外での訓練 後編
「……で、練習するんだろ」
背後にあった木に馬を紐でくくりつけたセシル君、私の元に戻って来ては確認するように問いかけます。
私はセシル君が歩いてくるのに合わせて、少しだけ林から離れて行きます。勿論間違っても帰りの手段である馬を巻き込まないようにする為です、セシル君もそれを理解して馬から遠ざかるように私を誘導していました。
ある程度の距離を空けつつ、セシル君は隣に。なるべく後方には余波も及ばないように制御するつもりですが、何があるか分かったものじゃないので側に居て貰いたいのです。いざとなれば制止してくれるでしょうし。
「取り敢えず通常の威力でどれだけ撃てるか確かめたいのですよね。あれは全力でやったので、威力も桁外れでしたから……威力の確認も」
私も相互確認の意味を込めて、今からなそうとする事を言葉にしておきます。
今日私がする事は、全力で『コキュートス』をぶっぱなす事ではありません。通常の威力でどれだけ放てるか、それを確かめたいのです。
魔物討伐の後にあった魔力増加の具合も確かめたい所ですし、そもそもの話通常威力の物を撃った事がありません。あの時は危機迫っていましたし、とてつもない集中力と緻密な制御を求められましたから。
命がかかっていたからこそあそこまで細かい制御が出来たのでしょうが、今同じ事をしろと言われてもかなり難しいです。
そこで、まずは普通の『コキュートス』の制御に着手するという訳です。通常威力から始めて、そこから徐々に制御に慣れていこうという魂胆なのですよ。
あれですね、例えるなら初見のゲームを難易度ベリーハードではなくノーマルから始めるって感じです。私チャレンジャーじゃないので。
全力、という言葉にセシル君が端整な顔をやや引き攣らせましたが、今回は全力投球するつもりはないので安心して頂きたい所です。
「……なるべく、制御しろよ」
「ど、努力します」
「馬を凍らせたら徒歩で帰らないと行けないからな、俺は背負わんぞ」
「大丈夫ですって!」
疑わしげな眼差しを送られていますが、私としてもそんな疲れる事は嫌なので避けたい所です。……まあ、セシル君何だかんだでおんぶくらいしてくれそうな気がしなくもないですが、それを前提に行動する程弱い人間ではない事を証明しなくては。
セシル君の視線を感じながら、ゆっくりと魔力の流れを術式に沿わせていきます。
私が出来る範囲では最高威力にして最難関の魔術。威力が大きい分扱いも比例して難しくなる、それは当たり前の事。
だからこそこんなにも慎重に魔力を通し、自分の力量を最大限に引き出して魔力の奔流を掌中に収めなくてはならないのです。
イメージは、生のない白い景色。多い茂った芝生には申し訳ないですが、……私のイメージする極寒地獄は、澄んだ白と蒼が織り成す景色なのです。
「……『コキュートス』」
そっと地獄の名を囁き、体内を駆け巡る魔力を術式の形を描かせ魔術という形で顕現させる。
私から放たれた魔力は、一瞬にして視界を白く染め上げます。
青々しく繁った草は時を止め、全ての色は凍り付いた純白に塗り替えられていました。そして、術式は地面を凍らせるだけには留まりません。地面から突き出たように氷塊が円錐状になり空へ生えており、柔らかな温もりを降らせていた蒼穹は翳りを見せ灰色の雲を一瞬にして具現化させていました。
空を覆う雲からは、白く儚い結晶が舞い降りては私達にゆっくりと化粧を施します。
「相変わらず規格外だな……余波で雪降ってるし」
白に染まった前方を眺めては、呆れとも感嘆とも取れる吐息を溢すセシル君。その息は白くなって上に上がっていくので、気温も結構下がったのだと痛感します。
まあ私としては、気温が下がった事とかよりもちゃんと制御が出来た事、それからもっと嬉しい事が。
「わー……雪ですよセシル君! 積もらないかなー、積もったら雪だるま作れますね!」
四季こそあれど基本温暖な気候の我が国では殆ど見られない、まっさらな雪。人為的に振らせない限りはまずお目にかかれない極小の氷結晶にぴょこんと跳ねて興奮を露にする私は、恐らくセシル君的にはあほの子だと捉えられている事でしょう。
実際そうだったらしく、何というか残念な子供を見るような、呆れと哀れみが混ざった視線が頬に刺さります。
「お前な……子供じゃあるまいし」
「だって、雪なんて久しく見ないですし、積もったらもっと真っ白い景色が広がるのですよ?」
セシル君は大人びてシビアな人なのでそういう事に興味がないのでしょうが、私としては童心に返って雪遊びをしてみたいのです。というか前世含めて雪遊びとかした事がないので、此処は成人済みという事を忘れてはしゃぎたいのですよ。
