想いよ、眠れ
セシル君視点でセシル君の心境。
少し物悲しいので苦手な方は見たくない方は飛ばして下さっても構いません。本編の進行には影響しません。
別に、薄々こうなる予感はしていた。俺はそこまで鈍くないし、ジルの執着、執念の深さは嫌と言う程に知っていた。そしてジルがリズと過ごしてきた年月も、俺は見てきたのだ。あいつが念入りに刷り込んで来た愛情も、分かる。
恐らく今のリズはそれは自覚しているのだろう。ある程度ジルを好くように仕向けられて来た事を。長い間ジルと側に居て、弱い所を支えられ、慈しみと愛情を注がれていた事を。
それを知って尚、あいつはジルを選んだ。
だから、これは収まるべき所に収まった、そういう事なのだろう。
……そうは分かっていても、感情と言うのは得てして制御しにくいものである。
理屈で理解しているし理性でも納得はしている、だが、感情が認めたがらない。何故俺では駄目だったのか、と。
俺が最後まで言わなかった事にも、原因はある。ジルの執心が露骨になってきた頃の前に、俺からもっと推せば、或いは別の結果が待っていたのかもしれない。それも全て『かもしれない』という可能性でしかないのだが。
どうなるかなんて、分からない。だからこそ後悔は先に立たないし、そんな意味のないもしもを考えても未来が明るくなる訳でもない。全ては下らない自分への慰めでしかない訳だ。
……だが。
……やっぱり、悔しくはある。
俺の手で幸せにしたかった。俺を見て微笑んで欲しかった。俺だけを頼って欲しかった。俺だけに頬を染めてはにかんで欲しかった。
好きだった、無邪気で能天気な笑顔も、子供っぽく拗ねた表情も、恥じらいを含んだはにかみも、憂いを帯びた表情も。俺の手で色々な表情に変えたかった、あいつの全部が欲しかった。
それは今となっては全て我が儘な感情でしかない。あいつの幸せを願って送り出した癖に、俺は自分の幸せを願ってしまうんだ。浅ましいと思うし、けれどそんな自分に随分と人間らしくなったものだと妙な感慨深さすら覚える。
あいつに救われた日から、俺はきっと『セシル=シュタインベルト』という存在として自分を認められるようになった。化け物でもなく、ただ一人の存在として。
今の俺があるのはあいつのお陰だし、あいつやあいつの家族が居たからこそ、俺はこんなにも充実した日々を送れているのだ。あの頃からは想像出来ない、とても幸せで、穏やかで、楽しいと思える日々を、過ごしている。
……これ以上を望むのは、きっと、我が儘なのだ。
身勝手になれたら、と偶に思う。自覚を促す言葉を掛けず、迷いを深めるように告白して、あいつの唇を無理矢理奪って、そのまま時間経過を待てたなら、と。
だがあいつの信頼を裏切りたくない、とも思うのだ。我ながら矛盾しているとは思うし、結局嫌われたくないだけの臆病者、偽善者とも取れるかもな。
……それでも、俺はあいつの幸せを踏み躙れなかった。あいつが幸せになれると分かっていて、俺の感情と都合を優先出来なかった。俺に光を齎したリズには、幸せになって欲しい、なるべきだと思う。
身を引くなんて綺麗なものじゃない、ただ、飲み込んでその内笑える日が来ると、そう信じてる。いつかこの想いを昇華して、あの時はこんな事もあったなと笑い合える日が来るまで。
それまで、この想いはゆっくりと休んで貰おう。
「好きだったよ」
この言葉を、餞にして。