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兄妹と従者

 ジルはかなり忙しかったりします。

 従者の仕事をして、暇があれば魔術の訓練。それに加えて父様からの指導というかお仕事を任されたり、私なんかとは比べ物にならない程スケジュールがみっちり詰め込まれていました。

 せめてもと屋敷内では大人しくしてジルの負担を減らしたり、魔導院でも私が研究室に居る限りはジルを側に置かなくても良いとしています。

 従者と言えば従者なのですけど、あまり束縛しないようにしてます。

 昔程従者らしくないかもしれませんが、危険がない限りは大丈夫です。


 そんな今日のジルは、剣術の訓練に励んでおりました。魔術だけでなく剣術、ひいては肉体を磨こうとするジルは何処を目指しているのかちょっぴり不思議なのですが、聞いても「強くなりたいので」の一点張りなのです。

 父様に勝つのが目標なら魔術を磨けば良いのになあ、とは思ったのですが、それも見抜かれていたらしく「認められるにはこれくらいは必要ですから」と苦笑されました。……父様って文武両道じゃないと認めてくれないのですかね。


 そんな感じでジルも適度に剣術を磨いているのですが、相手をするロランさんの方がやはり強い。ロランさんは元々本職が騎士様で、魔術は剣術の後、付随物みたいなものらしいです。魔術もかなりの使い手だそうですが。


 ジルは魔術のおまけとして剣術というか、魔術を優先しています。ロランさんとは逆のスタイルなのです。

 なので、純粋な剣術はロランさんの方が上で、体格差もありジルは防戦一方です。ジルは平均以上はあるものの、ロランさんのように上背はありません。ぱっと見ジルは細身ですからね、しっかりとしたロランさんとはシルエットも違います。


 刃引きされてはいるものの金属の剣で実践形式で相対している為、刃が重なれば金属音が鳴る。火花でも散りそうな程激しい剣戟を繰り広げる二人の姿は、凄く絵になっています。

 隣で一緒に観戦しているフィオナさんも、最初はうずうずしていたものの今は大人しくなったというか食いるように二人の姿を見つめておりました。手に汗握る戦い、というのはきっとこのようなものなのでしょう。


「……良いなあ」


 ぽつりと金属音が鳴り響く庭で、小さく呟かれたのは羨望の声。

 二人からフィオナさんに視線を移すと、フィオナさんの鳶色の瞳が潤んで熱を持ち、二人に……いえ、ジルに注がれています。上気した頬を隠そうともせず、胸の前で指を君でうっとりした、眼差し。例えるなら……そう、恋慕の相手を見付けたような、そんな表情で。


 ……少しだけ、もやっとしてしまう。

 フィオナさんがジルの事をどう思ってるかなんて分かりませんし、どう思っていようがそれはフィオナさんの自由なのです。私が口出しする事でも詮索する事でもありません。

 それなのに、どうして蟠りがあるというか、もやもやして、気になってしまうのでしょうか。


 模擬戦が終わって此方に帰って来る二人の姿に、きらきらとした眼差しで立ち上がるフィオナさん。それだけで更に靄が固まっていきそうで、表情まで強張ってしまいそうです。

 浮き足立ったと言っても良さそうな足取りで此処から離れてジルの元に小走りで移動するフィオナさんに、少しだけ口の中が苦いものを滲ませていました。


「どうかしたのか?」


 ジルを迎えもせず押し黙る私に、フィオナさんに捕まっているジルの横をすり抜けてロランさんが声をかけてきます。

 既に息を整えたロランさんは涼しい顔。何もしていない私の方が顔が歪んでいる気がして、慌てて頬を両掌で押さえて首を傾げる振りました。

 誤魔化せるとは思わないですけど、この顔はあまり見られたくはないです。凄く嫌な顔してそうで。


「……べ、別に、何でもないですけど」

「……ああ、あの二人か?」


 視線でばれてしまったらしく、呻く私にロランさんは肉食女子宜しくぐいぐいと押すフィオナさんを見て。


「心配は要らないぞ、フィオナのあの眼差しは……」

「ジルさん、私も手合わせお願いします! 久々に兄さん以外に対等にやり合える気がするのです!」

「ほらな」


 至極冷静に、指を指しました。「あれが今更色恋沙汰をする訳がない」と厳しい批評付きで。

 フィオナさんの興奮冷めやらぬと言った食い付き具合に、ジルも一歩引いてます。輝いてる瞳は、よくよく見れば……爛々を通り越して、獲物を狙うような鋭くも愉悦を含んだものとなっています。まさに肉食女子かもしれません、違う意味で。

