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予定調和のお説教

 そんなこんなでセシル君の助けを得て無事に馬に乗ってお城まで帰りました。乗り終わった後はありがとうの意味を込めて馬を労ってから、セシル君と一緒にお城に。因みに門番さんには微笑ましそうな眼差しをまた向けられました。

 まあこれも平和的なものですし、無事に帰還出来て良かったなあとくらいに思ったのです。


 ……そう、お城……魔導院までは、無事に帰れたんですよ?


「……何処に行っていたのですか?」


 達成感溢れる足取りで父様に帰還を報告するべく執務室に向かって……部屋に入った瞬間、居る筈のない人が父様の執務室に居ました。

 びく、と固まると後から入ってきたセシル君もフリーズしてます。ジルは私の格好を見て、いつもより険しい瞳を更に眇めました。

 セシル君の服を借りた私。暖かかったしセシル君も返せとは言わなかったからそのまま借りていたのですが、……ジルの不機嫌を煽っている気がします。


 表情こそ普段通りなものの瞳が怒っているというか過保護モード発動した気がするので、さっとセシル君の後ろに隠れると「俺を巻き込むなあほ」と嫌そうに背中を叩かれます。そんなやり取りすらジルの不機嫌を助長させているみたいでどうして良いものか。


「リズ、お帰り。どうだった?」


 そんな中椅子に平静のまま腰掛けた父様、机に頬杖をついて問い掛けて来ます。父様が潤滑剤の役割を果たしてくれるからまだ良いですけど、これで三人だったら修羅場擬きになりかけたのではないでしょうか。


「え、ええっと……だ、大丈夫でした! 普通の威力なら制御出来ます!」

「ギリギリまで使って意識飛んだけどな」

「何で言うんですか!」


 ち、違います、あれは眠くなったから寝ただけで、気を失ったとかじゃないですし。だから、そんな危険な真似とかじゃない、し。……セシル君居なかったら凍死も危ぶまれましたが。


 何で爆弾落としたんですか、と後ろでぽこぽこ背中を叩く私に、セシル君はしれっとした顔。う、裏切り者だ……こんな事言ったらジルが更に心配爆発してお説教体勢に入るのに。

 ああほら、ジルの目が丸くなって、そこからすぅっと細くなる。お説教の手前にある仕草です。


「だが、お前の心配をかけるような危険はなかった」


 ジルが息を吸い込んで少し溜めた瞬間、セシル君は間を割るようにそう続けます。

 これには意表を突かれたのか、お叱りを中断してセシル君を見遣ります、というか若干睨みに近い感じです。


「過保護なのも良いが、少しはこいつの意思を尊重してやれ。お前が居ないと行動出来ないように仕向けようとすんな。こいつにはこいつなりに思惑や願いがあって行動してる、それを阻害するのは従者のする事じゃないだろ」


 そう言ってそっと私を前に押し出すセシル君。

 叱られるのが嫌なので少し踏ん張るものの、良いから前に出ろとの事で無理矢理ジルに相対させられます。

 どうしよう、と戸惑うしかない私に、セシル君は溜め息をついて「お前の意見をジルに伝えろ。いつまでも守られてる子供じゃないんだから」と小さく耳打ち。


 ……そう、ですよね。ちゃんと、ジルにも言わなきゃ。ジルに負担をかけたくない事とか、私も一人前として認めて欲しいからそれだけの実力を身に付けたいという事とか。

 話したら、分かってくれますよね。


「あのねジル、私ジルに守られないように頑張りたいんです」

「……は……?」

「ジルに負担ばっかりかけてるし、一人で突っ走って迷惑かけちゃうから、せめて強くなろうって思ったんです。ジルにばっかり寄り掛かってるから、ジルの重荷になりたくないんです」


 ジルにとって今私は一人で突っ走っているように見えるのかもしれないですけど、ちゃんと考えて行動してるんです。ジルにこれ以上重荷を背負わせるのも、何も出来ない自分で居るのも嫌なんです。

