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第二話


神々が住まう常世の楽園“オリュンポス”。

ここは常に美しい自然が広がり、色とりどりの花々がその存在を主張するかのように咲き誇り風にその身を任せそよいでいる。

遠くからは小鳥たちの楽しそうな囀りも聞こえてくるが、耳障りになるほどではなく、聞く者の耳を楽しませてくれる。

そんな美しい自然の中、一際高い山頂に景観を損なうことなくそびえ立つ白い建物。

それは大理石で作られた神殿であった。

神殿の柱や壁には所々装飾が施されており神殿そのものが一つの芸術品のような美しさを備えていた。


そんな神殿の廊下を大股で力強く歩く一人分の足音が響く。

辺りに他の人の気配はなく、その足音の持ち主…赤紫のショートカットの髪に朝焼け色の切れ長の瞳。眼光は鋭く、他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているものの、異性が放ってはおかぬであろうほどの美貌を携えていた。しかし、決して女々しいものではなく、雄々しい美しさに均衡のとれた身体。適度に鍛えられたその体から青年が戦闘に特化した男性であることが窺えた。見た目は十代後半から二十代半ば程。

その足音は迷うことなくまっすぐに目的地へと進んでいたが、不意に中庭より呼び止める声に足を止めた。


「アレス」


所用で一時天界へと戻ってきていただけでそれが済めばここに用はないとばかりにさっさと下界への門に向っていたところで背後から声をかけられ、その声に心あたりがあった青年は特に表情を変えることもなく振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていた。


緩やかなカールがかったピンクゴールドの長い髪を頭の上部左右にツインテールのようにして結び、さらに毛先を白いリボンで飾り、ルビーのような赤い瞳に唇の右下に小さなホクロがあり、それが彼女の可愛らしさを際立たせている見た目は十歳ほどの幼い少女であるが、彼女はオリュンポス十二神の一人に名を連ねるだけではなく、アレスの親であるゼウスとヘラの姉ヘスティア。

彼女は処女神であり、炉の女神。家庭の守護神として人々から愛され信仰されていた。

内向的という訳ではないが、他への関心が薄く、積極的に他人と関わろうとはしない性格な為こうしてアレスにヘスティアから声をかけてくることは彼女の性格からするととても珍しいことであった。


「何の用だガキ」


特に接点もないヘスティアの呼び止めに一応足は止めたものの、アレスは一刻も早くこの場を立ち去りたいという心情を隠しもせず、僅かに眉を顰め不機嫌を露にヘスティアを睨み付ける。

 

「……この私に対して堂々とそんな態度を取るというのもある種尊敬に値するが、これでも一応お前の親の姉なのだがな、私は。媚び諂えとまでは言わないがもう少し何とかならないのか、お前のソレは………」


ヘスティアはアレスの横柄な態度に特に腹を立てることもなく、苦笑しながら「やれやれ」とばかりにアレスの目の前まで近づくと短く小さな声でただ一言「忠告だ」とつぶやいた。


「……………」


アレスは視線だけでその言葉の先を促す。


「地上にはお前だけではなく他の神々も降りていることは知っているな?…先日、アテナが場所の特定までは出来なかったらしいが――――クロノスの気配を一瞬察知したらしい」

「っ……」


ヘスティアの言葉にアレスは小さく眉を跳ね上げた。


クロノス。

その名はオリュンポスの神々にとって見過ごす事の出来ない名だった。

今天界を治めているゼウスを筆頭とするオリュンポス神族の前に天界を統治していた神々がいた。彼らはティターン神族と呼ばれ、【世界】を創造したウラノスとガイアの子らであった。しかし彼らはオリュンポス神族と対立し、戦いに敗れると一部を除きタルタロスへと封じられた。

そのティターン神族の中心となっていたのがクロノスであった。

また、クロノスはハデス、ポセイドン、ゼウス、ヘスティア、デメテル、ヘラの親でもある。


「クロノス本人は今だタルタロスに封じられている。それは確認をしたから間違いはない。…が、もしかしたら封印に綻びが生じているのかもしれない。あれは野心猛き男神。ただの気のせいで済ませるにはあまりにも危険だ。まだアテナからしか報告は受けていないが、お前も地上に降りた後には十分に注意を払い、何かを感じたらどんな些細なことでもかまわぬから知らせてもらえないか?」

「…………気が向いたら、な」


アレスはそれだけ言い残すと話は終わりだとでもいうかのように踵を返してその場を立ち去る。

その後姿に視線を向けながらヘスティアは更に言葉を続けた。


「そうそう、そのアテナが一つ、面白いことを言っていたぞ。東にある小さな島国…今はジャパンとか言うのであったか?…そこにどうやら“あの”ハデスが頻繁に足を運んでいるらしい」


