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外での訓練 前編

 という訳なので、セシル君と二人でお出掛けする事になりました。目的が鍛練という可愛げの欠片もないものですが、まあお出掛けには違いありません。


 二人で街を歩くとちらちらと視線を集める辺り、セシル君は美形さんですよねえと改めて思い知らされます。

 あどけなさは残るものの、もうすっかり男性の顔立ちになったセシル君の背は高い。細身ではありますがひょろい訳でもありませんし、均整の取れた体つきです。

 身長差がかなり開いたのでちょこっと悔しいのですが、こればっかりはどうしようもありません。


 身長が違えば歩幅が違う。私は頑張って早歩きするしかありません。セシル君の長い足はこういう時に厄介なのです。セシル君自体歩くの早いですし……ジルが私に合わせてくれていたのが良く分かりました。


 半ば小走り気味についていく私に、セシル君はふと歩みを止めます。私もスピードを上げていたものだから、突然の停止に顔からセシル君の背中に突っ込む結果になってしまいました。

 セシル君が着込んでいるのが柔らか目のコートだったから良かったですが、装飾過多なパーティー用の正装なら結構に痛かった事は予想されますね。


 鼻を打ち付けて地味な痛さに涙目な私を見下ろし、それからこれ見よがしに溜め息。な、何故か馬鹿にされている気分です。


「お前な、無理しなくて良いから。そういう時は言え、脚短いんだから」

「誰が短いですか!」

「身長が低ければそりゃ短いだろ。言っとくが大体フィオナ手前くらいが平均だからな」

「うっ」


 そりゃあフィオナさんより少し低いくらいがこの世界の女子の平均ですけど。確かに私はフィオナさんより拳一個分は違いますけど、誤差範囲ですし、別に極端に低い訳ではありません。決して胴長短足という訳でもありません。


 失礼な、と瞳を細めて不満を露にセシル君を見上げれば、眼差しを柔らかくしてほんのり悪戯っぽく唇に弧を描かせている所が見えました。


「……ゆっくりで良いぞ。まあ俺も気付かなかったのが悪いし」


 歩みを再開したセシル君の歩幅と早さは、私に合わせたものになっていました。然り気無く人にぶつからないように流れが多い側に移動してくれていて、何だか凄くセシル君が大人になったなあとか思ったり。


 手こそ恥ずかしがって引いてくれませんが、気付いたらエスコートはしてくれて、不思議な気分です。よくふざけ合う仲なのに、セシル君は立派な紳士役を果たしてくれて。

 よく考えれば私の迷子防止の見張りまで付き合ってくれるのですから、何だかんだとても紳士さんなのです。ツンデレさんが強いですけども。


「ジルに言わずに来ちゃったけど大丈夫ですかね」


 隣に並んで外壁に向かって歩いていく中、少し懸念していた事を呟きます。

 このお出掛けはジルに何一つ伝えていません。ついでに位置感知もなるべくされないように気を付けています。負担と心配をかけないようにする為ですし後ろめたい事をしているつもりはないのですが、何故だか申し訳ないというか。


 ジル、心配性だからなあ。安全面はセシル君が居るから多分大丈夫ですけど、帰った時にお冠になっていそうな。……ば、バレなきゃ大丈夫……ですよね?


「保護者の許可があるから大丈夫だろ。ジルはあくまで従者だし」

「発覚したら顰めっ面されそうですけどね」


 今までの経験上「リズ様はどうして危ない事をなさるのですか、何故私に相談をしないのですか」と真顔でお説教されそうです。立場的にはそれは駄目ですけど、私が気にしないからジルもしっかり叱りつけて来るんですよね。


