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彼の正体

 ロランさんのお願いはまだまだ継続中で、一週間に一度くらいの頻度で魔術を教えに行っているのですが……以外な事に、あれから若い騎士様はとても大人しいです。

 眼差しこそ何かを訴えるようなものですが、私にはそれが何なのか分かりません。取り敢えず指示は聞いてくれます。

 まあ、ロランさんが見張っているから大人しいのかなあ、なんて結論付ける事にしました。それ以外理由なんてなさそうですし。痛い目見て懲りただけかもしれませんね。


 今日も例に漏れなくあの騎士様は静かです。寧ろ反発しないと何かしら爆発しそうで怖いですね。


「リズベット嬢、ジル殿が呼んでいる」

「ジルが?」


 皆さんに教えていたら、ロランさんが相変わらずの仏頂面で知らせてくれて、私はどうしたのだろうかと首を傾げてしまいます。

 心配性なジルにはちゃんと何をするかも言ってますし、やる事があるジルにはついて来なくて良いようにも言ってました。自立も大切ですよね、それにロランさんがついてるから安心ですし。


 そんな訳で、この時間にジルが私を探すなど何か用件があるに他ならないのです。お手伝いの件なら、私が危惧していた事が起きなくて結果的に杞憂になりましたし。


 ひとまず話を聞いてみよう、と入り口に向かうと……私が目を剥く光景が待ち構えていました。


「姉さま!」

「……え、る、ルビィ?」


 なんと、ジルがルビィを連れているではありませんか。


 家に居る筈であろうルビィは、私の顔を見るなり満面の笑みで駆け寄り、私の胸にダイブします。大分ルビィも大きくなって突撃の衝撃が大きいのですが、後ろにたたらを踏みつつ堪えます。


 え、何で? 何でルビィが魔導院に?


 ぎゅむっと抱き付いてはとろけるような愛らしい笑みを浮かべるルビィに、可愛さで流されそうになりましたが……いやいや駄目ですって。聞く事あるでしょう、疑問もあるでしょう。


「ルビィ、何で魔導院に居るんですか?」

「ジルにおねがいしてつれて来てもらったの!」


 何ですと、犯人はまさかのジルですか。

 まあ、ルビィの言う事に逆らう訳にもいかないでしょうし、ルビィのうるうるおねだりを拒める人が居るでしょうか。いや、居るまいなのです。そんな人は冷酷無比の非情な人なのです、私的に。


「すみません、リズ様。どうしても断りきれず……」

「いえ、まあ……私も断れなかったでしょうし。もう、ルビィ? 来るならお姉ちゃんに相談して欲しかったです」

「ごめんなさい、姉さまをびっくりさせようと思って……」


 抱き付いて「駄目だった? ぼく、じゃま?」なんて件のうるうるな瞳上目遣いのオプション付きで言われては、断れる訳がないでしょう。

 あざといですが、本人が意図している訳ではないので兎に角可愛い。私の弟は天使だと改めて実感しています。


「……ええと、リズベット様?」


 ルビィの愛らしさにでれでれしてしまった私に、恐る恐るかけられる声。一瞬トリップしてましたが、それで我に返ります。

 直ぐにやば、と思い直して表情を引き締めたものの、ばっちり目撃されていたらしく皆さん驚愕のお顔でした。

 騎士様達に教える時は、なるべく真面目なお顔にはしているのですよ。だってにへにへしてたら威厳とかないですし。十四歳の小娘にそもそも威厳はないのですけどね。


 今までちょこっとビジネスモード的な表情を見せて来たのに、これは取り繕いようがない。こんな緩い顔を親しい人以外に見られるなんて。


「あうう」

「姉さま、ねつあるの?」

「い、いえ、ちょっと恥じてるだけです」


 頭を抱えたくなるのを堪えて少しだけ呻く私に、ルビィはきょとんとした顔。ジルは理由が分かっているらしく、ちょっと苦笑いしてました。


 こほん、と咳払いをして、ルビィを離そうとすると、逆に抱き付くルビィ。……ううう、突き放せない……。


「ルビィ、お姉ちゃんお仕事あるから」

「うー……見てちゃだめ?」

「だ、駄目、という訳では」

「大人しく見てるから!」

「あうう……じ、ジルと一緒に見てるって、ジルの言う事聞くって約束出来る?」

「うん!」


 にぱあっと、花が咲き誇っているのが背後に見える笑顔を向けられては、もう拒む事は出来ません。そんな非情な人間ではないです。可愛い弟の為、あと私の面子の為、此処は名誉挽回しなければ。


 じゃああっちで見学ですよ、とジルの方を指差すと、ちょこっと名残惜しそうながらも頷いて小走りでジルの方に向かいます。もし何かあってもジルはストッパーになってくれるでしょうし、守ってもくれるでしょう。


