父様の懸念 ヴェルフ視点
親父と娘息子が仲良くなったのは、良い。何だかんだで素直じゃなかっただけな頑固親父は、どうやら自ら歩み寄ったらしい。
それは良いんだ、親父とリズが仲良くなるのは。
俺がそれよりも問題だと思うのは。
「……えと、ジルっ」
眼下に見える庭で、躊躇いがちにジルに話し掛けている愛しの娘。成人を控えているリズは、ますますセレンに似てきた。そりゃあもう美人さんに育っている訳だ、贔屓目なしに。
求婚も沢山来ていたりはするんだぞ、流石我が娘。俺が握り潰しているが。
っと、そういう問題じゃなくて、だ。
……そんな可愛いリズが、男に対して恥じらうようにもじもじとしている、だと?
窓から見下ろすと、リズは庭の植物に水を撒いていたジルを構いに行っている。それは良い、それは良いんだ、ただ何で頬を染めているんだ。
今日はルビィのリクエストでフリルの多いワンピースを着たリズ、どうやらそれについて指摘されたらしいリズくるっとターンを決める。
ふわりと広がる裾に宙を舞う色素の薄い髪、ほころんだような笑顔と言い、本当に愛らしい。
可愛いのは分かるぞジル、ただ口説こうとしてんじゃねーよ。
ガンを飛ばしていると気配に気付いたらしく、ばっと顔を上げて俺の居る場所を見る。俺の渋面に気付いたのか、一瞬にしてリズに向けていた柔らかい顔が強張った。
「あっ、父様」
「リズ」
このまま二人っきりにすると、確実に親として許容出来ない雰囲気になりそうだったので注意喚起も含めて窓から飛び降りて二人の元に向かっておく。決して邪魔をするつもりではないぞ、うん。
魔術で重力を制御して、軽やかに着地。風の魔術よりも遥かに難度が高いからリズが感心したような眼差しを向けてくる。リズの魔力なら余裕で発動出来るんだがなあ……今度俺が教えておくか。
「父様、似合いますか? ルビィが選んだのですよ」
「おお、可愛いぞリズ。妖精さんみたいだな」
「……父様は褒め過ぎなのでは」
「よくお似合いですよ」
「ジルまで」
元から色の白いリズ、乳白色の頬を紅潮させてもじもじと居心地悪そうにしている。でも嬉しかったらしく、「ありがとうございます、二人共」とはにかみながらぺこっと腰を折った。
リズによく似合う紅のワンピース。色の薄い、白にすら近いアイボリーの髪がよく映えている。セレンも紅は似合うが、リズの方が似合うんだよな。俺の血を継いで瞳が紅だからか、一体感があってとても可愛らしい。
「でも、これ装飾過多過ぎませんか? ふりふりで、私には……合わないかと」
「何を言ってるんだ、リズはそういう可愛い系の服が似合うんだ。着ないなんて勿体ない」
「そうですよ、よくお似合いですよ」
ジルと意見が一致するのが微妙に腹立たしいが、リズに対する見立てでこいつは間違った事は言わない。
念の為に言っておくが、俺はジルが嫌いという訳ではないし、部下としては能力を認めているし買っている。
が、それと娘をやるかは別問題だ。リズには幸せになって欲しい。俺の宝物をそこら辺の弱っちい男や器量のない男にやる訳にはいかん。
ジルが名乗り出るというなら、まず俺を倒してからにしろ。
リズは俺達二人の賛辞に顔を真っ赤にして、我慢ならなくなったのか「母様に見せてきます!」と小走りで逃げて行った。ややクールでシビアなように見えて、案外照れ屋というのも可愛らしいもんだ。
「……所でジル、お前俺居なかったら口説いて抱き締めるとかしようとしなかったよな?」
「……そんな事は」
「お前は前科がありすぎてその辺は信用ならん。もうリズは子供じゃないんだ、触れ方を考えろ」
ジルは、リズが幼い頃から仕えていて、仕事に忙しかった俺や体に弱いルビィにかかりきりだったセレンの代わりに側に居てくれた。
それはありがたいしとても感謝している、お陰でああも純粋にやさぐれる事なく育ったのだから。
その弊害なのか、リズはかなりジルに懐いているし、とても無防備で警戒心がない。抱き着いたり触れさせたりするが、男に抱き着くのはそれなりに意味があってする事であり、普通はしない。
