転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう

１５歳～

天性のたらし(リズ限定)

　母様は、私の好きにして良いと言った。私の選んだ道ならばそれを応援してくれる、と。私が幸せになるならそれで良い、と。

　……じゃあ、私は二人の内どちらを選んだら幸せになれるのでしょうか。

　多分、立場を考えれば殿下ではなくジルだと思います。私には王族に入り責務をこなせる程の器量はないですし、人目に晒されるのは好きではありません。

　そして、私は……きっと、国民を優先しなければならない事に、閉塞感と寂寥、嫉妬を覚えてしまうだろうから。

　王が国と民の事最優先にするのは仕方ない事だと理屈では分かっていますし、正しいとも思う。けれど、妻としてはそれはきっと誇らしくもあり寂しくも妬ましい事だとも、思います。

　私は、案外心が狭いから。……私だけを、見て欲しいと願ってしまうでしょう。それが相応しくなかったとしても。

　ジルならば、私だけを見てくれる。

　そういう点では、ジルが女としては幸せにしてくれるのでしょう。側に寄り添って守ってくれる。それだけで女としては至上の幸せだとは、思うのです。

　じゃあ、そもそも自分はジルが好きなのか。

　勿論、好きではあります。

　触られるのも嫌じゃないし、側に居て心地好い。女として見られてるのも恥ずかしいけど嫌ではないですし、キスされても嫌ではない。けれど、私はその先を望むか……という所で、止まっていました。

　ジルと、深い関係になりたいのか。男と女の関係になりたいのか。そこで、私の思考は停止してしまっているのです。

　だって、ジルとそういう……事、するのとか、想像つかないですし。

　貴族では現代社会と違って嫁ぐまでは清い身で居るのが当たり前ですし、一度懇ろな仲になってしまえばそのままゴールインが普通なのです。やり直しは基本的に効きませんし、複数と浮き名を流すのは御免という考えであります。あっても相手の不祥事や家の都合という訳で、そう何度も起こる事ではありません。

　だから私がどちらかを選べばそのまま結婚でしょうし、家庭を築く事になる訳で。

　……あれだけ一緒に居たジルとそういう仲になるの想像出来ない……！

　キスとかぎゅうっと抱き締めるとかなら想像出来ますというかされてますけど、それ以上を想像しようとしたら羞恥に悶え苦しむのです。いつも子供扱いみたいな感じだったから、性的な触れ方をされるなんて思い付かない。

　ジルは男として私が欲しいって言ったのだから、当然そういう行為も求めているのでしょうけども……想像しようとしただけで顔から火が吹きそうで、諦めます。

　考えるだけの余裕は出来たものの、考えたら考えたで煩悶が私をのたうち回らせるので堪らないです。何とか抑えようにも、台詞が脳内に勝手に反芻されるというかあの時の事を再生されて頭が掻き乱される。ジルや殿下の事で頭を占めていると言えば可愛らしいものですが、実際は羞恥に悶えているというか。

　私は私で自分の事に精一杯なので、二人の気持ちを慮る事はあまり出来ません。そもそも選べばどちらかを振るのですから、どちらにせよ傷付けるのです。

　悩ましい、と相変わらずシーツを乱す日々なのですが、扉を叩く音に我に返ります。

　今日は朝食もしっかり食べましたし、わざわざ部屋に訪れるなんてルビィか母様くらいなもの。少し引きこもってる私に顔を見せに来たのでしょう。

　無下に扱う気にもなれず、起き上がっては「どうぞ入って下さい」と声をかけて……返ってきた返事が「畏まりました」という甘い低音だった時の私の心境といったら。

　何故誰かを確認せずに返事をしたのか。

　私が想定外の来客にフリーズしている間にも、扉は開いて、翠が視界に入ります。

　トレイにティーポットとカップを乗せ、いつもと変わらぬ優雅な微笑みを湛えては私に視線を移して。少しだけ楽しそうというか、悪戯っぽい笑みに質を変えては「紅茶をお持ちしました」とテーブルにトレイを置きました。

　悩みの元凶であり告白した本人がしれっとしているのに、何故私がこんなにも狼狽えているのでしょうか。

「そこまで意識されても困るのですけどね」

「だ、だって……ジルが」

　視線を受けていられなくてシーツを被って隠れようとする私に、ジルもやんわり苦笑。但し呆れとかではなくて愛でるような微笑ましそうな眼差しを向けられるものだから、羞恥も倍増です。

「今まで通りに接してくれて構わないのですよ？」

「無理言わないで下さい！」

　あんな熱烈な告白をして来た上勝手に、き、キスまでして来た人間に普通通り接しろなんて無理難題を押し付け過ぎなのです。寧ろ逃げ出さないだけ褒めて欲しいくらいなのですが、今ジルに褒められようものなら羞恥で爆発しそう。