「あいつは過保護だからな。俺としてはそろそろ自立するべきだと思うが、どちらとも」


 小さい頃から私達を見てきたセシル君は、もう何処か呆れたような声。


「あいつは、過保護過ぎるんだよ。護れば良いってもんじゃないだろ」

「ジルはジルなりに考えがあるみたいなんですよね……」

「そもそもお前がしっかりすれば護る必要は減るんだからな」

「耳に痛いですね。だから今日は頑張って訓練するのですよ!」


 目指せジルの手を借りなくても自衛出来る女の子です。それに、魔導師として高みに登る為にも制御力を磨くのは必須です。私だって役立ちたいし強くなりたい事、きっとジルも理解してくれるのですよ。


 拳を作って意気込む私に、セシル君は苦笑という微妙な反応。言葉で伝えて来る事はなく、眼差しでちょっと微笑ましそうにされて、……何か馬鹿にされている気分なのですが。

 む、と唇に山を拵えようとすれば絶妙なタイミングで頭をくしゃっと掌で撫でてくるものだから、擽ったさに目を細めてしまいます。


 ……上手い具合にあしらわれている気がするのですが、不満がそれだけで消し飛ぶ辺り私も単純な気がしました。


「ほら、馬借りたから行くぞ」


 セシル君についていくと、外界と隔てる為にある大きな門が見えてきます。

 どうやら先に伝えていたらしく、門の側にあった馬小屋から馬を一頭連れて来て手招きをするセシル君。


「近場では駄目なのですか?」

「歩いて行ける距離の場所でお前が魔術の制御に失敗したら?」

「馬に乗りますごめんなさい」


 大惨事が予想されるので、素直にセシル君に従うしかありません。

 流石に大暴走させる気はありませんし、そこまで制御から外れるとも考えられないのですが……何かあっても困りますし、念には念を入れて、ですね。

 あと多分近場でやったらこの辺がとても寒い事になりそうですし。


「でも、馬に乗れませんよ、私」

「だろうな。一緒に乗るのを最初を想定して一匹しか借りてない」

「流石ですね」


 というか絶対セシル君の中で私どんくさいと思われてますよね。運動出来ない訳ではないですし反射神経はあるのですよ。……体力がないだけで。


 ちょっと不満はあるものの馬を乗りこなせないのは事実なので、大人しく頷きます。練習しなければと思うものの、外に出る用事が殆どないから機会がないというか。


 というか馬に乗るのすら一苦労なんですよね。鐙もあるから登れなくはないものの……案外高いし、つるっと滑りそうで。

 セシル君に手伝って貰い乗るものの、中々に安定しません。鞍がある分マシですけど。


「……セシル君が後ろですか?」

「お前鞍なしで落ちない自信あるのか」

「う、無理です」


 ジルの時は用意してたのかそれ用の鞍で後ろでも座れたのですが、それでもぐらぐらしてジルに終始しがみついていました。鞍なしで後ろとなると、まあ確実に滑り落ちるでしょう。


「後ろの方が安定しないし鞍ないから、お前は前に座っとけ。なるべく支えてやるから」

「た、頼りにしてます」

「まあ魔術でも支えてやるから、そうそう落ちる事はないだろ。……それでも気を付けろ、落ちるなよ、走ってる時に落ちたら下手したら死ぬからな」


 結構な念押しをされている私は確実に信頼されてませんね。いやセシル君の心配も分かるんですよ、落ちたら大惨事が待ち構えていると分かってるので。


 真顔でこくこくと幾度も首肯する私に満足したのか、馬を指して「早く乗れ」との事。

 暴れないかちょこっと心配だったのですが、当たり前な事に大人しくするように調教された馬は私が触れても待機状態です。


 あと今気付いたのですが、馬乗るのにスカートで来るべきではなかったですよね。だって諸々の処理と用意をして城から直行したので、着替える時間なかったですし。

 セシル君もそれに気付いたらしく顔を真っ赤にしているのですが、場所を考えると先に乗らせた方が良いと判断したらしく微妙に視線を右往左往させながら乗り方を指示してくれました。