セシルに抱き着く事も見掛けるが、セシルは色々思春期真っ盛りだしああ見えて純情なので基本的に拒む。まあリズに押し負けて好きにさせる方が多いがな。
ジルの場合は自ら抱き締めたりしているから問題なんだ。普通の従者なら首では済まんぞ。
リズが許しているし自ら抱き着きに行くから、一応見て見ぬ振りをしているが……成人すれば、そうもいかない。
「……あいつもいずれは嫁に行く、それは分かってるんだな?」
「……っ、私は……」
「ああお前の言いたい事は分かる、皆まで言わずともな。親としては許容出来ん」
親としては、立派な男と結ばれて幸せな家庭を築いて欲しいに決まっている。幾らジルが爵位を賜って貴族になったとしても、俺はジルではなく、本人は複雑そうな顔をするであろうセシルか殿下を選ぶ。
だがそれと同時にリズの意思で選んで欲しくもあるし、家族同然に育ってきたジルのたった一つの我が儘を叶えてやりたくもある。
それが上手く折り合いがつかないし相反した感情がせめぎあっているから、どうしようもなく親として困る訳だが。
歯を食い縛り、僅かに悔しさを滲ませて押し黙るジル。内心ではもっと悔しいのだろう、出自や立場のせいで阻まれているのだから。
一度俺もその想いをしているから分かる、それでも、俺は……大切な娘をやる男について妥協する訳にはいかないんだよ。
だけども。
「二年猶予を与える」
「……え?」
ぱ、と顔を上げたジルの顔は、呆気に取られていた。
「成人して二年までは、リズを嫁には出さないでおく。……リズとの同意を得て、尚且つ俺を越えられたら、その時は致し方なく許してやる」
これは、俺が出来る範囲での最高の妥協だ。
ただでやれる訳がないだろう、俺の宝物なのだから。本来なら誰にもやりたくない。
だが、こう見えて俺はジルを買っているし、境遇には同情している。リズの危機を幾度も救い信頼を勝ち得て立場も新たに築こうとしているんだ。その気概と努力は、認める。
チャンスの一つくらい、与えられて然るべきなのだろう。
「お前の一方的な独りよがりは却下だ。リズの事を思ってリズの同意を得ろ。焦るなよ、俺に勝ちたくば焦らず力を身に付けろ」
……我が子同然とは言わないが、それなりに情を移しているんだ。娘を奪おうとする存在に成長して複雑でもあるが、娘と共に育って来た存在で、決して嫌いじゃない。
「俺を失望させるなよ。リズが十七になれば、嫁がせるからな」
「……っ、御意」
まさか俺が塩を送るとは思っていなかったらしい、ジルは驚きに瞳を瞬かせ、顔を引き締めて俺に跪く。
「……必ずや、あなたを打ち負かせます」
「出来ると良いな、精々励め」
畏まっている癖に言葉は野心に溢れている所がちぐはぐで、苦笑いを浮かべてジルから離れる。
考えるのは、愛しの娘の事。
俺も鈍くはないし、娘の心の移り変わりも何となく分かる。本人が無自覚なのが何ともジルへの哀愁を誘うのだが、気付いてしまえば話は早くなる。
……正直、リズとジルが想い合ったとして、ジルが俺を打ち倒せなかったとして。その繋がりを引き裂いて泣かせても良いものなのか、俺には分からない。
俺はセレンとの結婚の権利を、当主の座を、自らの力で奪い取った。それだけの力があったから出来た芸当だ。俺は一族の中で抜きん出て魔術の才があったから、それは成せたのだろう。
自分で言うのもどうかと思うが、稀代の魔導師と呼ばれる俺に、ジルは敵うのか。
手心を加えるつもりはない。正面からぶつかって俺を倒さない限り、やるつもりはないのだ。そこは妥協しない。
だが、リズを泣かせたくはないのだ。無理に引き剥がせば、塞ぎ込むに決まっている。
親として、そこが悩ましいんだよ。
溜め息をつくと幸せが逃げるというが、俺の幸せが離れる時が来るのは変わらない。
盛大に溜め息をついては、自分の娘の今後を考えて額を押さえた。
クリスマス企画のIF小話をアップしております。詳しくは活動報告にて。