　てるてる坊主宜しくシーツの隙間からジルを窺う私は、ジルの柔らかくも仄かに熱の孕んだ眼差しに耐えきれなくて。頬の辺りには、じわじわとせり上がる熱をそのまま顔に出している事でしょう。

　そんな私ですら愛おしそうに見詰めてくるので、正直じたばたのたうち回りたい。こう、瞳が女の子を可愛がる感じで、凄く恥ずかしいのです。

「意識して頬を赤らめるあなたも実に可愛らしいのですが、私としては避けられるよりいつものように接して欲しいのですよ」

「そ、そんな事、言ったって……だって、ジルが」

「少し男として意識するのが遅いですよね」

　それを指摘されると凄く弱いのですが、これにはジルにも責任があると思います。

　ジルも私を子供扱いしてきましたもん。甘やかしは継続して行われていたから、ジルも私を子供として見ているとばかり。それに小さい頃からの仲なのに、今更女として見るとか思わないでしょう。

「前から男の人だとは思ってましたけど、ジルが女として見ているとは思ってなかったんです」

「……相変わらず鈍いですよね」

「だって、小さい頃から一緒に居るのにそんな事思ってるとか思わないです」

「まあ確かにリズ様が小さい頃から側に居ますけどね。お腹出して寝たり幽霊が怖いとかで夜中に押し掛けて来たり、木登りして枝に引っ掛かって降りられなくなって泣いたりしていた頃も知っていますが」

「それは忘れて下さいよ！　何で掘り返すんですか！」

　個人的に赤っ恥な事件ばかり羅列するジルに眦を吊り上げれば、くつくつと喉を鳴らして笑うジル。

　これはからかわれてる、と直ぐに分かるから私も下手に言い返せない。……確実に反論を上回って弄られるのが見えてるので。ジルに口論で勝てるとは思ってないです。

「あれはあれで子供らしくて微笑ましかったのですがね。……それでも、私は今のあなたを女性として見ていますよ」

　然り気無く混ぜられた異性としての言葉に、私の息が一瞬不規則になって詰まる。それを知ってか知らずか、ジルはベッドの縁に座る私に近付いて。

「リズ様は女らしく、美しくなった。中身が少し無邪気になってしまってやきもきしますけど」

　ぱさり、とかけていたシーツが頭からずり落ちる。

　目の前に立たれて固まる私に、ジルは穏やかながらも艶を帯びた眼差しと笑みを以てして私の視界を占拠します。

　キスをされた訳でもなければ極端に接近された訳でもない、けれど腰を屈めては私の髪を一房掬い、口付ける姿に視線は釘付けになっていて。

　ワンテンポ遅れてやって来た羞恥やもどかしさ、痒さが混じった、えも言われぬ感覚に全身が火照ってしまいます。わざと、という事は分かってるのに、抗えない羞恥。

　ジルはジルでうっとりに近い、何処か陶酔したような幸せそうな眼差しで私を射抜きます。

　心臓がそれに射抜かれたようにじくじくと疼いて熱くて仕方ないのに、ジルは止めてくれない。寧ろ前面に愛しそうな色を含ませて微笑みと視線を送って来ていました。

「……じ、ジルはたらしになりました」

「リズ様限定ですよ？」

「そういう所がです！」

「本当なのですけどね、私があなた以外に言い寄る姿は見た事ないでしょう？」

「そ、それはそうですけど」

「私はリズ様が思うよりも一途なのですよ」

　息を吐くように甘い言葉と笑みを私にくれるものだから、私も胸の奥まで甘い何かで満たされていくような気がします。胸焼けはしないですけど、こう、筆舌しがたい痒さと羞恥があるというか。

　此処までストレートに言い寄られるのはジルが初めてで、そもそも男性とあまり関わる事のない私にはこういう口説きに耐性などある訳がない。甘く熱のこもった囁きに、私のキャパシティなど直ぐに限界を超えてしまう。

　何か文句でも言おうにも、贈られた言葉を受け止めるのに精一杯で胸が詰まって押し黙るしかありません。

「ふふ、そういう所も可愛らしいですよ」

「……っ……ジルは」

「はい」

「ジルは、私の何処が好きなんですか」

　……いつも、可愛いとかそういう言葉で愛を囁かれていますけど、ジルは一体私の何処が好きなのか。

　立場と能力は申し分ないつもりです。侯爵家の長女で、魔力だけならトップ……らしいので。血筋としては魔導師の家系としても濃く強い。

　容姿は、まあ、両親の血を継いでいて、私もそれなりに整ってはいますし、言い寄られる事もそれなりにある……あるのでしょうか。あまりそういう場面がないのでそこまでモテてはないのかもしれません。

