表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/184

両親の気持ち

「……父様」


 ジルの宣戦布告から翌日の事。

 今度はジルを伴わず、一人で父様の書斎を訪れます。今日は気負う事なく、ただ一人の娘として、父様に会いに行くだけ。

 父様も快く迎え入れてくれましたが、少しだけ訝るような眼差しを向けてきます。きっと、私が許しを乞いに来たと想像したのでしょう。


「言っておくが、曲げないぞ」

「それは良いです、敵対してでも押し通ります。それが私の選択であり責任です」


 ですが、私から父様に働き掛ける事はしません。一緒に立ち向かうけれど、ジルの気持ちと矜持を優先します。どちらにせよ、ジルが私を欲するならば、避けては通れない壁なのです。そして私も甘えてはいられない。

 私は選んだのだから、それを貫くというのが当たり前でしょう。今更、手回しをするという真似などしません。

 この想いが我が儘だとは理解してます、まかり通るならば相応の覚悟は必要というものです。そして、私は覚悟をして選んだ。

 あとは、この決意を父様に見せるだけ。


 真っ直ぐに父様を見つめれば、困ったように微笑む父様。昨日のような厳めしい顔ではなく、純粋に親としての柔らかい表情。


「……娘が逞しくなって複雑だな。なら、何で俺に会いに来た? 敵対してるんだろ?」

「敵対していても、父様は父様です。私の父親ですし、大切な人です」

「はは、そう言ってくれるのは嬉しいな。……本当に、強くなったよ」


 たとえ父様が認めてくれなくても、アデルシャンから除名されたとしても、父様が父様である事に代わりはありません。私は父様の血を継いでいて、父様を親として深く愛しています。

 だから、現状敵対していようが、それが覆る事はありません。


 そこだけははっきりさせておきたくて揺るぎない口調で言い切れば、父様の口許が綻びます。けれど、少しだけ、寂しそうな笑みにも見えました。

 おいでと手招きをされて素直に従えば、父様は私の手を取り横長のソファに腰掛けます。そのまま隣に腰を下ろした私の頭を撫で、愛しそうに頬をなぞる父様。やっぱり、何処か寂寥を湛えた瞳に見えてしまいました。


「……父様、私はジルの事が好きですし、ジルを夫に望みます」

「それを言ってどうしたいんだ」

「覚悟と、ちゃんと父様には言いたかったのです」


 父様は、否定はしません。ただ、静かに此方を見ては耳を傾けています。


「昨日はジルが全部言ったから、私からもちゃんと宣言したかったのです。私はジルの事が好きで、ジルに一生を捧げたい。たとえアデルシャンから除名されて追放されたとしても、私は、ジルを選びます。その覚悟は、出来てるから」


 無条件に許してとは言いません。私も父様に逆らっているし、父様だって嫌に違いない。けれど私も譲れない。だからこそ、覚悟を見せるつもりなのです。


「……リズは、そんなにジルが好きか?」

「好きじゃなきゃ夫に望みません。父様が母様を嫁に欲しがった時と同じ気持ちですよ、きっと」


 父様だって、反対を押し切り自らの力で母様を得たのだから、頭ごなしに否定しないとは思うのです。

 その想像は当たっていて、父様は暫く黙った後に苦いものを含んだような、渋面とも苦笑とも取れる表情。

 とても複雑そうに顔を歪めて、でも少しだけ誇らしそうに瞳を細めます。


「はー……本当に、リズは親に似たなあ。親の権利で拒めねえな」

「父様は、私がジルと結婚するの、嫌ですか?」

「嫌に決まってる、可愛い娘だぞ」


 当たり前だろ、と私を抱き締めて頬擦りする父様。……父様は「嫌」とは言ったけど「駄目」とは言わないのですよね。

 個人の感情としてはきっと嫌なのでしょう、娘を嫁に出すのは。けれど、私の意見を尊重しようとしている気がするのです。勿論、どうなるかはジル次第なのですが。


「……幸せにはなって欲しいと思ってる。だが、娘を幸せに出来るか見定めるのが親の役割だ」

「一緒に幸せになるのです、ジルだけに任せません」

「それを理解して尚、易々と許せないのは親のプライドだ。今は分からなくても良い、いつか分かる日が来るから」


 首を振られて、でも叱るのではなく諭すように、優しく囁かれます。

 父様は意志が強いし基本的に意見を曲げはしませんが、人の気持ちを察する事が出来ない訳でもない。私達の本気を理解はしているのでしょう。

 それでも尚譲れないという親の矜持は、まだ私には分からないものです。何となく分かるようで、やっぱりその立場にならないと分からない。


 絶対的に意見は平行線なのだとは理解して訪れましたが、やはり父様が許してくれないのは悲しい。実力で認めさせるつもりではあるのですが、最初から和解出来ていたなら、ぎこちなくなる事もなかったのに。

