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訪れる相対の時

 今まで、ジルは頑張ってきました。私の見える範囲の事だけでもそう言えるのですから、私の知らない所でも努力を積み重ねてきたであろうジルは、私の想像を絶する程に鍛練に励んできたのだと思います。

 ひたすらに魔術への造詣を深め、研鑽を積み、日々精進して来たジル。それは私を得る為なのだと聞かされて、何だかとても恥ずかしくて……でも、嬉しさの方が強かった。それだけジルに想われて、求められていたという事なのだから。

 ……これで私がジルを想わなかった時の事を想像すると少し怖いですが、結果的に私はジルを選んでるしジルと共に歩む事を決めているのだからまあ良いとして。


 ジルは、自分に出来る限りの努力をして、実力を高めて来ました。いと高き壁を乗り越える為に。

 つまり、立ちはだかる壁に挑戦するのは必然なのです。


「リズ様」


 部屋で待ち構えていた私を呼びに来たジルの声は、いつもと変わりない優しげなもの。私が少し緊張してソファに背筋を伸ばして腰掛けた状態で固まって待機していたのを、ジルが気付いて苦笑されてしまいました。

 

「リズ様が緊張なさってどうするのですか」

「緊張するに決まってます。ジルの方こそ緊張しないんですか」

「緊張、というよりは、高揚してますかね?」


 そこは流石のジルというか、柔和で争いの嫌いそうな顔をしておいて必要ならば実力行使も辞さない人なんですよね。ジル自身の方針としては私を守るという事を徹底していますけど、決して攻勢に出ない訳ではありません。寧ろやる時は容赦なくやる人なので。

 今回はその冷酷な一面は関係なく、純粋に……やる気に満ちているみたいです。


「あなたと共にある為なのですから、頑張らない訳がないでしょう?」


 私の側に来たジルは艶っぽく微笑み、私に手を差し出します。迷いなく掌を重ねれば引っ張って立ち上がらされ、そしてその勢いのままジルの腕の中に収まります。

 背中に手を回されぴったりと密着すると、ジルの鼓動はいつもより早い。見上げれば、ジルの愛おしそうな眼差しと出会いました。それから、抱き締める体が少しだけ強張っていた事にも、気付いて。


「……ジル、実はちょっと緊張していますよね」

「ばれましたか。これでは格好がつきませんね」

「ジルは格好つけなくてもいつも格好良いのですよ?」

「男にも矜持があるのですよ」


 難しいですね、と漏らせば「好きな人の前では自分を良く見せたいでしょう?」と苦笑されたので、それはそうですねと頷くしかありません。私も、ジルには可愛いとか綺麗とか思って欲しいですし、一人前だと認めて欲しい。それと似た感情なのでしょう。

 それを否定するつもりもないので、私に出来る事はジルの背中に手を回してぎゅっと抱き締め、ジルの緊張を解す事だけ。何だかジルの意気込みを見ているとこっちの緊張が何処か行っちゃいました。


「……私からは、応援しか出来ません。ジルに希望を託す事しか、出来ません。……だから、ジルを信じてます。ジルの事、信じてる」

「リズ様……」

「私を、妻にしてくれるのでしょう?」


 抱き締めたまま顔を上げて悪戯っぽく微笑めば、ジルは少し驚いたように目を瞠り、それから堅さがほどけたように柔らかく頬を緩めます。

 耳元にそっと唇を寄せて「勿論」と囁くから擽ったくて、少し身動ぎをすれば今度は強く抱き締められ頬に唇が押し付けられました。

 それだけで済まないのがジルで、次は唇を軽く重ねては幸せそうに笑むのです。満ち足りた表情のジルに、もう強張りはありません。


「リズ様。……行きましょうか」

「はい」


 お互いに覚悟は決まっています。だから、それを示しに行かなければなりません。

 名残惜しいけどジルとの抱擁を止め、代わりに手を重ねて、もう一度父様の部屋に向かいます。私達の意思を貫く為に。




「父様」


 執務室に居た父様の元を訪れれば、流石に二度目の来訪の真意は筒抜けだったらしく、私達を見て僅かに瞳を細めては嘆息。けれど拒むような眼差しではなく、何処か凪いだ眼差し。そしてジルも、静謐な表情で父様を見つめています。

