初めての魔法
「リズベット様は何処まで魔術の事をご存知ですか?」
早速というか、私はジルドレイドさんに師事して魔術の実践を始める事になりました。流石に家の中だと私の暴発が危ないので、無駄に広い庭に出ています。
日光を考えて木の下で問い掛けるジルドレイドさん。
そんなジルドレイドさんに、私は困ったように眉を下げました。
「何処まで、と言われても……逆に何処まで知っていたら望ましいですか?」
「あはは、困りますよねこんな事言われても。そうですね……では、魔術の発動の仕方はどうでしょうか」
苦笑したジルドレイドさんが具体的に言い直して問い掛けて来たので、私も口許に指を当ててうーんと悩む素振り。……発動のプロセスくらいなら本で読んでいるのですけどね、流石に即答すると可愛いげないので。
子供らしく表情に出してうんうん唸った後に、ちらっとジルドレイドさんを見上げておずおずと口を開きます。
「ええと、魔力を現象という形で現す為に、術式を構築して、そこに魔力を流し込んで、その現象を具現化する……ですか?」
子供の説明じゃねえ、とは突っ込まないで下さい。本に長々書いてある事を端折って簡単に表しただけですよ。
まあ簡潔に言えば魔力は電気みたいな物です。その電気を色んな機器に通して、欲しい結果を引き出す訳です。具体的な例を挙げるなら、冷蔵庫とかテレビ、扇風機、モーターとか。その機械が術式って訳です。
魔力はただあるだけでは単なるエネルギーでしかありません。そこに意思を介在させ、術式で明確な形まで押し上げて具現化させるのです。そのイメージと制御が出来ないと魔術は扱えません。
私は心配無さそうなのですが。
ジルドレイドさんは私の返答に驚いたのか、翠緑の瞳を大きく見開いて、それからにっこりと笑みを口許に浮かべて頭を撫でて来ました。
「そうです、よくお分かりですねリズベット様」
「……様付けは止めて下さい、ジルドレイドさん」
そう、さっきからそれむずむずするんですよ。こんなちんちくりんな小娘に様を付けるって、私としては恥ずかしいのですよ。相手だってまだ子供の内ですし、こんなちびを敬うとかないでしょう。
「リズで結構です」
「では僕もジルでお願いしますね、あまり名前は好きでないので」
私の申し出にも少しびっくりしていらしてましたが、同じように愛称を求めて来ました。正直ジルドレイドさんだと長いので助かります。
ではジルさん、と試しに呼んでみると、柔らかい笑顔で 「はいリズ様」と声変わりのしていない声で応えられました。……マダムキラーになりそう、いやマダムキラーですね彼は。結局様付けは直ってませんが、まあ良いでしょう。
「……では、発動の手順が分かっているなら後は実践と制御の問題ですね。早速実践に移りましょうか」
「はい」
漸く魔術の本格的な授業が始まるんだ、と思うと顔が綻びます。やりたくても両親に危ないとか言われて手出し出来なかったし、試金石の件で色々警戒食らって更に遠のいたわでちょっと不満だらけでした。やっと、やっと出来るんですよ。
「まずは何事も初歩からやってみましょうか。これなら初めてのリズ様でも出来ますよ」
ローブの下から一冊の本と小さな布袋を取り出したジルさん。
本は教科書みたいなものだと分かりますが……その小袋は何なのですか。掌に乗るサイズの袋で、中には何かが入っているみたいです。いやまあ当たり前ですが。
首を傾げる私に、ジルさんは小袋をぽん、と私の掌に落とします。しゃら、と軽い音がして、然程重量のないものが私の小さな掌に乗っかりました。
「……これは?」
「植物の種ですよ。リーシアの花という物が咲きます」
リーシアの花。……あ、母様の好きな花だ。淡いピンク色の花弁で、形はスイートピーのようで……というかほぼまんまスイートピーですねあれ。
よし、俄然やる気が出て来ました。最初からやる気満々でしたけど。