 守られるだけの存在じゃないよって言いたいのに、上手く伝えられません。だってジルは、私に全部任せて下さいって抱え込んじゃう人だから。


 ジルは私の言葉に、眉に寄らせていた皺を硬直させます。それから目を丸くして、更に細められる瞳。ただし、それは怒りや不機嫌といった感情ではなく、寧ろ……寂寥を伴った、悲しげな瞳で。


「……リズ様、私は……」

「お前さ、リズを一番大人として見たがってる癖に、お前が一番リズを子供として見てるんだよ。そりゃあ子供っぽいし無邪気だしあほだし無防備過ぎて先行きが不安になる時もあるけどさ」


 追撃をかけるように私に続くセシル君。気のせいですかねセシル君、何か貶されてる気がするのですけど。

 む、と唇を尖らせると、不満気な私を黙らせるように頭を撫でるというか髪を掻き乱します。それから、鋭いというより真っ直ぐな、真摯な眼差しをジルに向けるセシル君。


「……それでも、こいつはもう自立出来る。不安なのも分かるけど、選択を狭めるな。こいつの選択はこいつが決めるんだ、お前が制限しても良いもんじゃない」


 この一言に、ジルは完全沈黙してしまいました。但し黙ったのは、唇だけ。眼差しや頬、眉が感情を露にしています。あまり感情を上下させず穏やかなジルは、今は私にも分かるくらいに感情を昂らせていました。

 それは怒りではない、寂寥、葛藤、悲哀、屈辱、後悔。色々な感情が煮詰められたような表情。


 そんな表情にさせてしまった事が凄く申し訳なくて眉を下げた私に、セシル君は「お前もちゃんと聞け」と厳しい忠告。悲観する事に逃げるな、そう言外に言われている気がしました。

 ジルは私の為に心配してくれて、私はジルや自分の安全の為に頑張ってるのに、どうしてこうも上手くいかないのでしょうか。強くなって自分の身も守れるようになって、魔導師としても立派になって、ジルや父様に褒めて欲しかっただけなのに。


「……守るって何だ? お前の中で見守る事は守る事じゃないのか?」

「……私は」

「お前がこいつの事を雁字搦めにして守るくらいなら、俺がこのどうしようもないあほを守る。お前とは違う形で」


 セシル君の前に立っていた私は、セシル君に引っ張られてセシル君の胸に背中をつけるように後退させられます。

 突然の行動に固まっている私に、セシル君はそっと肩に手を乗せて。


 私の角度では見えなかったのですが、セシル君がジルの方を見据えたらしく、ジルは大袈裟なくらいに体を揺らします。

 それから、唇を噛み締めて俯き、拳を握るジル。


「……申し訳ありません、頭を冷やして来ます。差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

「ジル!」


 滅多に聞く事のない、平坦で抑揚のない冷たい声。微かに揺れた声音に、堪らずジルに手を伸ばして……何も、掴めない。

 私の横を素早くすり抜けて、部屋を出ていってしまうジル。


「……あー、あれは言い過ぎたかもな」


 成り行きを見守っていた父様は、机に頬杖をつきながら溜め息混じりに一言。


「仕方ないだろ、あれくらい言わないとあいつは過保護止まらねえし。焚き付けるくらいしないと」


 セシル君の声音は冷たいですが、決して嫌がらせの為に言っている訳ではありません。寧ろ私達の為を思って苦言を呈してくれたのでしょう、ジルがああなる事を分かって嫌われ役を買って出てくれたのです。


 誰もこんな厳しい事言いたくないでしょうに、それでもセシル君は私達の為に言ってくれた。

 感謝と申し訳なさが半々で益々曇る顔を、セシル君は苦笑しつつ頭を撫でて宥めてくれます。今度は優しい手付きで。


「まああいつが守る役を手放すとは思えないし、自分でケジメなりつけさせるしかないだろ。このままだとこいつの為にならん」


 きっぱり言い切られた上に、「こいつはジルに甘え過ぎるし言う事を聞き過ぎる」と否定出来ない評価まで頂けたので、最早反論が出来ません。

 勿論諫言はありがたいのですけど、もう少しオブラートに包んで……いやセシル君は歯に衣着せぬ物言いがセシル君なので良いですけども。


 自身の言動を反省するに他ない私。父様は私とセシル君を見比べて溜め息をつき、それから打って変わったように意味深な笑みを口許に湛えます。


「……ほー。セシルはそれで良いのか?」

「は?」

「俺は二年は待ってやるつもりだが、かっさらえるなら好きにすれば良いと思うぞ」


 何の話だかさっぱり分からなかったのですが、セシル君には通じた模様。どうやら男同士で通じるものがあるらしく、不審がるような眼差しはみるみる内に引き攣るというか、顰められていきます。


