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悪夢と

 次の日、ジルさんは何事もなかったかのように私にいつもの笑顔を向けて、「魔術の時間ですよ」と告げます。

 大丈夫だったんですね、そう思うと同時に……ジルさんが、何故か困ったような笑顔を浮かべているように、見えてしまいました。いつもの笑みと形は同じ。柔らかい弧を描く口許の角度も一緒、細められた眼差しも同じ。

 それなのに、何故こんな事を思ったのでしょうか。


 そして、いつものように魔術を習う中、ちょっとした変化がありました。


 珍しいのですが、ジルさんが頭を撫でて来ました。

 最初に習い始めた時に一回だけ、あったにはあったんです。でも私の受け取り方のせいではありますが結構子供扱いで侮った、まあ子供ですから仕方ないですけど撫でられ方でした。


 今日のは、うーん……子供扱いでもなく、かといって父様達のような愛でるものでもなく。何なんでしょうね、……私の為、というよりは、ジルさんが何かを必要として私に触れている感じです。

 昨日の事を覚えているのかと思いましたが、昨日確認した限りでは意識はありませんでした。じゃあ何なのでしょうか。


 結局触れた理由は分からないまま、その日の授業も終わりを迎えてしまいました。




「リズ、手紙が届いているぞ」


 家に帰った私とジルさんは、帰宅早々父からお呼び出しを受けました。私だけなら兎も角ジルさんも一緒に呼ばれるとは珍しい。


 ……手紙。

 うん、何か嫌な予感はするんですよ。いやいやまさか昨日の今日でお呼ばれとかないですよね。一日で陛下説得して手紙届けるとか、……やりかねない殿下ならら。書簡は配下の者に届けさせれば、城から此処までなんて直ぐです。何なら魔術で届けたって良い。


「殿下からだ」


 思わず「ですよねー」と口に出してしまいました。父様は父様で愉快そうに、というか微笑ましそうにしています。他人事だと思って……。


 父様には眉を寄せないように気を付けて、素直に受けとります。

 此所で開封するべきか。まあもし本当にお誘いならば父様にも相談しないといけませんし。……父様がより楽しそうにしますね、絶対。


「……何が書いてある?」

「殿下の誕生日パーティーにお呼ばれですね」


 ペーパーナイフで開けて取り出した中身は、招待状。殿下直筆らしく、まだ子供らしさの残る字というか。

 文章を要約するなら、是が非でも来い、ですね。重なっていた二枚目には正式な招待状があります。こっちだけでもあなたの意思は充分に伝わるんですけどねえ……。


「もうそんな時期か……殿下も成長したなあ」

「父様も行きますよね」

「そりゃ招待されてる……というか一応城仕えの貴族だからな」

「……何で私に個別に招待状寄越したんですか、殿下」

「そりゃあれだな、殿下のいじらしい好意の表れってもんだよ」


 そのいじらしいは可憐なという意味ですか、健気であわれなという意味ですか父様。

 確かに殿下、見掛けは可憐な感じがしますけど、将来は多分美丈夫になりますよ多分。後者ならそれは父様からして見込みがないって言ってるものです。いや当事者の私が言うのもおかしいですけどね。

