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殿下とジル

 訳も分からずに、けれど殿下が何かを意図してジルと会いたいのは分かって、躊躇いつつもジルを指輪で呼び寄せます。

 けれど殿下に御願いされたのは、この客室に呼ぶ事ではありません。騎士様が自主鍛練に使う、小さな訓練室。

 人払いがなされているのであろう部屋には、私と殿下が二人。殿下の片手には布に包まれた棒状の何か。……これが何か分からない程私も鈍くなくて、中身を悟った時に殿下の狙いも理解をしました。


 程なくしてやってきたジルは、私と殿下が二人で待っていた事に、そして私の目がほんのり腫れている事に瞠目。それから少しだけ瞳を細め、呼び出した真意を問うべく近付いて来ました。


「……リズ様、それにユーリス殿下も。何の御用でしょうか」

「ジルだったな」


 完全に接近される前に、殿下は手にしていた棒状の何かを布から解き放ちます。銀色に輝くそれは、剣にしては華美な装飾こそなされておれど、確かに人を傷付ける道具として照明の光を受けて輝いていました。

 二振り、その一振りを、乱雑に投げる殿下。がしゃんと音を立て床を転がるそれは、丁度ジルの足元に。


「私と勝負しろ」


 そして殿下が投げ付けた言葉に、とうとうジルは解せないという顔を隠さなくなりました。恐らく私が泣いたのは自責の為と分かるでしょう、私と殿下の間にある空気の違和感からそれは理解している筈。求婚を断ったのだと。

 けれど呼び出されて唐突に勝負を持ち出される事は予想外だったらしく、ジルは細剣を拾い上げる事はせずただ訝るように殿下の碧眼を見ています。


「お言葉ですが、仰る意味が」

「分からないなら端的に言うぞ。リズを賭けろ」

「……何故そのような」

「身分差をものともしないその覚悟があるなら、受けられるだろう」


 ……ああ、そうか……殿下は、けじめをつけたいんだ。自分の代わりに私を奪う人間がどのくらい強いのか、それを体感する為に。私を任せられるか、確かめる為に。父様とは違うベクトルだけども、きっと殿下は、全力で戦って負ける事で未練を断とうとしているんだ。


「ご冗談を。そもそもリズ様は所持品ではありません」

「逃げるのか?」


 基本的に不必要なリスクは背負いたがらないジルは応じようとしませんが、殿下の分かりやすい挑発に眉を動かします。すぅっと細められた瞳、澄んだ翠の中にはゆっくりと敵意が湧き起こります。

 普段は温厚なジルですが……私の事に関しては、気性が荒いというか、邪魔をするなら容赦がない人。今ジルが殿下に向けているのは、ほんのりとしたもの。それでも敵意に慣れない私にも充分に伝わって来ました。


 王族なら不敬だと切って捨てる事の出来る眼差しを真っ向から受け止め、殿下はわざとらしく鼻で笑います。


「私が欲しくても手に入らないものを手に収めている癖に、私が焦がれていた少女の心を射止めた癖に、貴殿は逃げるのか? 私にも勝てないで、ヴェルフからリズを奪えるとでも?」


 挑発は故意に。それは私もジルも分かっています。けれど、ジルはゆっくりと深呼吸をした後、今度は真逆の静かな瞳で殿下を見据える。それは内側に決意と闘志を宿した証拠でもありました。


「……分かりました、受けて立ちましょう」

「ジル!」

「リズ様、お許し下さい。一時とはいえ、あなたを賭けの対象にします」


 制止の声も、二人は聞きません。

 ジルは眉に八の字を描かせた私の視線にも柔らかく微笑むだけで、決して止めはしない。足元に転がっている剣を拾い上げ、一振り。

 鋭く風を切り裂くそれは、鉄製、本物です。恐らく刃引きはされているでしょうが、当たれば木剣なんかとは比べ物にならない威力な筈。打ち所を間違えれば命の危険すらあるというのに、ジルは臆した様子もなく調子を確かめていました。


「ご安心下さい、絶対に手放しませんから」


 私の心配も露知らず。ジルは揺るぎない自信を持って微笑むものだから、もう私は何も言えなくて頷くしか出来ませんでした。




「思えば、初めて会った時からいけ好かないと思っていた」


 目の前で繰り広げられる剣戟は、立場抜きで意思をぶつけ合う男の戦いでした。

 正直、素人の私では目で追い切れない程に幾度も剣が重ねられ、また離れ。ぶつかる度に金属音が鳴り響きます。


 ジルは、容赦がありませんでした。

 元より手加減する気も更々なかったのでしょう。瞳は静謐さを湛えているのに、振るわれる一閃は苛烈。

 殿下の方が上背はありますが、膂力は明らかにジルの方に軍配が挙がります。王族にも剣技は求められますが、ジル程の戦闘特化型まで卓越しているなんて例は殆どありません。

 ジルの刃は、鋭く、速い。

 重さこそ以前見たロランさん程はないですが、代わりにジルの剣は研ぎ澄まされた一撃を信条としているのか、一撃一撃が相手の挙動の隙を狙っています。

 大振りな動作はなく、最小限の動作で必要なだけの威力を出している。無駄は好かない性格も出ているのかもしれません。


「奇遇ですね、私もユーリス殿下とは気が合いそうにないとは思ってました」

「こういう未来になると予感めいたものがあったからな!」

「私もですよ」


 会話を挟みつつの、打ち合い。殿下も剣が扱えない訳ではないし、殿下なりに鍛練していたのかジルと剣を交わせてはいます。しかし、護衛として、そして私を得る為に鍛練に余念のなかったジルを押すには至っていませんでした。