「……何の話だか分からねえな」

「俺は確率の低いものよりは高いものを選びたいし、傷付かない内に囲えるなら囲んでも構わないぞ。但しその時はお前も相応しいかは見定めるが」

「俺は関係ない」


 何の話かさっぱりなのでそっぽを向いてしまったセシル君を見上げると、目が合ったセシル君は何故か更に頬を引き攣らせます。

 首を傾げても答えてくれそうにないのは分かってるので今度は父様に視線を送ると、にやにや笑いながらも肩を竦めていました。あ、話す気ないですねこれ。


「リズ、ジルには悪いが追い掛けろ。あのままだと変な方向に歪むから修正してこい」

「え?」

「良いから行ってこい。俺はセシルと話したい事あるし」


 何故か父様が私とセシル君に生暖かい眼差しを向けたと思ったら、今度はお部屋から追い出すようにドアを指差す父様。

 ……男同士のお話、というやつなのでしょうか。私にはよく分からないのですが、どうやら私が居ては話しにくい事みたいですね。セシル君の様子を見る限り間違いなく。


 ジルも心配だったので取り敢えず頷いて、一礼をしてからお部屋を後にします。背後で「……さて、お前の気持ちはどうなんだ」と聞こえましたけど、今回は盗み聞きするのも嫌だったので素直にジルの後を追う事にしました。




 ジルを追うのは難しくありませんでした。指輪の反応を追えば、ジルが何処に居るのかくらいは何となく分かります。

 今回は位置感知を遮断されていなかったので、姿を見付けるのも容易な事。五分もしない内に、特徴的な翠がこちらに背を向けていたのが見えました。


「今、出来る事なら一人にして頂きたいのですが……リズ様には無理なお願いですね」


 振り向かずに声をかけられる事は、もう慣れた事。位置感知も切っていないのだから、ジルには追い掛けてきた事も分かっていたでしょう。それでも逃げようとしなかったのは、話す意思があったからな筈。


 ジルの言う通り、今は一人にして欲しかったのでしょう。でも、私にはそれが出来ない。……あのジルを、放っておけなかったんです。


「……ごめんなさい」

「いえ。大分冷静になれたのでもう良いです」


 そう言うジルは、確かに声の震えは収まっています。近付けばゆっくりと振り返り、いつもと同じように笑みを浮かべようとしているのが分かりました。

 ……それが無理に作られたものという事が分からない程、鈍くもありません。痛々しい笑みだと直ぐに分かるからこそ、私の手は自然とジルに伸びていました。

 

