男とは難しいものです
成人したからといって、急激に何かが変わる訳でもありません。それは一足先に成人を迎えたセシル君を見れば明らかです。
セシル君自信は何ら変わりがありません。ツンデレさんな所も、笑うと凄く可愛……もとい格好良い所も、ルビィにとても甘い所も、何一つ変わりやしません。
あ、でも少し背は大きくなっていましたね。気が付けばジルを抜かしていたんです。一応ジルも平均よりはあるのですけどセシル君が大きくなってしまいました。視線で比べては少し悔しげなジルが可愛いんですよ。
という訳で、変わったのは私達ではなく周りの扱いくらいなものです。
「あんまり成人した実感ないですよね」
成人して初の出勤です。特に景色が変わって見える訳でもなく、いつも通りに出勤して来ました。
まあ魔物の討伐云々で好悪問わず色々な眼差しを注がれるようになったので、それは感じつつの道中でしたが。
「自分自身はそこまで変わらないからな。俺も何一つ変わってないし」
「ですよね。別に気負ってた訳じゃないですけど」
セシル君自身も変化はないらしく、研究室で書類に目を通しながら言葉を返してくれます。本当に特に変わってません、成人前から成人以上の仕事を任されているセシル君ですし。
此方に異動になったのは隔離されたというより、カルディナさん達が騒いで仕事が捗らなかったのではないかと最近は思ってます。
齢十五にして研究室を任され魔道具・魔術開発の一任者になってるセシル君って、本当の天才さんですよね。小さい頃のセシル君は想像してなかったでしょう、此処まで優秀になって明るくなった事を。
因みに私はセシル君の秘書扱いに近いです。だって私開発出来ないのに此処に在籍してるので。
私のお仕事は主に雑用とかセシル君の魔術や魔道具開発補助とか、開発した魔術の試運転、あと魔道具の魔力チャージとか。魔力が有り余っていて人間電池レベルなので。これだけは凄く重宝されます。
「まあ俺らは変わらないが、周りの扱いは変わる。俺は跡取り息子と取られるし、お前は侯爵家の令嬢で最強の魔導師の娘。色々狙われているからな」
「それは重々承知してますけど。面倒ですね」
「仕方ないだろ」
立ち上がって本棚から数冊本を取り出し、書類と照らし合わせているセシル君。
魔導院にこもりがちではありますが、定期的におうちには帰っているみたいです。面倒臭そうに跡取り息子という言葉を口にしていますが、それに反して定期的に実家に帰って色々やっているらしいので偉いです。
私もお仕事と思ったのですが、悲しきかな今は特にお仕事らしいお仕事がないのでお茶汲みくらいなものです。魔術開発とかその辺りは私には出来ないですし。
他の部署をお手伝いしようにも、まあ面倒臭いあれこれがあったりするらしく止めろとの上司のお達しがあるので何も出来ず。
仕方なくティーポットに茶葉をセットして、魔術でちょちょいと熱湯を注いで紅茶を用意しておきます。カップも温めておかなきゃ。
「命まで狙われるのは勘弁ですね。誘拐とかも勘弁です」
待ち時間は暇なのでセシル君とのお喋りに興じます、というか大抵のんびりお喋りしてますけどね、仕事してても。
狙われる、というのは色々な意味があります。アデルシャンに取り入る為にとかこの血を取り入れる為に娶りたいとか、それから一番質が悪い目障りだから抹殺するとか。それだけは勘弁して欲しいものですね。
「お前よく誘拐されるよな……二度あったな」
「次がない事を祈ります」
染々言われて、私の頬も勝手に強張ってしまいます。
セシル君も一度目は詳しく知らないでしょうけども、二度目はその日屋敷内に居ましたからね。一度目は私の不注意、二度目は夜中に侵入されて気付かなかったから。
どちらも命の危険があったから堪らないですよ。……どちらも半ば自業自得でしたけども。抵抗したらそうなったのだから仕方ないです。
「暗殺は……ない事を切に祈っておきましょう」
「そりゃあな。気を付けろよ、他国から狙われるかもしれないし」
「国を越えて求められるって、聞こえは良いですけどぞっとしますね」
他国に狙われるのは二パターン。魔導師として能力を乞われるか、逆に能力故に消されるか。
