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大人の

 ジルが父様から言い渡された期限は、私の十七歳の誕生日まで。それまでに父様を倒せなければ、私はシュタインベルトに……セシル君の元に嫁ぐ事になります。無論私も父様に反抗する所存ではありますが。

 

 私は誕生日を先日迎え、期限まで一年切りました。因みにまだ父様とルビィにはばれていません。母様も父様も内緒にしてくれているから、一応は耳に入らないようになってますしおうちでの態度には気を付けているので、何とか誤魔化せている状況です。

 公に恋仲として接する事が出来ないので、私達がそういう関係を隠さずに居られるのはお部屋と半ばジル専用と化している訓練所の一つだけ。おうちならば基本父様がお仕事でルビィがロランさんと訓練に励んでいる時間帯くらいなものです。

 だからこそ、触れ合える時間は大切にしているのです。


「リズ様」


 そして好い仲になって改めて思ったのですが、ジルは私を甘やかすのが大好きなようです。というか私に触れるのとか、頼って貰うのが。


 する、と細いけれどしっかりした指が、私の髪を梳きます。誰よりも私の髪に触れて来たであろうジルは、何処をどうすれば私が気持ちよさそうにするか把握しているらしく、絶妙な触り方で髪を解く。

 今日もその例に漏れず、私の地肌に触れるか触れないかくらいの所でゆっくりと流れを整えるジル。指が通る度に言い知れない幸福感があって、頬がいつも緩んでしまいます。


 昔から髪を梳かれるのは好きだったのですが、ジルにされるのが一番好きです。恋仲になったというのも勿論あるのですが、ジルが私を甘やかすのが得意で触れ方を心得ているのが一番の理由でしょうか。

 ソファに腰掛け隣のジルにべったりと凭れている私は、多分物凄くだらしない顔をしているでしょう。こんな場面誰にも見せられないですけど。


「……ん……ジル、駄目……眠くなる……」

「寝ても良いですよ。寝顔を愛でていますから」

「そ、それも嫌というか」

「今まで散々リズ様の無防備な姿を見てきたのですから、今更ですよ?」


 ……そう言われると否定出来ないというか。

 そりゃあついこの間まで従者と主君という関係でしたから、ずっと私の側に居た訳です。確かにジルの胸の中で寝た事とか、薄着でくっついた事とか、ありますけど。


「リズ様は無防備でしたからね。流石に夜着でくっつかれた時はどうしようかと思いましたが」

「あ、あれは考えてなかったというか。……ジルも、嫌がらなかったでしょう」

「そりゃあ好きな女性が薄着で抱き付いてくるのに嫌がる男は居ないと思いますよ」


 くすりと笑うジルは、最近妙に色っぽい。私が自覚して好きだと思ってるからかもしれませんが、私を見る眼差しが愛しげで、艶を帯びている。

 昔は庇護欲の方が勝っていたのですが、今は愛情と独占欲、それからほのかに男として求めるような渇望の眼差しを向けられます。私に触れるの大好きですしキスとかハグもしょっちゅうですからね。といってもキスは私が全然馴れないのですけど。


「リズ様は変な所で無防備ですからね、ひやひやしますよ。……今も襲われるとか全く考えてなさそうですし」

「襲うんですか?」

「どうしましょうか?」


 からかうように喉をくつりと鳴らして笑う私の恋人は、髪を梳くのを止めて、そっと私を抱き寄せます。

 背中ではなく腰に手を回し、片手で顎を持ち上げる辺り、遠慮はなくなっているようですね。いや、嬉しいですし、良いんですけども。

 ……ジルは昔から私が好きなそうで、でも性的な目では見ないようにしていたらしいです。今は、うん、ちょっぴり見ているそうですが、無体はしません。精々首筋や鎖骨にキスしたり、胸の辺りにちらっと視線が行く程度ですよ。

 男性なら仕方ない事ですし、求められているという点では嬉しかったりします。行動に移されると困りますけど。


 現段階で手出しは有り得ないのでそこは心配していないです。だからこそ二人きりでべたべたしますし、基本はジルの好きにさせています。甘えるジルも可愛いのですよ?


