初心なお兄ちゃんとませた弟
……以前抱いた、セシル君のお世話になりそうだなあという最早確信めいた予感は、違う事なく的中しました。
但し、今回は別ベクトルで。
「あぅ?」
そもそも私がお世話になっていないのですけどね。お世話になっているのは、ミストの方です。
セシル君の膝の上に乗ってつぶらな瞳をキラキラさせているのは、愛しの弟。生後半年を越えて大分活動的になって、はいはいこそ出来ませんがおもちゃを使って遊んだりするようにはなっています。
今日は、遊びに来たセシル君のお膝できゃいきゃいはしゃいでおります。どうやらセシル君がお気に入りな模様。人見知りがまだ始まっていないのか、人懐っこくセシル君に構って構ってと両手を動かしては笑っています。
「……俺はお前の家系に好かれる何かがあるのか?」
あどけない笑みにやられ気味なセシル君、困惑しながらも若干恥ずかしそうにミストをあやしています。
何だかんだでお兄ちゃん気質なセシル君、ミストを撫でたり頬を突っついたりして上手い事刺激を与えていました。多分大きくなって本人にせがまれたら高い高いでもお散歩でも連れ出してくれるでしょう。
確かに、うちの家系セシル君大好きですよね。母様もセシル君気に入ってますし、父様も重用している。ルビィは言わずもがなだとして、私もセシル君好きですし。
何か気に入られるオーラでも出しているのでしょうか。本来は家柄的に険悪な雰囲気になりそうなものですが。
「そうですねえ……長女がセシル君を構い過ぎて伝染したとか?」
「それに違いない。反省しろ」
「えー、でもセシル君何だかんだで喜んでるじゃないですか」
恐らくセシル君を構うのは私から始まった事なので文句を言われてますが、恐らく本音じゃないです。
セシル君、ルビィに懐かれてから優しさが急増しましたからね。元からツンデレで優しいには優しかったしお兄ちゃん気質もありましたが、ルビィの存在で一気にそれが開花したように思えます。
多分私の家族と関わるようになって良い影響を受けているのだと思います、セシル君もそれを自覚しているのか不服そうには全く見えません。
ミストに指をあむあむされても怒る気配は皆無だし、寧ろ楽しそうにもう片方の手で頬をつついてミストをあやしています。
眼差しは、柔らかく愛おしそうに。何処か憧憬を抱いたような、羨望と愛情を滲ませる金色。
やっぱりお兄ちゃん気質ですよね。寧ろお父さん気質かもしれません、絶対セシル君子供好きそう。
まあ、分かりますよ?
だってミスト可愛いんですもの。そりゃあ可愛がりたくもなります。
私とそっくりな色だから自画自賛しているように思えますが、私なんかよりミストの愛らしさは異常です。赤ん坊という補正がかかっていたとしても、ミストは可愛い。弟馬鹿なのは存じておりますとも。
「ミスト可愛いですよね。天使ですから」
「お前の弟馬鹿は今に始まった事じゃないから突っ込まんぞ」
「ルビィもミストも愛らしいです。反抗期が今から怖いのですよ」
セシル君のお膝から優しく抱き上げると、ミストは嫌がりもせずきゃっきゃとはしゃいでいます。高い高いして欲しいのかなあと軽く掲げると、更に笑みを溢れさせるミスト。うん、可愛い。
よしよしと頭を撫でて胸に抱えつつ、反抗期を想像してちょっと身震い。
……ルビィに反抗されたら私凹みそうです。姉様姉様慕ってくれたルビィが「何だよ話し掛けて来んな」とか言い出したらお姉ちゃんショックで。……あれ、でもセシル君もそんな感じな喋り方だからそう考えればショック少ないかもしれません。
「ルビィがお前に逆らう事はなさそうだけどな」
「兄様呼んだ?」
名前呼ばれただけで登場するルビィ、セシル君大好きですよね。
扉の間から顔を覗かせるルビィ、セシル君を見てにこにこ笑顔です。するりと隙間から身を滑らせるルビィの手にはトレイが乗っていて、偶々紅茶とお菓子を運んで来てくれた所だったらしいです。
これでルビィがセシル君の声を聞き付けてやって来たとかだったら、対セシル君用嗅覚というか聴覚凄いなあと感心したのですが。
メイドさんに任せず自分で持って来たという事は、ルビィ自分で淹れた紅茶ですね。クッキーは貴族にあるまじき私お手製ですけど。
「はい、紅茶。僕が淹れたんだよ!」
「ん、ありがとなルビィ」
「へへー」
最早慣れた手付きでルビィの頭をわしゃわしゃと撫でるセシル君。……本当に兄弟のように思えますよね、この仲の良さは。
