目指すは絶対なる矛
ジルがあんなにも頑張っているのだから、その主人である私が努力を怠る訳にもいきません。それに、我が身を護る為でもあります。死んだり他国に誘拐されて繁栄の道具にされるのは勘弁です。
色々個人的な事情も混ざり、私はいつになく魔術の訓練にやる気が出ていました。勿論普段もやる気はあるのですが、別の事に気を取られて中々実行に移せていません。
しかし、今回は別です。安全の確保の為、そして次代を担える立派な魔導師になる為にも、私は心機一転で改めて魔術の鍛練にも精を出そうと思います!
やる気を出して意気揚々と魔導院に出勤したは良いのですが……困った事が一つ。
『コキュートス』を何処で練習すれば。
私の現段階で出来る最強の魔術が、『コキュートス』。これを自由自在に操れるようになれば、もう大概の魔術は完璧な制御が出来ます。威力も制御難度も群を抜いて高いですからね、これを本気で放ったものを操れて、私は一人前の魔導師を名乗れる気がしました。
もう既に魔導師自体は名乗っても良いですし、人からすれば充分に立派な魔導師さんだとは思われているのでしょうが、私からすればまだまだです。
私は甘やかされていますし、ロクな仕事も回って来ません。多分微妙に周りが気を遣っているのでしょう。侯爵家令嬢に何かあっては困る、と。
それは正しいですし、寧ろ回りからすれば危険な目に遭わせたくない、危険な場所に居て欲しくないと思う事でしょう。
でも、私だって力になりたいのです。立派に働きたい。我が儘だと分かっていても、親から授かったこの力を役立てたいし磨きたい。
一人で身を護れるようになる為にも、力は身に付けたいのです。
そんな心境で、私は父様の執務室に。取り敢えず困った時の父様というか、場所の相談をしに。
「魔術の練習? 訓練室借りれば良いだろう」
案の定父様には最初考えた案を出されましたが、私は首を振ります。
それは私も最初に考えましたし、一番現実的な案だったのですが……此処で大きな問題が発生するから、その案を却下するしかなかったのです。
「それが……制御出来なかったら城を氷漬けにして罪に問われそうで」
「どんな魔術使おうとしてるんだよ」
「……討伐に使った魔術」
「外に行って来なさい」
躊躇いがちに申告すれば、真顔で窓の外を指されました。これも想定内といえば想定内なのですが、多分父様が言う外は城の外ではありません。
魔導院の中では高い階層にある執務室の窓からは、都を囲むように壁がそびえ立っているのが見えます。その向こうには、平原と森、そして山々が連なった自然があるのです。
父様が示しているのは、城壁の外。広大な自然が広がり人気がない場所。
「危なくないのですか?」
行くのは全然構わないのですが、外は魔物がうろうろしているイメージが定着してしまっています。魔物の大侵攻を見てしまったからでしょう。
理屈としては決してそういう訳ではないとわかっているのですが、どうしても外には魔物がごろごろ居るという考えが頭をよぎってしまうのです。
私の懸念を感じ取ったらしい父様、私の不安気な顔に柔らかい笑みを浮かべます。
「今は然程危なくないぞ、常時監視しているが何ら報告はないからな。自分の娘を危険な場所に行かせる訳ないだろ」
「まあそうですよね。やっぱり近辺に魔物って中々出ないものですか?」
「普通はそう簡単に集まらない。基本群れでは行動しないからな」
「へえ……」
という事はあの時の大侵攻は異例中の異例という事だったのですか。街毎に魔物避けがあるので魔物自体近辺には現れず、広範囲に分布しているのに、結構な近さで大量の魔物が群れを成していたなんて。普通は有り得ない事らしいです。
そう言えば数十年……下手すれば百年に一回の大規模侵攻とか言ってましたね、本来ならばあったとしても遠い未来にある筈だったと。
