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頑張り屋さんへのご褒美

 父様に勝つには生半可な努力では不可能。それを私達は知っています。

 歴代トップクラス、いえ最強と言っても過言ではない程、父様は強い。

 元からアデルシャンは優秀な魔導師を排出する家系でしたし、魔導院のトップである導師を務める人間も多く出して来ました。お祖父様もその例に漏れません。


 そのアデルシャンでも最強と名高い父様は、一対一ならまず負ける事は殆どありません。父様は攻撃魔術の中でも直接的な火の魔術を得意としており、紅蓮を従える男なんて呼ばれて畏怖されています。

 当然その呼び名に相応しい苛烈なまでの攻めを防げる人間など、殆ど居ません。まあ母様はいけそうな辺り、母様の恐ろしさも分かりますが。

 私は……本気でやり合ったら互いの力で焦土や凍土となりそうなので実行出来ません。あと全力の『コキュートス』はどうなるか分かったものじゃないので。


 ジルは家系が特別優秀な血を持っている、という訳ではありません。サヴァンの中で特別に才能を持って生まれ、そして努力で開花させたのがジル。

 私達のように魔力の量が突出して多い訳でも、セシル君のような特異体質でもない。けれど、努力で此所まで登り詰めて来た。

 ……そのジルが、父様に敵うか。

 それは私にも分かりません。父様の強さは疑っていませんが、ジルの努力も見てきたから、可能性がゼロだとは思えないのです。ちょっぴり贔屓目が入っているとは思いますが、私の選んだ男性(ジル)は強い人だもの。


 その勝つ確率を最大限に引き上げる為にも、私は心を鬼にしてジルを鍛え上げるのです。




 魔力の奔流、それは触れた物の熱を奪い尽くす凍気となって愛しい人に襲い掛かる。

 ジルの周囲数メートルという局所的なものですが、その威力は放った私が知っています。千はある魔物の時を永遠に止めたものの縮小版、人の命など軽々と奪える術を、ジルに向けて放ったのです。

 

 白銀と蒼氷がジルの周囲に渦巻く。傍から見ればそれは幻想的な景色と化していますが、生命の灯を易々と消し去るものだと理解しているからこそ、恐ろしくもある。

 翠色はその中に霞んでいるのですが、翠が白と蒼に塗り潰される事はありません。『コキュートス』は『アブソリュートゼロ』を広範囲にしたものに近いのですが、極低温がジルに襲い掛かっても翠が揺らぐ事がありません。


 しかし、続けている内にパキンと割れるような音がしたので、それを合図として私は発動を停止します。ひび割れた音、それは障壁に亀裂が入って割れる寸前という事に他なりません。

 内側にも障壁を張っているとはいえ、今回の目標は傷一つ付けず耐えきるというものなので達成にはなりません。『コキュートス』自体を防ぐのは、ジルなら二重にすれば防げるのですけど。


「……うーん、もう少しなのですけどね」


 凍り付いた周囲を溶かしながら出てきたジルの姿に、思うようにいきませんねと腕組をして溜め息。


 個人としての感想は、二重とはいえ『コキュートス』を防ぐ事が出来るだけで魔導院の長を務められるくらいには優秀だと思うのです。

 父様という突出した存在が居るから感覚が鈍っているのかもしれませんが、現時点でのジルは魔導院を治めても問題ないくらいの実力者。影では次期導師とか言われてるの、知ってるんですよ。


 私もまあ父様の娘ですし魔力の最大値が大きいからジルと並んで次期導師とか言われてるらしいですけど、自分の噂はあまり聞きませんね。そもそもまだまだ立派な魔導師だと思いませんから。