 手綱と鬣を持って鐙に脚をかけた時点でセシル君が何か色々とはらはらしていたので、早く終わらせてあげようと馬の腰を跨ぐ為に脚を上げる私。微妙に息を飲んだセシル君、風の魔術でスカートを捲れないようにするという器用な事をこなしておりました。制御力の無駄遣いな気がしますよ。

 実は今日、下着とは別に短めのドロワーズ穿いてるんですけどね、まあセシル君が気遣ってくれたから黙っておきます。


 セシル君は漸く難所を乗りきったとばかりに安堵の溜め息。まだ出発すらしていないというのですが、大丈夫なのでしょうか。

 因みにセシル君は慣れたもので、私を少し縮こまらせてから簡単に馬に乗って私の背中にくっつくように乗ります。でも乗ってから体勢に気付いて僅かに硬直した辺り、セシル君らしいというか。


「い、行くぞ」


 分かりやすく強張った声。純情と専らの評判(主に私の中で)のセシル君には、この後ろから抱き締めるような体勢は恥ずかしいでしょう。

 セシル君の顎が私の頭の上にあるんだろうなあと感じるくらいには、セシル君は大きい。もうジルより大きいから当然なんですけどね。

 全体的に、ジルよりも大きく育ったセシル君、この体勢だとすっぽり腕の中に収まってしまいます。手綱を握るとどうしても私を抱き締めるに近い形を取ってしまうので、セシル君の体がやや引け腰になっていました。


「別に気にしなくても」

「気にしろ外聞とか性別を」

「……外に行くから大丈夫なのでは?」

「そこで更に危ないと思わないお前は能天気過ぎるんだよ」


 背後でぐったりと長大息の後に顎がつむじに落ちてきて、……ぐりぐりと抉るように押し付けられて地味な痛みに呻く羽目になりました。振り返ろうにも顎を置かれて固定されている為に、前を向いたままを強制されています。

 小さく「本当に気を付けてくれよ」と小さな囁きが落とされ、セシル君が合図。直ぐに馬が緩やかな歩みを初めて門に向かうのを、漸く自由になった頭を動かしながら見つめます。


 二人で遠出……まあ日帰り出来る範囲ですがお出掛けする私達に、門番さんはきょとんと目を丸くした後に何やら微笑ましそう。というかにやにや笑ってる気がするのは私だけでしょうか。

 セシル君もそれを感じているのか微妙に不機嫌になった気配。手綱を握る握力が強くなっている気がします。


 落ち着いて、と手の甲を軽く叩くと我に返ったのか、また元の雰囲気で馬を進ませる仕事に戻っていました。

 安定を重視するのか緩いスピードです。私が慣れるまでは多分こんな速さで進めるんだろうなあ、と未だに微笑ましそうな門番さんに見送られながら予想しておきました。




「平和な時に見ると、綺麗なものですね」


 生まれて二回目の外ですが、今回は緊急でもなければ危険が迫っている訳でもなく、辺りを見回す事が出来るくらいには余裕があります。というか貴族の子女にありがちな箱入り娘感溢れる私を慮ってくれたのか、適度に自然を見せるように馬を走らせてくれていました。


「あの時は緊急だったからな。普段は平和だぞ」


 人間の全力疾走にはとても追い付かないくらいののんびりとした歩み。上下に揺れるのを感じながら辺りを観察する私に、背後で苦笑いの声。

 そりゃあそうですよね、基本は魔物は居ませんし街道には魔物避けがなされてあります。そう簡単に魔物に襲われるなんて有り得ないから、危機感もないでしょう。でなければ貿易とか外交出来ないし。


「んー……お弁当持ってくれば良かったですね」


 ぽかぽかと暖かく柔らかな陽射しが降り注ぐものだから、つい、そんな事を呟いてしまいます。まあ当然ながら目的は鍛練だと知っているセシル君は「呑気だな……」と呆れをそのまま乗せた声音で相槌を打ちました。


