突撃訪問(された)
「リズ、私が来てやったぞ!」
ちょ、ええええええ。
気のせいでしょうか、メイドさんの慌てる声に呼び寄せられて玄関に向かった私の目に、仁王立ちする殿下が映っているのは。どや顔している殿下が居るように見えるのは。
いやいやいや、流石にないですよね、暗殺の危機とかある殿下が堂々と私の家に来るとか。従者か護衛が止めますよね普通、あっほら従者と騎士さんが……ああもう遠い目してる! 絶対我が儘貫き通したなこの子! 言う事聞かないなら解雇するとか脅したでしょう!
「リズ!」
何て無茶をするんですか、と唖然と殿下を見ていると、玄関ホールから私の姿を見つけたらしく殿下は目を輝かせていました。
何故こんな事になっているのでしょうか。どうやったら叱った私を気に入るのでしょうか。というかわざわざ家まで押し掛けますか普通。
メイドさんの制止を振り切って此方に駆けてくる殿下に、私は息を吸い込み。
「リズ、」
「っあなたという方は何をしてるんですか!」
取り敢えず盛大に雷を落とす事にしました。
「良いですか殿下、あなたは第一王位継承者で国を継ぐ御方なのです。幾らあなたに弟君がいらっしゃろうと、王の位を受け継ぐのは余程の事がない限りあなたです。時期国王でいらっしゃるあなたが、護衛の制止も振り切り我が身も省みずあろう事か一個人である私の下に来るとは何事ですか。あなたは王位継承者です、私のような貴族との繋がりを匂わせて御覧なさい、あなたを潰そうと画策する方々に良い餌を与えるような物なのですよ。それに幾ら護衛が居ようとも、外では何があるか分かりません。護衛の騎士様でも護りきれない相手が現れるやもしれません。もし騎士様の敵わぬ暗殺者が現れて御覧なさい、あなたはどうするつもりなのですか。あなたの我が儘で騎士様や御身を害するような事になればどうするつもりなのですか。あなたはその命を無駄に散らすおつもりなのですか。御自分の命の価値がどれ程のものなのか、分かっていらっしゃるのですか」
客室に丁重に手を引いて(逃亡しないように)ご案内した後、私は顔を強張らせる殿下ににこやかな笑みで告げます。これ子供のする説教じゃないですし普通に喜ばないとおかしいですけど、良いのですもう子供らしさなんて最初からかなぐり捨てているので。
殿下の後ろには騎士様が立っていらっしゃいますが、皆一様に顔が引き攣ってます。ええ分かっていますともこんなの子供じゃないと。でも今はそれどころではありません、可愛いげなくて結構異常で結構。
大体騎士様ももっと上の人間にすがり付けば良かった物を。止められる人なんて……ああうん、居なさそうです。強いて言うなら国王とか王妃くらいですね。
「い、いや、しかしだな、私は……」
「城外に出るのは私が制限出来る物ではありませんしご自由ですが、国王に許可は取りましたか、ちゃんと行き先を告げましたか。報告連絡相談は基本です」
「……ごめんなさい」
私が笑みを止めて真顔になると、殿下は素直に謝ってくれます。いや私に謝っても仕方ないでしょうに。振り回した回りに謝罪するべきでしょう。
「殿下、謝るのは騎士様にして下さい。無茶を言ったでしょう」
「だ、だが」
「謝れないなら今日はお引き取り下さい」
「……悪かった」
……何というか、私は相当に気に入られているようです。普通なら怒って帰るでしょうし、そう踏んでいたのに。
私、そんなに殿下の気に入るような要素ありましたっけ。寧ろ嫌われる要素の方が多いと思いますが。現に大人の何人か……まあ誰とは言いませんけどね、お偉いさんに不審がられたり目障りに思われています。私が子供らしくないからですけど。
呆気に取られている騎士様達を見て、殿下はもう良いだろう? と少し不安げに此方を窺って来ます。いや、……うん、そこまで執着するんですか私に。
「……よく出来ました?」
絶対不敬罪に相当するとは思いましたが、頭を撫でると端整な顔が分かりやすく緩みます。あー……うん、殿下、見る目ないですよ本当に。