 一つ溜め息をついて一度瞳を伏せた父様。ゆっくりと此方に向かってくる父様は、私の知るどの父様よりも、鋭く真剣な空気を纏っていました。いつもの飄々とした父様は、もう居なくて。


「……殿下とのけじめはつけたんだな」

「はい」


 張りつめたような空気はジルに対してのものだと分かっていても、私まで体が強張ってしまいそうです。それでも父様を見詰めて真っ直ぐに言えば、ジルも続いて私の前に出る。

 従者ではなく、一人の男として。威圧感が増す中、凛とした態度でジルは父様と向き合っていました。


「改めて言わせて下さい。私にリズ様を下さい」

「……当然、その覚悟を示す気で来たんだよな?」

「ええ」


 決して目を逸らさずに言い切ったジルに、父様は暫し無言。それから、少しだけ眉を寄せて深く息を吐き出します。


「……長年お前の気持ちを黙認してきたが、今程認めたくないものはないな。……俺に勝てたら、やる。お前の覚悟を俺に示してみろ」

「はい。……ヴェルフ=アデルシャン。あなたに決闘を申し込みます」


 真っ直ぐに父様を見詰め、そしてその足元に身に付けていた白手袋を投げ付けます。勢いこそそこまでのものではありませんでしたが、父様もこの意味は理解している事でしょう。

 これは、私とジル二人で決めた事。例え敵対してで も意思は曲げない、貫く為に、父様に勝者の条件には絶対順守の決闘を用いる、と。


 足元に落ちた白い手袋を眺め、父様はまだ拾おうとはせず、再び私達に視線を戻します。


「やはりこう来るのか」

「連れ去るくらい簡単ですが、あなたに認めて貰わないと意味がないのです」


 相対した二人は譲り合うつもりなどなく、お互いが曲げられないものを持っているからこそ向かい合っている。

 決して負けないと強い意思を持ったジルは、ふと自分の胸を押さえては、父様に少し和らいだ視線を送りました。


「私は、あなたに感謝しています。本来は処分されるべきであった私を許し、居場所をくれた事。家族のように接してくれた事。私の価値を見出だしてくれた事。……あなたには、感謝してもしきれません」


 澄んだ声で語られるのは、父様に対する気持ち。結果として敵対こそしていますが、ジルは父様の事を慕っています。ジルが言うように、長く共に過ごしてきて家族のような、父親のような存在として見ていたのだから。

 父様もまた、ジルを大きな息子のように見てきたのは……きっと、ジルも気付いているでしょう。


「私はあなたを尊敬しています。……だからこそ、あなたに私を認めて貰いたい」


 偽りなき思いを述べたジルに、父様は押し黙り……そして、やがて嘆息。それは呆れを伴ったものではなく、寧ろ……ジルの本音を受け入れて、飲み込んだように思えます。

 静かに額を押さえた父様の顔は、先程よりも柔らかいものになっていました。


「……歴史は繰り返されるって本当だな。この馬鹿者め」


 言葉も、少し柔らかい。言葉こそ乱雑なものですが、声の端々に穏やかさがありました。

 父様、私や立場の手前直接褒めたりはしませんけど……父様は、ジルの事とても認めてるのだと思います。だからこそ、私との仲を突っぱねたりせずに、機会を与えているのですし。


「お前が勝てばリズを得る、俺が勝てば出直す。……諦めは悪いだろう?」

「ええ。もしも負ければ、出直します。無様だろうが、あなたに認めて頂けるまで。……負ければ、ですが」

「魔導院の長に良い度胸だ」


 挑発的な言葉を受けて、父様は愉快そうに口の端を吊り上げては好戦的な笑みを見せます。うろたえる事なくどっしりと構えた父様は、父親として、そして一人の男としての貫禄がありました。

 ゆっくりと腰を曲げて、そこで初めて白い手袋を拾い上げる父様。投げ付けられた手袋を拾えば決闘を受諾した事になり、公正な立会人を場に呼んでの決闘となります。父様は、ジルの覚悟を余すところなく受け止める、そういう事でしょう。


「決闘、受けようじゃないか。……さあ、俺を超えてみせろ。お前の覚悟を見せてくれ」


 不敵に微笑んだ父様の言葉に、私もジルも静かに首肯しました。

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