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第三話(過去編)

神話時代のヘラ視点となります。

辺りは薄暗いものの、巨大な鍾乳洞にギリシャのパルテノン神殿を思わせる技巧が施され華美ではないにしろ所々の装飾がとても凝っていてその美しさは暗闇のなかであっても目を惹くほどのものであった。

そして、この薄暗いホールには二人分の微かな人の気配だけが漂いそれ以外の物音はなく、静寂が辺りを支配していた。


「……本当に、これでいいのか?」


ゆっくりと感情の籠らぬ声で尋ねる目の前の男にもう一人の人物ヘラはこくりと頷きかえす。


「長らく…悩み抜いたうえでの決断じゃ。今更誰に何を言われようと変わらぬ」


長い長い時を過ごした中でこんな時になって思い出すのは、己の人生が決まったあの瞬間。

神々の女王になることが決まった要因。






何度か危機的場面はあったものの、何とか兄弟力を合わせてティターン神族クロノス達を倒すことができた。

ただし、完全に存在を抹消するまでには至らず、タルタロスに封じるのがやっとではあったが。

それでも、自分たちの勝利に皆歓喜よりも疲労の表情を浮かべている。

そんな中、前線に立ち戦っていたゼウスがヘラの元へとゆっくりと歩み寄ってきた。


「ヘラ、これを…」


そう言ってゼウスより差し出された物は大人の拳ほどの大きさのある、紫色をしたオーブだった。そのオーブの中では星雲の煌きのごとく時折明滅を繰り返す何かがうずまき、それがただのオーブではないことを物語っていた。


「…これは…」


差し出されたオーブを受け取りじっと見つめていると、その中に吸い込まれるかのような錯覚を引き起こし、このオーブがとてつもない力を有しているのを感じ取ることができた。


「これは、クロノスの力そのものだ。アイツを封じるときに力をこのオーブに全て移して封じ込めた。もし、今後誰かがクロノスを封じられし地より解放しようとも、力を失ったクロノスでは我々に反撃をすることは出来ないであろう。……しかし私は、先ほどの戦闘のせいで今はクロノスの力をこれに移すだけの力しか残っていない。だが、これをこのまま放置してはこの力は収めどころを失い暴走してしまう」


そうして一呼吸おきゆっくりとヘラを見据える。

その瞳には強い決意と悲哀が鬩ぎあっていた。


「ヘラ。お前にこのオーブを引き継いでほしい。……これを、その身でもって封じるのだ」

「………………」


これほどまでに強大な力をこの身に封じるということは、女神とはいえどヘラであってもその命を懸けて封印するということに等しいことであった。

うまくいけば何かしら後遺症があるにせよ、意識を保ち封じることができるだろうが下手をすると仮死状態となりヘラの力が失われるその時までクロノスの力を封じるただの器となり果てる。そして最悪その力に取り込まれ今度はヘラがゼウス達に狩られる側となりうるのだ。


「っ!ゼウス!!それは…っ!」


ヘラの背後からデメテルが非難の声を上げる。

他の兄弟たちもその意味を正しく理解し、厳しい視線をゼウスへと向けた。


ゼウスはヘラに、犠牲を強いているのであった。

この方法が彼の本心でないことはその苦渋に満ちた顔を見れば明らかである。

今後の憂いを断ち切る為にも、いかに非難されようとこのオーブはどんな手を使ってでも封印しなければならない。

それが、ティターン神族に弓引いた者の責務だった。


しかし、そんなゼウスの心情とは異なり、ヘラの回答は最初から決まっていた。


「それこそ、望むところよ。わらわの全力でもって見事クロノスの力、ねじ伏せてみせようぞ」


全ては愛する者の為に。


ヘラは勝気な微笑を口元に浮かべゼウスを見つめ返す。


「……ヘラ、すまん…」

「何を謝ることがある?それではまるでわらわが“たかが”クロノスの力に負けるとでもいうつもりかえ?見くびるでないゼウスよ。ひれ伏すのはわらわではなく、コヤツの方よ」