年下の生意気な小娘に撫でられて喜ぶ殿下ですが、騎士様達の驚愕した顔に我を取り戻したらしく、わざとらしい咳払いを一つ。
「リズ、あのだな、今度城でパーティーが、」
「あ、毎日忙しいので慎んでお断りさせて頂きます」
最後まで言わせて堪るかです。
そんなフラグは要りません、国王とかに紹介でもされたらど偉い事になって更に面倒臭い人から更に反感買うでしょう。いやまあだったら普段の態度どうにかしろですけどね、もうこれは染み付いた捻くれ方なので許して欲しいというか。
一応そういう教育も受けてはいますけど、体だけなら五歳にも満たない私がそんな所に出席して御覧なさい。色々注目浴びるし、他の貴族から嫉妬されて在らぬ疑い掛けられて没落させられそうです。嫉妬怖い。刺されたくない私。
と、いう訳でお断りします。
「なっ、私の誕生会も兼ねてのパーティーだぞ!」
「お幾つですか殿下」
「次で八歳になるぞ!」
「そうですか。お断りします」
にべもなく断る私。慈悲はないのかという話ですが、手間と我が身が惜しいです。それに私には明らかに早過ぎるので。一貴族でしかない私を殿下直々に誘いに来る事からして色々おかしいですけどね。……あ、殿下にこんな口利く時点でアウトとか知らない。
「何でだ!」
「殿下、そもそもそういうものは、あなたの父君に伺って、許可を得て書簡を通してお誘いするものですよ。今日の所はお引き取りを」
別に遠ざけたいとか嫌いとかそういうのではないですけど。正直好かれても困るというか……私を好いた所で、それが実る確率は殆どないでしょう。
私が好きになるかという問題を除いても、私は単なる貴族です。王族と結ばれるには格が足りないでしょう。
そして殿下は第一王位継承者、まず婚姻の自由などない。それは第二王位継承者からしたの子供でも同じでしょうが。王子となれば大概政略結婚を強いられるでしょう。自国の貴族より、他国の姫君を娶る方が国の利益になります。
まあ殿下が駄々をこねて、精々妾にするくらいですかね、出来るのは。私は恋愛結婚の方が良いのでお断りです。
叶わない恋なら、最初に破いてあげた方がショックも少ないでしょう。
「……どうしても来てくれないのか」
「書面で伺います。陛下を説得して下さい、まず話はそれからです」
「……許可を取ったら、来てくれるのか?」
「え? ……まあ、正式にお呼ばれしたなら断るのも……」
「分かった」
真剣な顔で頷いた殿下に、激しく嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。ほら騎士様も諦めてという顔してますよ、絶対呼ばれるとかそんな要らない未来予想図描いてる顔してますよ。止めて下さいよ本当に、現実になったらどうするんですか。
ひとまず諦めたというか帰って手回しする気満々な殿下、改めて私の事じーっと見つめます。……熱視線、いや嘘ですけど。何か、こう……品定めされている気分です。
「……何故そんな男のような服を着ているのだ?」
「趣味です」
「……ドレスの方が似合うのに」
殿下が指摘したのは、私の格好。今私はドレスではなく、動きやすさ重視のパンツルック。可愛らしくはないですね。正直髪が短かったら男の子にも見えるかもしれません。
どうやら殿下は可愛らしい子がお望みのよう。だったらもっと可愛いげのある子を選べば良かったのに、選り取りみどりでしょう。
「似合う似合わないではなくて、これから庭に行こうとしていたんです。そうしたら殿下が来てしまったから」
「庭?」
「ええ、今花と果実を育てているので」
「見たい!」
……うん、言う前からこんな事になるとは予想していましたとも、ええ。素直に帰ってくれるとは思ってませんでしたし。
期待に満ちた目が私にねだるので、私はこっそり溜め息をついて、「大した物ではありませんよ」と前置きをして了承しました。