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弟としての矜持

ルビィ視点のお話。次回からリズ視点に戻ります。

 僕の姉様は、僕にはとても甘い。

 ぎゅーってしてとねだったら抱き締めてくれるし、一緒にお茶したいと言ったらお庭でお茶会をしてくれる。一緒に寝てってお願いしたら喜んで寝てくれるし、ほっぺにキスをおねだりしても叶えてくれる。


 姉様は僕の事大好きだって知ってるよ。それを自覚してるのはとても悪い事なんだろうなあとは思うけれど、僕だって姉様が大好きだからお互い様。

 姉様が僕の理想の姉様であるように、僕もまた姉様の理想の弟で居る。演技とは違うけれど、姉様に見せる僕という面があるのは否定しない。姉様だって、僕には見せない一面があるのだから。


 そんな、僕にとても甘い姉様は、ただ一つだけ、僕の願いに頑として頷こうとはしなかった。

 ……僕は姉様と兄様が相応しいと思ったのに、姉様はジルを選んだ。僕が兄様が良いなと言おうと、姉様は曖昧に笑って首を振るだけ。

 そうして、姉様は僕に隠れて、僕に内緒でジルを選んだ。多分誰にも言わないようにしていたのだろうけど、態度と眼差しで直ぐに分かった。ああ、これは好きな人に向ける顔なんだって。


 ……悔しかったのは、事実だ。僕の姉様が、僕の認めない男に取られていくのだから。

 姉様に選択の自由があるのは重々承知していたし、姉様が幸せなら弟の僕が喜ばないでどうする、と理性は言っている。けれど、納得なんて出来やしない。僕の大切な姉様が、ジルに取られてしまうなんて。


 嫌だと言いたかった、止めてよと言いたかった、泣いてでも拒みたかった。

 けれど、姉様の幸せそうな眼差しと表情を見て、僕が口出ししてはならないものだと、思い知らされるのだ。姉様は女性としての幸せを掴みかけていて、姉様自身がジルを望んでいる。外野がとやかく言っても良い事じゃないってのも、分かってるよ。


 喚いて叫んで泣いても、変わりはしない。それが出来るなら今すぐ実行したし、僕の出来得る限りで手を回した。

 ……でも、出来なかった。

 それをすれば、姉様を辛い目に遭わせて、姉様を泣かして不幸せにしてしまうから。僕の我が儘で姉様を悲しませるなんて、したくなかった。僕は身勝手だけど、姉様の幸せを奪ってまで我を通そうなんて、思えなかった。


 だから、僕はジルを認める事にした。姉様が望む、唯一を。


「ジルって、本当に執念深いよね」

「よく言われます」


 にこやかな笑みを崩さないジルに、僕もまた笑顔を返す。

 小さい頃から危惧していた事は見事的中して、僕としては複雑な気持ちで一杯だけれども、姉様が望んだ事だから諦めはする。今更駄々こねたってどうにかなるものでもないし、みっともないと思ったから。

 兄様が、姉様とジルを祝福するなら僕だって認めざるを得ない。兄様は姉様に想いを伝えた上で姉様を応援した、その気持ちを踏みにじるなんてしたくなかった。


 別に、僕は能力的な事を言えばジルの事を認めていない訳じゃない。姉様を託せるに相応しい実力はあるし、実績がある事も理解している。歳の差も貴族の婚姻ならままある事だし、少なくとも最低条件は満たしていた。

 だからこの煩悶とした感情は、あくまで個人としての僕の気持ち。姉様が幸せならそれでいいと思う心と認めたくないという心がせめぎ合っている。


「よく父様を認めさせようとしたよね。父様、ああ見えて凄い人だよ?」

「ルビィ様のヴェルフ様への評価が気になる所ですが……ええ、よく存じております。側で働かせて頂く事が多くなりましたので」


 父様は僕らに非常に甘いけれど、仕事に関しては一流の人なのだと僕は知ってる。書斎を訪れて父様の仕事を見ていたら、誰だって分かる。僕もいずれはああならないといけない、父様みたいに立派な当主にならなければならない、そんなプレッシャーも感じるのだけど。


 そして、ジルは分かってないと思う。父様が最近魔導院でジルを側近のように扱っている、その意味を。父様は、ジルに将来魔導院を託すつもりがあるから、側で仕事させてるのに。

 僕は姉様のような膨大な魔力はない、それでも父様くらいにはあると言われてるけど……ジルや姉様程、実力がある訳でもない。修行を積むつもりではあるけれど、きっと姉様には敵わないだろう。


 父様はきっと、自身の後継者を僕とジルに分けて考えている。魔導院の長はジルに、当主としては僕に、そうやって後を継ぐ人を育てているんだ。それほどまでに、ジルは認められている。口には出さないけれど、つまりはそういう事なのだろう。

 あとは、ジルが直接実力を父様に見せるだけ。


「姉様の心を奪っておいて無様に負けるとかしたら承知しないんだからね」

「安心して下さい、負けませんから」

「……まあ、ジルの事は応援してるよ」

「おや。てっきり負ければ良いと仰るかと」

「僕もそこまで性格悪くないよ。姉様の幸せを一番に望んでいるのだから、姉様の選んだ人を応援するしかないでしょう」


 ジルは意外そうだったけど、これもまた僕の本音だ。

 姉様が選んだ最愛の人。姉様を幸せにすると誓った男。姉様にとっての幸せはジルと共にある事。だから、僕は無理矢理引き剥がすような真似はしない。

 まだまだ感情は上手く納得出来ないけれど、姉様に幸せになって欲しいというこの感情は本物だ。大切な僕の姉様に悲しい思いをさせたくない、姉様には笑っていて欲しい。


「姉様を泣かせたら、許さないからね」

「リズ様に悲しい思いをさせるつもりはありませんよ」


 断言したジルは相変わらずの笑み。それが頼もしくて、やっぱりちょっぴり憎らしかった。

 もやもやはするけれど、姉様が認めた相手で、僕も実力は認めてる。だから、これ以上の我が儘は言わないでおくべきだ。


 僕は覚悟を決めて、改めてジルに向き直る。姿勢を正し、アデルシャン侯爵家の跡取りとして、姉様の弟として、僕はジルの姿を真っ直ぐに捉え、腰を折った。


「……姉様の事、宜しくお願いします」


 少し気が早いけれど、これが僕のジルに対する信頼の表現のつもりだった。そして、僕なりの激励でもある。

 ジルは父様に勝つ、そう信じて、僕は姉様をジルに託す事を決めた。


 頭を上げれば、ジルは微かに驚いた顔。それから、ゆったりとおおらかな笑みを浮かべて「はい」と短く返事をして頷いた。

書影と店舗特典の方が公開となりました。詳しくは活動報告の方に書いております。宜しければご覧ください。

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