「……リズ様は、警戒しないですよね」

「ジルは嫌がる事はしないですし。……き、キスくらいなら、普通にしますよ?」


 まだ数える程しかしてないから、とても恥ずかしいのですが。だってジル、キス長いし、あむあむ唇食んで来るし、終わったら終わったで幸せそうに笑うから恥ずかしいし。

 大人のキスはした事ないです。……嫌ではないですけど、……ちょっと怖い。ジルが望むなら、そりゃあしても良いのですけど。でもジルって基本は無理しないから、私からしないと駄目なのでしょうか。いやいや自分から、いやいや。


「では遠慮なく」


 ふわりと柔らかく笑ったジルは、私の唇に自分のものを重ねる。顎に添えられていた手は後頭部に回って、私から逃げ場を奪います。

 最初はただ触れるだけ。でも次第にちゅ、と啄むようにキスされて、そこから私の唇を唇で挟んだり軽く舐めたりされて、擽ったさと羞恥で頭がぽわぽわして来るのです。


 ……普段なら、此処で終わります。進みようがないので。

 でも、ジルは……私を求めてくれている。全身から好意が溢れていて、私を慈しみ愛してくれている。私も、その好意に応えたいと言いますか。


 私はそっと離れようとするジルを繋ぎ止めるように、私からも口付けます。自分からは初めて、ジルの唇を舐めてみました。正直どうして良いのか分からなくて、ただ表面をなぞるだけなのですが。


 いつにもない積極性に驚いたのかジルが瞬きをしています。それから、唇を離しては私を窺う眼差し。……嫌、だったのでしょうか。


「……リズ様、何処でそういう情報を?」

「や、普通に父様達やってましたし、本とかで……」

「……そうですか。しても良いのですね?」


 返事をする前に、私はジルに唇を覆われました。今度は顔の角度を変えて、より深く、繋がるよう。あまり役に立たない知識で軽く唇を開くと、するんと内側に入り込むジル。

 覚悟はしてましたけど、実際にされるとどうして良いのか分かりません。


 ジルは巧みに、とは言い難いちょっぴりたどたどしく深く口付けてきます。私よりは堂々と、でもちょっと迷いながら舌で触れ合うジルに、少し安心してしまいました。これでかなりこなれていたらショックでしたよ。


 最初は訳の分からなさにちょっぴり戸惑いましたけど、嫌ではない。ジルに存在を擦り込まれているのだと思うと、どきどきする。腰が抜けそうなくらいにぞわぞわして、そろそろ限界でぐったりとジルに凭れかかります。

 そこで漸く唇が離れて、ジルの舌なめずり。やけに色っぽいですねほんと。


「リズ様、そんな顔されると困ります」

「……ジルのせいですよ?」


 色々くらくらしてしまって息も一定ではない私に、ジルはゆるりと口の端を吊り上げます。

 ……ジルには、こういう時大人の男性なんだなあと思い知らされる。私を包む体は私とは比べ物になりません。固くて引き締まって、凭れ掛かっても安心感がある。

 今は、どきどきするのですけど。


 ぽうっとふやけた思考で見上げる私に、深まる笑み。もう一度唇にやんわりと噛み付かれました。

 ゆっくりと、執拗に口付けるジルは、私にマーキングするように、存在を刻み込んでいく。


「……リズ様は、私だけを見て下さいね?」

「ん……ジルって、案外独占欲強い、ですね」

「リズ様もですよ。やきもち焼いてたでしょう」


 あれは凄く子供っぽい感情だったので掘り返さないで頂きたいです。


「あ、あれは……その、ジルが取られると思ったから」

「私もリズ様が取られるのではないかといつも不安なのですよ。だから、蕩けてさせてしまえば良いと思って」


 有言実行とばかりにまた唇に自分の物を重ねるジル。流石にもう限界と唇を固く閉ざせば苦笑と共に頭を撫でられます。

 深い繋がりの代わりにぎゅうっと抱き締められて、唇を離したジルに甘く微笑まれるものだから、凄くどきどきと恥ずかしさが胸を占拠するのです。蕩けてるのはどっち、という問いがあったなら多分お互いに、が答えになりそうな、甘さ。


