなに時間が経ったのですね」
私が成人する前にあった、魔物の大規模侵攻。被害こそ最小限に食い止められましたが、もうあのような事は起こって欲しくはありません。そもそもあったとしても五十年や百年単位らしいですが、それでも……もう、あんな思いはしたくない。大切な誰かが傷付く事を考えなければならないなんて。
予防や早期発見が出来るなら越したことはない。それが自国の土地を守る事に繋がるのですから。
「今では安全なものですよ。そもそも滅多に起きないですし、今後はそれぞれの領地との連携を更に強化して、早期に異変を察知出来るようにしていきますから」
大丈夫ですよ、と私に微笑んだジル。私には柔らかい表情を見せるジルですが、再度資料に目を落として「そもそも魔物の大量繁殖を防げたら良いのですが。ああだとすれば定期的な大規模駆除をするべきか? いやあまりに駆除すると生態系にも影響が……」なんて、真面目に考察していて、何だかんだ父様の仕事もこなせるようになってきているんですよね。
「異常繁殖されても困るし、根絶やしにしても生態系を崩すし魔物にまつわる仕事をする人間の職を奪う事になる。困ったものですね」
「適度に間引くといってもその適度のラインすら総数を把握しないと分かりませんし、討伐に人間を投入する事で魔物達を刺激するって可能性もありますから」
「問題は山積みですね」
こればかりはどうしようもありません、と肩を竦めたジル。極論言ってしまえば根本的な解決法などないのですよね。
たとえで魔物を根絶やしって言いましたが、恐らく森を全て焼き払っても出来ないですし、普通の動物が魔素の影響で変異し魔物になる事だって充分にあり得るのです。他の国の領土から移動して来る事もある。根絶するなど不可能です。
だから私達が行えるのは対処法でしかない。折り合いを付けて共存していくしかないのですよね。
「魔物の長みたいな存在が知性を持っていたらお話とか出来そうなんですけどねえ」
「流石に高位の竜種でないと人語を解するのは無理かと」
「確かに翼竜は言葉通じそうになかったですからね」
自分で翼竜、と言っておいて、思い出すとちょっと震えてしまいます。あの時は、本当に怖かった。死ぬ事を覚悟しましたから。ジルが助けてくれなかったら、死んでいましたし。
少し身を縮めた私にジルは想像している事を見抜いたらしく、資料を置いて私を優しく包み込んで来ます。大丈夫ですよ、と言わんばかりの温かな抱擁に、震えもあっという間に止まってしまう。
「もしもう一度襲われたとしても、私がまた守りますから」
「……うん」
それが言葉だけではないというのは、誰よりも知っています。ジルは強い。私を絶対に守ってくれる……そんな確信があるからこそ、私は体から力を抜いてジルに凭れ掛かります。
「……でも、今度は私もジルを守るんですからね。あの時は魔力が枯渇してて遅れを取りましたが、今度はやっつけてやるんですから」
「それはまた……」
というかリズの方が倒す事にかけては長けているのでは、とぼやかれて、なんというかジルの認識を問いたいところですが私が攻撃特化で防御が出来ないのは自覚しているので反論出来ません。
……言っておきますが、平均水準では防御くらい出来るんですからね。ジルと比べるのが間違っているのです。
むう、と唇を尖らせてみると、ジルはうっすら苦笑。それから私を横に抱え直しては唇を重ねて来て、目を瞬かせると至近距離で微笑まれ、何も言えなくなるというか。
……翠の瞳が熱を浮かべたのを見て、ああもうジルスイッチ切り替わったな、とか口付けられながら思ったり。
結局仕事止めちゃったな、とか思ってたらそれすらも見抜いたらしくて「休憩です」とキスの合間に囁くので、もう何も言えないとジルの好きにして貰います。
お休みの日にまで仕事してるのです、本当はゆっくり過ごしたかったでしょうに。それに……私も、ジルがお仕事してて、構ってくれなくてちょっと寂しかったし……休憩、というのも大切ですよね。
愛おしそうに触れてくるジルに応えようと首に腕を回すと、嬉しそうに綻ぶ端整な顔。……本当に、幸せそうで……私も、同じように微笑み返して、自ら唇を重ねました。
セシル君の救済という事でIFとして別枠で連載しております。あくまでIFのお話でありますが、宜しければそちらもどうぞ。IFなどが苦手な方も居ますので、その場合は閲覧を避けていただければ幸いです。