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大人になったら

「……姉さまが変」


 幼さの残る声で断言にも近い形で告げられた言葉に顔を押さえた私は、どんな顔をしているのでしょうか。

 いつものようにルビィとお話しし始めたと思ったら、暫し無言になった後の一言。まさかルビィに変、と言われるとは思いませんでした。

 何が変なのかはさっぱり分かりませんけど、取り敢えず頬をぺたぺたと叩いて自分の状況を把握してみます。

 普通にルビィとお話ししてた、うん、それだけなんですけど。別に何か付いている訳でもなさそうですし、髪型もきっちり整えてあって寝癖の暴発事故はない筈。癖っ毛のルビィとは違い整えるのは楽な方ですから。


「……私の何処がおかしいですか?」

「何か変」

「へ、変とか言われても困るのですけど……普通通りなのですが」


 そう、普段通りに起きて身支度してご飯食べてジルに挨拶して、あとミストの顔見に行ってミストに髪引っ張られたからジルに髪をきっちり整え直して貰って。いつも通りの日常です。特に変わった事などありません。

 そういえば母様が何か意味深な笑みを浮かべていましたが、それに関係があるのでしょうか。


「変ったら変なの」

「……変、ですかね?」


 ……この前は確かに変になりそうでしたけど、今は何ともない筈です。ちょこっと触れられる事に構えてしまうだけで、別に分かりやすく変わった訳ではありません。ルビィにもそのシーンを見られていた訳ではないですし。

 ルビィに分かるように顔に出る真似は、していない筈。さっきの髪を結って貰うのも、別にちょこっと緊張したくらいで、心臓が爆発しそうとかはなかったですし。


「むー。……姉さまはぼくのだもん」

「ふふ、どうしたんですかいきなり」


 拗ねた声で頬を膨らませては私の胸に顔を埋めて抱き付くルビィは、我が弟ながら本当に可愛らしいです。身内贔屓と呼ばれるかもしれませんが、此処まで愛くるしく育った男の子など見た事がありません。

 家族想いでひねくれず純粋に真っ直ぐ育ってくれて、姉としては嬉しいですしずうっとこのままでいて欲しくありますが、姉離れもそろそろかなあと悲しくもなります。


「姉さまは、まだぼくからはなれたりしないよね?」

「そうですよ、側に居ますから」

「……うん」


 本人にはまだまだその様子はなく、甘えるようにくっついては切なげな眼差しで見上げて来ます。乞うように、紅の瞳は少し寂しそうな色をちらつかせていました。


「……うばわれちゃうの、やだ。あげるのは良いけど、うばわれちゃうのはやだ」

「心配しなくても此処に居ますから」

「ぼくのかんは当たるんだよ」

「恐ろしいですね……誘拐予告ですか」


 ルビィから奪われるって、私が連れ去られるという事でしょう。でも私が連れ去られるなんて滅多にないと思いますが。……人生で二度経験してるから、三度目も有り得そうですけども。

 最近はまた誘拐事件も起こって来ているみたいですし、気を付けた方が良いですよね。ルビィとのお出掛けでルビィが連れ去られでもしたら……私が全力で奪還します。私だけなら私が自力で何とか出来ますし。


「……どこにも行かないでって言ったら、怒る?」

「怒ったりしませんよ」


 何をルビィは心配しているのか、おずおずと私を見上げては不安そうな声を上げていて、まさかと首を振ります。

 愛しの弟に何処にも行かないでって言われて怒る姉など何処にも居ないですよ。ましてや基本出不精な私が何処かに行くなど有り得ないですし。


 大丈夫ですよ、とルビィを安心させる為にも笑みを浮かべてよしよしと頭を撫でて頬に口付けを送ると、少し安心したのかまた胸にぽふっと顔を埋めるルビィ。


「……姉さまは、ぼくと父様母様と兄さまとミストとマリアでくらせば良いの」

「一人忘れ去られてるのですが……」


 故意にジルが省かれている気がするのですけども、気のせいですかね。


「姉さまは、ずっとここに居たら良いの。……でもね、姉さまがいやなら、ぼくがまんする」

「嫌になる訳ないでしょう?」

「そうだけどそうじゃなくて、……姉さまは、絶対にぼくのものじゃなくなるもん」

「ルビィ……」


 幼いながらに、私が政略結婚という形で居なくなってしまうかもしれないという事を理解しているのでしょう。

 あれ、でも相手って多分セシル君辺りになると思うんですけど。そしたらルビィが拒む必要性が見当たりませんよね、だってルビィセシル君大好きですもん。


「むー、……大きくなったら絶対にぼこぼこにしてやるもん」

「ルビィ、いつからそんなアグレッシブな子に」


 ……まだよちよち歩きだった頃や私の後を転びながらついてきた頃は、体が弱くて直ぐに熱を出していたというのに……すっかり逞しくなったというか。というかルビィらしからぬ発言でお姉ちゃんちょっと困ってます。

