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熱と甘え


 母様に言われた事が正しいなら、これからは二週間は魔力の増加に対して体が馴染まずに熱を発生させるとの事。実際に数日経った今でも、熱は引きません。内側から膨張するような感覚が、末端までするのです。

 体の倦怠感は少し改善されて自力で歩けるようになったものの、ふらふらするし直ぐにへばってしまいます。


 自力移動より担がれて移動した方が確実に早いので、何かあった時は……うん、小柄で力持ちなマリアに担いで貰ってるというか。獣人のパワーを舐めたらいけないと身に染みました。まさか自分より小柄な女の子に軽々と背負われるとは。

 男性のジルに運んで貰う方が良いかもしれませんが、その移動目的があまり知られたくないので。湯浴みとかお花摘みとか、恥ずかしいじゃないですか。


 そんなこんなでベッドに殆ど横になっているのですが、ちょっとした用事で移動したい時が一番困るのです。

 今、家はとてもばたばたとしています。私の事もあるのですが、時間経過でしか治らない私と違って、今は母様が出産を控えています。まだ先とはいえ、色々と準備が必要ですし、母様の体調も優れている訳ではないので、そちらにかかりきりな状態と言えました。

 私専属のジルも別件で忙しいらしく、暇を見付けて私に構いに来るものの、仕事に追われています。表情からして大規模侵攻の件なのかなあと予測を立ててみたり。


 皆忙しい中小さな用事で呼び立てるのも心苦しい、というお話です。水差しの水が空になってしまった程度で手を煩わせるのも、私としては嫌なんですよね。

 熱のせいで喉が渇いて水を欲してしまう私は、結構な頻度で飲んでしまって直ぐになくなってしまいます。

 その度に給水して貰うものの、今日は普段より忙しくて呼び止めるのが躊躇われました。何やら来客があったらしく、そっちにも忙しいそうな。


 流石に皆の邪魔をするのも嫌なので、此処は自力で頑張ろうと思います。


「よい、しょ……っと」


 駄目ですね、年寄りみたいな掛け声が出てしまいました。

 でもそんな掛け声が必要なくらい、体が熱くてふらふらするのです。起き上がるのにも一苦労レベル。これでも自力で体を起こせるくらいに進歩したのですよ。


 ごそごそと靴を履きつつ、ベッドから離れるべく力を振り絞って立ち上がります。まかり間違っても「どっこいしょ」だけは言ってやりません、これは女の子として終わりだと思うのです。


 頑張って二本の足で地面に立ち、そのままふらふらーっと体の揺れもそのままにお部屋を出て、廊下を壁づたいに歩いて行きます。

 厨房に行けば誰かしら居るでしょうし、お水貰って補給して、後で水差しの替えを持ってきて貰いましょう。一杯飲めば当分は保つでしょうから。


「……リズ様?」


 厨房遠いなあ、と覚束ない足取りだと自分でも分かるくらいにふらふら移動をしていると、前方から聞き慣れた声。来客の対応していた、筈だったのですが。


「……何で体調が悪いのに出歩いているんですか。大人しくして下さい」

「喉、渇いた」


 ちょこっと眉尻を吊り上げているジルに、このままでは怒られると流れで分かるので素直に目的を白状しておきます。ただそれでもジルの表情は変わらず、咎めるような眼差しを向けられますけど。


「呼べば誰かが持って来てくれたでしょうに」

「……今、母様の方に忙しいですから。赤子の事とか、あと母様の体調管理とか」


 迷惑かけてくなかったんです、とジルとは対照的に眉を下げる私に、ジルは私にも聞こえる溜め息を宙に吐き出します。「変な所で気を遣うんですから」と呆れた響きの呟きが、耳に届きました。


 怒られるかとちらちら窺う私に再度溜め息をついたジル、私につかつかと歩み寄っては手を伸ばします。


「……ほら、部屋に戻りますよ。飲み物はお持ちしますので」


 怒る訳ではなく心配してくれたみたいで、私の背中と膝裏に手を回してはひょいっと抱き抱えてくれました。そりゃあもう軽々と宙に浮いてしまって、自分が引き摺って来た重たい体ではないような感覚がします。まあ体の倦怠感は変わらないのですが、気分的に。


 いともあっさり抱えられて、こういう時にジルは男の子なんだなあって実感します。

 力が抜けて凭れますが、触れる腕や胸は固い。私に見えない所で鍛練を重ねてるの、実は知ってるんですよ。魔術だけでも凄いのに、その上剣術まで人より優れてるって何というハイスペック。