 殿下が剣を打ち込めば、ジルは剣の角度を変え軌道を逸らし、一撃をいなす。殿下の攻撃を受け止め、明確な隙が出来た時に打ち込む。間一髪で殿下も防いではいますが、まだまだ余裕のあるジルと違い、彼には焦りと苛立ちが見て取れました。

 さらさらの金髪が宙を舞い、短い呼気と共に細剣がジルに袈裟懸けの軌道で振るわれ。それを受け止め、互いに譲らないと肉薄したまま押し合います。


「従者が、彼女を奪うなど」

「同意の上です。何より、私は全ての壁を乗り越えるつもりでリズ様の手を取った。たとえ、最強の魔導師が相手でも」


 途中で折れるつもりも諦めるつもりもない、と静かな闘志を燃やすジルは、均衡を崩すように殿下の剣を一際強く押し出します。

 込められたものは、力だけではありません。揺るがぬ自信と決意、気迫そのものが込められた腕に、殿下の体勢が崩れました。

 弾くように殿下を剣ごと押し出したジルは、その隙を見逃さず、地を蹴り一気に距離を詰め、下から切り上げるように剣を逆袈裟に振ります。


「……リズ様は、渡さない。彼女は私が護ると決めた、私の手で!」


 ジルがロランさんにされたように、今度はジルが武器を奪うべく重い一撃を剣の峰で叩き込み。そのまま強く振り抜けば、耐えきれなかった殿下の掌から剣が擦り抜け、宙を回転しながら舞っては床に転がり落ちました。

 そして、殿下の眼前に切っ先を突き付けては瞳を細めるジル。先程の強い叫びとは裏腹に、ジルの表情は落ち着いた眼差しです。その奥には譲らないと決めた、強い決心があるのが分かりました。


「勝負有りですね」

「……悔しいな、分かっていても」

「謝罪はしませんよ」

「要らぬ。謝られても腹立たしいからな」


 不遜な発言に気を害した訳でもなく、ただジルを少し妬ましそうに見て、それからふっと表情を和らげます。

 先程の表情とは一変して、何処か清々しそうに、吹っ切れたような笑み。ほのかに目元が湿っているけれど、私もジルも追及はしません。


「殿下」

「そんな顔はするな。私ではなくその男を選んだのだ。幸せにならぬと怒るぞ」

「……はい」

「それと。……そこの従者はまだ父親に認められておるまい。さっさと認めて貰え」


 この一言にはジルもびっくりだったらしく、翠玉の瞳を零さんばかりに見開き、殿下を注視。殿下はというと、さも不機嫌そうに、しかし雰囲気は柔らかく腕組みで鼻を鳴らしています。


「応援して頂けるとは思ってませんでしたよ」

「好きな女が幸せになってくれる以上に嬉しい事はないだろう。悔しくはあるが」


 悔しさと悲しみが瞳を滲ませていましたが、それ以上に、殿下は誇らしそうで。


「納得はいかないし腹立たしい。一発殴ってやりたいし、今すぐ追放してやりたいくらいだ。リズが泣くからしないが」

「……殿下」


 小さい頃からは想像出来ない程、立派に、逞しく、気高く育った殿下。私には、彼がとても眩しい。私なんかに惚れてしまったのが惜しいくらいに、彼は素敵な男性に成長したのです。

 でも、私はジルを選んだ。だからこそ、この結末は受け入れなければなりません。どちらも傷付いたとしても、これが私の選択なのだから。


「泣かせたら承知しないからな。あと、お前が魔導院の長になる時がくればこき使ってやる、覚悟しておけ」

「……御意」


 恐らく、今初めて、ジルは殿下の事を立場抜きに、敬ったのだと思います。

 凛々しく、潔く、情の深い。彼の父親を彷彿とさせる寛容さと優しさに、ジルもまた跪き頭を垂れました。臣下として、そして一人の人間として。


「……リズ、此方に来てくれ」

「……はい」


 静かに手招きをされて近付けば、殿下に引き寄せられ、抱き締められます。けれど、それは求めるような抱擁ではなくて、慈しむような優しい触れ方。


「……幸せになるのだぞ」

「はい」


 殿下なりの激励に涙を拭って微笑めば、殿下もまた柔らかく微笑み私の額に口付けます。

 顔を上げたらしいジルの顔が引き攣り瞳を見開いていましたが、殿下は悪びれた様子はなくて悪戯が成功した子供のように愉快そうな笑みを一つ。ささやかな仕返しなのでしょう。

 ジルもそれは分かっているらしいですが、立ち上がっては何か言いたそうに殿下を半眼で見遣るのみ。きっと、これが最後だと分かっているから。


「リズ、好きだったぞ」

「……ありがとうございます、殿下」


 寂寥を伴いつつも、清々しそうな笑みで殿下は囁くのです。私もまた、自分に出来る精一杯の笑顔で、心からのお礼を。

 ジルももう一度恭しく一礼をして、穏やかに微笑みました。



『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』をお読み頂きありがとうございます。

この度書籍の二巻が発売する事が決定いたしました。皆様のお陰であり、誠に感謝しております。

二巻は7/31(金)発売予定です。

カバーイラストラフやキャラデザインの方は活動報告でアップしておりますので、宜しければお立ち寄り下さい。

これからも拙作を宜しくお願い致します。


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