表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/184

十年前の出会いの場

 警戒心を持てとセシル君から有り難いお言葉を頂いたので、まずは敵を知る所から始めたいと思います。

 まあ敵とも限らないのですが、何があるか分かったものじゃないので、相手の事を知るに越した事はないでしょう。知識があれば対応もしやすくなりますし、そもそも外の世界を知らな過ぎです、私は。


 敵情視察をする訳にもいかないので、取り敢えずは文献にてケルヴィムの事を調べる事にします。

 読書は好きなのですが、私の知識は魔術に偏り過ぎているので他国の知識が殆どありません。だから改めて知る所から、いえ本を探す所から始めるのです。


 魔導院の書庫には、まあ当たり前ですが魔術の本ばかりです。魔術体系や魔導院の成り立ちとか魔術の歴史とかその辺ばかり。……探したらエルザさんの名前とか出てきませんよね? いやそんなまさか。

 非常に興味がそそられますが、それはさておくにしても。

 まあ他国の情報が詳しく書いた本なんてありやしません。街の図書館に行くなり自前で用意しろという事です。


 これは困りました、と思いきや、私には最終手段にして最終兵器があるのですよ。


 ……そう、城の書庫にお邪魔するという手段が。


「おー……懐かしい」


 ちゃんと出入りの許可は祝賀会の時に貰っているのでお咎めなし、好きに出入りして良いとの事です。それを利用しない手はないでしょう。

 普段は一人居たら良い方な見張りさんが何故か三人居たのですが、頭を下げてみると一瞬の硬直の後に顔を見合せています。それから頷きあって何故か、何故か生暖かい眼差しで見られてどうぞと丁重にお出迎えされました。本当に何なんですかね?


 疑問はあるものの特に影響もなさそうなので放り出し、薄暗い書庫の中をきょろきょろ。正直此処は小さい頃に来た限りですし使ってはいないので、何処に何があるのかさっぱりです。

 棚には一応分類が貼られてあるので他国に関する本が集められた書架は分かるものの、その他国でも更に分けられているし色々なジャンルがあるからややこしい。


「こういう時にケルヴィムに詳しい人が居れば楽なんですけどねえ……特色の本は……」

「何だ、ケルヴィムについて調べていたのか」


 ……あれ。何か物凄く聞き覚えのある声。


 恐る恐る振り返ると、柔らかそうな金髪を揺らして第一王位継承者様が此方に手を伸ばしていました。

 何で此処に、の疑問を口にする前に、殿下の繊細な指が頬を掠めます。ふわりと香るほのかな甘い匂い、埃と混じっても心地好い香りは近付く。


 結構な距離にまで接近されて、どうして良いのか分かりません。今更に何で見張りの騎士様が多かったのかと生暖かい眼差しを送られたのか、その訳を理解して「早く言って下さい!」と直訴したい気分です。


「知りたいならこの辺りだな。ほら」


 押せ押せな殿下の事だから本棚を使って壁ドンならぬ本棚ドンでも仕掛けてくるかと思いきや、私のつむじから二段上にある本を取って手渡して来ます。……自意識過剰で恥ずかしいです。