 握られた掌を包むように両手で触れると、分かりやすく震えるジル。大丈夫だと更に密着を強めると、ジルは私に見られたくないのか俯きがちになり瞼を伏せてしまいます。

 それでも身長差のせいで、ジルの表情の変化は分かりました。息をする度に瞼が小刻みに震えている事も、血の気が薄れる程唇を噛み締めている事も。


「……リズ様、私は押し付けがましいでしょうか」

「……過保護だなあとは思いますけど、嫌じゃないですよ」

「私は心配なのです、あなたが危険な目に遭うのではないかと」


 少しだけ持ち直したのか顔を上げて、揺らぎも隠せていない瞳が私を映します。

 此処が、私とジルの食い違う場所なのでしょう。

 ジルは私に危険な目に遭って貰いたくないし事前に防ぎたい、だから安全な場所に居て貰いたい。

 私は危険な目に遭いたくはないけれど、もしもの為に備えたいし自分で身を守れるようになりたいしジルの力になりたい。

 此処が合わない限り、私達は平行線になると思うのです。


「その危険な目に遭っても大丈夫なように頑張ってるのです。ジルに負担をかけたくないの」

「……分かっているのです。でも……私は」


 やんわりと首を振って微笑んだジルは、私の手を退けて、逆に大きな掌で手を包んで来ます。慈しむように、愛おしむように、そして何処か縋り付くように。


「……私は、リズ様から離れたくないのです。あなたに置いて行かれるのが、嫌だ。私の役目はあなたを守る事。あなたの側に居たいのです」

「ジル……」

「あなたは私が守りたい。私の腕の中に収めて大切にしたい。愚かな感情だと分かっていても、私は……あなたを、私の手で守りたいのです」


 泣き笑いのような笑顔を曇らせて、懇願するように翳りと潤みに揺らぐ瞳が私を映しています。

 此方が締め付けられるような寂しげな笑顔。何かに似ていると思えば、捨てられた仔犬を連想させる笑みだったのです。


 置いていかないで、捨てないで……飼い主だった人間に見放された時の、あの眼差し。ジルはそんな心境なのかもしれません。私はジルを置いていくつもりも要らないと言うつもりもないのに、私の大切な従者なのですから。


「……その気持ちは嬉しい、ですけど、少しくらい私を信頼して下さい。私も、ジルを守りたい。あなたの力になりたい」


 私はジルに認めて欲しいんです。

 いつも子供のように愛おしんでくれて、大切にしてくれて、守ってくれて。

 それはありがたいし嬉しい、でも、このままじゃいけないんです。私の未来を考えるならば、何があっても自分で身を守れるように、そして立派に魔導師を名乗れるようになっておかなくてはなりません。


「だから……私は私で頑張らせて下さい。ジルが強くなりたいように、私も一人前の魔導師になりたいのです。決してあなたを置いて行ったりしない、ただする事がジルのする事と違うだけなんです」


 これだけは分かって欲しくて真っ直ぐにジルを見上げれば、眉を下げながらも微笑むジル。やはり寂しげなのは変わりませんでしたが、絶望という色は見られません。


「……これでは私が子供のようですね。私の我が儘で主君を振り回すなどあってはならないのに」

「……ジルは、ずっと私の側に居たいと思ってくれているのですね」

「ええ。あなたの、側に」

「うん。……側に居てくれますか?」

「はい」


 当然だと言わんばかりに頷くジル。


「私が頑張るのも認めてくれますか?」


 でもやっぱり私が一人で暴走するのが心配なのか、直ぐには頷いてくれません。

 む、と唇で山を作るとジルは申し訳なさそうにお顔を翳らせます。どうしても譲れない部分があるらしく、返事は息を詰まらせた音だけです。


「返事は?」

「……心配させない程度にお願いします、本当に」


 でも私も譲れなかったので視線を注ぎ続けると、先にジルが折れてくれたらしく微妙に渋々ながらも頷いてくれました。

 本来は主人である私に口出しなんて駄目だと周りは言うのでしょうが、そこまで私は主従関係気にしてませんし寧ろ諫めてくれるジルはありがたいです。今回は立場が逆でしたけども。


 心配性なジルを心配させないのは中々に難しいと思うのですよね。ジルとしては私の安全が第一でしょうし。ジルが安全だと思ってくれるような環境に居れば、そこでなら頑張っても大丈夫ですよね。


「大丈夫ですよ、セシル君がついてますから!」

「それはそれで別の意味で心配なのですが」


 一番安全な父様は忙しいので、偶になら付き合ってくれそうなセシル君の名前を挙げると何故かぐったりと額を抑える始末。セシル君なら強いし常識人だしストッパーになってくれると思ったんですけどね、ジルは納得いかないみたいです。


「……ジルはセシル君と未だに仲良く出来ないのですか?」

「実力は認めておりますし、常識的な方だとはおもっております。それとこれとは別な問題があるので、決着がつくまでは相容れません」

「そ、そうですか? 」


 どうやら私には分からないけどのっぴきならない事情があるらしいので、あまり無理に仲良くしろとは言えません。

 でもセシル君しか頼る人居ませんし一番仲が良いのはセシル君なので、やっぱりセシル君のお世話になりそうだなあとジルには分からないように苦笑しておきました。

本日2/1の活動報告にて書籍化についての続報を書かせて頂きました。

宜しければご覧下さい。

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