雪景色に憧れを持つ私としては、このまま雪が積もったらさぞや綺麗なんでしょうねえとにこにこしてしまいます。溜め息つかれても穢れなき純白の景色には憧れるのですよ、今の凍てついた景色とは違う白に。あ、でも王都に降り積もって生産ラインとかが滞るのは勘弁ですね。
くるんと回ってスカートを舞わせ舞う雪に合わせて髪を踊らせると、舞い落ちて来る雪は当然のように私の髪をお化粧します。止まって手を伸ばしせば、掌にはらはらと揺らいだ軌跡を描き落ちて来る結晶の姿。
あまり体温が高くない私の手でも、小さな結晶は解けるように姿を変えて透明な液体となります。
我ながら子供っぽいですが、結晶が溶けていくのを見るのが何故か楽しくて仕方ありません。中々触れる機会のない雪に興奮しているのかもしれませんね、討伐の時はそれどころじゃなかったですし。
綺麗、と呟きながら掌を差し出していたのですが、ふとセシル君が何も反応していない事に気付いてセシル君に視線を移します。てっきり、苦笑なり溜め息つくなりするとばかり。
でも私の予想していたセシル君はそこにおらず、居たのは何処かぼーっと此方を見ているセシル君。私に焦点が合っている筈なのに、見えない何かを見ているというか……夢を見ているような、ぼんやり具合。
「セシル君?」
待たされて退屈だったのかとはしゃぐのを止めてセシル君を見上げると、我に返ったらしく弾かれたように一歩後ずさっては私から距離を取ります。でも私が傷付くかと思ったらしく、また同じ距離に戻り顔を掌で押さえながら「何でもない」の一言。
別に驚いただけでしょうし気にしていないのですが、というかそれよりもセシル君の顔を隠す掌の内側が気になりますね。首を傾げてもそっぽ向かれてしまいます。
「……お前、制御はどうだった?」
数えて三十秒くらいでしょうか、私から顔を逸らしてから確認してくるので、不審に思いつつも正直な感想を。
「制御自体は何とかなりそうですが、全力だと結構難しそうです。取り敢えず通常の威力でどれだけ撃てるかやってみますね」
ただでさえ制御の難しい『コキュートス』を、全身全霊で全力を込めて撃とうなんて、難易度が跳ね上がるのも当たり前です。というか今の魔力量で全力で放ってご覧なさい、制御出来なくて周囲に大惨事をもたらす事は想像に難くないです。
だからこそまずは通常の威力を完璧に制御出来るようになる事と、その通常時の『コキュートス』がどのくらい放てるかを確かめる事が先決です。何発撃てるかで大体全力投球に必要な制御力とか威力も予想出来るので。
「……無理はするなよ」
頑張るぞー、と拳を掲げたらセシル君が何故か遠い目をしておりました。……いや、今回は被害を出さないように制御出来る範囲でしますから、そんな心配はしなくて良いですからね?
セシル君の心配もそこそこに目の前の凍て付いた光景に向き直り、再び魔力を術式の形に沿わせて、前回の『コキュートス』の広がった大地に重ねるように放ちます。
当然先程凍った上から更に凍らされるので、草は真っ白に染め上げられ天然の針のような芝生になってしまいました。
沢山の自然を犠牲にする訳にもいかないので同じ所に重ねがけするしかないですが、魔術を行使する度に芝生は当然ですが地面から生えた円錐状の氷は大きさと鋭さを増していて。五発目を超した頃には小さな小屋とかその辺りより大きく、そして数も尋常でない程に増えておりました。
幸いな事に制御は上手くいっているらしく、私達より結構前方にだけ氷の棘……というか氷山のように折り重なった氷の剣山が出来上がっています。上から落ちようものなら串刺しにされる事間違いなしですね。
そして制御の為に無心で『コキュートス』を撃ち続け、回数も二桁に突入した辺りで急に力が外に流れるような感覚。気付いた時には膝が折れかけていて、前に倒れそうになった所をセシル君の腕が阻止している状態でした。
「……本当にギリギリまで撃つな、あほ」
凭れ掛からせる形で引き寄せたセシル君、見上げると渋い顔がお出迎えです。
「うー……。でも、この辺りが限度ですね。この間の威力を出すとなると、二度がギリギリかな」
ちょっと自力だけで立っているのは辛かったのでセシル君を支えに立って、今回の成果を発表です。個人的には凄く集中しましたし疲れましたが、それに見合う成果は出たのではないかと思ってるのですよ。
セシル君は多分はらはらしながら見守ってくれていたのでしょうが、通常の『コキュートス』なら一応完全な制御下に置ける事は分かりました。あと、自分の総魔力量が思ったよりも膨大だった事も。
魔導院勤めさんの平均的な魔力でも『コキュートス』一発は危ういっぽいのですが、私ばかすか撃てる事が判明です。大体十二発、くらいでしょうか?