 ルビィ、ロランさんに鍛えられてちょっと逞しくなり過ぎてるのでは。

 確かに抱き締めた感覚は少し引き締まってますし、訓練の成果は出ていると思いますが。あ、ほっぺは相変わらずのぷにぷにやわやわほっぺですよ。


「姉さま、泣かされたらぼくが成敗するからね!」

「い、苛められるつもりはないのですけど」

「ぼくは兄さまが良い!」

「……話が噛み合ってない気がします」


 何で一番可能性の高いセシル君じゃない人を想定してるんですか。


「二人共此処に居たのか」


 微妙に相互理解出来ていない気がして頭を押さえていると、父様がふらりと姿を現します。

 仲睦まじく抱き合っている私達の姿を見ては、何かちょっぴり羨ましそうにしている父様。お仕事休みで此処にいるのでしょうが、だったら母様と居れば良いのに。


「母様と一緒に居なくても?」

「ミストのご飯の時間になって『邪魔よ』と言われてなあ……」


 ああ、と色々察してちょっぴり同情です。しょげた父様も中々に可愛らしくてこれはこれで良いのですが、子供を産んだばかりの妻に追い出されたのは哀れかもしれません。


「父さま周りうろうろしててじゃまだもんね」

「ルビィ、追い討ちかけちゃ駄目ですって。確かに母乳あげる時にうろつかれても気が散って邪魔でしかないとは思いますが」

「……姉さま、姉さまが一番かけてるよ?」

「え?」


 父様の事だから母様の側をうろうろしそうで、見掛けによらず結構さばさばしている所がある母様は追い出すだろうなあとは想像がつきます。三人目なのだから分かるでしょう、って父様的には辛辣に言い放たれた光景は脳裏に思い描けますね。


 何回もやってればまあ邪魔になってきますよね、と結論付けた私にルビィは微妙に呆れたようなお顔。ルビィの一言に父様に視線をやると、父様がますます沈んでいる所でした。

 しまった、こういう時に正論言っちゃ駄目ですよね。


「リズはそんなに俺の事嫌いか」

「えっ、ち、違いますよ、父様大好きですよ?」


 何か父様は大きい筈なのに小さく見えて、というか物理的に肩を落としているから縮んでいるので、私は慌てて父様をハグ。

 そういう所は案外可愛らしいお人なのですが、ちょこっと面倒臭かったり。強くて格好良くて家族想いな父様を尊敬はしておりますが、妻に弱くて尻に敷かれている所を見るとただの父親にしか見えませんね。そういう父様も好きですけど。


「ほらルビィも」

「はーい」


 取り敢えずご機嫌とりだけはしておかないと不味そうだったので、ルビィも動員してぎゅうぎゅう。嫌いじゃなくて、うっかり正直な感想が出てしまっただけなのです。

 娘息子二人で父様を慰めに走りますが、父様はしょげたまま。ただ少し気分は上がったのか、私達を抱き締めてはちょこっと溜め息をつくくらいに戻ってます。


「そ、そういえば、父様、何か用があったのでは?」


 このままだと機嫌が微妙なまま終わってしまうので、気を逸らそうと抱き締められたまま父様の顔を窺います。

 父様、最初に私達を探していた事を匂わせる言葉を発しましたから、何か用事があったと思うのです。二人を探していたのだから、私達二人に関わる何かです。私には心当たりがありませんけども。


 父様も当初の用事を思い出したらしく、しょぼーんとしたお顔から脱却して「ん、そうだったな」と真面目な顔付きになります。

 何なのかと首を捻ると、ソファに座るように促されたのでルビィと仲良くソファにぽすん。腕はルビィの要望で仲良く絡ませていますよ。


「……二人は、もう一回、親父に会う気とかあるか?」


 そして苦笑い気味の父様の口から出た言葉は、何だか懐かしい響きを含んでおりました。


「お祖父様と……ですか?」

「おじいさま?」


 父様の父親は、お祖父様。母様の父親には会った事がありませんし二人も会う気すらなさそうなので、そこはまだ父様の父親であるお祖父様の方がましなのかもしれませんね。母様はほぼ縁を切って嫁いで来たみたいですし、お祖父様とは別件で一悶着あったのかもしれません。