 何で、そこまで頑張れるんでしょうね。私、そんなに尽くすに値する人間じゃないと思うのですが。あー、でもサヴァンって忠義心高い家系ですよね、今は亡きゲオルグ導師が捕縛された際も最後まで足掻きましたし。

 ジルも主と決めたら梃子でも動かないのかなあ、なんて。立派な主じゃなくて申し訳ないですけど。こんな小さな、……小さいとは認めたくありませんが女の子に尽くしてくれるジルは、とても忠誠心高いですね。


「……ジルー」

「何ですか?」

「ジルって、大きいですね。軽々持ち上げちゃいますし」

「リズ様からすればそうでしょうね」


 む、それは私が小さいと言いたいのでしょうか。……否定は出来ませんけども。何で父様の遺伝子を持ってるのにこんなに小さ、……小柄なのでしょうかね。母様の遺伝子強過ぎでしょう。その母様より背が低いし。


 小さい方が可愛いかもしれませんけど、もうちょっと大きくなりたいです。でも、ジルにお姫様抱っこされる分には小さくても良いかなあって思っちゃいました。


「ちょっぴりお姫様気分です。柄じゃないですけど」

「では姫君、お部屋にお戻り下さい。私めがお連れさせて頂きます」

「くるしゅーない、よきにはからえですー」

「ふふ、畏まりました」


 西洋のお姫様というより和のお姫様な台詞でしたが、ジルは気分を害した様子はなく、寧ろ楽しそうに目元を和らげます。こてんと胸に顔を寄せると、少しだけジルの心臓の音が早い気がしました。


 ジルは私を丁重にベッドまで輸送してから、優しく寝かしてくれます。

 動いたせいか体が熱くなっていて、ぼーっとジルを見上げて作業を眺めると、何故かジルが目を逸らしてしまいました。何かを誤魔化すように首を振って、「水をお持ちしますね」とすっからかんな水差しを持って出て行ってしまいます。


 何だか逃げるように部屋を後にしたジルに、何か変な事があったのかな、と自分の胸に手を当てて考えてみるものの、結論は出ません。ただ体が熱くて、襟ぐりが広いネグリジェだから掌に熱がじわじわ伝わって来ます。


 ……何か急に寂しくなりますね。先程まで一人でしたけど、人と居てから一人になるとちょっと違います。

 一人になると、あんまり良い事が考えられません。放置されてるから、尚更。

 今国はどうなってるんだろうとか、私自身のこれからとか、不安がもわもわと雲のように思考にかかってしまう。少し考えれば、どんどん不安は増すのです。私の事を、考えて。

 悩むと体に悪いので思考を振り払うものの、霞のようなものがまだ端に残って、それがやっぱりもやもやしてしまう。


 はぁ、と普段の五割増しで熱のこもった吐息を漏らした瞬間、丁度ジルが水差しを持って帰って来ました。……良かった、一人じゃない。

 頬を緩めた私に、ジルは水差しからグラスに水を注いでから、テーブルに置いて私を抱き起こします。それから水が入ったグラスを手渡して、「どうぞ」と一言。至れり尽くせりで申し訳ないです。


「はふー、生き返りますー……。うー、熱いー」


 ぷは、と水を飲み干しては、満足感にまた頬を緩めます。冷えていないのは、体を気遣ってくれたからでしょう。

 個人的にはちょこっと物足りないので、熱さを和らげるべく襟ぐりを掴んでぱたぱたと空気を入れると、恐るべき反応速度で手を掴まれてお膝に誘導されました。そのジルは片手で頭を抱えていますけど。


「お止め下さい、はしたないですよ」

「熱いもん」

「でしたら、こうすれば冷たいでしょう?」


 微妙にぐったりした声音と共に、おでこにひんやりとした掌が当てられて。程好い冷たさに自然と表情筋が柔らかくなり、喉を鳴らしてしまいました。


「ふあー、気持ちいー」

「兎に角休んで下さい」

「はーい。……でも、もっと」

「はいはい」


 ジルは私を甘やかしてくれるから、ついついそれに甘えてしまうのです。

 ジルの前では、多分貴族の令嬢らしからぬ常識知らずになってる気がしますね。そもそも部屋に上げたらいけないのでしょうし。淑女とは正反対です。


「……ん」


 もっと、欲しい。

 冷やしてくれているジルに、触れたい。側で存在を感じたい。ジルには呆れられちゃうかもしれませんけど、……手を伸ばさずにはいられないのです。


 まだまだ気怠さの残る体、倦怠感に押し潰されて重力に従おうとする腕を、何とか耐えつつジルに伸ばします。すぐ近くに居るから、服は掴める。けれど抱き付くには距離も力も足りません。