「だってこんなにも天気がよくて暖かくて、絶好のお出掛け日和ですもん。ふふ、今日は二人きりのピクニックですね」


 これでバスケットにサンドイッチを詰めて馬を走らせているなら、きっとピクニックみたいだったのですよ。いつか、そうやって楽しいお出掛けをしてみたいなあ、皆で。


 自然と綻ぶ口許をそのままに語ると、セシル君は何故か一瞬だけ背後で息を飲みます。


「どうかしました?」

「いや」


 首を振られたのですが、何だか戸惑ったような感じがしたのでよく分からないなあと首を傾げつつもセシル君の胸に後頭部をくっつけました。

 セシル君若干引いて後ろから手綱を管理してたので、少し凭れかかる方が安定するのですよね。

 但しセシル君はびびってしまったのか大袈裟に体を揺らすものだから、私もびっくりしてセシル君を仰ぐように見上げます。凭れているから出来る所業ですね。


「……あほ」

「そんなに意識するものですか? たかが背中くらい」


 気にしなくて良いのに、と口の中でぼやいたのが分かったらしいセシル君、また「あほ」と呟いて私の好きにさせてくれました。……少しセシル君の体が強張っていたのですが、私としては体温に安心してつい笑みを浮かべてしまいます。

 セシル君も諦めたのか普通通りに……いえ若干恥ずかしそうに馬を走らせては無言を貫いていました。


 暫く馬に頑張って貰い、森を避けて平原に辿り着きます。

 森を抜けた所にあるので結構な迂回になってしまったのですが、それでも馬に乗っていたので早いものでした。そして、馬で来た価値がある。


 目の前に広がるのは、自然溢れる大草原。背後には林がありますが、それはセシル君が馬を括る為に移動した結果です。

 視界には緑色の原っぱが広がっていて、独特の爽やかな匂いが風に乗って私の頬を擽りました。長い髪がふわりと浮き上がり揺れるのを押さえながら、堪らずに感嘆の声。


 あの時は外の景色は魔術や剣で焦げたり地面が抉れていたり赤く染まったりしていて綺麗だとは思えませんでしたが、場所を変えて平和な時に来るとこんなにも自然豊かで美しい光景だったのですね。

 ……これから凍り付かせるのが分かっているので、凄く申し訳ないというか。


「まあこれだけ広くて見渡せたら危険は少ないだろ。降りるぞ」

「……頑張ります」


 何を頑張るかって馬から降りる事ですよ。だって結構に高いんですもん。


「……先に降りるから、受け止めてやる」

「ごめんなさい、ありがとうございます」


 やっぱり躊躇ってしまう私に、セシル君は溜め息混じりに呟いて先に馬から降りてしまいました。そりゃあもうあっさりと。これが経験の差というやつなのですね。


「……ほら」


 鐙に近い位置で私に手を伸ばすセシル君。恐る恐る、手綱を握りながら馬の腰を蹴らないように慎重に脚を跨がせ、ゆっくりと脚を下ろします。

 あまりに時間をかけ過ぎても危ないと分かったのは、姿勢がぐらついてセシル君に受け止められた時でした。


「足元見ろ」

「ごめんなさい!」


 随分と逞しくなったセシル君の腕に収まったというかキャッチされて、頭上から直ぐにお叱りの声。慌てて謝るものの、セシル君はちょこっと不機嫌そうです。

 ……と思ったのですが顔が微妙に赤らんでいたので受け止める為に抱き寄せたのが恥ずかしくなったみたいです。直ぐに顔を押さえて「……近くの木にくくりつけて来るから待ってろ」と馬を引っ張って行ってしまいました。


長かったので分割しました。続きは明日か明後日にアップする予定です。

転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょうをシリーズ化しました。シリーズ化というか番外編や企画ものをアップした連載とシリーズで繋げておきました。宜しければお暇がある時にでも見てやって下さい。


書籍化についての詳しい事項は後日活動報告にて発表いたします。その時には最新話後書きにも簡単なご報告をさせて頂きますので宜しくお願いします。


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