 取り敢えず私は現段階で殿下には恋愛感情抱けませんよ、いや子供だし……。


「ああそうだ、ジル、君にも手紙だ」

「……僕に、ですか?」


 私達のやり取りに目をぱちくりとさせていたジルさん、急に話を振られて更にきょとんとしています。流石に父様の前では一人称

 ジルさん、手紙が来るとか思っていなかったらしく窺うように父様を見ていました。


「子爵からだ」


 その一言で、ジルさんが凍り付いたのが分かりました。


 何処か青ざめた顔で手紙を受け取るジルさんは、強張った表情のまま父様を見詰めています。父様は、ジルさんを静かな眼差しで見つめ返していました。


 耐えきれなくなったのは、ジルさん。


 手紙を懐に仕舞い込み、頭を下げて出て行きます。動揺は私の目から見ても明らかでした。


「……父様、子爵とはどなたの事を指しているのですか」

「ジルの実の父だよ。アルベルト=サヴァンという男だ」


 子爵……確か爵位だと下から二番目でしたっけ。結構な血筋ですね、やっぱり。物腰や言葉遣いと言い、育ちからして良さそうな感じはしていましたから。

 うちは因みに侯爵です。父様は爵位なんかぶっちゃけどうでも良いらしいですけどね、受け継いだものらしいですし。


 でも、実の父親から手紙が来てもあんな顔は。


「俺から言うのは卑怯だから言わないが、ジルとアルベルトは折り合いは悪い。性格が正反対なのもあるが……まあ、詳しくはいずれ本人に聞いてくれ」

「……分かりました」

「またジルが辛そうなら助けてやると良い。夜中に起きてうろつくのは感心しないけどな」


 ……ばれてた。なるべく反応押さえて魔術行使してたのに。流石父様というか、伊達に魔導院でNo.2張ってないですね。

 ……ジルさんは気付いてないですよね? 私が勝手にやってる事ですし気付かれても複雑です。恩に着せるつもりはないですから。


「大分魔術扱えるようになったな、偉いぞ」


 暗い空気を吹き飛ばすようににっこり笑って頭をくしゃくしゃに撫でて来る父様に、もーと少し笑みを溢します。でも、頭の中は先程のジルさんの様子で一杯。……大丈夫かな、ジルさん。