その言葉に数歩進んだ先で再びアレスの歩みが止まる。

ハデスは、唯一ヘラの居場所を知っているかもしれぬ相手だった。

アレスは長い間行方不明となっている己の母親でもある女神ヘラの行方を捜し各地を回っていた。


女神ヘラ。

ゼウスの正妻にして母性や貞節、更に結婚を司る女神であったが、悋気が強くゼウスの浮気が発覚する度に相手に災厄を振りまく恐ろしい女神でもあった。

しかしその美しさは群を抜いており、ゼウスはどんなに浮気を繰り返そうとも必ず最後にはヘラの元へと戻ってきていた。


しかし、ある日そんな移り気の多いゼウスと己の心の醜さに嘆き疲れたヘラは新しい恋人に夢中なゼウスがオリュンポスに居ない間に己の女神としての神気を封じどこかへと姿を消してしまった。その際手助けをしたのが冥府の王ハデスではないかと言われている。

しかし当のハデスはヘラの居場所を誰にどれほど詰められようとも決して口を割ることはなく沈黙を貫いた為、本当に知っているのかあやふやなままである。

ヘラの部屋には彼女直筆の手紙が一枚残されており、そこにはゼウスの浮気性やその度に嫉妬する己に疲れたこと、己の意思でこのオリュンポスを去ることなどが簡略的に綴られていた。


ヘラの失踪が明らかになると天界は大騒動に沸いた。

何よりも一番最初にヘラの手紙に気が付いたイリスの取り乱しようは目も当てられぬほどであった。

虹の女神イリスはヘラを心の底から慕っており、常にその傍に控え付き従っていた。

ヘラも一心に己を慕うイリスに悪い気はせず、可愛がり己の傍にいることを許していた。

そのイリスにさえ何も告げずに姿を隠したヘラの探索はすぐさま行われたがどれほど手を尽くしてもその片鱗すらも掴めず今に至る。


ゼウスがヘラの失踪を知ったのは新しい恋人との逢瀬から戻ったときであり、その時にはすでにヘラの探索が行われていた後であった。

しかもゼウスは当初ヘラの悋気が再び現れたにすぎないとし、まともにとり合うこともなく「ほとぼりがさめたら戻ってくる」と言い残しまともに探すこともしなかった。


元々ゼウスとはあまりソリが合わないアレスであったが、このことをきっかけに完全にゼウスとは決別することを決意し、アレスはヘラの捜索の為下界へと降り立ち天界へはそれこそ必要がない限り戻らぬ程度となった。

イリスもヘラが姿を消してから時々アレスと連絡を取り合いヘラの手がかりを求めてあちこちを探し回っている。


そうこうしているうちにヘラが姿を消してから何百年と時が経過していた。

その間、諦めることなく探し続けているが、いまだその片鱗すらつかめていない。

最悪の「もしかしたら」を何度思ったことか。


「……頻繁に?」


ハデスは無駄な争いを嫌い自ら冥府を治めることを選ぶような人物だ。

そして冥府から滅多に出てこない。

そんな人物が目的もなく地上に出るとは考えにくい。


「理由は分からんがな。だが、人間の感覚で言うところのひと月に二、三回程の出入りを各地を転々とするでもなく、極東限定して、と。……中々に気を引かれるとは思わないか?」


にやり、と意地の悪い笑みを浮かべるヘスティアからはアレスの表情は見えなかったものの、こちらの言葉にある可能性を見出しているであろうことは手に取るように分かった。

ヘスティアもこの情報を知った時、ある可能性にたどり着いたのだから。


唯一、彼が探している人物の手がかりを持ってるかもしれない者の不審な行動。

例え的外れであったとしても、探らぬ手はない。


「………ジャパン、と言ったか」


「ああ。詳しくはアテナ本人に聞いてみるといい。私も彼女のことは常に案じている。その為の協力は惜しまぬことを約束しよう。……何かあれば私を呼べ」


そう言うとヘスティアはもう要は無いとばかりにアレスとは反対の方向へと姿を消した。


「……ジャパン、か……」


遥か昔、確か今から数百年ほど前に一度だけ降り立ったことのある地だった。

しかし、あまりにも昔すぎてどのような国であったかあまり記憶に残っていなかった。

だが塵ほどの小ささであってもヘラへの手がかりが手に入るのであればアレスの行動は決まっている。


アレスはそのまま無言で神殿を立ち去るとその足でジャパンへと向かうのだった。



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