 それが不可能だからこそ、こうしてジルの矜持と父様の矜持がぶつかり合うのも、分かってはいるのだけれど。


 眉を下げてしまった私に、父様は苦笑いを浮かべます。


「可愛い俺の娘、今はまだ手に収まっていてくれ。……まだ、父の手の中に居てくれ」

「……うん」


 娘が離れていく寂しさ、それが待ち構えていると察している父様は、私を優しく抱き寄せては頭を撫でます。ジルにされるのとは違って、純粋に落ち着く。大樹の根の下で眠るような心地好さが、ありました。

 今は父様の比護下にあるけれど、いずれは巣立ちの時がくる。父様は、それを理解して今の時間を大切にしてくれているのでしょう。


 私からそれを口に出すのは憚られて、ただ黙って父様の抱擁に身を委ねました。




「やっぱりヴェルフは反対なのね」


 部屋を後にすれば、廊下で母様とばったり。いえ、機を狙っていたのかもしれません。話途中に外から気配はしませんでしたが、母様の事ですし盗み聞きせずとも結果は分かっていたのでしょう。

 母様は父様と長く過ごしていますし、父様の考えなどお見通しなのでしょう。前例があったから尚更。


「母様は……」

「女の子の幸せって好きな人と結ばれて家庭を築く事にあると思うの。私は反対しないわ」


 私が危惧していた事は、最後まで言い切る前に穏やかな微笑みに遮られ否定されます。私の気持ちもお見通しな辺り、母様は本当に人の心を察するのがお上手です。私が分かりやすいだけかもしれませんが。


 恐らく安堵が顔に出てしまったのでしょう、母様は私が深く吐息を溢した事にくすくすと少しおかしそうに、それでいて上品に笑っていました。

 反対すると思ったの、と愉快そうな笑みに、私も緩やかに首を振ります。……一応心配で問おうとはしましたが、母様は反対はしないんじゃないのかなあとは何となく思ってましたよ。母様は、私の在り方そのものを受け入れてくれるから。


 母様と父様のスタンスは逆。父様は託せるか見定め、母様は私の目を信じる。言い換えれば父様は自分を納得させられるか、母様は私の意思を尊重するという事です。勿論この件に限っての事で、父様普段はおおらかで柔軟な方ですが。


「ヴェルフの気持ちも分かってあげてね。認めたいけど認めたくないって相反する気持ち抱えてるから」

「はい。父様は私の事考えて言ってるのでしょうから」

「ふふ、リズが『分からず屋! 父様なんて嫌い!』とか言い出さなくて良かったわ。ヴェルフ凹むから」

「そんな事言いませんよ」


 多分言ったら物凄い勢いで凹んで母様に「リズに嫌われた……」とか泣き付くの想像出来ますから。父様は私達子供の事大好きですからね、それも唯一の娘に嫌いと言われてしまえばショックは大きいかと。反抗期らしきものは迎えなかったので、殊更衝撃がありそうな。

 私としては父様は大好きですし、理想の父親なので嫌いになる事はまずないのです。もし負けて引き剥がされたとしても、こればかりはどうしようもないのだから。


 父様は自慢の父様で大好きなままですよ、と宣言すれば、母様は花が咲いたような可憐な笑みを口許に湛えます。母様としても、父様が嫌われてなくて安心なのでしょう。


「ふふ。ねえ、リズ。ジルの事、好き?」


『愛しくて、側にいて欲しいと、自分の全てを捧げたいと、支えてあげたいと思えるような人間が現れれば良いわね』


 ふと蘇る母様の言葉。

 漸く、私もこの言葉の意味が理解出来るようになりました。


「はい。……私の、一番大切な人です」


 愛しくて、ずっと側に居たい。側に居て欲しい。私の全てをあげたい、ジルに寄り添って支えて生きていきたい。激情のようで、その癖とても穏やかで、甘くて熱くて胸の奥で息づく感情。こんな感情を抱くようになったなんて、自分でも信じられません。

 けれど実際にこの幸せな気持ちは、胸にある。この気持ちだけは、曲げられません。たとえ、父様に反対されようと。


 私の表情から感じ取ったのか、母様は嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに微笑みます。


「なら良いの。……頑張ってね、ヴェルフに認めさせてあげて」

「はい」


 父様も母様も願う事は、一つ。私の幸せを、祈っている。

 私は両親からの慈愛を感じ、決意を胸にしっかりと頷きました。

この物語も残すところ後少しになって参りました。此処までお付き合い頂いている皆様には感謝の気持ちで一杯でございます。

最終話まで残り少なくなって参りましたが、これからも宜しくお願い致します。


話数も少なくなったという事で、最後に一回人気投票をしたいと思っております。

作者の趣味のようなものでございますが、キャラのどのような所が好きなどといった意見をお聞かせ頂ければ嬉しいです。

投票は目次下のリンクから出来ますので、宜しければ御投票頂ければと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