流石に紅茶とクッキーはミストにはあげられないので遠ざけつつ、「私も私もー」とセシル君にミストごと近付きます。ミスト居れば多分逃げはしませんよ、ミストもセシル君の服掴んじゃいましたから。
「……何でお前も頭を差し出してるんだよ」
「や、此処は私も撫でて貰おうかと」
「あほか」
「兄様、姉様にもー」
「やらん」
「ルビィだけ特別待遇良くないと思います」
「お前はこの間散々しただろうが」
むうと唇を尖らせると、ルビィは興味を惹かれたらしく不思議そうに首を捻りました。ルビィにはこの間の事言ってませんからね。
「ああ、この間セシル君とお外にお出掛けしたんですよ。うっかり魔力不足で寝たら、セシル君が抱えて包んでくれて」
説明しようと思ったら、セシル君は微妙にバツが悪そうなお顔。紅茶を飲んで誤魔化そうとしていますが、眼差しは止めろ言うなと私を睨み付けております。
説明されたルビィはルビィで瞬きを繰り返し、それからセシル君を見遣ります。気のせいか、笑みの質が変わった気が。
「姉様にちゅーした?」
ぶはっ、と勢いよく紅茶を吹き出しかけて咳き込むセシル君。
げほげほと噎せているセシル君は涙目で、私はミストにかからなかった事に安堵しつつも咳を止められないセシル君の背中を擦ります。
ルビィは悪びれた様子もなさそうで、寧ろ何でそんなに動揺しているのか分からない、とでも言いたげにきょとん。……る、ルビィって十歳ですよね、それなのに何て事を言い出して……。
「る、ルビィ、いきなりどうしたんですか?」
「兄様の腕の中で寝たなら、兄様それくらい出来るかなって」
「だっ、誰がするか……っ!」
「えー残念」
どうしましょう、ルビィが凄くませてきた気がします。そりゃあルビィ的には私とセシル君がくっつけば万々歳なのでしょうけど、進んでくっつけようとしてませんかねこの子。
私もセシル君も頬を引き攣らせるのですが、ルビィは何処吹く風と言いますか、持ち前の無邪気さを前面に押し出してにこにこ笑っていました。
「兄様」
そしてそのにこにこ笑顔のまま、そっと近付いてはセシル君に耳打ち。近くに居る私ですら何を言っているのかよく聞こえないのですが、断片的に「父様」という言葉が聞こえて来ました。
そして何かを告げられて、セシル君の顔が見る見る内に顰められていきます。小さく「ヴェルフ潰す」と剣呑な眼差しで物騒な事をのたまっておりました。
ジルですら遠い目標を恐ろしい声音で言うセシル君、まさかセシル君まで打倒父様に?
「あ、あのーセシル君、ミスト怖がっちゃうからもっと優しい顔しましょう?」
「そうだな。ちょっと待っててくれ、席外す。ヴェルフも今日非番だったよな、あいつぶん殴って来るから」
「何でそんな発想に至ったんですか!」
「ルビィに余計な事吹き込んだあの馬鹿に制裁をだな」
「いってらっしゃーい、父様は書斎に居るよー」
「ルビィも止めて!」
何でにこにこ笑顔で手を振ってお見送りしようとしてるんですか。しかも然り気無く誘導してるし。
気のせいか優先度がセシル君>父様になっているルビィは、相変わらずの愛らしい笑みでセシル君に手を振っていました。完全に煽っています。
セシル君はひくひくと頬の筋肉を不規則に揺らして、それから半ば真顔となった顔で飛び出して行きました。
……セシル君、父様には敵わないと思うんですけど。実力とか以前に、口が。父様巧みですからね、本当に口達者ですし。多分ぐぬぬという言葉が似合う顔で帰って来るかと。
「ルビィ、何をセシル君に言ったんですか」
「さあ?」
「さあって」
「男の会話だーって父様に言われてるから内緒」
「……凄く気になるのですが」
「男同士の秘密なんだよ!」
……よく分からないですけど、私には言うつもりがないらしいです。セシル君をあそこまで苛立たせる言葉が何なのかとても疑問なのですが、皆言う気がないなら仕方ありません。
取り残された私は、セシル君が居なくなってちょっぴり寂しそうなミストを宥めて、セシル君の帰還を待つ事にしました。
余談ですが、三十分後にからかわれたらしいセシル君が顔真っ赤にして帰って来たので、ミスト宥めからセシル君宥めに変わった事も明記しておきます。
本日の活動報告にて人気投票の結果発表を実施しております。宜しければご覧ください。
それとよくある質問で『結ばれなかった相手に救済は?』というのがよくあるのですが、本編終了後にIFとして書くのでご安心下さい。
これからも拙作を宜しくお願いします。