明らかに規格外に成長してしまった感否めないです、セシル君が色々と危惧するのも分かります。……爆弾みたいなものですからね、此処までくれば。それに、利用価値もある。だからこそ狙われるし抹殺対象にもなる。
「……それだけあれば充分だ、あほ。比類なき魔力持ちなの理解しろよ」
「はーい」
あまり口にはしないもののセシル君はいつも心配してくれていて、だからこそ注意喚起は欠かさないです。それにいつも助けられているので、セシル君様様ですよ。
いつかセシル君にお礼しなきゃ。何をしたら喜ぶでしょうか。
お菓子作ってあげるとかそういう事じゃ駄目ですよねえ、なんてお礼の方法を考える私ですが、一陣の風が私達に吹いてきて寒さに堪らず体を震わせます。続いて鼻のむずむずに襲われて、耐えようにも勝手に「へくちっ」とくしゃみをして変な声が飛び出てしまいました。
「……寒いか。まあこれだけ平地を雪原っつーか氷原にすればな」
「雪だるまー」
「駄目だ。つーかふらふらなのに出来る訳ないだろ」
『コキュートス』では氷製剣山が出来上がっただけではありません。余波も凄まじく、一部では雪が積もって氷とは違う白い景色を見せてくれています。
結構に積もってしまったらしく無事な所の芝生と高低差が生まれているので、雪だるまくらいなら余裕で作れそうなものですが……当然ながらセシル君にはすげなく却下されました。
正直自分でもこの体調で雪だるま作りに奔走出来るとは思ってなかったので諦めはつきますが、残念です。折角の雪景色(+氷景色)なのに何も出来ないなんて。
うー、と歯噛みしながらも大人しくするしかないのでこの場にステイ。……それにしても、寒い。自分でしでかしたから文句は言えませんが、流石に気温もかなり下がっているので厚着でも薄着でもない格好は寒いです。
両手を擦り合わせてはー、と息を当てる私にセシル君は溜め息。それから、何やらもぞもぞとコートの合わせ目の辺りに指先を移動させていました。
「ほら」
そして気が付いたた時にはセシル君はコートを脱いでいて、私の肩にかけていました。
ふわりと優しい温もりが分けられてセシル君の香りが包んでくれて、ぱちぱちと瞬きを繰り返せば溜め息をつかれてしまいます。
「女が体冷やす訳にいかないだろ」
「でもセシル君が寒いですし、」
「魔術でどうとでもなる。良いから大人しくくるまれとけ」
拒む事は許さないらしく、瞳で「そのままで居ろ」と命令されたので、申し訳なく思いつつもありがたく肩にかけさせて頂きます。
コート自体大きいですし丈も長いので、袖を通さなくても暖かい。セシル君の身長はぐんぐん伸びる一方ですし、当然大きめに作られたコートは私にはかなり大きいです。着込まなくても体は覆えるし、丈も地面に着きそうで怖い。セシル君の身長的には余裕で膝下より10㎝下くらいの丈なのに。
「紳士さんですねえ」
「うるさい。取り敢えず休め」
何だかんだでとても優しく気遣える人というのは長年付き合ってきてよく分かっていますし、素っ気なさも照れ隠しというのを知っているから微笑ましい。
にこにこ笑ってコートを内側から合わせる私にセシル君はちょっと顔を顰めて、「ちゃんと着ろ」とお母さんみたいな忠告。はーいと間延びした返事をして袖に手を通そうとして、不意にかくんと膝が折れてしまいます。
何回セシル君にキャッチされれば良いのでしょうか、セシル君はあっさりと受け止めて私を支えてくれます。疲労に膝が震えている事に気が付いているらしく、呆れた眼差し。
「……世話の焼ける」
ごめんなさい、と謝る前に背中と膝裏に手を回されて、そのままいとも簡単に持ち上げられてしまいました。
瞠目する私に、セシル君は深い溜め息。……セシル君に苦労ばかりかけている気がします。
「えっと、私は自分で歩け」
「ないだろふらふらしてんのに。良いから大人しくしとけ」