 てっきり、口説きに来たのかと。


「……あ、ありがとうございます。それで、殿下は何故此処に?」

「調べものだ。此方が調べ終わったと思ったら、可愛らしい女性が舞い込んで来たのでつい手助けしたくなってな」


 くす、と見惚れるような柔らかな微笑でさらりと甘い言葉をはくのは殿下らしいです。やっぱり殿下は殿下でしたよ。

 ただ、身長差に加えて距離が近いので、微妙に迫られているような体勢です。本人は自覚しているのか、うっすら染まっているであろう私の顔を見ては相好を崩しております。


「それにしても珍しいな、ケルヴィムの事を知りたいなど」

「……もしもの為です」

「もしも?」

「もし誘拐や暗殺されかけるとかあったら、怖いので。知識は武器になりますし」


 殿下に漏らすのは宜しくないですが、特に喋って困る訳でもないので素直に白状。

 もしも、に備えるのって凄く大切だと思うんです。あって欲しくはないですが、もしそうなった時に知識があるのとないのでは大違いです。

 知識次第では交渉したり逃げ出す一助になり得るので、ある方が良い筈。知識は幾らあっても荷物にはなりませんよ。


 少し肩を竦めてみせた私に、殿下は暫し無言。僅かに眉が寄っていらっしゃるので、やっぱり殿下には言わなかった方が……と後悔が思考をうろつき始めた辺りで、殿下は私の手を取ります。

 きょとん、と目を丸くする私に、殿下は真面目な眼差し。


「……リズは常に厄介事を抱え込むな。心配で仕方ない」

「好きで抱えている訳では」

「だから心配なんだ」


 する、と片手で頬を撫でられて、擽ったさに目を細めると殿下はそのままきゅっと掌を握ります。


「……好いている女性に危険が迫っていて何もしないのは男ではない。取り敢えず、今の私に出来る事は知識を与える事だけだな」

「……え?」

「私で良ければ、ケルヴィムについてある程度なら教えられる。そこの本に書かれている事よりも実践的で生きている情報を与えられるぞ」


 此方においで、と促されて思わず従ってしまった私は、殿下に案内されて椅子とテーブルの置いてある空間に。

 どうやら此処は先程まで殿下が使っていたらしく、魔力で照らすランタンが側に置かれて綺麗に埃も除かれていました。

 促されるままに椅子に腰掛けると、殿下は隣に椅子を引っ張って来て着席。


「それで、何が知りたい?」

「……殿下、お時間は大丈夫なのですか?」

「必要な事は全て終わらせている。それに、休憩がてらリズと話すのも良いだろう」


 気遣ってくれた、というか私は非常に危なっかしいと思われているみたいですね。放っておけないと瞳に表れています。ただ穏やかな眼差しは温もりを以てして私を包むように眺めていて、少し恥ずかしくなってしまいます。

 殿下は、好意の表現がストレートなので気恥ずかしいです。慣れていても、不意を突かれて口説かれたり甘い笑みを向けられると恥ずかしくなってしまうんですよね。


 愛おしそうに見詰められて、ちょっと居心地が悪くてもぞもぞする私に殿下も苦笑。それから、私が持っていた本をやんわりと取ってぺらぺらと捲ります。


「まず、何処から知りたい? 基本的な事からいこうか」

「……お願いします。殆ど知らないので」

「そうだな、まずケルヴィムは武芸が盛んな国だ。盛んというか武芸を選ぶしかなかったのだが」

「あ、聞きました。魔力持ちがあまり居ないのですよね」


 セシル君から、魔力持ちが殆ど居ない事は伺っています。だからこそ、私のような魔力に溢れた人を欲するのだとか。

 狙われている此方としては断固拒否なのですけどね。国としても、自分で言うのも変な話ですがまずお目にかかれないくらいには魔力量がありますので、私を手放しはしないでしょう。


