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決意を言葉に

 いつまでも隠し通せるつもりはないし、隠す気もありません。答えを伝えなければならない人も、居る。


「父様、今宜しいですか」


 自宅の書斎、父様が当主としての仕事をこなしているであろう場を訪れ、扉をノック。私の横にはジルが居て、幾分か強張ったような表情。きっと私の顔はジルよりも張り詰めたような固い表情をしているのでしょう。

 初めて、私は自分の意見を押し通そうとします。反抗期とかなくて、父様にとっては初めてにして最大の反抗となります。親の言いつけを破る事はしなかった私の、たった一つの譲れない気持ち。


 それでもやっぱり父様に拒まれるのは、怖い。無表情で駄目だと怒られれば、脚がすくんでしまうかもしれません。逃げ出したくなるかもしれません。

 けれど、これだけは、何がなんでも譲るつもりはないのです。私とジルの想いを、否定なんかさせたりしません。


「ああ、入っておいで」


 扉の向こうから聞こえて来た声に少しだけ躊躇いましたが、それでも私は意志は貫くと決めた。ジルも覚悟してます。

 扉を開けて、書斎に。ジルを付き従えるのではなく隣を歩くように父様に姿を見せれば、燃えるような紅の瞳がゆっくりと細められます。

 見定めるように、真意を問うように。

 父様も鈍くはありません、今の私とジルの醸す空気に、何があったのかくらいは想像がつくでしょう。その証拠に少しずつ険を増す眼差し。ごうごうと燃え盛るような紅に射抜かれるだけで体が震えましたが、ジルがそっと背中を撫でてくれて、少しだけ楽になります。


「ヴェルフ様」

「皆まで言うな」


 私が予想していた通り、父様は全てを察したのでしょう。低い声で撥ね付けるように声を遮り、鋭利な刃物を連想させる視線をジルに突き付けます。

 いつも穏やかで優しい父様とは違う、厳しく冷酷な、とりつく島もない口調。しかしジルは、それを意に介さず私の一歩前に出て、父様と正面から相対しました。


「いえ、言わせて下さい。私とリズ様は想い合っています」


 臆する事なく言い切ったジルに、私もジルばかりにはまかせたくなくて父様に懇願の眼差し。


「……お願いします、仲を認めて頂けませんか」

「素直にはいと頷く訳がねえだろ」


 それは想定していましたが、それでも実際に拒まれるのは苦しい。きゅ、と拳を握って、目だけは逸らさまいと父様を見詰めれば、深い溜め息が部屋に響きます。


「……お前達、いつから?」

「つい先日です」

「はあ……セレンもセシルも何か隠しているかと思えば。薄々こうだとは気付いていたが、実際目の当たりにすると何とも言えないな」


 あいつらわざと隠してやがったな、と額を押さえてやや疲れた顔をしている父様。母様やルビィ、セシル君は、言わないでくれていた。だからこそ鍛練する時間が増えたし、こうして自分から言いに来る事も出来た。

 ……他者から知らされるのではなく、私達二人で、宣言したかったから。


 覚悟を決めて父様を真っ直ぐと見詰める私をどう思ったか、父様は私に少しだけ困惑した眼差しを向けつつも直ぐに厳しい瞳がジルに向く。


「ジル、俺は釘を刺したよな?」

「父様、これは私の意思で」

「リズは黙ってろ。……分かってるんだよな? 当然、その覚悟も出来ているっていう事だよな?」


 ジルと父様の間で交わされた、約定。

 私の十七歳の誕生日を迎えるまでに父様を越えなければ、想いが通じても認めない。

 二人の間で取り決められたそれは、今強い拘束力を持って立ちはだかっています。父様も譲る気はないでしょう。自分の信念を貫き続けた父様が、娘を託す事を考慮する程に認めた男に、手加減なんて。