そのどちらも此処に居る分には強く警戒をする必要がないとはいえ、狙われていて平然と出来る程私は度胸がありません。
「他国は魔術大国と呼ばれるうち程魔力持ちは居ない。隣国のケルヴィムなんかは魔力持ちがほぼ居ない状況だ。お前は喉から手が出るくらい欲しいだろうよ」
「私が居た所で、国家バランスがどうにかなる訳では」
「そう思えるのがめでたいな。自分の影響力を自覚しろ」
「あうっ」
デコピンされたので軽くのけぞって額を押さえつつ、地味な痛みに潤む視界でセシル君に文句の視線を送っておきます。セシル君は申し訳なさそうな顔はしていません。
酷い、と思う前に、セシル君の少し憂い気な眼差しに、ちょっとした怒りが掻き消されます。
「魔導師が欲しいとかそういう面もあるが、一番は王族に魔力持ちを増やす事にある」
セシル君なりに私の身を案じてくれているらしく、少しげんなり気味に説明してくれます。
つまり、私は魔導師としてというより、妻として迎えられるという事なのでしょう。あ、強制的にが付きますが。
出来れば、というか極力、いや絶対に嫌です。知らない国に単身嫁ぐとか勘弁です。
「無理矢理嫁がされる感じですかね」
「……向こうに連れていかれたが最後、離宮で一生繁栄の道具にされるのは嫌だろ」
「……ぜ、絶対嫌です、断固拒否です」
セシル君の的確な予想に寒気がして首をぶんぶんと振ると、セシル君も「だろうな」と同情の眼差し。
繁栄の道具って事は子作りを強行されるのですよね、愛していない人とそういう事無理矢理されるのは嫌です。産む度に次の子の為に寝室に通われるとか、考えるだけで身の毛がよだちます。
想像するだけで体温が一度くらい下がっていそうで、堪らず体を抱き締めて首をまた振って想像を吹き飛ばします。
そんな未来は断固拒否です、絶対に嫌です。父様に命令されても絶対に拒否の姿勢です、そもそも有り得ませんけど。
流石にセシル君も可哀想だと思ったのか、若干涙目な私に手を伸ばして背中を擦ってくれました。
「まあそうなる前に多分最強の保護者二人が怒り狂って国を滅ぼしでもしそうだな」
「洒落になりませんね」
私の暗い未来想像図を消してくれようとしているのか、もしそうなったとしても救助されるという希望を囁いてくらます。
ですが、それはそれでちょっぴり寒気がするんですけど。
あの二人ならやりかねない、それを実行出来る実力がありそうで怖いです。というかあるでしょうに。国家のパワーバランスおかしいですからね、此処。
憤怒の表情で『インフェルノ』ぶっぱなしてる父様が想像つくので、色々とこれはこれで恐ろしいです。誘拐組織を壊滅させたという前例があるので、私の言った洒落にならないという言葉も聞いた人は頷けるでしょう。
「傾国レベルの魔導師に、それに追い付こうと死ぬ気で努力してる高位魔導師が相手だと、まあ魔術なしだと分が悪いな」
というか俺がケルヴィムだったら相手にしたくない、とはセシル君の談。
この世界にまだ銃器はないらしいです。科学技術の発展より、魔術の発展を優先的に行っているので。そりゃああんなに便利な力があればそちらを優先するでしょう。
なので、魔導師という存在が戦力としては非常に強いです。父様とか普通に近寄らせる前に終わらせちゃいますからね。
幾ら武芸に秀でていても、接近しなければ意味がありません。弓矢などはあっても他の人達が協力すれば弾けますし。
私も相手にはしたくないですね、と苦笑いを浮かべると、何故かセシル君が呆れた眼差し。
「俺はお前でも相手取りたくないぞ……」
「そうですか?」
「お前は何らかの手段で封じられない限り、本気出せば小国一個くらい氷漬けに出来るだろうが」
……流石にそれは、難しいと思うのですけど。魔力を満タンからギリギリまで一気に解放すれば、出来なくはなさそうですけど。
あ、でも魔力また増えたから少しは余裕が出来たかもしれません。そもそももう少し私の魔力消費効率を良くすれば、もう少し威力は出るでしょうし。
『コキュートス』、練習するべきなのでしょうか。もしもの時用に、せめてもっと繊細な制御と威力調節が出来るように。
「お前は魔力封じされない限りは大丈夫だが、封じられたらただの女だから何も出来ないってのがなあ。不意を突かれたら誘拐も有り得るから怖い」