 漸く気を取り直して、こほんと咳払いを再度。もう何か今更感溢れますけど、こうでもしないとやってられません。


「ええと、観客が居ますがお気になさらず」

「リズベット様は弟様に優しいのですね」


 初めてあんな顔見ました、と私が最初に手伝ってあげた若い騎士様が、何処か呆けたように呟いたので、私は顔を押さえるしか出来ません。

 ばっちり目撃されてますし、ああもう、あんなふにゃふにゃでれっでれな間抜け面を晒してしまうとは。他の騎士様も、驚きと……うん、微笑ましそうに此方を見てますし。特に私より一回り以上離れた騎士様とかは、もう何か子供を見守るような生暖かい眼差しですし。


「さっきのは気にしないで下さい! 良いから始めるのです、忘れましょう」

「いや、無理な気が」

「そこは忘れて下さい」


 忘れてくれないと私が悶絶します。だって、こんなに沢山の人に見られたのは……セシル君やジルはいつもの事ですけど、彼らは別です。私がなるべく真面目っぽく振る舞ってましたから、素との差が激しいんですよ。

  お指導モードという仮面が儚くも崩れ去りつつあり、ついでに皆さんに感じていた壁までぶっ壊れている気がします。だって何かにやにやされてるんですもん。


 うー、と恥から来る唸り声を口内に留めつつ、血流が良くなり過ぎて熱を持った頬をぺちぺちと掌で挟みます。ルビィやジルが見てるんですから、しっかりしなくては。


「と、兎に角再開しますよ。今日は使い方次第で実戦でも使える魔術を練習ですよ」


 周囲から飛んでくる生暖かい眼差しを堪えて声を張ると、皆さん漸くきりっとした表情に。但し瞳がもう子供を見る目なので、私の恥ずかしさは大して変わりません。


 落ち着くのです、と自分に言い聞かせて、事前に見せて覚えて貰った魔術の練習に取り掛かって貰いました。

 実戦でも使える攻撃的なもので、比較的扱いやすいもの。その観点で、『フレイムランス』を。

 まあまんま炎の槍なのですが、槍な分制御して狙いを定めてしまえば暴発も殆どないかと。地面にでも撃ち込めば被害はないですし、水で消しておけます。雷とかよりは余程安全なのですよ。


 この魔術は一斉に使われると困るので、グループごとに少人数ずつ練習して貰います。水の魔術も練習して貰ってますし、何かあればそのグループごとに対処出来るようにはなってます。

 一人一人の面倒を見るのは負担も時間のロスも多いので、グループごとに教えていった方が手っ取り早いでしょう。


「姉さま、先生してるー」

「ルビィ様はリズ様に教えてもらう事はあまりないですからね。どうですか?」

「お兄ちゃんより、細かくない」


 私が大雑把だと言われているようで複雑なのですけど。

 そりゃあ一対一なら手取り足取り教える事は可能ですけど、結構な人数居るから一人に割ける時間がその分少なくなるのですよ。


「お兄ちゃんはね、ぼくが分からなかったらどこが出来ないのかって聞いて、理由教えてくれて、見本を見せてくれるの。出来たら、笑ってよく出来たなって頭なでてくれるんだよ!」


 ……セシル君、実はルビィを目に入れても痛くないレベルで、物凄く可愛がってるのでは。

 これは良いネタを仕入れました、後でセシル君に聞いてにやにやしてあげましょう。決して今日にやにやされた腹いせとか八つ当たりではないです、ええ。


 セシル君の面倒見の良さを改めて感じたので心のメモ帳に書き綴っておきつつ、皆さんを巡回。

 因みに筋が良いのは、副隊長さんと、今は大人しい騎士様です。総魔力量も他の方よりわりかしありましたし、このまま身に付けていったら実戦で問題なく使えるのではないでしょうか。


「……リズベットサマ、これで良いのですか?」


 今は件の大人しくなった騎士様のグループを見てます。その騎士様は、微妙に強張った顔で此方を窺ってくるので、此方も微妙な距離感で頷きます。

 私よりも三つくらい歳上な彼は、物分かりが良かったらしく吸収が早い。その証拠に、ほら、魔術が発動出来てる。一発で出来るのだから、研鑽積めば魔導院入れると思うのですけどね。


「……その、様付けとか止めて頂けないでしょうか。皆さんにも言えるのですが」


 皆私の事気遣ってるのか正式名で様付けして来ますが、正直むずむずして仕方ないです。侯爵家令嬢として居る訳ではないですし、ぶっちゃけ小娘な私にかなりの歳上な皆さんが様付けで仰々しい態度取られると困るというか。

 公式の場でないのなら、愛称でも構わないと思ってますし。


「じゃあリズ嬢ちゃんでも?」


 それを聞いていたのか、三十代手前な副隊長さんが聞いて来ます。

 その提案には色々びっくりしたのですが、まあそれだけ違えば子供でしかないですよね、と承諾しておきました。騎士団内だったら、まあ良いんじゃないでしょうか。咎められないように、外では言わないようにとしっかり釘は刺しておきますが。