「そうだな。こればかりは遺伝の問題というか人種の問題というか……どちらかと言えば獣人に近い存在かもしれないな。ケルヴィム生まれの人間は身体能力に優れている」

「代わりに魔力に変換する機能が発達していないと?」

「そうなるな。別に差別する気はないが、魔術大国である我が国では嫁ぎ先としては歓迎しないな。そもそも魔導師はあまり国外で子を成す事を推奨されない」


 強制する訳ではないが暗黙の了解だな、と困ったような笑みの殿下。殿下も国を背負う身として、色々考える事もあるのでしょう。

 個人の意見と国を代表する意見が必ずしも一致する訳ではありません。時には非常な選択を迫られるのでしょう。


 もし他国の人間と恋に落ちて子供を成そうとして。

 優秀な魔導師であれば、周りの圧力もかかるかもしれません。優秀な遺伝子を外に出さない為に。

 魔術大国であるこの国の血を外に出せば、他国にも優秀な遺伝子がばらまかれます。国としては、優秀な遺伝子は国内に納めておきたいでしょう。


「我が国の魔導師にも婚姻の申し出がしばしば届いているが、殆ど受けないな。そもそも魔術の発展に乏しい国では生活水準も落ちるからな。道具にせよ、街の整備にせよ」

「……誰しも便利な生活を手放したくないですものね」

「我が国が発展し過ぎているのもあるがな。移住希望も多いな、平和で安定している故のものだが、あまり多くは受け入れられない上に諜報が入るかもしれないからな」

「国の裏事情ですね」

「民の上に立つには知る事から始めなければならないからな。話は逸れたが、ケルヴィムは魔導師を欲しがっている。特に王家が」


 だからこそリズが警戒しているのだろうと的確な指摘を頂いて、私は頷くしかありません。

 流石殿下ですね、というか私が分かりやすかったのかもしれませんが。

 殿下の予想は正しく、そして最も避けたい未来です。子作りの道具とか本当に勘弁して下さい、暗殺も同じくらいに嫌ですけど。


 殿下もそれは嫌だったらしく、端整な顔を歪めてばたんと本を閉じます。殿下の説明だけである程度の知識は得られそうなので大丈夫ですけど、そんなに勢いよく閉じると空気に混じった埃が勢いよく飛んでしまいますね。


「最近は国交の度に魔導師を寄越せとの要求が来る。王が変わってからか? 父上が平和を尊ぶ穏健派だからといって、強引な要求を飲ませようとしている。恥を知れ恥を」

「殿下、本音漏れてます」


 どうやら殿下もケルヴィムには良い印象はないらしく、思い出したのかご立腹気味な模様。

 そこで国交断絶したりしないのは輸入とかその辺があるからでしょうね。輸入品で国にとって必要なものを得ている物がありますし、断絶は出来ないでしょう。

 それに、国王陛下が戦争をしたがるとも思えません。断絶なんかしたりすれば、血の気が多そうなケルヴィムは戦争とか考えそうで怖いです。そこまでして魔導師は欲しいものなんですかね。


「……リズも気を付けてくれ。リズの存在はリズが思うよりも知られている、顔は分からずともそういう存在がこの国に居るとは知られているだろう。決して、油断しないように」


 そっと両手を包んで真剣に説いて来る殿下は、本当に心配そうです。とても私の存在は強大らしくて、狙われてしまうであろう事もよく分かりました。

 ……皆に心配かけてますよね。せめて、自衛がきっちり出来るようになれば良いのですけど。それはやっぱり特訓あるのみですよね。


「……リズ、私はリズを守りたい。だが、リズは守られるだけは嫌なのだろう?」

「……ごめんなさい」

「それがリズだから仕方ないとは分かっている。だから、私からは注意喚起と気を配る事しか出来ない。……本当に、気を付けてくれ」


 切実な願いを真っ直ぐな眼差しと一緒に送られて、私は黙って首を縦に振ります。


 私は、どうしてこんなにも誰かから狙われるのでしょうか。もっと、自分で身を守れるようにしなくては。心配かけないくらいに強く、そして出来る事なら誰かを守れるように。

 父様やジル、セシル君や殿下ばかりに負担をかけ続ける訳にはいきません。


 色々と気を付けなくては、と決意を新たにした私に、殿下はただ静かに掌を包んで、祈るように瞳を閉じました。

平素より『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』をご愛読頂きありがとうございます。


この度、『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』を書籍化する運びとなりました。

詳しくは本日の活動報告を御覧頂けたらと思います。


拙作が此処までこれた事は皆様のご支援あっての事です。感謝の念に堪えません。


宜しければこれからも拙作にお付き合い頂けたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