「……セシル君は、助けてくれないのですか?」
「俺はあいつらのストッパーに回る気がする。やり過ぎかねない」
「ふふ、そうですね」
セシル君、基本的に進んでて破壊活動はしませんからね。というか本気で怒ってるの、此処何年も見ていないです。小さい時のあれも本気なのか怪しかったですし。
本気でキレたセシル君は、どうなるのでしょうか。色々凄そうなのですけど。
まあセシル君は理性的だからそんなの滅多にないですよね、と納得した私に、セシル君は頬杖をついてふいっと視線を逸らします。
「……まあ連れ去られたら、助け出すくらいはしてやるよ」
素っ気なさ気に呟かれた言葉。それがセシル君の素直じゃない優しさなのは、八年近く共に居れば分かります。
目を逸らしたのは、ちょっぴり気恥ずかしかったのでしょう。頬が薄紅に染まっているのでそれは間違いない筈。
「ありがとう、セシル君」
此所で凝視したり茶化すと拗ねちゃうので、可愛らしいと思いつつもただ微笑むだけにしておきました。
ジロジロ見て不貞腐れられるのも悪いですし、視線を外して……あ、紅茶放置してた。
視界にエキスを抽出してそのままなティーポットが入って、慌ててセシル君の机にカップを魔術で温めて置きます。
忘れてた、と苦い顔をするとあほの子を見るような眼差しを向けられたので、今回は反論も出来なかったので黙って紅茶を注ぎました。
やっぱり凄く色が濃い、時間置いちゃったから。ちょっと渋いかもしれません。匂いはその分強くなってますけど、これ癖のある紅茶だし流石に渋いのは……。
淹れ直そうと考えたのですが、その前にセシル君が紅茶を口に運んでしまったのでアウトです。そのセシル君と言えば、一瞬眉をひそめたもののそのまま文句なく飲んでいるので、セシル君顔も中身もイケメンさんだと常々思いますよ。
「お前は砂糖と牛乳入れた方が良いな」
「ごめんなさい」
「これはこれで美味しいから良い。あと牛乳は流石にないから貰うか砂糖だけで我慢しろ」
牛乳を貰いに行くのも悪いし手間がかかるので、お砂糖だけ入れます。ストレート、嫌いじゃないですけどミルクティーの方が好みなんですよね。お茶会ではストレートで通しますけど。
自分の分もカップに注いで喉を潤しておきます。やっぱり渋さが結構出ちゃってますけど、まあこれはこれで。
立ち飲みはお行儀が悪かったのでソファに腰掛けつつ、二人きりの静かな空間をのんびりと過ごす事に。研究室、私達しか居ませんからね。
「……そういえば、ジル最近凄く頑張ってますよね」
前はジルも此処に居たのですが、魔導院内は安全という事もあり、離れる事もしばしば。まあそれはジルの意思というより父様に呼ばれる事が多いからですが。
でも最近は、訓練室で鍛練に励んでいる事も多いです。私の許可を得に来るのは律儀ですね、一々報告しなくても良いとは言ってますが。
何か鬼気迫る感じで魔術の鍛練してて話し掛けにくいんですよね、と溢した私にセシル君は何故か訳知り顔で頷いております。但し直ぐに渋い顔になってますが。
「死に物狂いだからな」
「命の危険に晒されている訳じゃないのですが」
何でそんなに必死なんですかジル。
「……取り敢えず、俺としてはあの二人の約定に俺を巻き込むなと言いたいがな」
「何の話ですか?」
「……いや、こっちの話だ。お前は何も知らない方が平和だ、そのままのんびり生きろ」
「気になるんですけど」
セシル君が若干遠い目をしております。どうやらセシル君は事情を知っているらしいのですが、口を割ってくれそうにもありません。
内緒にされるのはつまらないので唇を尖らせても、セシル君は苦笑いとやや疲れたような瞳を向けるだけ。これは絶対に教えてくれないパターンです。
私の知らせてはいけない事なんだろうなあとは理解しつつも面白くはないので、私だけ除け者です、と不満をぽそり。それでセシル君が困った表情になるのは分かっているので、直ぐに切り替えて「そう言えば、」と新しい話題を提供しておきます。
「そういえば父様も最近は何も言いませんね。てっきり成人したら嫁がされる候補を完全に決めるのかとばかり」