 それはさておき、お祖父様と会う気、か。私の事は良いとして問題はルビィです。ルビィ、結局お祖父様とろくに話さずそっぽ向いてしまって、お祖父様泣く泣く領地に帰りましたから。


「ミストも生まれたし、……まあ大分歳いってるからな、そろそろ泣きついて来る頃だ。孫の顔が見たいって」

「……うー」


 まあお祖父様の理由も予想通りの理由で、ルビィも予想通りの反応を返しております。

 ルビィとしてはお姉ちゃんをいじめた人、という認識が強いんだろうなあ。お祖父様自身の人柄はルビィも知らないと思います。多分、あの様子だとルビィには優しいおじいちゃんになったっぽそうなんですが。


「ルビィ、お祖父様も悪い人じゃないんですよ?」

「……うん」

「私は構いませんよ、嫌われようがどうでも良いですし」


 だからルビィの意思に任せます、と告げたら父様は苦笑いを強めます。


「リズそういう所は淡白だよな」

「全員に好かれようなんて思ってませんから。嫌いなら嫌いで仕方ないです。ルビィにまでそれを押し付ける気はないですよ」


 お祖父様がまだ私の事嫌いならそれはそれで良いです。特に関わる必要性が見当たりませんし、嫌がられたらそれまでです。お祖父様に嫌われた所で私に不都合が生じるとも思いません。


 ……こういう考え方をするのは、私がお祖父様好きじゃないからなんでしょうね。だって初対面でああ言われて母様の事侮蔑されたら、嫌にもなります。別に私善人じゃないので、嫌な人が居ても良いと思うのですよ。

 だから私のお祖父様の評価は、失礼な人。相手もそう思ってるでしょうからどっこいどっこいです。


「ルビィも分別付きますし、無条件に拒む事はないと思います。ね、ルビィ?」

「……うん」

「……そろそろ呼ぶか」


 溜め息をつきながらも重々しく頷いた父様は、またちょっぴり疲れ気味です。まあ呼んだら言い争いになりそうなので気持ちは分からなくもないですけど。


「父様ってお祖父様嫌いですよね」

「まあ、嫌いっつーか……うん、苦手ではある。だが最近は、すこーしだけ気持ちが分かるようにはなったな」

「そうなんですか?」


 あれだけ喧嘩して毛嫌いしていたのに、どういう風の吹き回しなのでしょうか。価値観が合わなかったから決闘して母様との結婚と当主の座を勝ち取って領地に追いやったのに、不思議ですね。子供が大きくなると分かる事なのでしょうか。


「ああ。まあその辺はリズには分からんだろうな」

「……うー」

「それは置いておき、リズもあと少しで成人だろう?」


 私がそうしたように、父様もわざと話を変えます。

 唐突な方向転換に瞳をぱちくりとさせながらも頷くと、ルビィがきらきらした瞳を向けて来ます。


「姉さま大人?」

「ああ。……リズは、成人したら何したい?」


 あまり実感はないのですが、数ヵ月で成人の儀を迎えます。それさえ済んでしまえばもう成人、大人と同じ扱いを受けるようになるのです。

 成人して、何がしたいか。……うーん。


「えーっと、父様みたいに強くなって魔導院で父様の右腕になります!」


 取り敢えずの目標はこれしかないので、というか最初からこれが目標であったので、自信満々に答えると父様は何故か複雑そうな表情。


「良い子に育ってくれたのは嬉しいんだが……その、嫁に行きたいとかは?」

「……お嫁、ですか?」


 そりゃあ、行きたいとは思います。

 だって、白いドレスを身に纏ってヴェールを被り、生涯の伴侶とヴァージンロードを歩くのは女の子の夢だと思うのです。この世界にキリスト教はないですが、入り口から祭壇まで敷かれた布を歩く儀式があるのは共通みたいですよ。

 二人ならんで歩くのって、凄く憧れます。……格好良いんだろうなあ……ジ、……あれ?