私の反論を許さないのは相変わらずです。そのまま馬を繋いでいる木の付近に向かって歩いていくセシル君は、全く辛そうな様子は見えません。
「おー、そんな腕力が」
「舐めてるだろお前」
「いえ、随分と男らしくなったなあと」
「もう成人してるんだから」
「ふふ、そうですね」
研究職で力仕事苦手そうに見せ掛けて、セシル君何だかんだ運動全般出来ますからね。因みにジルは父様曰く「優男に見えて筋肉質」だそうな。ジルはスマートで細いのですが、脱いだら凄いというやつでしょうか。
案外セシル君も脱いだら凄いのではないかという疑い急上昇でじいっと見上げると、気付いたらしいセシル君は「何だよ」と疑いの眼差し。
「いえ、セシル君筋肉あるなら脱いだら凄いかなーって」
「いきなり何言ってんだ痴女か」
「失礼ですね」
凄い可哀想な物を見る眼差しを向けられたのが不服ですが、流石にこれを堂々と言った私も結構酷いので反論は致しません。
もう何も言うまい、とセシル君に体を預け、こてりと頭を胸に預けます。
とくんとくん。
服越しに、気のせいなのか心なしか早い鼓動。セシル君は恥ずかしがり屋さんだから、こういう体勢とか苦手ですよね。
でも私としては、セシル君のコートにくるまれてぽかぽかで、良い匂いがして、歩く度に揺られて凄く心地好い。体が大量の魔力消費についていけてなくて、勝手に意識が強制終了させられかけている。きっと休養を取れとの体から指示が出ているのでしょう。
その指示に加えて心地好い環境とセシル君が居る安心感が合わさり、腕に抱えられたこの状況はとてつもない安眠状況と化していました。
そんな中一定のリズムで揺られてみなさい、睡魔に捕らわれても仕方ないと思うのですよ、ええ。
心地好さと良い香り、セシル君の側という好条件が重なったこの状況で、私が意識を保てた時間は一分もありませんでした。
気が付けば、とても暖かい環境に居るのは分かりました。眼前には白い布、恐らくセシル君のシャツ。襟に少しだけ刺繍が入った品のあるデザインは今日見ましたし。
何故か身動きが取りにくくてちらりと視線を下ろすと、大きなコートにすっぽりとくるまれた上にしっかりとした腕が安定させるように肩に回っていたからみたいです。
「……おはようございます?」
流石に何故この体勢なのかも理解して来て、顔を上げながら首を傾げてみせると思ったよりも近かったセシル君の引き攣った顔と出会いました。
「凍死する気かお前は」
「ごめんなひゃい」
起きたのが分かって遠慮ないセシル君、私の頬を引っ張ってお仕置きを施して来ました。流石に手加減はされているものの、悲鳴を上げる程はなくとも地味に痛いという絶妙な力加減でぐにぐにされて若干涙目な私です。
離されてもひりひりとした痛みが取れないのですが、今回は此処まで面倒を見てくれたセシル君に反抗も文句も言えません。
体勢と状況を考えてみれば、うっかり寝てしまった私をコートでくるんでくれて、その辺に放置せずに自身をソファ代わりにしてくれてたんですよね。今の体勢は木に凭れて緩く胡座を掻いたセシル君の、丁度脚の間に居る形です。
やけに暖かくて気持ちいいと思えば、セシル君が全部気を遣ってくれていたのですね。魔術で私達の周りだけ暖めているし、抱き寄せ凭れかからせて痛くないようにしてくれているし。至れり尽くせりで申し訳ない限りです。
「お前は無防備過ぎなんだよ、ちょっとは考えて行動しろ」
「うー……考えているつもりなんですが」
「何処がだよ」
反論を許さないくらいにはっきりきっぱり言われて、目もぱっちりな私です。凭れかかったままじいっと見詰めると、「今が分かりやすくて良い例だ」との呟き。
「お前は内側に入れた奴にはとことん油断するだろ。この体勢自体拒めよ」