 ……でも、ジルと二人でツートップになれたら嬉しいですね。導師二人だと異例過ぎますが。


「たとえ防げたとしても、威力を少しずつ上げてそちらも耐えられるようにしなければ」

「志は高く、ですね」

「ヴェルフ様の『インフェルノ』を防ぐ為には、妥協は許されません。速度も上げていきたいですし、攻撃も通用するレベルまでは持っていきたいので」

「ジルはどれだけ努力すれば良いのですか」


 次々目標を口にするジルには驚かされるばかりです。

 確かに防戦一方になるのも良くないですが、此所まで頑張った上で更に堅固な障壁を目指し、更に全体的な底上げもする気満々だなんて。そりゃあ父様に勝つにはそれくらい必要でしょうけど、それでもそれを実行しようとしているジルの気迫というか気合いというか、本気が凄い。


「リズ様の為というより私の為が大きかったですね。今はお互いの為ですが」

「ふふ、ジルは頑張り屋ですよね。偉いですね」


 セシル君には執念と言われていますが、想い合っている今では嬉しい努力です。それだけ求められているという事なのですから。


 微笑んで近寄ってきたジルに背伸びをして掌を頭に乗せようとすれば、違うとやんわり首を振られ。気に食わなかったのかと瞳を伏せればそれこそ違うと苦笑されてしまいます。


「……頭を撫でられるのも吝かではないのですが、頑張り屋な従者にご褒美を頂けたらありがたいですよ?」

「え?」


 手を引かれて、壁際に。

 いきなりどうしたのかと首を傾げながらも素直に従えば、ジルは壁に凭れるように腰掛けて脚を伸ばします。……ああ、一緒に休憩しようって意味なのかと私も隣に腰を下ろそうとすれば、今度は強く手を引かれてジルの方に倒れ込みます。

 ジルにキャッチされてますし魔術で衝撃を緩和されていたので痛みはありませんが、びっくりはしますよ。


 向かい合う形で脚に跨がらされたので、ジルも何がしたいのかは分かって苦笑。自ら手を伸ばせば、それに応えるように私の背に手を回して首に顔を埋めるジル。


「少し休ませて下さい」

「ふふ、はいはい。ジルは甘えん坊さんですね」

「リズ様には言われたくないですね」

「む」


 ……そりゃあ、ジルに散々甘えてきた私が言えた台詞じゃなかったのは分かりますけども。

 

「……今まで甘やかして来た分、少し返して貰っても良いですか」

「ふふ、どうぞ」


 ジルには沢山甘えてきましたから、ジルが甘えてくれるなら私も最大限甘やかす所存であります。

 ぎゅーっと抱き締められて首に顔を埋められているのですが、そこは擽ったいので場所を変えて欲しいです。というかこれ甘えられてるというより私が甘えてる図になってる気がしました。

 私もジルを甘やかさねば、と少し腕の位置を変えて頭を撫でられるように。するすると指の間に翠の髪を通すように梳くと、喉を鳴らして首筋に口付けを落とします。

 幸いにして吸われてはいなかったので痕は付いてませんが、吸ったらぽこんと殴ってやりますから。治せるけど恥ずかしいです。


「こんなので癒されるのですか?」

「とても。触れ合うだけで私は満たされますよ」


 謙虚な事を宣うジルに「ジルは強欲なんだか無欲なんだか分かりません」と呟けば苦笑が返されます。

 ジルは顔を上げて唇を耳元に。耳が弱いと分かっているでしょうに、吐息を感じる距離まで近付くので体がびくっとなってしまう。


「私はとても強欲で身勝手な人間ですよ。あなたの全てが欲しいのですから」


 かぷ、と本当に軽く甘噛みされただけでぞわっと背筋が震えてしまい「うひゃっ!?」と奇声を上げる私。色気も糞もない反応に耳元で苦笑されてしまうから、余計にそれも擽ったくて色々と恥ずかしさに顔が熱くなっていました。

 ……耳元で甘く囁かれるのは、慣れません。しかもこんな情熱的な台詞。それだけ本気という事でもありますが、愛を囁かれる方としては名状し難い羞恥と、やっぱりそれでも歓喜もあるからごちゃ混ぜになった感覚が襲うのです。