嫁に行って欲しくはないそうですが幸せにもなって欲しいらしく、うんうん唸っているのを見掛けます。その度に母様に「複雑な親心ねえ」と苦笑されてますね。
母様は私が選ぶ人なら基本的に支持してくれるみたいです。
父様はというと、成人してからは全く何も言いません。嫁に行くなとも、嫁に行けとも、何も。逆に心配になってくるくらいですね、溺愛されている自覚があるので尚更。
変なの、と人差し指を唇に当てて父様の様子を思い出す私に、セシル君は溜め息を一つ。
「お前もある意味振り回されているよな。まあ仕方ないが、今回に限っては」
……またセシル君、内緒のお話です。セシル君、多分何でなのか分かってますよね。それでも私には言わないって事は口止めでもされているのでしょう。
「皆隠し事しますよね、仲間外れです」
最近皆私に内緒の事が多いです。凄く除け者気分なんですよね。
こうなったら私も何か内緒事作ってしまいましょうか。でも隠し事する必要ないのですよね。
眉を下げて不満を露にすると、セシル君はまた困ったような表情。困らせているのは自覚があるのですが、どうしようもないんです。
「……男には格好付けたい時や矜持があるんだよ」
「……そうなんですか?」
「ああ」
男性であるセシル君が言うなら、そうなのでしょう。だから私には内緒なのだと。
……仲間外れは面白くないですけど、男の子のそういう気持ちを考えたら邪魔する訳にはいきませんよね。
「難しいですね」
「……そのツケが俺に回ってくる辺り勘弁して欲しいがな」
……あ、セシル君がぐったりとしてる。どうやらセシル君は巻き込まれているみたいです、よく分かりませんけど。
「……ね、労ってあげますよ?」
毎回セシル君って巻き込まれて面倒事を背負わされている気がして、何だか不憫になって参りました。
ツンデレさんですが常識人だからこそ、苦労も背負い込んでいるんですよね。こっちの研究室に異動するまでは散々カルディナさん達に振り回されていたそうです。……うん、セシル君頑張りましたね。
あまりにも周りの振り回され過ぎなセシル君が疲れていらっしゃるので、せめてもとセシル君に近付いて肩揉み。一瞬胡乱げな視線を寄越されましたが、拒まれはしませんでした。
「……セシル君、肩案外大きいですね。というか凝ってます」
「そりゃあ男だからな。あと凝るのは書類仕事とお前らが余計な苦労かけるからだ」
「私もですか!?」
「それ以外に何がある」
もみもみ、と指を動かしながら、今までの事を思い出してみます。
えーと、セシル君に負担をかけたのは反乱とか魔術開発とか魔物討伐とか祝賀会とか……うん、色々苦労をかけている気がしますね。
セシル君のお言葉もごもっともなので、反論はせずに肩を揉んでは少しでも疲れを取る努力をします。
……段々成長して、今ではジルよりも大きくなったセシル君。頼り過ぎ、なのでしょう。
「……セシル君、ごめんね」
「今更だろ」
「う……それはそうなのですが」
「……俺は、お前に頼られるのは嫌いじゃない。つーか見てて危なっかしいから頼ってくれた方が良い」
世話の焼ける奴だ、そう続けたセシル君の声音は、とても柔らかくて。
……セシル君は、変わったなあと思います。最初の頃からは想像出来ないくらいに、優しくて思い遣りのある人に成長した。
「私、セシル君みたいな男の子と友人になれて幸せ者だと思います」
「そうかよ。……俺は、お前と出会って救われたからお互い様だな」
「……私が何かしましたか?」
「良いよ、知らなくて。お前がお前らしくしていたらそれで良いから」
私が、私らしく。
それは簡単なようで、とても難しい事。素直で取り繕わずにいるというのは、成人してからは難しいものです。どうしても建前を身に付けてしまいますから。
静かになった私に、セシル君は振り返って苦笑。私らしく、を考え込む私に、「ばーか」とだけ柔らかく囁いて頭をぐしゃぐしゃと掻き乱しました。
「お前がそのままで居てくれたら、周りも安心するから。そのままで居てくれ」
但し警戒心くらいは持てよ、と律儀に付け足されて、私はセシル君らしいなあと微笑んで後ろから凭れ掛かりました。「言った側から……」というセシル君の呟きはちょこっとスルーの方向で。