「リズ様、それは……」

「勿論此処だけですよ。外は怒られちゃいますし」

「じゃあリズちゃんでも良いんですか?」

「まあ構わないです。まだ子供ですし」


 ジルは納得いかなそうですけど、私としてはそこまで拘る事でもないですし。

 講師が終わるまでは皆さんとお付き合いする訳ですから、なるべく円満な仲を築いた方が良いのではないかなあという思いです。一人は既に失敗しちゃいましたけどね。


 その彼は、私を見てはふい、と顔を背けます。まあ嫌いですよねえ、と内心苦笑い。明るい茶褐色の髪が此方に向けられる事も、同色の瞳が機嫌悪そうに細められる事にも、もう慣れてしまいました。


「あいつの事は気にしないでやって下さい、構って貰えなくて拗ねてるんすよ」

「副隊長!」

「だってそうだろ、気付いて貰えないからってわざとああいう態度取って、」

「いい加減にして下さい副隊長! だから俺は、」

「気付いて欲しいなら名前くらい名乗ってやれよ、なあリズ嬢ちゃん」

「え? 私副隊長さんの名前も聞いてないんですけど……」

「おっとこれは失礼した」


 一気に軟化した口調と態度に、ちょこっと困惑気味。いきなり私が巻き込まれた上に、何かよく分からない展開になっているのですが。

 それに、副隊長さんの言う事を整理すると、彼が私に突っ掛かるのは理由があるそうです。それも私に。……私が気付かないから、って……私、彼と何処かで会いましたっけ。


「俺はクルツ、まあ御存知の通り副隊長をやってる。実は小さい頃のリズ嬢ちゃん知ってるんだぜ」

「え?」

「リズ嬢ちゃんが誘拐された時の組織ぶっ潰すの、ヴェルフの旦那と騎士団でやっただろ。あそこに俺も入ってたんだよ。リズ嬢ちゃんの顔は、意識がなかったけどちらっと見てる」


 今までの真面目な顔付きは役職に合わせて作っていたものなのか、緊張を解いたらしくへらっと笑ったクルツさん。

 な、懐かしい。もう八年前の事ですよね……あの頃六歳でしたから。結局ジルに叱られて号泣した思い出があります。

 そういえば、あの時一緒に連れ去られた子達は元気にしているのでしょうか。マリアはうちで逞しく育ってますが、他の二人はどうしているのでしょうかね。


「俺とこいつの付き合いも、その誘拐からだ。なー? そろそろ名乗ってやれよ、リズ嬢ちゃんも流石に言われなきゃ分からんって」

「……っ俺は、……クラウス、……です」

「え?」


 絞り出すように呟かれた言葉に、思わず目を真ん丸にして彼を見ます。

 何処かばつが悪そうというか、それでいて拗ねているような表情。明るい茶褐色の髪を指先で弄りながら、此方に視線をちらりとする姿は、何だか、見覚えがあって。


「……もしかして、あの時のクラウスさん?」

「だからそうだって言ってるんです!」


 眦を吊り上げてしまった彼は、どうやら一緒に誘拐されたクラウスさんだったようで。

 よくよく思い出せば、確かに面影はあるし、髪の色とか勝ち気な瞳はあの頃と同じもの。思い出せば、何で気が付かなかったんだろう、という感じですね。


「まーまーキレるなって。……こいつ、誘拐事件の後騎士団に入りたいって言ってな、親元離れてるんだ。初恋の女の子が強くて守られっぱなしだったからーって。そりゃリズ嬢ちゃんだったら惚れるよなあ」

「だーっ! 余計な事言うな!」


 顔を熟れた林檎に負けず劣らずな赤色に染めたクラウスさん。

 ……今、クルツさんとんでもない事仰った気がするのですが。私が初恋とか、……何か色々申し訳ないというか、可哀想なのですが。中身これですよ、残念女子ですよ。


「こほん。……言っておきますけど、今は違いますからね。決して、俺はあんたを好きとかないですからね」

「そ、そうですか? それなら良かったです、もしそうだったとしても気持ちには応えられませんし」


 新手のツンデレみたいな言い方でしたが明確に否定されたので、ちょこっとほっとしてしまいました。

 だっていきなり告白とかされても困りますし、あの時のクラウスさんの言い方からして、貴族ではなさそうです。

 私は役割的に政略結婚が待っていますし、叶わない想い程辛く虚しいものはないと思うのですよ。父様に敵うくらいなら話は別ですけど。


 良かった、と安堵した私の姿に、クルツさんは可哀想なものを見るようにクラウスさんを見ては背中を叩いています。


「リズ嬢ちゃんも中々にキツいな……」

「え? いやでも私、親に結婚決められるでしょうし……」

「姉さま、けっこんしちゃうの?」

「まだ先ですから」


 と言っても、あと数年なんですよねえ……若い内に嫁ぐに限りますし。貴族の女子の賞味期限は中々に短いのですよ。

 まあ私が本当に好きな人が出来ない限りは、父様が選んだ殿方と結婚なのでしょう。それはそれで別に構わないのですよ、見る目はありますし、対象は絞られて来ますから。相手も「お前かよ……」と言うか「待っていたぞ!」と喜ぶか、そんな違いですよ。


 今はルビィと一緒ですよー、と駆け寄ってきた愛しの弟を撫でると、何だか皆さん微妙に居た堪れない顔で私を見てくるのでした。


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