 これ以上甘い言葉を囁かれては心臓の音が聞こえてしまいそうなので、ストップとぺちぺち背中を叩けば喉を鳴らして笑うジル。その余裕がむかついたので私もジルの耳に噛み付けば、何て事は無さそうに背中を撫でるだけ。く、悔しい……全く上回れないで翻弄されている気がします。


「ジルのばか」

「大馬鹿でも構いませんよ、あなたが手に入るなら」


 取り敢えず口では圧倒出来ないと分かったので、熱を持ってじくじくする頬を何とか我慢しつつ顔を離します。もうこの話題は終わりにしましょう、確実に勝てないので。

 ささやかな反撃として胸をぽかりと叩いても、ジルは何故か嬉しそうにするだけ。頬を緩めて「照れ隠しも可愛らしいですよ」と止めを刺しにかかったジルがちょっぴり恨めしいです。


「ま、魔力分けます。そしてさっさと訓練に戻るのです」


 羞恥を誤魔化す為にもと修行再開して貰うべく、ジルの掌を握る私。

 この無駄なまでに豊富な魔力はこういう用途もあるのです、充電的な意味で。まさに人間電池。私が居ればジルも効率良く、そして長く多く修行が出来る筈。……確実に休憩時にくっついてくるでしょうから効率が良いかはさておき。


「リズ様は本当に規格外というか……助かりますけど」


 無心になるべく真面目にジルに魔力を流し込む私に、ジルも少し苦笑い。ジルも正直規格外だと思うのですよ、血筋関係なしに此処までのしあがって来たのですから。

 なら私は応援するまでです、と失われた分を補おうと魔力を緩やかに流していく私ですが、ふと何かを思い付いたように目を瞬かせては微笑むジルに気付きます。


「……肌を触れ合わせれば魔力譲渡は出来るのですよね?」

「ええ」

「では、少し分けて下さい」


 だから分けてる、と言おうとして、出来ませんでした。

 握っていた掌が私の掌をやんわりとほどき、それから私の後頭部に。ぐい、と引き寄せられる感覚がしたと思ったら、私の唇にジルのそれが押し当てられていて。

 ふにふにした感覚は中々慣れないというか、一向に慣れません。少し角度を変えて下唇を軽く食むジルは、余裕が窺えます。……恋仲になって、私ジルに翻弄されてばかりです。


 後頭部に手を回されているから逃げられない。

 食まれ啄まれで軽いキスなのに頭が沸騰しそうで、でも本来の目的を遂げねばと恥ずかしさで視界が滲みながらもジルに魔力を注ぎます。そりゃあ粘膜から流した方が早いとはいえ、集中出来ない……!


 暫くジルに好き勝手に食まれながらも漸く最大まで流し込めた私にジルは満足げな微笑みを一つ。ただ表面的なキスをしただけなのにどうして私はこんなにも疲労感があるのでしょうか。

 

「……ジルのばか」

「ありがとうございます、魔力もたっぷり分けて頂けましたしやる気も補充出来ました」

「それは何よりですけど、先に言って欲しかったというか」


 先触れがあったなら覚悟をして挑んだというのに、と文句を口にして唇を尖らせる私を見てもジルはにっこりと反省してなさそうな笑顔。


「キスしました」

「それは結果で事後承諾にすらなってませんからね、もうっ」

「駄目ですか?」

「だ、駄目じゃないですけど……ジル、結構肉食というか」

「散々我慢して来たのだから、これくらいは許して下さいね」

「……もう」


 これくらい、という事は全然本気じゃなかったという事の裏返しで、本当にジルの底力が知れません。これで本気を出されたら私はどうなってしまうのだろうか、とか茹った頭でぼんやり考えたり。

 そんな私の心は露知らず、ジルは相変わらずの美しい笑顔で私にキスをしては満足げ。


「さあ、再開しましょうか」


 心なしかお肌が艶々なジルに、まあジルが喜んでるなら良いかな、なんて相当色々な物に侵された考えになってしまったものだから、恋の魔力は偉大というものです。

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