何のせいでそうなったのかは調査中らしいですが、何やらきな臭いものがありそうなのは私の勘です。母様やルビィは非常に勘が鋭いですが、私はそこまで感覚が鋭敏ではありません。でも、何だか変な感じはするのですよね。
まあ今は置いておくとして。
「外に行くのは構わないのですが……平原まで一人で行けますかね?」
自分で聞いておいてなんですが、無理かと思います。
地理を大して把握していませんし、一人で外に出ると確実に迷子になってジルにSOSのサインを出さなくては駄目になります。今はジル忙しそうですし、私もジルに迷惑かけないように頑張りたいので。
それに自慢じゃないですが、反射神経はあれども体力はないので途中でへばる事必至ですよ。
自分の問題点はそこだと強張った顔で首を捻ると、父様も渋い顔。
私……というか基本的な貴族令嬢は、家の外には殆ど出ません。私は魔導院通いがあるのでまだましな方ですが、他の令嬢方は運動がダンスレッスンくらいなものかと。移動も馬車でしょうし。
「迷子になられたりもしもの事があってもな……」
そのもしもを懸念するのは親として当たり前の事なのでしょうが、される側としては申し訳ない限りです。
やっぱりロランさんにお願いして剣術の稽古とかつけて貰ったり基礎体力作りの指南を……。
「おいヴェルフ、此方に回ってきた書類に不備があるぞ」
親子でうんうん唸っていると、ノックの後返事も聞かないままにドアが開いて、セシル君が入って来ます。
多分慣れてるからセシル君も面倒がって返事を気にせず入ったのでしょう。私が居る事に軽く瞬きをしつつ、別に居てもおかしくないと納得したらしく横を擦り抜けて片手に持った書類を執務机に掌で押し付けました。
……父様の目に分かりやすく光が差したので、父様が何を考えたのか一瞬で理解してセシル君に合掌です。
「よしセシル、お前リズの護衛しろ。リズ、セシルを連れて行け」
「は!?」
父様、流石に話を聞いてないと意味が分からないと思うのですよ。
巻き込まれたとだけは瞬時に判断したらしいセシル君が鋭い眼差しで「また何かやらかすつもりか」と微妙に恨みがましげに聞こえる声で呟くから、本当に申し訳ないというか。
「えっと、『コキュートス』の練習というか制御しにお外に行こうって話になってて」
確実に私が危ない事をしでかそうとしてるという誤解を招いている気がしたので、此処は弁解しておくべきだと説明。
セシル君は私を危なっかしい生き物だと認識している気がします。そりゃあ多少危険にもあってますし注意不足とかもありましたが、大概が外因的な要素でそう見えるだけですし、これでも注意している方なんです。
そもそも、その危なっかしさを軽減する為に強くなりたいのですし、これは仕方ない事なのですよ。
「二人なら安全だろ。それにお前が開発したならお前が行くのが一番だ」
「……はー。まあ仕事も終わってるから良いが」
「良いのですか?」
私としては真面目に説得するつもりだったのですが、セシル君は想定外のすんなりOK。もう少し渋るか文句を言って私の危険認識能力に説教が入ると思ったのですが。……あ、いや、これでも気を付けているのですよ?
私の表情で言いたい事は悟ったらしいセシル君、すごーく呆れられた眼差しが送られます。
「内側でやられて城を壊されるくらいなら外に行かせるし、お前一人放り出すなら見張りで行く」
「信用されてないですね」
セシル君の言う事もごもっともですし自分がそう思って父様に進言した事なのですが、それを指摘されると何かもやっとします。
むうと唇を尖らせた私に、セシル君は鼻で笑うかのような半眼の表情。
「一人で行って迷子になったり中でやって建造物を壊さない自信は?」
「ごめんなさい」
「外な」
「……はい」
物申そうと思ったらセシル君に反論を許されない問われ方をされて、私は肩を縮めて頷くしか許されませんでした。