そう言って軽く寄せていた腕の力を、少しだけ強めるセシル君。当然顔もしっかりした胸に引き寄せられる訳ですが、全然抵抗感はありません。寧ろセシル君らしからぬ積極的な接触が不思議ですし暖かくて気持ちいいので、そのまま身を委ねて経過を見守りたくなるのです。
「だって、セシル君温かくて良い匂いで、ついうとうとーっと」
今セシル君のコートにすっぽり収まってますが、凄く良い匂いがするんですよ。セシル君の匂いって落ち着くし気持ちいいので。
それに、セシル君なら身を預けても大丈夫だって確信があったのですよ。セシル君なら私を守ってくれるかなあ、なんて虫のいい考えが根底に根付いているので。セシル君にはかなり迷惑かもしれないので直さなきゃなのですが。
セシル君に体を預けているとまたうとうとしてきてしまって、ゆるゆると瞼が降りて来ている私。多分寝ても完全には疲れが取れていないのですよね、勿論自力で歩けるくらいには回復していますよ。
「お前な……」
「凄く安心しちゃうんですよね」
セシル君は私の反応でまた寝かけているのが分かっているので、軽く揺さぶります。あと五分、なんて死亡フラグならぬ寝坊フラグな言葉を口にしてしまって、セシル君の呆れを全て引き出している気がしました。
シャツの上から胸元に頬を寄せていると、抱き寄せていた掌がゆっくりと流れた髪に滑ります。セシル君、それ私には逆効果で凄く眠くなるのですよ……髪を梳かれるの、親しい人にされると凄く落ち着くので。
案の定眠気が押し寄せてきて全部セシル君に身を委ねてしまいます。セシル君はセシル君で一瞬強張ったものの、そもそも珍しく自分から引き寄せているのでそのままの体勢です。
「はー……取り敢えずお前はもう少し警戒心を持て。この間も言っただろ」
「はーい」
「分かってねえ」
呆れ通り越して最早諦め気味なセシル君。まさにぐったりという言葉がぴったりですね。
「……こいつは、俺が何かするとか考えないのか」
「ん……何かしますか?」
「……頬をつねるくらいはするな」
「いひゃいいひゃい」
セシル君は本当に頬を引っ張るの好きですよね、と感じさせるお仕置きに、地味な痛みで瞳が潤む私です。
暫く頬を伸ばして「このあほ」とお叱りのような声音の呟きを落して、更に頬をびよーん。そろそろひりひりが強くなってきたので腕を叩いて抗議すると、満足したのか漸く指でのいじめを止めてくれました。
血流も良くなったのか余計にひりひりしている頬を押さえて涙目でセシル君を見上げると、一瞬息を飲んだセシル君。それでも直ぐにからかうような笑みと眼差しに変わります。
「うー……頬が伸びたらセシル君のせいです」
「その時は責任持って縮めてやるから」
「頬挟んで潰す気満々ですよね!」
縮める方法が頬を両掌で挟んで圧縮という物理的方法しか思い当たらずに縋り付くと、やはりというか想像は合っていたらしくセシル君は笑って私の頭をくしゃくしゃ。頬だけじゃなくて背まで縮めようとしてるのじゃないですかね。
むー、と唇を尖らせて不満を顔に出しても、セシル君は笑っています。苦笑いに近い形ですけども。
「ほら、帰るぞ。立てるか?」
「ん、もう平気ですよ」
しっかり休養を取ったので、多少の疲れはありますが立てない程ではありません。流石に強い魔術はそう使えませんけど。少し休んだだけで多少の魔術が使える辺り色々と規格外になり過ぎた気がしますね。
失礼ながらセシル君というソファから立ち上がり貸して貰ったコートを揺らすように跳ねてみると、安堵したように息を吐くセシル君。少しだけ、名残惜しそうだったのは気のせいでしょうか。
「じゃあ日が暮れる前に急いで帰るぞ」
「はーい」
コートを返そうと思ったのですがそのまま着とけの指示が出たので、今度こそと袖に腕を通しつつ手を挙げる私。
我ながら子供っぽいと思う行動でセシル君の苦笑を引き出した私は、セシル君に助けて貰いながら馬に乗ってお城に帰るのでした。