「……リズ様、素直に寝て下さい」

「ジル、気持ちいいんだもん」


 私が相当に熱を出しているだけなのですけど、本来ジルは私よりは温かいのに今はひんやりとしています。触れられると気持ちいい。

 それに、くっついてたら、一人じゃないって思えるから。……駄目ですね、またちょっとだけ、寂しくなってる。構われなくて寂しがってたルビィの事とやかく言えません。

 

 駄目かな、とジルを窺うと、そりゃあもうぐったりとした溜め息をつかれて、それから遠慮がちに私の隣に腰掛けて来ます。

 かなり躊躇った後にゆっくりと抱き締めてくれたので、ごろごろと猫のように喉を鳴らしては頬擦り。もっと触れたくて、いそいそとジルの間に座るべく移動したら微妙に引け腰なジル。


「……登る必要が?」

「こうした方が冷たいんですもん。ジルとくっつけるし」

「人の気も知らないで……」

「重い?」

「まさか。もう好きにして下さい」


 頭痛がしていそうな声音で呟いて、私をもう一度抱えて膝に乗せてくれるジル。嫌そうというか、困った表情。あれだけぎゅうぎゅうした癖にこれで困るなんて、変なの。

 そういう私は……恥ずかしさより、気持ちよさの方を選んでしまいます。ひんやりしてて、心臓の音が心地良い。触れられると、ふわふわして幸せです。

 甘やかされるのが好きだから、こんなへにゃへにゃになってしまうのでしょうか。


 うっとりと胸元に頬擦りすると、私を腕に抱えたジルは「ヴェルフ様に見られたら殺されますよ……」とかなり深刻な声。

 大丈夫、父様は私が説得します。放っておくのが悪いんだもん。……仕方ないとも、分かってますけど。父様が忙しい事くらい知ってて、でも寂しいから……。


「……ジルが居るから、一人じゃないですね」


 少しくらい、側に居てくれる事も許してくれると思うのです。


 内側を支配する熱に逆らわず、熱ごとそのままジルに身を委ねます。ジルはただ、押し黙って静かに私の事を抱き締めては頭を撫でてくれました。

 ジルは、全部受け止めてくれる。頼りきっててもいけないと分かっているのに、寄りかかってしまいます。一人で頑張っても、最後はその温もりを求めてしまって。


「……ねえジル、私ってどうなるんでしょうかね」

「え?」


 ……思わず、今悩んでいた事を口に出してしまいました。


「んー、……これ以上魔力が増えたら、規格外にならないかなあって。強くなるのは嬉しいけど……遠ざけられないかなあって」


 強くなるのは、良い事。

 けれど、強くなって、更に周りの人と差が開いてしまったら?


 ……力は、怖いもの。使う人次第で、薬にも劇薬にもなります。その使う人の人柄なんて、親しい人でもない限り分かりません。

 人は強過ぎる存在に恐怖してしまう。果たして、私がその対象から逃れられるのか。親しい人でも、恐れる事があるというのに。


 力を持ったが故に畏怖され嫌悪され、遠巻きにされるなんて、よくある事なのではないでしょうか。


「……そうなったら、どうしますか?」

「ん……寂しいな」


 一人は、怖い事。

 繋がりも全てなくして生きていける程、私は強くありません。人の温もりを感じないと、私は苦しくて死んでしまいそうになります。

 人から嫌われて生きて行くなんて、辛くて悲しいに決まってる。……傷付くのも傷付けられるのも、嫌。我が儘なのでしょうね、私は。


 胸に片頬を当てて、眉を下げながら笑います。そんな日が訪れなければ良いと思いますが、決してないとも限らないのです。


 ジルは私の心配を受けて、ぎゅっと抱擁を強くしては私の顔を覗き込みます。

 降ってきたのは穏やかで優しい、慈愛の笑み。これだけで安心してしまえる私は、自分でも思える程単純ですね。


「大丈夫ですよ。私が居ますし、ヴェルフ様やセレン様、ルビィ様セシル様ユーリス様も、あなたから離れないでしょう」

「……うん」


 ふわふわした感覚が、また強くなって、ふにゃっとふやけた笑みが勝手に浮かんでしまい擽ったさに瞳を眇めます。


「……私も、中々に幸せ者ですね」

「私は生殺しの気分ですけどね」


 生殺し? と首を傾げてジルを見上げても何も答えてくれなくて、ただ柔和な表情に微かな苦笑を浮かべては私をそっと抱き締めるだけでした。

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