　でも、ジルに限ってそこに目を付けるとも思いません。

　だとしたら私の何処に惹かれたのか。

「リズ様の、ですか？」

「だ、だって、ジルの年齢だともっと大人の女性の方に目がいきやすいでしょう。何で、私なのですか」

　そもそもそこが疑問なのです、八歳も違うのだから、こんなちんちくりんより大人の美女を選ぶのが普通でしょう。それなのに、昔から私しか見ていない、なんて。

「ふむ。……そうですね……何処が、と言われると難しいものです」

　何か明確な理由があるのかと思っていたら、ジルの返答は凄く曖昧なもの。

　……それに、とてもがっかりしてしまった私が居て。

　自然と寄ってしまう眉を自覚していて、落ち着けと強張りを解除しようとする私に、ジルは私の表情を分かった上で微笑みます。

「私を信頼して無邪気に接して来る姿は可愛らしいですし、案外脆くてか弱い所は守りたいと思います。優しいけれど全てに慈愛を振り撒く訳ではない所も人間らしくて好きですし、大切な物の為なら覚悟を決める所は凛々しくて可愛らしいです。信頼した人に対して酷く無防備なのは危なっかしいですが、それはそれでリズ様の魅力でもありますね。幼さと大人っぽさを同居させた面は魅力的ですし、何が好きと言われれば困るのですが……総じてリズ様という人が好きですよ」

「や、やっぱり言わなくて良いです！」

　……が、がっかりしなければ良かった！　凄くナチュラルに恥ずかしい事言われてる！　誉め殺しがこんなにも恥ずかしくてむず痒いものだと思わなかったです！

　最早わざと下げて上げたのではないかというレベルで差を作って持ち上げたジルに、私の羞恥許容量も限界で何か涙が滲んで来ます。恥ずかしさで本当に泣きそうになるなんてある意味凄い体験です、出来ればご遠慮願いたい所ですが。

「おや、リズ様から願われたのに」

「……口説かれてる気がするのです」

「口説いていますからね」

　ジルのペースは崩せない、そう悟ったお昼前です。

　私よりも八年は長く生きて……私の中身が幼くなったのが問題ですけど、色々とこなして来たジルは何枚も上手です。

　あと生来の気質なのか女性には優しいフェミニストな部分と愛情が深い所が功を奏したというか、私には半ば災いして、非常に口説くのがお上手で正直困るレベルなのです。

　あうう、と意味のない唸り声で自分の正気を保っているものの、あと一押しされたらジルが居るのも無視してベッドに閉じこもるくらい、恥ずかしい。もし何かあればジル追い出して天蓋下ろして引きこもってやります。

　そろそろ耐えられなくなりそうな私にクールダウン時間をくれたって良いのに、ジルは緩やかに、そして艶やかに微笑んで。

「今すぐに返事は求めませんよ、早い方が嬉しくはありますが。……でも、これだけは知って下さいね。私は本気です。一人の男として、あなたという女性が欲しい。リズ様を愛しています」

「なっ」

「私があなたを幸せにしたい。幸せにしてみせます。……どうか、御考慮を」

　酷く甘く、とろけるような、熱と愛情のこもった囁きが、耳に落とされます。

　それだけに留まらず、私の掌が持ち上げられては指に唇が落ちてきて。ちゅ、とわざとしいリップノイズが聞こえたかと思ったら、指の肌に柔らかい感触。何されたかなんて馬鹿でも分かります。

　今までされた事がなかった訳でもないし先日唇にそれを貰ったばかり、それでも恥ずかしさは背筋を回って全身を痺れさせています。指にされただけなのに、物凄く恥ずかしくて、それでいて頭がぽわぽわと変な感覚がするのは、ジルが変に口説いたせいです絶対に。

「ジルのばか……っ！」

「なりふり構える程、私にも余裕がないのですよ。あなたがあまりにも可愛らしいものだから」

「……っ、と、兎に角、出てって下さい！　暫く入室禁止！」

　一刻も早く頭を冷却しなければ細胞が死に絶えそうなレベルで頭が羞恥に燃えていて、私はまだ側に居るジルの胸をぽかぽかと叩いて離れるように命令。ジルはそれ以上追撃しようとはせず「ふふ、畏まりました」と痛くも痒くもなさそうに、寧ろ楽しそうに微笑んでは頷きます。

　去り際に「本当に可愛い方だ」と誰に聞かせるでもなく呟いていたのが聞こえてしまったから私も限界で。

　ジルの姿が扉の向こうに消えたのを確認してからベッドに倒れ込んで、側にあったクッションを掴んで顔を埋めます。

「……天性のたらし……」

　主に私限定だと分かっていても、ジルの言動は心臓に良くない。

　褒められるのは嫌ではないし、恥ずかしいけれど嬉しい。求められて嫌でもない、寧ろ……と考えて、何だかジルの事で頭が一杯になってしまったと気付いては再び羞恥で悶絶する羽目になりました。