 その夜も、ジルさんは魘されていました。


「……や、め……」


 譫言のように何かを懇願するジルさん。相当に嫌な悪夢なのか、顔を顰めさせ冷や汗を流しています。見ているこっちが苦しくなる程。


 薄々こうなるだろうと思っていた私は、昨日と同じようにそっと部屋に侵入して魔術をかけます。

 本当に気休め程度、原因を取り除かない限りは悪夢などどうにもならないと分かっています。そしてその原因は私から口出しして良いものじゃない。


 尋常じゃない量の汗を流すジルさんを、私はぬぐってあげる事しかできない。


「っあ、……っ!」

「ひゃっ!?」


 タオルをジルさんの額に当てた瞬間、ジルさんが飛び起きます。び、びっくりした……何事かと思いましたよ。凄い顔で目を見開いたからほんとにびっくりした。


 ジルさんは飛び起きてからぜいぜいて息を荒げていました。それから私の存在に気付いたらしく、違う意味で目を剥きます。


「……何故、リズ様が……?」

「ええと……魘されてたから、つい」

「……昨日もですよね」

「……ハイ」

「やっぱりですか、リズ様の魔力を感じましたから」


 案の定ばれていたようです。まあそりゃあ夢を見る時は眠りが浅いですから、気配くらい分かってもおかしくないでしょう。私の魔力を感じたなら、更に。


「……ええと、大丈夫、ですか?」

「大丈夫ですよ、夢見が悪いだけですので」


 そう言って気丈に微笑むジルさん。……大丈夫じゃない人は大概大丈夫だって言うんですよ。現に顔色悪いのは目に見えて分かりますから。

 私が見ても分かるのですから、自分だともっと分かっている癖に。それでも尚、私に弱味を見せたがらないのが、ジルさん。

 別に、頼れとは言いません。ジルさんにとっては雇い主の子供で、教える生徒というだけ。関係ないのですから。……でも、少しくらい、我慢を止めても良いのに。


「……ジルさん」


 ぎゅ、と、小柄な体を、線の細い少年の体に抱き着かせ。

 驚く両の目に向けて、出来る限りの柔らかい笑みを浮かべます。


「怖くないですよ」


 ゆっくりと術式に魔力をこめて、緩やかに治癒術として変換していきます。

 じわじわとジルさんの体に馴染むように、疲労や苦痛まで溶かしてなくしていくように。恐怖も何もかも、溶かして、穏やかになるように。


 最初は驚き戸惑っていたジルさんですが、瞳から徐々に感情が凪いでいくのが見て取れました。

 する、と背中に回した手を、求めるように首に。そのまま引き寄せて、薄い胸に誘います。殿下がこれお気に入りらしいです、こんなぺたんこな胸の何処がいいのでしょうか。


 されるがままになっていたジルさんが、腕の中でびくりと体を跳ねさせたのは分かります。大丈夫、ぺたんこだから。


「……大丈夫ですよ」


 ずるずる、と崩れ落ちそうなジルさんに、私も必然的に後ろ重心がかかって、一緒に雪崩れていきます。

 ジルさんが上に乗っかる状態になったのですが、色っぽい展開にはなりません。当たり前です、私こう見えて四歳です。確実にジルさんは疑ってますがね。


 少し体勢をずらして横にしておき、そのまま添い寝するように、ジルさんの顔を心臓付近に押し当てます。

 心音は、心地好く眠りに誘うリズムだそうです。とくんとくんと私の鼓動がジルさんに伝わる毎に、放たれる震えが弱まっている気がしました。


 ……本当は、こんな事してはならなかった。私の状況的に。

 でも、放っておけなかったんですよね。前世に置き去りにした母性かもしれません。




 心臓が収縮するのに合わせて、背中をとん、と叩きます。一定のリズムで、とん、とん、とん、と。

 小さい頃にこれをされるととても落ち着くのを、私は何と無くですが覚えていました。ジルさん的には子供にされるのは複雑でしょうが。


 ……そして、敢えて言いますが、私は眠いです。早寝早起き朝御飯がモットーの健康優良児な子供にとっては、こんな時間まで起きているの自体が苦痛なので。




 優しくリズムを刻みながら、うとうととする私は、出来る限り魔力を注ぎながら背中を叩いていたのですが……うん、睡魔に勝てる訳もなく。


 うっかり寝てしまったと気付いたのは、翌朝でした。






「……んにゅう……」


 小鳥の囀りで、ぼんやりとながら意識が浮き上がって来た私。

 体がまだ休眠状態で、中々に瞼が開きません。というか開きたくありません。

 ん? ……あれ、私いつ寝たんでしたっけ。


 とても眠いながらにゆっくり瞼を動かすと、緑の瞳が穏やかな眼差しで私を見詰めていました。


「おはようございます、リズ様」

「……ジルしゃ、おはよ、ございましゅ……?」

「疲れていらっしゃるでしょう? まだ寝ていても良い時間ですよ」


 するする、とほどいた髪にジルさんの指が入り込み髪を撫でます。優しく丁重に梳いて来て、その何とも言えない心地好い感覚が、微睡む私を更に眠りへと誘います。

 とん、とん、とあやすように背中を叩かれて、……ん? これ夜に私がした事ですよね。


 眠りに引きずり込まれそうな感覚を振り切って、瞼に力を入れます。

 私の瞳には、落ち着いた微笑のジルさんが居ます。体勢が変わっていて、今度はジルさんが私を抱き締めるような状況に。……あれ、あれ?


「……ええと、何でジルさんは起きて私を観察していたんですか?」

「寝ている間は幼いな、と。寝起きが舌足らずになるのは初めて知りました」

「……う」


 この癖を直さないと駄目ですね、疲れた日の寝起きはどうしてもふにゃふにゃしてしまうというか。というか何で疲れてるんですかね私は。


「あ、無理に起き上がらない方が良いですよ、一晩中魔力を治癒術に回していたみたいなので」


 ……一晩中とか。制御出来ていた事自体にびっくりです。そしてよく持ちましたね私の魔力。まだ体も出来上がってないのによく出来ましたよ私も。魔力変換によって負荷がかかってなければ良いのですが……いや、負荷を敢えてかけて鍛えるのがいいのでしょうか。


 確かにジルさんの言う通り、少し体が重い。魔力を行使し過ぎたでしょうか。寝ていたから制御甘くなってるでしょうし。


「……ジルさんは、大丈夫ですか?」

「ふふ、僕は大丈夫ですよ。リズ様が落ち着かせてくれましたし」


 柔和な笑みで私の髪をといて、指先で弄ぶジルさん。ジルさんもまた、髪を降ろしてシーツに遊ばせています。それがまた色っぽいというか。まだ小学生中学生の境目辺りな年齢の子が出す色気ではありません。


「……何でジルさんが抱き締めるんですか」

「お返しですよ。これ、落ち着くでしょう? あとリズ様子供体温なので心地好いですし」

「子供ですもん。……というか止めて下さい、本当に眠くなっちゃう」

「その為にしてるんですから。しっかり寝て魔力を回復させて下さい」


 耳元でそう囁いて、ジルさんの掌が私の目を覆います。少しジルさんの魔力を感じたと思ったら、……あれ、眠く……ああ、強制的に、眠りに落とすつもり、で……というか、それ、最初に教えて、くれたら……。


 睡魔が急激に襲ってきて、私を沼に沈めていく。ずるずると落ちる感覚を感じながら、私の意識は強制的に電源を落とされました。




 その数時間後、ジルさんと一緒に寝ている所を起こしに来た父様に発見されて一悶着あったのは、別のお話です。



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