 ……今物凄い想像をしてしまいましたが、ち、違いますよ、これは……その、誰も貰い手が居なかったら貰ってくれるって言ったから、つい。おかしいですね、だって政略結婚だろうから、相手はどちらかに絞られるのに。

 セシル君や殿下もさぞかし似合うんだろうなあ、特に殿下。見掛けがまさに女の子の理想な王子様ですから。ジルも翠が白のタキシードに映えると、……だから違うんですってば!


 慌てて頬を押さえて自覚している赤らみを隠す私に、父様の目がすうっと細められます。


「……おい、今誰思い浮かべた」

「ちっ、違いますよ、ただ、……ドレス着てヴェール被った姿に憧れて」


 そう、ただドレス姿に憧れただけなんです。誰と歩きたいかなんて言ってないし想像してないです、してないったらしてないんです。違います、絶対にしてません。


「姉さまきっときれいなんだろうなあ」

「……俺としてはリズに幸せになって貰いたいが、とてつもなく複雑な心境だ」


 うっとりとするルビィに、頭を押さえている父様。対照的であります。


「リズ、頼むからよーく考えて相手を選べよ?」

「は、はい。でも相手って多分セシル君か殿下ですよね? 政略結婚の相手って」

「兄さまが良い!」


 あ、ですよね、ルビィはセシル君が良いですよね。でもセシル君に了承取らないと多分無理なのでは。

 そもそも、私が相手を選べる立場ではない気がするんですよね本来は。だって次期国王か公爵家嫡子、二人共私より明らかに立場は上です。どちらかを選ぶべきです。でも父様は他にも選択肢がある、だけど嬉しくないみたいな言い方するし。


「……いっそ家から出さない方向とかも良いな」

「売れ残るじゃないですか」


 貴族の女子の適齢期って二十ちょいまでで短いんですから。それまでに未婚だと恥ずかしいし社交界で指を指されます。それに繋がりを作り家を繁栄させるという貴族の役目を果たせていないという事ですし。


 ……もし、結婚とかその頃までしてなかったら。

 あ、でもジルとかもう二十三歳になりますし、そろそろ結婚しなきゃ不味い次期ですよね。

 ……そうしたら、離れちゃうのかな。というかジルが結婚している姿とか思い付きません。だって、私にあんなに甘くて慕ってくれているのに。でもそうしたらジルが結婚出来ないし……。

 ジル、貰い手が居なかったら貰ってくれるって言ったけど、その頃にはもう三十路だって事気付いてるんですかね。いや三十路のジルもさぞかし美形なのでしょうが……。今ですら若々しくて十代にしか見えないのに。大人の貫禄を増したジルって、……想像すると色々凄そうです。


「その時はリズが子爵として女主人になって魔導院で俺の後を継げば良い」

「有り得そうで怖いですね」

「じゃあぼく姉さまの子分になる!」

「いやルビィは家を継がないと駄目ですから。素敵なお嫁さん見付けるんですよ?」


 はいはーいとにこやかに手を挙げるルビィ。……可愛いのですが、子分って何ですかね。


「じゃあ姉さまが良い」

「近親相姦はちょっと……」


 流石に姉弟で子を成すのは道徳的にも遺伝的にも宜しくないです。あと私がルビィを対象に見る事は絶対にないです。可愛い弟であって、例え成長して父様みたいになっても異性的な好きという感情には発展し得ません。

 

 駄目ですよ、と抱き付いて上目遣いなルビィを撫でてはやんわり窘めると、やっぱり冗談だったのか素直に「はーい」と言ってくれました。これでやだとか言われたらどうしようかと思ってたので一安心です。

 まあ但し「じゃあ兄さまに姉さま譲ってあげるね」と言い出したので、どれだけルビィはセシル君の事気に入ってるのだろうと姉の私はたじたじでした。


「お前ら危険な会話するな。……兎に角、まだ嫁には出さないからな!」

「ふふ、はーい」


 父様はまだまだ子離れ出来そうにありませんし、私も何だか親離れ出来そうにないです。だからまだ巣立つつもりもないのでそんな焦らなくても良いのに、父様はまるで直ぐに何処かに行ってしまうと言わんばかりに引き留めて来ました。

 そこまで心配しなくても、嫁ぐのは父様の指示があってからって本人が分かってそうなのにね。


 心配性な父様に口許を緩めて、私は子供っぽく頷いてみせました。

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