不敵に微笑みながらヘラはゼウスから受け取ったオーブへと意識を集中する。

すると、今まではゆっくりと穏やかな明滅を灯していたオーブがまるで反発するかのように中の光が激しくなっていった。


「…っく!」


切り刻まれているかのような苦痛が体中に駆け巡る。

しかし、それでもオーブを手放すことはなく四散しそうになる意識を無理やり引き留めながらオーブに己の力と意識を集中する。

何度かオーブからの抵抗を感じながらもじりじりと己の力で少しずつ包み込む。

そして暫く…実際はどれほどの時間が経過したのかヘラには分からなかったが完全にそのオーブを己の力で包み込み体の中へと封じるその瞬間、最後の抵抗とばかりにオーブから目をあけてはいられぬほどの激しい光が放たれた。


「っ…ヘラ!!」


誰かが叫ぶ。

しかし、そのあまりにも眩しすぎる光にヘラ自身も固く両目を瞑る。

自分のものとは異なる力がゆっくりと体の中を巡るのを感じると、無事成功したのだな、とどこか他人事のように思いながらヘラの意識は暗闇へと引き込まれていった。





暫く意識を失いはしたものの、無事クロノスの力を己の中に封じたヘラにゼウスが求婚をしたのはこの時であった。


「ヘラ、先ほどポセイドン、ハデスと話し合い、私は天空を、ポセイドンは海を、ハデスは冥府をそれぞれ治めることになった。…お前には、私と…私の横で共に天空を治める手助けをしてほしいと思っている。…素直なお前の気持ちを聞かせてはもらえないか?」

「……ゼウス…」


そんなの、決まっている。

愛する者から求められるという喜びに打ち震えながらヘラは差し出された手をゆっくりと取り答えた。


「わらわの愛はそなたに」


目元を緩ませ答えるヘラにゼウスは優しい眼差しで微笑み返したのだった。










あれから如何ほどの時が過ぎたのだったか。

ゼウスからの求婚を受けて結ばれた二人であったが、ゼウスとヘラの蜜月はそれほど長く続くことはなかった。

何度苦言をゼウスにぶつけても、相手の女に時には理不尽ともいえる程の神罰を与えても、ゼウスの浮気性は一向に収まることがなかった。


「……………そうか」


もはや何を言おうともヘラの決意が揺らぐことはないのだと察すると、小さくため息をつき男は道を譲る。


「この先に“揺り籠”がある。―――そこで、暫く神力を封じると良い」

「やはり、このまま転じる事は不可能かえ?」

「ただの人間や低位の神族ならばそのままでも問題はないだろうが…ヘラほどの力を持った神が封じることなく転生しても器が受け止めきれず滅びる」

「……そうか。ならば、仕方がない。暫し世話になる」


ヘラとしては一刻も早くと気持ちが急いてはいたが、そのすぐ後にふっと冷水が差し込むように「だが、どうせ時間はまだある」という思いが沸く。

今、ゼウスは新しい恋に身を焦がしている、らしい。

しかし相手の女には婚約者がおり、相思相愛でゼウスの入り込む余地はないらしいが、そこまで分かっていながら微塵も諦める様子はなく、何とかその女を手に入れられないかと画策していてヘラのことなど見向きもしない。

ここ暫く互いに姿すら見ていなかった。


その事を思うとチリリと胸の奥が嫉妬で痛み出す。

しかしもう、ヘラはその嫉妬すら煩わしいものでしかなかった。


だから、封じてしまうのだ。

神力と共に、ゼウスへの想いも何もかも封じるのだ。

そして、新たな生を謳歌する。


ヘラは譲られた道をゆっくりと歩き出す。

その先にある“揺り籠”に籠ると後は封印が完了するまで眠りに落ちるだけ。


「―――――――」


小さく、誰にも聞き取れぬ程に小さく何かを呟くとヘラはゆっくりとその瞳を閉じた。


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