「……そこまでしなくても、ジルにしかこんな事させませんし」

「そうでしょうけど、念の為」

「心配性ですね……じゃあ私も」

「え?」

「前の仕返し」


 思い返せばされてばかりなのだから、やり返しても良いですよね。

 よし、と意気込んだ私はジルの腕を掴んでシャツを捲り上げます。ジルは違う意味で着痩せするというか、腕を見ただけでしっかり筋肉のついた腕が御目見え。今まで男なんだなあと思わせる腕に抱き締められて来たのですが、改めて男なのだと実感です。


 何を、と首を傾げそうなジルには何も言わず、私は手首を掴んでシャツで隠れそうな位置に噛み付きます。正確には唇を押し付けて歯と舌先で肌を吸い上げる、ですかね?

 ジルの腕は引き締まって吸う余裕がないし、した事がないからコツが分からない。取り敢えず赤子のようにちゅうっと吸ってみせ、唇を離して確認。

 適度に色のある肌には、小さな薄紅が咲いています。


「これで良いのかな」

「リズ様」

「前キスマーク付けた狼さんが居たので、私もちょこっと仕返しです。……思ったよりも付きませんね、本当に虫刺されみたい」


 ジルがした時は結構くっきりついていたのですが、私がしたのはほんのりとした赤。軽い虫刺され程度の色付きで、腕にあっても違和感がないような小さなものです。

 仕返しならもう少し分かりやすいものにしたかったな、と薄い痕を撫でると、ジルから何処か固まったような空気が流れてきて。

 見上げればジルは唖然とも呆然とも取れる、衝撃を受けた後のようなお顔。瞳から何やってるんだという感情が伝わって来たので、此処は一つ主張をしておかなければと唇をなぞりながら首を傾げてみせます。


「ジルは私のもの、で良いのでしょう?」


 所有印とも言い換えられるキスマーク。それを私に付けてきたのだから、私にだってジルに付ける資格はあると思います。

 私がジルのものになるなら、ジルは私のもの。ちょっとした独占欲くらい、許して欲しいものです。ジルが私に執着するように、私もジルに執着しているのだから。


 逃がしてあげませんよ、と少し照れ臭さを隠すように口許を緩めると、ジルは顔を掌で押さえてはぐったりとソファの背凭れに重心を預けます。

 ああもう、という何処か疲れたような響きの呟きを吐いては、指の隙間から此方をちらり。


「……煽るのがお得意というか、これで素だから困るのです」

「え?」

「リズ様、覚えておいて下さいね。今は私も節制しますけど」

「え、え? いやあの、ジル?」

「取り敢えず、あなたは非常に危なっかしくて可愛らしいですね」

「それ褒め言葉じゃな……んっ」


 全部言葉を出し切る前に言葉が直接ジルの口の中に流され込む状態にされてしまっては、私も文句の言いようがありません。

 唇を味わうように食まれて、このままではまた深い口付けになると胸を叩けば少し物足りなさそうに唇を離すジル。ぺろりと舌舐めずりする姿がやけに色っぽいのは、どうしてなのか。


「……可愛らし過ぎて、食べてしまいたくなる」

「狼反対!」


 あんなキスをしょっちゅうされては身が持たない、と胸を叩いて反抗するものの、結局ジルに散々啄まれて全面的に抗争は敗北するのでした。


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