これが出来たら母様にプレゼントしましょう、いつもお世話になってますし。多分喜んでくれる筈。
「それでは僕が実践しますので、リズ様はそれを見て、そこの本を見てから実践して下さいね」
私の持っている布袋から一粒種を取り出して、私に見せるように掌に乗せます。
そして、にょきっと。
何の予備動作もなく、種が割れ芽が伸び気付いたら蕾まで成長して。目を瞠る私の眼前で、蕾は見事な淡いピンクの花弁となって花を咲かせました。
「……」
「どうですか?」
「や、凄いんですけど……説明は?」
驚き過ぎて逆に何も言えません。何の予兆もなく、気付いたら花が咲いていたんですから。
確かに凄くてびっくりなのですが、一応家庭教師ならこの理論を説明して欲しいと言うか。どういう仮定でこうなったのか、それが分からないと再現出来ないでしょう、幾ら教科書あるからってそれはない。
「……見て分からなかったですか?」
きょとん、とこっちを見てくるジルさんに、私はジルさんにバレないように内心溜め息をつきました。
これ人選間違えてるんじゃないですか。絶対この人感覚型の天才肌タイプですよ。教えるのにはあまり向いてないタイプですよ。確実に能力と人柄で選んだなこれ。
「あ、ええと……そうですね、まず魔術書を見て頂けますか?」
私が頬を引き攣らせているのに気付いたのか、慌てて教科書代わりの魔術書をぺらぺらと捲って、あるページを私に向けます。
『グリーンサム』
『植物の成長を促す魔術。効力は術者の魔力依存』
……まんま英語か、とは突っ込めませんでした。まあ意味合い的には相応しいとは思っていますが。植物を育てる人、自然を愛する人、そんな意味合いでしたっけ。
というか私はそういう事を知りたいのではなくて。効力は見ていたら分かりますから、その発動までのプロセスが知りたいんです。どういう術式を構築したらそういう効果が具現化するのか知りたいのです。
「さっきのはこの魔術を使ったんですよ。術式は……あった、こちらですね」
流石に私の言いたい事が分かってきたらしく、次のページにあった魔法陣みたいな物を指し示します。
「これに触れて、魔力の波動を覚えて下さい。術式の形を覚えて、それを体内で組むんです」
やっと先生っぽい事を言ってくれたので、私はそれで納得して指示された通りに魔法陣のラインを指でなぞります。
黄土色のラインで書かれているから、まあ地属性なのでしょう。大地の植物に関する魔術ですからね、地属性なのも頷けます。
ゆっくり指先で魔法陣のラインを辿っていくと、体に染み込むように、内側に術式の形が刷り込まれていくのがなんと無く分かりました。これが、術式。
「その感覚は覚えましたね? その術式に、魔力を流し込んでいきます。大切なのはイメージ、リズ様がどのように具現化したいかです」
「……具現化」
「そう、リズ様がどうしたいか」
私に囁きながら、布袋から一粒種を取り出して、私の掌に落とします。
「さあ、魔力を込めて。リズ様は、この種をどうしますか?」
……私は。
私は、母様の好きな花を、沢山咲かせたい。
そう決めて、体に流れる魔力を掌にある種に込めます。無駄に溢れている力を術式に通して小さな種に凝縮し、イメージ通りに変えるべく流れを強めます。
光出す掌。眩い輝きが視界を埋めます。……反応が、ジルさんと違う。
「……これは……」
光が収まった時、掌にあったのは……何故か倍どころじゃない数の種。
「……」
「増えましたね」
解せぬ。
「……ええと、リズ様はこの魔術を使いましたよね」
「そのつもりです」
「……何故増えたんですか」
私が聞きたいですよ。言われた通りに魔力込めただけなのに……!
再度試したのですが、結果は言わずもがな。四回目を越えた所で、私の目は何処か遠い所を見ていました。
……毎回これでは、先が思いやられますね。これから前途多難そうです。
魔方陣→魔法陣に訂正しました