召集
皆行ってしまって、魔導院は人気が少なくなってしまいました。戦闘向きの魔導師さんは前線に赴いていますし、そうでなくても他の魔導師さんは補給やら治安維持に大忙し。
私は半ば追い出されるように魔導院を出るしかありませんでした。皆さんも私に仕事をさせようとしませんし、……見習いな私には出来る事など少ないので仕方ないですけども。
多分父様から帰せと命令が下ってるのもありますね、……そんな特別扱い、嬉しくないのに。
ジルは私の孤独を紛らわすように、側に居てくれます。
戦力としては最強クラスなジルが此処に残っているのは、いざという時の最終防衛ラインなのか、私のお目付け役だからか。分からないですけど、私を慰めて落ち着かせてくれました。
「リズベット様。召集がかかっております。御同行願えますか?」
どうしようもなく家で待機する事三日目。
魔導院から遣いが来て、とうとう不安は的中してしまったのだと悟りました。
待機を命じられた筈の私が呼ばれる、という事は、それだけ事態が悪化しているという事です。問題ないなら、今前線に出ている人達で対処してしまうから。
戦火から遠ざけられている私が召集されるからには、戦況が思わしくないという事。……被害も沢山出ているのだろうと考えたら、怖くて仕方ない。父様は、セシル君は、皆は無事なのでしょうか。
「……魔物の大規模侵攻、その討伐、ですか?」
「御存知でしたか」
「ええ。……父様やセシル君は、無事ですか?」
「はい、現在も第一線で活躍しております」
恐る恐る問うと、心配していた最悪の事態は免れているようで、私は思わず良かったとその場にへたりそうになりました。
近くに居たジルが支えてくれたので何とか持ち直しますが、それでも不安は尽きない。母様もそれは同じようで、不安げな表情で大分膨らんだお腹を擦っていました。
心配、ですよね。子供を身に宿して、その夫が死地は言い過ぎかもしれませんが戦場に居るのですから。
母様が、一番父様の事を知っています。とても強くて、逞しい事も。
それでも、やはり不安には変わりありません。幾ら強くても父様は人間で、何かあれば死んでしまうかもしれないから。
……早く、不安を取り除いてあげないと。子供に悪い影響を与えますし、母様だって辛い。早く父様に会わせてあげたい、私だって無事に会いたい。
「……分かりました。私も連れて行って下さい」
母様の為、子供の為、そして誰でもない私の為に。
私は、戦う事を選びます。例え危険だったとしても、……逃げてなんか、いられないから。
「待って頂戴、リズに行かせるのなら私が、」
「母様は身重でしょう、もう直ぐ生まれるのですから、家で安静にしていて下さい」
母様は制止しますが、寧ろそちらの方が駄目です。
母様はもうお腹もぽっこりと膨らんで、後一、二ヶ月で子供が生まれるであろう体です。出産を控えているのに戦場に出して流産や早産でもしてみて下さい、私は父様に合わせる顔がありません。
子を宿しているのですから、母様は子供を守ってあげて下さい。その母様を守るのは、私の仕事。
「良いんです、これも魔導師の仕事だって理解してます。それに、……私も、皆を守りたいから」
「リズ……」
「大丈夫ですよ、ちゃんと帰って来ますから」
だからそんな悲しそうな顔しないで下さい、私はちゃんと帰って来て、母様が子供を産むのを楽しみに待つのですから。
弟か妹か、どちらにせよとても愛しい存在。その子供を見ずに死ぬなんて有り得ないですし。父様母様が幸せそうに子供を抱き上げる姿を、私は絶対に見るんです。
決意を露に母様を見つめれば、不安そうな瞳が僅かに悲しげに揺れます。きっと、子供にこんな事をさせるのが嫌なのでしょう。
でも、私も来年には成人するのです。もう、守られるだけの存在ではありません。
ジルはジルなりに決意した模様です。真摯な瞳が、此方を真っ直ぐに捉えていました。
「私も全力でリズ様をお護り致します。この命に代えてでも」
「それは許しませんからね、二人で、ううん、父様やセシル君、騎士団の皆で帰って来るのですから」
「はい」
命に代えようとしたら怒りますからね。私、ジルが死んだらどうして良いのか分からなくなります。ジルが一緒に生きてくれないと、嫌です。
絶対にそれは許しませんからね、とジルの袖を掴む私に、やんわりと苦笑が降って来ます。
「……ジル、お願いね?」
「畏まりました」
母様の懇願するような眼差しに、ジルは仰々しく一礼しました。
「リズベット様はロラン隊長の小隊に加わって下さい」
遣いの方について行き、道中説明を聞きながら任務について再確認。
私達のする事は、戦列への加入。後方部隊や補給部隊といった補助ではなく、前線に赴き討伐するそうです。不馴れと分かりきった私を前線に投下するのですから、余程切羽詰まった状況なのでしょう。
私が行くのはロランさんの居る部隊。父様は別部隊で他の群れを相手にしているそうです。心配ではありますが、父様ならきっと無事だと信じましょう。父様は強いもの。
「馬を走らせますので。リズベット様も後について来て下さい」
「リズ様、後ろに乗って下さい。リズ様は馬に乗った事がないでしょう」
「はい」
乗馬を嗜んだ事はないので、此処は素直に頷いておきます。馬車はあれど馬に直接はないんですよね、貴族として嗜んでおくべきだったと思います。
ジルに助けられて馬に跨がると、スカートがごわごわして変な感覚。パンツスタイルに着替えてくれば良かったですね、これでは動きにくいかもしれません。
それも今更だったので諦めつつジルの腰に手を回すと、少しだけ揺れるジルの身体。駄目だったのかと不安になりましたが、片手が私の手の甲をそっと撫でて元気付けようとしてくれたので、大丈夫なのだと安心します。
「……本当に、行くのですね?」
遣いの魔導師さんに同行して平和と危険を隔絶する外壁、その出入口に向かう最中。ジルは此方に振り向かないまま、小さく問い掛けて来ました。
ジルとしては、行って欲しくないのでしょう。選択権があったならば、ジルが私を行かせないに決まってる。閉じ込めて、ジル一人で行こうとしたでしょう。
でも、それは許されないし、私一人取り残されるなんて嫌。
「当然です。後悔は、したくないから」
「……本当なら縛り付けてでも置いて行きたいのですが……仕方ない、ですね。絶対に無理はしないで下さい」
「はい」
多分本当に実行したんだろうなあと簡単に予想がついて、ちょこっと苦笑いしつつも頷きます。ジルならやりかねない。
ジルは私の身を案じているから、そうやって危険から遠ざけようとするのですよね。ただそれが私の限界を決め付けている時があるから、程々にして欲しいものですが。
進み出した馬の手綱を握って、ジルは暫く無言で俯いていました。きっと、葛藤が胸を占めているのでしょう。私を戦場に送り出す事への、躊躇い。
「私が、お護りしますから」
「頼りにしてますよ」
悩んで受け入れたらしいジルの頼もしいお言葉に、私は笑って首肯しジルの背中に顔を埋めてはぎゅうっと抱き付いておきました。
ジルが居るから大丈夫、なんて思える私は、きっとジルが居なくなったら泣いちゃうんだろうな。
何処にも行かないで下さいね、ジル。ジルこそ大怪我したり死んだりしたら怒りますからね、私。