 ジルもまた、それは理解の上。真摯な眼差しで、父様の視線を真っ向から受けています。


「ええ。リズ様を、いえ、リズベット=アデルシャンを私に下さい」


 柔らかさの中に揺るがない意志を芯に持つ声で、淀みなく言い切るジル。懇願ではなく宣誓として、その言葉を父様に突き付けているようでした。


「それを俺が素直に受け入れるとでも?」

「だからこそヴェルフ様との約定があるのでしょう」

「もう俺に勝てるつもりで居るとはな」

「やってみなければ分かりませんよ」


 いつもの穏やかな笑顔は、今のジルにはありません。挑発的な台詞も、力強い声も、迷いのない瞳も、今までに見たジルより男らしい。堅牢にして巨大なる壁にぶつかると知って尚挑む意志を揺るがせないジルに、私も一人では立たせないとジルの隣に立って手を握ります。

 そんな姿を見て、父様は暫く此方を厳格な面持ちで睥睨しておりましたが、やがて力を抜き座っていたソファに背中を預けます。顔を掌で掴むように押さえて、嘆息。疲れたようにソファに体を投げ出す父様は、少しだけ寂しそうな雰囲気がありました。


「……何で揃いも揃って同じ行動をするのかねえ。俺の繰り返しじゃねえか」

「父様……」


 ああ、そっか……父様は、お祖父様との決闘で、母様を嫁に入れる権利を勝ち得たのですよね。譲れない気持ちが父様にもあって、父様はお祖父様と敵対した。そして勝利し望み通りに母様を迎え入れた。

 今私がしている事は、それに似たものです。私からでなくジルが父様に挑んでいるのが違いですが、それでも同じようなものでしょう。

 きっと、今父様の脳裏では私達を過去の自分と重ね合わせています。許されない恋を押し通そうとする、私達と。


 お願いします、と頭を下げる。父様は深々と腰を折った私に少しだけ眼差しを和らげ、それからソファから体を起こしては私とジルを見比べました。


「個人としては好きにさせたくもある。だが、貴族として、親として認めたくねえ気持ちだってある。はっ、今更親父の気持ちが分かるとは皮肉なモンだ」


 躊躇いと困惑を顔に乗せて頭をがしがしと掻く父様。

 お祖父様も、もしかしたら同じだったのかもしれません。自分が認め選んだ人ではなく、違う人間を相手に選ばれたのが、許せなかったのかもしれません。

 父様とお祖父様が違うのは、そこに妥協点を作ったか否か。ある意味で息子のような存在であるジルに、一つの希望を与えたかどうか。


「簡単には認めてやらん。俺を越えてみせろ」

「……御意」


 苦渋に満ちた声で絞り出された言葉を受け、ジルは恭しく一礼しました。




「……父様はやはり認めてくれませんでしたね」


 書斎を後にして、想像通りの事態に思わず零してしまいます。

 こうなる事は正直予想してましたし、寧ろこうでなければジルの矜持にも影響していたでしょう。父様は決めた事をそう易々とは覆しません。だからこそ、ジルもあんなにも頑張っていたのですが。

 私の言葉に苦笑を浮かべたジル、肩を竦めては私の頭をそっと撫でます。


「いえ、気持ちは分からなくもないのですよ。大切に育ててきた娘を、私みたいな男に渡すのは納得がいかないのでしょう」

「ジルは立派な人です! 私が認めてるんですからっ」

「ふふ、そうですね」


 これだけは譲りませんと頬を膨らませれば、愛おしそうに頬を撫でて私の髪を一房掬い上げては口付けるジル。他の人がすれば芝居がかったような仕草ですらジルにかかれば優雅な所作になり、見惚れるような笑みが私だけに向けられます。

 未だにジルにはどきどきしっぱなしで、一生馴れないのではないかとすら思いました。ずっとときめかされる気がしますよ。


「……必ずや、あなたの隣に居る権利を勝ち取りますから」

「……うん」


 その言葉を信じているからこそ、私はそれ以上は何も言わず、ただジルの笑みに私も柔らかく微笑みを返しました。

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