 フィオナさん、それはどうかと思うのですが。ロランさんの剣を奪って意気揚々とジルを引っ張って模擬戦に持ち込むフィオナさんは、とても嬉々とした表情でした。


 ……でも、良かった。フィオナさんはそういう感情をジルに抱いてるって事じゃないですし。


「……安心しているか?」


 静かに胸を撫で下ろしたつもりだったのですが、ロランさんは見抜いていたようで静かに問い掛けて来ます。因みに後ろでは若干ハイになってるフィオナさんと戸惑い気味のジルがが剣を打ち合っていました。


「そ、そりゃあ……まあ、ジルは私の従者ですから……離れるのは、寂しいです」

「……そうか」

「ロランさん、笑ってませんか?」

「どうだろうな」

「何か笑われている気がします」


 普段はロランさんはクールであまり表情を変えないなですが、ほんのり口許に笑みが浮かんでいる気がして何だかむず痒いです。そして微妙に生暖かい眼差しも注がれている気がします。


「リズベット嬢の気のせいだろう」

「うー」


 ……何故か、最近周りから生暖かい眼差しで見られる事が多いです。私が急に性別を意識しだしたのが原因かもしれませんけど、母様にも微笑ましそうにされますし。父様はちょっぴり複雑そうでしたけど。


「……ジル殿も大概分かりやすいが、リズベット嬢はリズベット嬢で分かりやすいな」

「え?」

「私はフィオナが思う程鈍くはない。リズベット嬢がフィオナに嫉妬していたのは何となくだが分かる」

「し、嫉妬なんてしてませんっ」


 思わぬ表現に直ぐに反論しますが、多分あんまり意味を成してない気がします。


「……そうだったか?」

「そうですっ」

「……そうか」


 言葉では納得したように呟いて頷いてはいますが、ロランさんはやや疑わしげに此方を見ております。

 ……嫉妬、とかまでは、いかないですもん。ちょっともやもやして、嫌だなって思うくらいで。ジルが誰と仲良くしようが、許容するつもりはあるんです。ジルの交遊範囲まで制限するつもりなんてないだけですし。


「どうかなさいましたか?」


 自分でも上手く理解も出来なければ抱えられもしない靄を持て余していると、模擬戦が終わったらしいジルが近寄って来ていました。

 堪らず肩を揺らしながらも顔を上げれば、少し困りながらも無傷なジルと実にすっきりしたお顔のフィオナさん。何と言うか、凄く満足げです。


「終わったのか」

「久し振りに兄さん以外に負けるとは思わなかった。ジルさん、またやりましょうね!」

「……庭が抉れるので程々にお願いします」


 言葉通り庭の地面が足跡というか踏ん張った後やら蹴った跡で滅茶苦茶になっていましたが、そんなのは私の気にはなりません。

 それよりも、仲良さげに話す二人に、またもやもやが募っていました。私だってジルとお話ししたいですし、あっ適切な距離を守ってですけど。それに私もジルの鍛練に付き合いたいし、私だってジルの役に立ちたいのに。


「……ジル」

「何ですか?」

「……わ、私にも……構って下さい」


 自然と口から零れた言葉に、慌てて口をつぐむものの時既に遅し。

 私の言葉を受けて、ジルはぽかんと、フィオナさんはにやにやと頬を緩めています。


 こ、言葉の選択間違えた、これじゃあ私が拗ねてるみたいじゃないですか、玩具取られた子供みたいな発言にしか聞こえません。私もジルのお手伝いしたいから魔術の訓練に付き合います、って言うつもりだったのに。

 これじゃあ、本当にやきもち焼いてるみたいで。


 羞恥に呻く私に、ジルは瞬き。それから、ふわっととても穏やかに微笑みます。見透かされたような笑みが、更に私の羞恥を煽ってるの、ジルは分かっている気がします。


「では今日の鍛練は此処までですね。お付き合いさせて申し訳ないです」

「いえいえ~、ストレス発散出来ておまけに可愛らしいものが見れましたので! ……いたっ」

「口を慎め。それでは私達は失礼する」


 ちょっと粘っこい笑みのフィオナさんにチョップを入れたロランさん、二人してやけに生暖かい眼差しを私に向けてから庭を後にします。今二人きりにされても困る、と言いたいけれど、本人が居るのにそんな事言える筈もありません。


 沈黙は金という通りだと思います。これ以上の失言はしたくないので唇を真一文字に結ぶ私に、ジルの細い指先がそっと頬を撫でて、びくっと体を揺らしてしまいました。

 ゆっくりと顔を上げると、とても満ち足りたようなジルの笑みに出迎えられて。


「リズ様、紅茶でもお淹れしましょうか」

「……お願いします」


 ……何だか負けた気がして、降参とは言えずに小さく頷き返すのでした。

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